43-(3) 揺れる(おどる)会議
昼食を摂り体力・気力を回復させた後、アルス達はサミット二日目の本会議に出席すべく
王貴統務院の本部中央棟を訪れていた。
大都の中心部、三重の円状城壁の芯に当たるエリア。
総会に使われている最大規模の議場は緩い傾斜を持つ扇状で、そこにつや出しが塗り込ま
れた木製の長テーブルと椅子がずらりと設営されている。
(……っと、ここだ)
二回目とはいえ、やたらと広く、天井も高く、豪華な内装。
係員にそれとなく案内されつつも、アルスはエトナと、シノ以下トナン代表団の面々と共
に用意された席の一つに腰を下ろした。
ちなみにリンファやイヨ、キサラギ父娘など臣下を除いた傭兵組──イセルナらブルート
バードの面々は、館内の規則・方針として議場の外で待機して貰っている状態だ。
「……」
そわそわと議場内を見渡す。
席には、既に出席者──正義の冠と正義の秤の王侯貴族や高官、統務院議員らが埋めつつ
あった。
その光景自体は、昨日と同じだ。
だが今日二日目は、アルス達にとって初日とは違う大舞台が待っている。
『──皆さんお揃いでしょうか? そろそろお時間です。これより統務院総会二日目の審議
を始めたく思います。では、議長』
『うむ』
やがて議場の係員によるアナウンスの後、演壇の更に上の議長席へハウゼン王と補佐役の
官吏数名が着いていった。
アルス達も、他の出席者達も少なからず息を呑む。ピリリッと緊張で静まり返る。
「それでは、只今より統務院総会第二日の審議を始める。議題は、先のトナン内乱について。
──シノ皇、アルス皇子」
『はい』
そう、サミット二日目の焦点はトナン内乱の戦後処理である。
即ちそれはあの戦いを彼らに報告することに等しかった。
音響越しのハウゼン王に促されて、シノとアルス(エトナは流石に顕現を解いたようだ)
はそれぞれに緊張した面持ちで壇上へと登っていく。
「既に報道等でご存知のことを思うが、改めて当人達に語って貰おうと思う。その上で我々
統務院として“結社”への対応を検討したいと考えている。……二人には辛い記憶を思い出
させてすまないがね」
老練さと威厳。ハウゼン王はある種淡々とした口ぶりでそう言っていた。
彼に、アルスとシノに視線が遣られているのがひしひしと感じられる。
主君と友、その子を見つめるセドはいつでもフォローに入れるよう目を光らせているし、
都市連合側ではウォルター議長の肉付きの良い頬の横でサウルも同じくじっと状況を観察
している。共和国側ではロゼ大統領が両肘をついて手を組み、シノとアルスの一挙手一投足
をも見逃さぬと押し黙っているのが見える。
そんな緊張気味な面々にあって、王国側──ファルケン王は相変わらずの不敵な笑み。
既に知られ始めているフォーザリアのテロやジーク達の消息不明の件もあり、ちらちらと
そこはかとなく諸国の王や議員が不信の眼を向けているが、それすらも一見何処吹く風といった
様子だ。
最後にオブザーバーたる地底層界──万魔連合の頭目達、四魔長。
初日がああだったので無理もないが、用意された別席に陣取る彼らもまた少なからず苛立
ちや呆れの感情を引き摺っているかのように見える。
「では、改めて統務院に語っていだたきたい。時系列順に、先ずはアズサ皇のクーデターの
際、貴女はどういう経過を辿ったか」
「……はい」
アルスが心配そうにその横顔を見遣る中、シノは大勢の諸侯・議員らの前で語り始めた。
実の伯母・アズサによるクーデター勃発により両親──先々代の皇夫妻は死に、自分はか
ねてより側役だったリンファと共に国外へと脱出したこと。
