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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-44.正義の集いに彼らは哂い(後編)
260/434

44-(2) 全てが檻になる

 梟響の街アウルベルツは今三度目の災いを迎えていた。

 街中に鳴り響く警報。人々は逃げ惑い、それを街の守備兵らが避難所へと誘導している。

「来たか。ブルートバード」

 一方で守備隊の大半と街の冒険者達は城壁──に守られた防衛ラインへと次々に集まりつ

つあった。

 それはハロルドらクラン・ブルートバードの留守番組も例外ではない。

 グノーシュやミア、そしてリカルド。残存兵力を率いてハロルドは城壁内の詰め所へと駆

けつけ、同業者達と合流する。

「……状況は?」

「そこの窓から覗けば分かるが、わんさかとお出ましだ。魔獣だけじゃない。オートマタ兵

や覆面の野郎どもも見える。まぁどっちも結社れんちゅうの中じゃあ雑魚の部類なんだろうが」

 ハロルドが向けた言葉に、代表してバラク──クラン・サンドゴディマの団長が答えた。

 促されて覗き窓から外の様子を見る。確かに迫っていた。使役された魔獣を前衛に、その

後ろをオートマタ兵達に守られた覆面の荒くれ達が進んでいる。城壁こちらに到達するのも時間の

問題だろう。

出撃しなくていいのか?」

「まだみたいだな。先ずは城壁上からの砲撃で応戦するようだ。だがそれも張り付かれたら

死角になる。俺達はその少し前に出るつもりだ」

 グノーシュの確認、バラクの返答。ハロルドは眼鏡のブリッジをそっと触りつつ、その瞳

を静かに光らせていた。

 妥当な判断だろう。今回は……以前の時とは状況が違う。

 ──少し前、メディア各社に“結社”からの犯行声明が届いた。導信網マギネット上にも発表された。

『大都は我々が完全に掌握した。王達と市民の命が惜しくば各国は速やかに降伏し、王器た

るアーティファクトを差し出すべし』

 こちらに駆けつける寸前まで、映像器にはその光景が映っていた。

 上空から捉えられた映像。最外周の隔壁を残して綺麗さっぱり消え去った大都の姿。

 その一部始終を観ていたハロルド達も、それが大都が丸ごと結界の中に閉じ込められたと

すぐに気付いた。加えてリカルド曰く、あの魔導の光からするに異相結界も混じっているの

ではなかろうかという意見も。なるほど、人質とするならば結界内の時間が狂っている──

分からないという心理的圧迫も、閉じ込められた面々に対する攻撃力になる。

「まさか、大都丸々人質に取るなんてな……」

「ああ。無茶苦茶しやがるぜ」

「……」

 仲間達みなはどうなっているのだろう? アルス君はシノさんは、イセルナやダン、シフォン

を始めとした遠征組の皆は?

