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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-44.正義の集いに彼らは哂い(後編)
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44-(5) 持つ者、持たざる者

 自分達が捕らわれの身となって、どれだけの時間が経ったのだろう?

 石柱の摩天楼の上で互いに身を寄せ合い、高みからこちらを監視する“結社”らの視線を

折につけ感じながら、アルスはぼうっと霞む意識の中で座り込んでいた。

 殺風景な世界が広がり過ぎて、感覚が麻痺してしまっている……。

 エトナも目がしょぼしょばとして辛そうだ。アルスは懐から懐中時計を取り出して時刻を

確かめようとしてみたが、三本の針はぐるぐると進んだり戻ったりを繰り返している。到底

当てにはなりそうになかった。

 やはりここは、空間だけなく時間も捻じ曲げられている……。

 何度確かめてもその事実は変わらず、アルスは再び深いため息を漏らす。

「……」

 奴らが映し出した、世界各地の様子を移す光球も今は全て消されていた。魔人メア達が時折

何かを“教主”に伝えているのが見えたが、言葉までは聞き取れない。

 閉鎖された空間、各国政府への脅迫こうせい、そして何よりも終わりの見えない人質状態──。

 元よりここにいる大半の者は貴族や高官なのだ。直接的な労苦には、弱い。

 見渡す限り、方々の石柱上にへたり込んでいる彼らは、その多くがぐったりと疲弊の色を

濃くしていた。母も今はイヨら家臣達と共に座り込んでしまっており、尚も“結社”達を見

上げて立ち続けているのはファルケン王や四魔長などごく限られた者に留まっている。

(兄さん、皆……)

 寂しかった。悔しかった。今頃この摩天楼の何処でどうしているのだろう?

 涙が溢れてきそうなのを必死に堪えた。何度もこっそりと袖で拭った。兄さんならこんな

時どうするだろう? 義憤のままに戦うだろうか? それともこの場にいる皆の為に剣を抜

くこともできなかっただろうか?

 ……いる。あそこに、いる。

 黒の鎧騎士ヴェルセーク。囚われの父さん。兄達がその正体を知り、あの日自分達の前で

取り返すと誓った相手。旅立っていった、その最大の目的。

 せめてそれだけでも伝えられたら。アルスは遠くの彼を見つめながら思った。

 隣には痩せぎすの白衣の男が立っている。確かトナン王宮で父をそんな異名で呼び、召喚

してみせ張本人だった筈。

 あいつらだけでも──そんな思考が過ぎった自分に驚き、アルスは強く己を戒めた。

 何を考えている。仮に可能だったとしても、今この場にいる王達にもし犠牲者が出たら誰

が喜ぶというのだ? 少なくとも哀しむだろう。母も仲間達も、そしてまだ安否すら知れぬ

兄や当の父自身もきっと……。

(──うん?)