その逃避行の中、アトス領内でのちに夫となる冒険者コーダス・レノヴィン、及びセドや
サウルなどの仲間達と出会い、亡命の為に奔走してくれたこと。今に続く友と為ったこと。
王器・護皇六華についての質問が出れば、それもしっかりと彼女は答えた。
六華は亡命時に父より託され、のちコーダスと結婚、サンフェルノ村に移住した際に彼へ
とその子ジークへと受け継がれていったこと。
……だがそんな王器の不在が、遠く祖国のアズサ皇に苛立ちと焦りを与え、結果“結社”
につけ入る隙を作ってしまった──あのような戦火を広げさせてしまった、その謝罪も。
亡命後、十数年は穏やかな日々だった。
祖国を案ずる気持ちはあったが、それでも当初は自分が戻ることで再び争いになることを
恐れ──国が治まっているならそれで構わないと言い聞かせ、二人の子を育て、魔獣から村
を守って散っていった夫らを悼みながら過ごした。
それでも、受け継ぐ血はそれを許してくれなかったらしい。
六華の持ち主たるジークを“結社”が狙うようになり、真実の一端を知るところとなった
息子とブルートバードの仲間達はトナンに潜入、そこでアズサ皇と結託した“結社”からの
脅威に晒される。
強き国へと邁進し、置き去りになっていた少なからざる民。
自身が諦めてもなお慕い続け、故に内乱が起こり、遂に全面対決となったあの日。
だから自分は帰る決意をした。争いを、止めたいと思った。
そこからの経緯は、概ね各種メディアが伝える通りです──。
我が子らの危機に彼女はかつての盟友らの協力を得て立ち上がり、アトスとレスズ、両国
の支援を得てこれを撥ね退け……アズサ皇と、六華に封じられていた聖浄器“告紫斬華”を
失って……。
話が進むにつれ、やはりシノの表情は歪んだ。
胸を締め付ける哀しみ、悔しさ。そんな過酷な運命の一端に、場内には貰い泣きをしかけ
る王や議員も出ていた。
だが、そうして流される者は……きっと“弱者”なのだろう。
「──証言感謝する、シノ皇」
「……。はい」
実際セドやサウル、リンファ、当時を経験した当人らは敢えてぎゅっと唇を結んで耐え忍
んでいたし、議長席のハウゼン王も片肘をつくファルケン王も、それぞれ対照的な沈黙を守
ってこれを見つめている。
「何というか……申し訳ない」
「う、うむ」
「だがこれではっきりしたことがあるな。“結社”の目的は聖浄器、ということになる」
然り。王の一人が感傷的な空気を敢えて払うようにして呟いた一言に、多くの出席者達が
首肯をみせた。
同時に、特に王や貴族らがその表情に不安の色を滲ませる。
王器とは、その国の権力を象徴する器物である。聖浄器を始め、多くのアーティファクト
が指定されていることが多いが、それを彼らが狙っているとなると……。
「何故、なのでしょう? シノ皇、貴女は何か心当たりはありませんか?」
「いえ……。あの時は私自身、空間結界に閉じ込められてしまいましたので。彼らの詳しい
言動は流石に……」
「ですね。私やエイルフィード卿も一緒でしたので」
「ただ、奴らは“回収”と口にしていました。少なくとも何かしらの目的があるのは間違い
ないかと」
王や貴族、統務院議員らがざわついていた。互いの顔を見合わせていた。
サウルやセドもシノの応答に追従し、動揺は更に広がる。
「やはり、王器の警備強化は避けられそうにありませんな」
「そのようですな。次に何処が狙われるのか分からない以上、皆が用心するに越したことは
ありますまい」
(……。だとしたら、教団のあれは事前に分かっていて……?)