 だがハロルドはそれでも一見、落ち着いている。表情かおには出さない。

 確信があった。結社やつらの目的が各国の王器──聖浄器・アーティファクトにあるのなら、

あくまで人質ならば、すぐには殺さないだろう。おそらく暫くは、自国の王や要人らが捕らわ

れた、その事実で以って各国政府にプレッシャーを掛けながら目的の代物が差し出される

──折れるのを待つ気なのだろう。或いは在り処の情報・有無が判明すれば上々といった

ところか。

 ちらとリカルドを見ると、彼も似たようなことを考えていたのか、深く眉間に皺を寄せてじっと

考え込んでいるようにみえた。

 ……こいつはどうするか。本質は教団の間諜であるのだから、大方目下の──街の防衛よ

りはアーティファクトの危機について思案しているものと思われるが……。

「うぉっ!?」

「砲撃が本格的になったな……」

 どうんっと、詰め所内にも砲撃の振動が伝わってくるようになった。

 激しく、頻度が次第に増していく。

 これでどれほど敵戦力を削ることができるだろう? 弾薬はもつのか? いや、そもそも

相手は“結社”だ。以前のように余剰兵力があるとみて間違いない。

 完全武装した冒険者どうぎょうしゃ達が、そわそわと覗き窓から何度も外の様子を確認していた。魔獣と

人形と狂徒の軍勢が迫って来ている。耐久戦だ。果ての見通せない戦いになる──お互いに

解っている筈なのに、その災禍は足を止めようとしない。

「え、援軍はまだなのか?」

「伯爵が周辺の基地に要請は出すには出したそうだが……厳しいだろうな。今回は王都や他

の街まで一緒に襲われてるだろ? 向こうも手一杯になってるんじゃないか」

「それは……」

「だけど妙だよな。クリスヴェイルは王都だからまだ分かる。だが何で他の──この街が狙

われてんだよ? 王器みたいなのがある訳じゃ……ないよな?」

「それなら、理由は幾つか考えられる」

 厳しい表情をしながら話している面々に、ハロルドが答えた。

「一つは君達が言ったように、こちらの兵力を分散させる為。魔獣やオートマタ兵を駆り出

しているにせよ“結社”の兵力とて無限ではないだろう。攻城のセオリーから言っても、手

薄になった所を叩けるに越したことはない」

「まぁ、どれだけ本気で落としに来てるかははっきりしねーがな。人質を取ってても脅す相

手をぶっ潰したら意味ねぇんだし」

「……ああ。あとは、揺さぶりだ。知っての通りこの街はジーク君とアルス君、レノヴィン

兄弟に縁が深い街になった。打金の街エイルヴァロ輝凪の街フォンテイムも襲撃されているそうだから、間違いない。

都だけでは地方の人間達には危機感が薄い。本来の狙いであろうアーティファクトが無い

と分かっていても、人々の不安や保身が刺激されそれらが暴発すれば、その分だけ結社やつら

とっては有利になるからね」

「ちっ……」

「要は見せしめってことかよ……」

 面々が悔しがる、憤るのがはっきりと分かった。中には実際に手近の壁を殴り、その情動

と必死に闘っている者も少なくない。途中でグノーシュが多少楽観材料を挟んでくれたもの

の、被害の類はもう避けられないだろう。

 ハロルドは、むしろこちらの側面を恐ろしく感じていた。

 前回──魔人メアの少女率いる魔獣の群れによる襲撃のあと暫くの時でも自分達は把握してきた

つもりだ。あの一件、そしてもしかしなくても注目の的であるレノヴィン兄弟がこの街に

関わっていることで、住人らの中には自分達を邪魔者扱い──忌み嫌う者もいなかった訳では

なかった。

 不安や保身を刺激された末の、ベクトルの間違った憎悪。

 それはきっと……良くも悪くも、世界を変貌させてしまうだけの素地を持っている……。

「──お父さん達、大丈夫かな? ミアちゃんも……」

「だ、大丈夫だよっ。皆強いもん」

「そうだね……。私達が、信じてあげないと」

 少なくとも、この街には以前より変わった事がある。

 地下避難所シェルターだ。エクリレーヌ襲撃事件の後、伯爵らの立案で街の各所にこのような施設が

作られていたのだ。

 レナやクレア、ステラなど戦闘に向かない・できない人々は守備隊らによって誘導され、

狭く暗い地下の中で身を寄せ合っていた。

 沸き続ける不安。それを掻き消すように信じてみようとする。

 その間も、街の城壁には砲撃の雨霰を受けながらも迫ってくる“結社”の軍勢が在る。


「──聞いとらんぞ!」

 時を前後し、アトス連邦サヴィアン領執政館。

 その執務室で、館の主たるサヴィアン候は激しくデスクを叩いて叫んでいた。

「何故“結社”の兵になっておる? 儂が雇ったのはただの賊だった筈だろう!?」

「そう……申されましても」

 理不尽に怒鳴られ、側近の官吏も困惑の表情を浮かべていた。

 皺が目立ち始めた候の表情かおに、明らかな焦りと恐れが噴き出している。

 予定ではこうだった。

 かの憎たらしいセオドアの青二才に一泡吹かせてやるべく、自分は密かに手を回していた

のだ。今回のサミット、そこに対トナン特命大使として陛下達に同行する奴の留守を狙い、

雇ったごろつきにその領地・打金の街エイルヴァロを狙わせる。

 事前に裏ルートで奴らの警備情報を買い取ってあった。後はその穴をついてごろつきども

を潜り込ませ、奴の財産をごっそり盗ませる。それで意趣返しは成功の筈……だった。

「ぐぬぬ……」

 なのに、いざ蓋を開けてみれば全然違うではないか。

 打金の街エイルヴァロに侵入したのは雇った筈のごろつきではなかった。時を同じくして同街に攻め

込んできた“結社”の先行分隊。先程の報告では、自分が明かしたこの警備の隙を突いて

侵入を果たしたのだという。

(拙いぞ……。拙いぞ拙いぞ……!)

