43-(5) 問い直す強さ
三日三晩というのはこういうさまをいうのか。
いや……厳密には四日目か。まぁ帰還後、半日経ってから始まったのだから別に間違って
はいないのだろうが。
「──」
場所はルフグラン・カンパニーの作業場。
その一角の丸椅子に腰を下ろし、ジークは一人ぼうっとしていた。
作業場内では、今も忙しなくレジーナ以下社員達がオズの修理・改造を続けている。
(凄いな……)
機巧技術に関しては門外漢だが、素人目にも彼女達が驚異的なハイペースで作業している
らしいことは分かる。
その一部始終を見ていると、自分から頼んだことだとはいえ、連日代わる替わるに加勢と
睡眠を挟みながら動き続ける彼女達に対し、何だか申し訳なくなってくる。
「……」
できる事なら、すぐにでも大都へ──アルスや母さん、皆を助けに向かいたかった。今
でもその疼きは胸奥にある。
だがジークは帰還してから、その道中、ずっとその衝動を抑え続けていた。
今のままでは結社の魔人には勝てない──。それはフォーザリアで、クロムと戦って、
文字通り身体を覚えさせられ痛感したことだ。
圧倒的な力量差。それを激情だけで補おうとした未熟さ。
……とはいえ、何も策が浮かんでいない訳ではない。伊達に何度も奴らとぶつかってきた
訳ではない。
一つ、ジークの中にはある仮説が芽生えていた。
自分達と“結社”の魔人達との間、その力の差を決めているもの。
常人を超える導力。勿論それもある。
だが……それ以上にこれまでの戦いで感じ取ったことがあるのだ。
“重い”のである。ヴァハロやクロム、奴らと戦った時、確かに自分は彼らの攻撃に自分
達にはない重さのような──何か付与されたものを感じ取っていたのである。
それが何か? 流石に正体までは分からない。そもそも自分のこの感触や表現は正しいの
かさえ判然とはしない。
しかし、似た感じならば記憶にある。ダンだ。クランにいた頃から彼は、纏ったマナをま
るで炎のように変える技を使うことがあった。
それにいつだったか……アルスから以前、こんな話を聞いたことがある。
『うーん……。人によるんだろうけど、よく言われるのは“自分オリジナルの術式を創り出
して世に認められること”だね。自分っていう魔導師を、その一体系でもって後世に残すと
いうか……』
確か「結局の所、魔導を極めるって何なんだ?」といった質問に対する返事だったように
思う。そんな自分の疑問に、分厚い魔導書を読んでいた当時のアルスは、そう小首を傾げつ
つも言ったものだ。
今思えば、例えばそれはセドさんの“灼雷”などであったりするのだろう。
──だからだ。もしかすると錬氣にも“自分達がまだ知らない奥深さ”のような何かがあ
るのではないかと思うのだ。
そもそも錬氣法は戦闘行為に特化させたマナの運用法。即ち魔導のそれとは重複する部分
も多い。
リオや師匠が言っていた「ストリームを感じろ」という弁。
ヴァハロが去り際に残した「自分と向き合え」とも取れる言葉。
そういうことなのか?
