44-(0) 大都消失
突如、街の中心部から絡み合う藍と紺の光が延びて来た。
強烈な光量に思わず眩しがる。その間にもそれらはまるで蜘蛛の巣のように大都中に奔っ
てゆき、サミットに際し詰めていた人々を瞬く間に巻き込んでしまう。
「……ッ」
「な、何が起きたんだ……!?」
数分のことだった筈だ。やがて人々はゆっくりと、瞑ってしまった目を開け始める。
身体に伝うのは大量の魔力が駆け抜けていった余韻、風となってゆく圧力、搔き回された
大地のざわめき。
半ば無意識のまま、顰めっ面気味に中空を仰いだ彼らは……次の瞬間、一様に驚愕の表情
で立ち尽くすことになる。
「──こ、これは、冗談でも合成映像でもありません。今起こっている……事実です」
大都上空を旋回する、メディア各社が保有する飛行艇達。
各取材クルーらも同じく驚愕に打ちのめされていた。だがそれでも報道を続けようとした
のは、ひとえにその職務遂行の使命感からか。
レポーターがカメラマンが、空中で開け放ったドアから地上に時折眼を遣りながら中継を
試みている。息を呑んで映像機のレンズを向けている。
「大都が……消えました」
紡いだ言葉、深刻な声色。
眼下には大都の街並みが見えている、三重の同心円状に広がっている筈だった。
しかしどうだろう。先程の眩い光が一しきり去った後、そこにはもう在った筈のそれらは
無かった。まるで果実の中身をくり抜いたかのように、この顕界最大の都市は最も外側の第三
隔壁を残し、忽然と姿を消してしまったのである。
『……』
メディアが伝えるこの映像とメッセージは、即座にセカイ中に伝わった。
そしてそれは、顕界──地上世界だけに留まらない。暗がりに溶ける地下世界、マナの
霧にむける天上世界を含めた各地にこの報は伝わり、人々はめいめいに衝撃と困惑のまま
画面に釘付けになる。
「街が……消えた?」
「ど、どういう事だ? み、皆はどうなったんだ!? 王や議員達はご無事なのか?」
「いや、それよりも住民達だ。さっき映像……まさか六百万の人と建物が一瞬で消えたって
ことじゃあ……?」
それは壁外で警備をしていた守備隊らも同じだった。
光の奔流が巻き上げた土埃の中、彼らは押し殺す事もできない不安に駆られて空を見上げ
ている。第三隔壁、最も大都の外側を囲む高い城壁。普段はそこからはみ出し天へと延びる
建物群が見える筈なのだが、今は一つとてその姿は確認できない。
彼らは取り残されてしまっていた。開発途中の第四隔壁を傍らに、彼らは何とか都市内へ
のコンタクトを試みようとする。
「駄目だ……回線が繋がらない! ストリーム自体がおかしくなってるみたいだ」
「ストリームが?」
「……となると、状況からして空間結界か」
「そ、そんな事あり得るのか? 大都だぞ? 大都市を丸々結界の中に閉じ込めるなんて
大技、誰が──」
兵の一人が頭を振りかけて、ハッとなる。皆が青褪めて互いの顔を見合わせる。
そうだ、いる。こんな馬鹿で常識外れのことをしでかすような、今回のサミットでも最大
限の警戒を向けていた連中がいる。
「楽園の眼……」
改めて軋むような緊迫感が面々を包み込んだ。らしきその事実に、今この眼前の現実に、
気を抜けばすぐにでも押し潰されそうになる。
上空で、メディアの飛行艇達が旋回を続けていた。地上でも遠巻きにこちらを撮影してい
る取材クルーらが何組か確認できる。
「あんた達、急いでここから逃げろ! もう何があるか俺達にも分からん!」
「で、ですが……」
「守備隊の皆さんはどうなさるおつもりですか?」
「それは……」
「……隔壁の向こうへ行ってみる。とにかく本部と合流しなければ。他のゲート方面にいる
隊にも連絡を取り突入準備を整える。外同士なら回線はまだ生きてるな?」
コクコクと頷く部下を確認して、隊長格の守備兵らを中心に態勢が再構築され始めた。
目の前にそびえるのは、尚も土埃が舞っている第三隔壁。
この向こう側は、メディアが上空から捉えたように空っぽになっているのだろう。改めて
携行端末から確認してみても、やはり本部との連絡が取れない。サミットの最中だった王や
議員達、大都で暮らす六百万の市民らも“結社”に捕らわれてしまったと考えて間違いない
と思われる。
「総員、気を引き締めていけ」
一斉に銃剣を構える。
だがそうしてさあ突入をという……そんな時だった。
「!? 待て。何かいる」
にわかに土埃の向こう、城壁の真正面に黒が差した。
人影である。それも一人や二人ではない。今この場に集まり、後方で逃亡の判断をしかね
ている取材クルーらを庇うように隊伍を組む、彼らよりもずっと大人数の人影がそこに突如
として確認できたのだ。
「あわわ……」
「ちっ。やっぱりそう簡単には通してくれない、か……」
徐々に、長らく漂っていた土埃も晴れていく。
そこに立っていたのは、黒ずくめのオートマタ兵や覆面の荒くれ達。
『──』
ずらりと並び行く手を阻む“結社”の軍勢だった。