 こんな筈ではなかった。確かにあいつは気に入らない男だが、物理的に潰してしまおうな

どとは思っていない。そんなことが政争で罷り通ってしまえば国の秩序など簡単に崩壊して

しまう。何より陛下からの叱責は間違いなく強烈なものになる。

 もしあの侵入が自分の所為だと明るみになってしまえば、自分が“結社”と結託していた

と見られてしまえば、実際そのつもりはなくとも最悪御家取り潰しなんてこともあり得る。

「旦那様、おられますか? クリスヴェイルより第二波の援軍要請が──」

「ああ。分かってるよ! サインだな!?」

 ふとドアがノックされ、部屋の向こうから事情を知らない別の官吏が呼び掛けてきた。

 くわっと、サヴィアン候は殆ど怒鳴りながら応え、彼を通した。勿論彼は何故主がこんな

に苛立っているのか知る由もない。精々、王都を襲撃されたショックで感情が昂ぶっておら

れる──激しくも篤い忠誠心だなどと勘違いをされているという具合か。

 そう勝手に感動されている官吏から書類を受け取り、手早く事務書類にサインを記す。

 彼は一度胸元に手を当て深く低頭をし、敬礼のポーズをみせるときびきびとした足取りで

部屋を出て行った。

「侯爵様……」

「わ、分かっておる。この事は決して口外するな。取り引きの書類もすぐに処分しろ」

「……はい」

 側近は何か言いかけたが、結局何も言わずに拝承し部屋を後にしていった。

 ぽつねん。執務室にはサヴィアン候だけが残る。

(……要するに、儂は謀る側と思わされておいて謀られたということか。儂の計画をどこぞ

で知って“結社”がごろつきどもを買い直したのか、それとも始めから奴らは“結社”の手

の者だったのか……)

 落ち着いて思考した。だがそれが故に猛烈に戦慄を覚えた。わなわなと震えて唇を噛む。

 悔しさ、愚かさ。今更ながらに彼は悟った。自分が、何と小さな眼でしか過ぎゆく情勢を

見ていなかったことを。


「──そうですか。はい、はい。お願いします」

 執政館の中にいても、砲撃の音がつんと耳に届く。

 シンシア達が不安げに見つめる中で、シルビアは関係各所と連絡を取り合っていた。

 王都の状況、援軍要請、大都での夫らの安否。事態が突如として始まり、且つそれらが同

時併行していることも相まって、案の定情報はまだ交錯している。

「どうですの、お母様?」

「……厳しいわね。今はクリスヴェイルもクリスヴェイルでてんてこ舞い。国軍の兵力もか

なり分散させられてる。あの脅しも含めて、それも結社れんちゅうの狙いではあるんだろうけど……」

 シンシアにそう答え、シルビアは壁に掛かった映像器を改めて見遣った。

 突如消失した大都。取り残された第三隔壁。そこで残された外周の残存兵力が“結社”の

軍勢を交戦し始めたこと。何より──内部、夫達の様子が全く分からないこと。

 メディアの伝える緊迫は事実だった。しかし一方で、眼前の危機がその遠い(同じ筈の)