(小癪な。中立を装っておいて、我々を燻り出す気でおったか……)
その後の会議は、自然と各国の聖浄器、その防護策についてのものになっていった。
最初こそ、方々で水面下で送られていた教団からの親書──王器防衛強化の提言を疎まし
く愚痴る者もいたが、現実として次に備えるべき脅威が明らかになった以上、政治家の成す
べき仕事は決まっている。
「──では、声明に警備強化も盛り込むことにしましょう。いいですね?」
「──それと。併せて聖浄器そのものを調べる必要があると私は思うのですが。連中の行動
から動機が分からないのなら、物から状況証拠を拾い上げていくのが妥当ではないかと」
「──そ、それは困ります! 誰がいつどうやって王器を調査するというのです? いくら
連中への対応だとしても、それは内政干渉に他なりません!」
だが、やはりか二日目の議論もまた荒れることになった。
各国の王器(聖浄器)への警備強化という点では一致をみた。だがではその実行力をどう
担保するのか? その運用面でまたもや対立の火が点いたのである。
各国の自己責任ならまだよい。今までと実務は変わらない。手間が増えるだけだろう。
だが統務院──他国からの監査を入れるとなれば、それは即ち自国の象徴に外部の手が入
ることになる。これには少なからぬ王が、特に領民からの票が生命線である統務院議員らが
強く反発をみせた。王器はただの道具ではない。国によってはそれ自体が信仰の対象となっ
ている地域も珍しくない。その存廃を刺激することは……避けたかったのだ。
「いや……何も我々の王器で調べることはないのではありませんか? 封印──と言えばい
いのか、その実害に遭った護皇六華こそ一番“結社”の足跡に近いでしょう。調査というな
らばまずそこから始めるのが筋な筈です」
「し、しかし。いま護皇六華は……ジーク皇子が所有しているのでは?」
『あっ──』
議論に熱が入る余り、つい触れたくない部分に触れてしまって面々が押し黙った。
そっと、おずおずと彼らの視線が席に戻ったシノにアルスに向く。アルスは内心必死に感
情を堪えていたが、傍らの母はむしろ毅然と彼らを見つめ返してさえいる。
「……すみませんがシノ皇、皇子の行方は……?」
「いや、各々方も聞き及んでいましょう? 皇子はフォーザリアにてその消息が途絶えてい
るのですよ!」
あくまで、慎重に寡黙に。
するとその凛とした佇まいに気圧されたのか、今度は出席者達はその言葉の矛先をフォー
ザリア鉱山、その領有の王であるファルケンへと向け始める。
「……調査中だ。既に現地へ救助部隊も送り込んでいる。なにぶん、被害が広範でな」
「あまり我々をからかわないでいただきたいな、ファルケン王……」
「そうだ! テロ発生から相応に日数は経っている。あれだけの事件で王である貴公が何も
把握していないとは不自然ではないか!」
「全くだ。なのに、貴公は我々に了解もなしに草案を……また血を流そうとしている。一体
どこまで世界を巻き込めば気が済むんだ……!?」
ジト目で彼らを睥睨すると、ファルケン王はそう少なからず意図的にそう答えていた。
故に、また問い質す彼らの憤りは膨らむ。声明草案の主導権がヴァルドーにあったという
前情報──その憎し感情が相まって、議場はまたもや荒れ模様を呈し始める。
「止めてください。昨日のさまをお忘れですか? こうして私達がいがみ合えばいがみ合う
ほど、喜ぶのは“結社”なのですよ?」
なのに、そんな詰め寄る出席者らを諌めたのは、他ならぬシノだった。
何故貴女が……? 実の子がいなくなったんじゃ……?
彼らは驚き、何より大いに疑問符を浮かべていたが、それでも彼女の毅然とした姿に徐々
に感情的な言葉を削がれていく。
(母さん……)
議長席のハウゼン王が、片眉を軽く上げて小さく驚いてるようだった。
アルスはぎゅっと唇を結んでこの母を見遣っていた。もし怒りの末に倒れこむようなこと
にでもなったら、すぐに支えてみせると思った。
彼らはまだ知らない。知らない筈だ。ヴァルドーとトナンが密かに結んだ協定を。
少なくともこのサミットが終わるまでは、互いにフォーザリアの一件で安易に情報を漏ら
さないこと。結社への対応に力を傾けること──。だからだろう、その事情が分かっている
もう一方、ファルケン王は母が挟んできた牽制を「それでいい」と満足げに見つめている。
「……あの二人、何かあるな」
「え? そうなの?」
「ええ。状況的に、多分そうでしょうね」
「……まどろっこしい。何の為にこうしてわらわら集まってんだ? 俺達は」
半ば無意識に五感が研ぎ澄まされていたことで、向こう側にいる四魔長らの声が辛うじて
耳に届く。
ええ、本当に……。
尚もざわつき、議論がややもすれば口論になりかねない二日目の総会。
これが「結束」かと、アルスは内心暗澹たる気持ちが膨らむのを抑えきれない。