ならば、自分はまだ、もっともっと強くなれる筈──。
「ただいま」
「ただいまですー。オズさん、どうなってますか?」
そんな最中だった。作業場の外、社屋内の廊下側からふいっとサフレとマルタが顔を出し
てきたのだ。
ジークや何人かの社員らが二人を見遣る。見れば彼らの手には、大きな布袋がいくつか提
げられているのが確認できた。
「おかえり~」「こっちは順調だよ」
「……どこか行ってたのか?」
「ああ。魔導店を梯子していた」
「結構あるものなんですねえ。機巧技術の聖地だといっても、魔導もちゃんと需要はあるみ
たいです」
レジーナが社員達がそれぞれに返事を寄越す中、ジークは近付いてくる二人にそう訊ねて
いた。すると訊かれて彼らは得意顔。特にマルタはいつも以上の癒し系な笑みで答え、手に
した布袋の中身を取り出してみせてくる。
「これ“霊石”じゃねえか。こんなにいっぱい……」
「はい。マスターの提案で朝から調達しに回っていたんです」
それは掌に収まるほどの、淡い虹色のコントラストを映す石だった。
霊石──マナが様々な理由で固体化し、結晶となったもの。
外圧を加えてやれば容易に中のそれが融け出していく性質があることから、主に冒険者
などがマナを補給する為にしばしば携行している物だ。
「向こうに着けばきっと長期戦になる。なら、事前に準備ができる今の内に仕入れておいて
損はないと思ってな。特に君は、消耗の大きい得物を使うんだ。持っておくといい」
「レジーナさん達ばかり働かせて、私達だけぼーっと休んでいるのは何だか申し訳なかった
ですしね。後で小袋に分けてお渡しします」
「そっか……。ありがてぇ、助かるよ」
そうして霊石を詰め込んだ布袋達を検め、話し込む三人。
すると今度は、オズに繋がれていた据え置き端末から連続して小気味良い電子音と大きな
排熱音がし、レジーナ達がついにその瞬間を告げてくる。
「お待たせ! オズ君の大改造、終わったよー!」
ジーク達は一斉に彼女らの方を向き、半ば反射的に駆け出していた。
集まってみればレジーナ以下社員(技師)達は黒く油塗れ。だがその表情は皆一様にいい
仕事をしたと言わんばかりに清々しい。
社員の一人が端末を操作し、オズを囲んでいた鉄骨の足場をスライド、撤去させた。
ズン。茜色のランプ眼が光り、新たな身体を得たオズが一同の前に進み出てくる。
「おお……」
「これが、バーションアップなオズさん……」
一見すると、全体的なデザインは変わらない。鎧を思わせる黒紺色のボディをした、人型
に近い姿のままだ。
「んー、気持ち胴回りが太くなったか?」
「腕や足もですよね。背中にも……何か箱みたいなものが」
だがよくよく見れば確かに変わっている。先ず全体的にずっしりとした感じが増し、背中
には何かしら補助ユニットのような縦長のパーツが一対。
ふふんと、レジーナは得意げに笑っていた。
その横で顔の汚れをタオルで拭ったエリウッドがざっと解説を加えてくれる。
「飛行ユニットと武装パーツだよ。胴体・手足のサイズが一回りほど大きくなったのも現在
の技術に合わせて装備を変更・拡充したからなんだ」
「ハイ。総合的ナ戦闘能力ガ飛躍的ニ向上シタト分析サレマス」
「へぇ……例えばどんなの?」
「まぁまぁ。そこはいざって時のお楽しみってことで。ジーク君だって、元々はオズ君に兵
器に戻って欲しくはなかったんでしょう?」
「……それは、まあ」
ジークは曖昧に答えて、再度オズを見上げた。黒紺色のボディと茜色のランプ眼がこちら
を見つめ返している。
確かに彼女の言う通りだ。だが留守の間に収集した今の世界の実情から、当の本人が共に
戦ってくれるという意思を示している以上、自分にはその「心」を否定するつもりも権利も
ない筈だ。
「……。ありがとな」
「トンデモナイコトデス。私ハマスター達ニヒトトシテ生キルコトヲ教ワリマシタ。感謝シ
テイルノデス。コレハソノ恩返シデモアルノデスカラ」
何とも真面目だなぁ、ジークは苦笑した。
主従とか恩義とか、もっと“自分”の思いで動けばいいのに。それじゃあ結局ぐるぐると
回ってるじゃないか……。
だがそれがキジンという種族、金属生命体の性なのだろう。
仲間達と共に、ジークは笑っていた。殊更に諭し直すこともないだろう。
助けたいから助ける、それでいいじゃないか。それが多分絆とか善意とか、そういうもの
を作るんだと思う。
──だがそんな温かな感触も、世界は容赦なく蹴り飛ばす。
次の瞬間、突如として無数の爆音が耳に届いた。作業場内を大きな揺れが震わせ、棚から
細々とした器具が次々と床に落ちる。
それらと社員達、マルタの悲鳴が重なった。
思わず身構えるジーク達。すると今度は、携行端末を片手にしたリュカとちょうど休憩中
だった社員数人が血相を変えて駆け込んできたのである。
「皆、大変よ!」
「ええ……。それは見ての通り……」
「どうしたんだ、リュカ姉? 一体外で何があった?」
慌て動揺を隠せない社員達。
そんな中でジークはサフレ、エリウッドと顔を見合わせると、この合流した彼女らに向か
って問う。
「そ、それがどえらいことになったんですよ!」
「ジーク、サフレ君、マルタちゃん。急いで出発準備を終わらせて。大都が……大変なこと
になったの」