事件をむんずと意識の外へと遣ろうとしてくる。そんな自身の保身や非情っぷりに腹が立っ

てくる。

 打金の街エイルヴァロもまた、襲撃を受けていた。

 更に悪い事に、どこから漏れたのか知らないが、一部の敵兵が城壁を越えて街の中へ侵入

したとの報告も届いている。勿論すぐに対応に兵を割いたが、頭の中で「何故?」が膨らん

でくるさまは否めない。

「報告します! 先刻侵入者の一団を発見、傭兵らと共に討伐に当たっております!」

「数はおよそ五十。確証は見つかっておりませんが、侵入経路から逆算するにこちらの警備

計画を知っていたとしか……」

「何ですって? 内通者がいた、ということ?」

 わ、分かりません……。

 報告に飛び込んできた兵が敬礼のまま、苦渋の表情で首を横に振っていた。

 シンシア達と顔を見合わせ、シルビアは口元に手を当てて考える。

 この街には王器──聖浄器の類は無い。なのに現にこうして狙われている。通信では東の

輝凪の街フォンテイム、夫の盟友サウル氏の領地も似た状態だという。

「……突破された城門は?」

「はっ、既に再封鎖してあります。警備体制も予備プランに変更、実行中です」

「そう……。なら、相手は少数だし割いた兵力で何とかできる? もうこれ以上街の中に敵

を入れないようにして頂戴。予備も全部出して、砲台を追加。魔導兵も配置して装填の合間

に術撃を組み込むの」

「りょ、了解!」

「ただちに!」

 考えながら、脳内では別のタスク。

 テーブルの上に広げた地図にざっと目を走らせ、配備を済ませた箇所にはマーキング、と

にかく防衛・迎撃の布陣を指示し、彼らを現場に戻らせる。

「……やっぱ見せしめ、なんでしょうね。対外的にも伯爵はレノヴィン一派な訳ですから」

「ええ」

 たっぷりと間を置き、視線をしっかりと合わせることもできず、キースが呟いていた。

 シルビアも同じことを考えていたと首肯する。シンシアの表情が更に曇った。

 先刻から集まってくる情報の中には、梟響の街アウルベルツや皇都トナンも“結社”の襲撃に晒されて

いるとあった。

 ──心配が三段重ねなのだ。

 父、学び舎、思い人。この娘はもしかしたら自分以上に内心、不安で不安で叫びたいので

はないかと思うのに……。

「……っ」

「? お嬢?」「どちらへ?」

「決まっているでしょう、私達も戦うのよ。このままじっとなんてしていられないわ。この

街はお父様達が帰ってくる場所よ。どこも自領の防衛で手一杯な以上、自分達で追い払うし

かないじゃない。……心まで檻の中に甘んじたら、本当に私達の負けよ」

 なのに、そのシンシアはぎゅっと唇を噛み踵を返したかと思うと、一人部屋の出口へと歩

き出していた。

「いや、お嬢が出ちゃ拙いでしょ。公女だとバレれば格好の的になりますよ」

「お気持ちは、痛いほど分かりまするが──」

「……いいのよ。行かせてあげなさい」

 勿論無茶だと、従者二人キースとゲドは止める。

 だがそれを許す声があった。他ならぬ母シルビア当人である。

「で、ですが」

「貴方達だってこの子の従者をして長いでしょう? ああなると梃子でも動かないわよ」

 彼女は苦笑してわらっていた。ちらと肩越しにこちらを見遣った娘と視線を交わし、そのままドア

の向こうに消えていくのをさせるがままにして言う。

「それにあの娘は学院アカデミーの次席なのよ? 戦力にはなると思うわ。……どこぞのただ貴族な

だけの女とは違ってね」

「奥方……」

 キースはそう促して自嘲わらうシルビアをはっきりと見ていた。

 妬みであろう筈ではない。だが額面通りのこと、自身の力については概ね嘘偽りを言って

いる訳ではないだろうと思う。

「追うぞ。キース」

「ええ。……失礼します」

 ぽんとゲドに叩かれ、キースとは相棒と共にシルビアに深く頭を下げた。そしてそのまま

身を返し、足早に先を往ったシンシアを追う。

「……よろしかったのですか」

「ええ。あの子の言う通り、心まで屈したら本当に私達は潰されてしまうわ。尤もあの子の

場合、ああやって行動してないといてもたってもいられないんでしょうけど」

 傍らで控える官吏の声にシルビアはフッと笑った。

 街の地図、現在進行形の攻防を記号の上で眺めながら紅茶を一口。

 一度深く静かに呼吸を整えると、

「兵達に伝えておいてくれる? うちのお転婆姫がそっちに向かいますよってね」

 彼女はそう彼らに振り向き、言った。

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