 そんな頃だった。

 密かに首を横に振っていたアルスの視覚が伝えたのは、今までよりもはっきりとその場か

ら動き始めようとしていた魔人メア達だった。

 黒コートを羽織った白髪の剣士と、鎧を纏った戦士風の男。

 片方はトナンでアズサ皇を斬った男だった。もう一人は……自分は初めて見る顔だ。

「ま……待ってくれ!」

 しかしそうして遣った眼がいけなかった。はたと他のある王が“結社”達に向かって叫び

始めたのだ。

 見捨てられるとでも早合点したのかもしれない。アルスの横顔を見遣り、彼らの動きに気

付いた彼のこの一言によって、王達は連鎖的に悲鳴を上げ出す。

「い、いい加減もう此処から出してくれ! もう限界だ!」

「そうだ! 大体、我が国の王器は聖浄器ではない。ただの壷なんだ!」

「そんなに欲しいならくれてやる! だから……っ!」

 まごう事なき保身だった。アルス達がぽかんとする、或いはその悲痛に呑まれて追従して

いく。そんな彼ら──同じく王である筈の彼らを、ハウゼン王やセド、ロゼ大統領は冷たい

眼で見つめ、ファルケン王に至ってはあからさまに舌打ちをしてさえいる。

 見下す。その一点においては“結社”達も同じような反応だった。

 剥げ落ちたな……。そう哂うように、この瞬間を待っていたかのようにそれぞれ口元に弧

が浮かぶ。或いは変わらず淡々としたまま“教主”に何やらを仰ぎ始める。

「だ、駄目だ……そんな、肝心な部分で口を割っちゃ……」

 アルスは悪寒を感じたように震え上がった。ふるふると首を横に振る。だけども自分にで

きた反応はそれだけで、もう彼らの叫びを止めることもできない。

「──阿呆が。……いや」

 だがちょうどその時だった。

 ふとアルスの耳に届く、ファルケンの呟き。

 しかし彼らへの悪態はややあってなりを潜め、次の瞬間、アルスが半ば無意識に彼を横目

で見遣った時には、にたりとその横顔は笑ってすらいたのだ。

「──」

 お前も動け。そう彼に視線で語られたような気がした。

 心持ち前屈みになり、ファルケンは左腕の袖を大きく捲くる。

 そこには黒鉄色の、ルーンが刻まれた手甲が嵌められていて……。

「ぬわッ!?」

 一瞬の早業だった。

 彼はその手甲──魔導具を展開すると、これを腕を振る間に組み換え、多節棍よろしく石

柱の上にいるリュウゼンへ向けて発射、叩き付けたのである。

「危ねぇな……。制御の邪魔すんじゃねぇよ」

 尤も、その一撃はすんでの所で回避されていた。頭と両手、鎖で繋がれた『天地創造』の

魔道具がガチャリと動きに合わせて揺れる。

 他の魔人メア達も驚いていた。だが……その驚きようは何だかおかしい。

 アルス達が舞い散った石埃に目を凝らしていると、その違和感の答えを最初に口にしたの

は他ならぬ“教主”だった。

『……鎧戦斧ヴァシリコフ』

「ああ。やっぱてめぇらは把握してんだな。そうさ、これがうちの王器だ。その昔、大戦士

ベオグが使ったとされる聖浄器──」

「なっ……!?」

「な、何故貴公が持っている!? いくら自分が国王だからといって……」

「今そこを言ってる場合か? 聖浄器を狙ってることは分かってたんだ。なら他人に任せず

自分で守ってた方が安心だろうが」

 王達が驚きで目を見開き瞬き、そして次々に非難の声を飛ばしていた。

 だが当のファルケンはむしろ開き直るように言い、多節棍のように長く長く延びた中空の

それを引き寄ると、もう一度──今度は“教主”に向かって攻撃を放つ。

「そうは」「させぬよ!」

 その飛んでくる戦斧の本体(刃)に、ジーヴァとヴァハロが飛び出してきた。

 “教主”を守るように間に割り込む二人、長剣と手斧・手槍の二刀流。激しいエネルギー

のぶつかり合いが起きた。だが結局ファルケンの一撃は、ヴァハロが力を込めて得物に纏わ

せた半透明の球体によって弾き返され、彼らの立つ石柱の足場を激しく穿つだけに留まる。

「ファ、ファルケン王!」

「我らを皆殺しにする気か!?」

「んな訳ねぇだろ!」

 王達が真っ青になって叫んでいた。だがその声を掻き消すようにセドが否定し、パチンと

文様ルーンを縫い込んだその手袋で指を鳴らす。

 紅い電流が宙を走り、次々と自分達の周囲で刃を構えるオートマタ兵を爆発に巻き込んで

いった。一本、二本、三本……石柱の上が間髪入れず黒煙を上げ、彼らがばらばらと地上へ

と落ちていくのが見える。

「サウルさん!」

「ああ! 銀律錬装アルゲン・アルモル──戦馬車チャリオットっ!」

 連携してサウルが動いた。懐から取り出した銀の丸ペンダントが大量の水銀に変わり、瞬

く間に巨大な戦馬車チャリオットの姿となる。

「皆さん、早く中へ!」

「全員、同じ広い場所に集めるぜ!」

 勿論戸惑いこそしたが、王達もようやく彼らの目的に理解が及び始めたようだった。

 慌てて乗り込む彼ら。それを数セット、サウルの操る銀の馬車は繰り返して近くのより広

いスペースを持つ石柱へと誘う。

 アルスとエトナもこの流れに倣っていた。母やイヨ、トナン代表団の皆を乗せ、自分達も

強化コーディングを施した樹木の鞭でセドら“結社”の雑兵達を叩く面子に加勢する。

「援護するぞ、ファルケン王!」

 そして同じく、ファルケンに加勢する者もいた。四魔長の一人・ウルだった。

 彼は右腕を“教主”達の方へと向け力を込めると、何とその腕に突如として器械仕掛けの

大砲を装着させたのだ。

「……おっと」

 そうして連射された巨大な砲弾。だがそれに対抗する魔人メアがあった。

 地面を蹴り、抜き放ちながらの一閃で先ず一発、そして左右に振った斬撃で数発。砲弾は

それぞれ真っ二つになり、断面が何故か溶かされながら爆発する。

「ヒルダ!」

 加えて彼の背後から、巨大な百足──の身体を持つ女性が飛び出しきた。

 持ち霊……いや、魔獣か。ウルはそう思考を過ぎらせ砲撃を放ったが、彼女は触れる砲弾

全てをまるで酸を浴びせたかの如く細かく溶かしてしまう。

「……貴様ら。そのマナ自体が瘴気か」

「ふふっ、ご名答」

「ウル・ラポーネだな? お初にお目に掛かる。俺は“侵将”セシル。そして彼女は持ち霊

のヒルダ」

「よろしくね? ダンディなおじさま?」

「……ふん」

 ウルも遅れて退却・合流し、アルス達は近場のより大きな石柱の上へと移動を完了する。

 魔導を使える者が前列に出て、王達を守るように障壁を重ね合わせていた。

「……これで一先ず、皆をフォローできる環境が整ったか」

 その中には衣を翻し、これに加わるアトス国王・ハウゼンも含まれている。

 だが──彼らは知らなかったのだ。

 彼らが防御を固めているのは前方、例の足場に尚も立つ“教主”達と対峙する向き。

『殺れ』

 次の瞬間だった。“教主”が短くそう言った直後、フェ二リアが放った炎がぐんと不規則

な軌道を──狙い済ましたように一同の真横を狙うように飛び、王の一人を一瞬にして爆発

と共に消し炭にしてしまったのである。

『……ッ!』

 皆は驚いた。アルスはしまったと強く唇を噛んだ。

 そうだ。あの赤髪の魔人メアは、確かかなり機動力の高い使い魔を操って──。

「落ち着け。このまま戦闘を続けるのが目的じゃない」

「でも……っ!」

「あいつは自分で自国の王器について喋ってた。奴らにとっちゃ、もう用済みだ」

「……」

 アルスは投げられたファルケンの言葉にハッとなった。

 冷静さを、失いかけていた。ぐらぐらと両の瞳が揺れながら、他の王達が後退るそこに残

った人型の焦げ跡を見る。

 急いで陣形を円状に組み直した。これで全方向から攻撃されても大丈夫……な筈だ。

 ファルケンがヴァシリコフ──可変する戦斧型の聖浄器を肩に担いで“教主”達の様子を

見ている。ハウゼンも同じくだった。だが自身も障壁作りに加わっていたこともあり、その

横顔には彼ほど割り切った気色は感じ取れない気がする。

「ほ、本当に殺すなんて……」

「おしまいだぁ……。もうおしまいだぁ……!」

「お、落ち着いてください。もう大丈夫ですから……」

 王達はすっかり怯えてしまっていた。そんな彼らをシノが気丈に励ましている。

 否応なく理解できてしまったからだ。させられたからだ。

 ファルケンが口にした通り、やはり自分達は人質──奴らが各国の聖浄器を手に入れる為

の材料なのである。その状況で自分は自国だけは違う(から見逃してくれ)というのは、今

し方実演された通り自殺行為に等しいと解ってしまったのだ。

『……愚かな』

 足場に燻っていた黒煙がゆっくりと薄くなっていき、傷一つない“教主”が呟いた。

「さて……どうかね」

 だが、あくまでファルケンは強気な姿勢を崩さない。

 にやり。聖浄器ヴァシリコフを肩に担いだまま、彼はそう不敵に笑う。


 時を前後して、彼らは見た。石塔の摩天楼、その最上部から轟音が上がり一部が崩落して

いった一部始終を。

 王達の救出の為ひた走る者、捕らわれた市民らの保護に向かう者、或いは状況が把握し切

れず動けていない者。その大よそ全ての者達がその瞬間、同じ理解をするに至る。


 最上層あそこに、王達がいる……。


「だ、団長!」

 七星が一人“黒姫”ロミリア率いる傭兵達もその例に漏れなかった。

 響いてきた轟音。遠目ながら、上層部にて崩れ落ちていく石塊が見える。

「最上部で爆発がありました。王達や“結社”はきっとあそこです!」

「俺達も行きましょう!」

 ローブ姿をの魔導兵を中心とした、ロミリアの部下達。

 そのさまを自分達の理解を、彼らはロミリアに報告し、決断を迫った。

 だが……彼女は動かない。

 ちらりと彼らを見こそしたが、先程から彼女はずっと占札タロットを空中に並べては捲り、また

セフィロト型に配置しては捲りをゆっくりと繰り返している。

「……まだよ」

「えっ?」

「で、でもいきなり足場がぶっ壊れたんですよ? 連中と交戦があったとしか……」

「やばいですって。大統領だってあそこにいるんです。もし王や議員の誰かが無茶して反撃

を受けたとしたら……」

「落ち着きなさい。確かに破天荒な彼が一発打って出たようね。だけど……まだ足りない。

この敵のテリトリ内で真正面からぶつかるのは下策よ。それこそ彼らの人質──連中にとっ

ての抑止力という価値が意味を薄め、今以上にその生命を脅かしかねないわ」

 そんな彼女の言葉に、部下達は一人残らず押し黙った。

 だがそれは、論理的に言いくるめられたからだけという訳ではない。

 彼女だからだ。星の導きストリームを読み取り、目的の為に最善の策を練り上げる大将だと知っている

からこそ、彼らの態度はあくまで従順で、時に敬意すら含まれている。

「大丈夫よ」

 また一枚、占札タロットを捲ってからロミリアは部下達を見た。

 そんな面々の足元には、彼女らにことごとく撃破された“結社”の兵らが転がっている。

「必ず勝つわ。その為の準備を、私達は怠らずにきたんですもの」

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