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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-43.正義の集いに彼らは哂い(前編)
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43-(2) 初日、回想嘆

 その日何件目かの会談が終わり、相手方の代表団とシノが別れの握手を交わしていた。

 場所は大都内のホテルの一室。滞在先とは別のそれだ。

 もし大国ともなれば来させる一方なのだろうが、生憎自分たちトナン皇国は名こそ知られ

ど中小国の一つに過ぎない。

「では、我々はこれで」

「皇子も大変でしょうが、皇共々ご健闘くださいませ」

「はい……。ありがとうございます」

 シノ皇──母の補佐として同国代表団に加わっているアルス(とエトナ)も、そんな彼女

の生の外交活動を目の当たりにしていた。

 相棒を傍らに浮かばせ、その上で控えめに微笑みを繕いながら、同じくこちらにも手を差

し出してくる先方の高官達に応える。

(……ご健闘、か)

 しかしアルスの内心は、決して穏やかなものではなかった。

 と言ってもそのイメージ怒りというような灯ではない。むしろもっと薄暗い、どんよりと

した闇の中に立つかのようなものだ。

 それが外交、政治、大人の世界なのだと言ってしまえばそれまでではある。

 だが……やはり知っているから。どうしてもそう素直には受け取れない。

 彼らはどれだけ言葉の通り、自分達の立場を理解し、案じてくれているのだろう?

 結局はこの会談とて彼らにとっては「利」を見出す場の一つに過ぎず、願わくば“結社”

絡みで自国に火の粉が飛ばぬようにと思っているのではないか?

 そして、何よりそんな思考──猜疑心で以って彼らを見てしまっている自分が醜くて、腹

立たしくて、哀しくて。

 会談を行った部屋を辞し、アルス達はホテルの廊下を往った。

 サクサクと絨毯が足音を吸い込んでいく。人数を絞っているとはいえ、自分達の警備の為

に同行する兵らの存在がじわりじわりと圧迫感を与えてくる。

 尤も自分はまだマシな部類なのだろう。リンファやイセルナ、ダン──慣れ親しんだ仲間

達がその面子にいるというだけで随分と精神的に緩和されている筈だろうから。

「ふー、流石に連荘で公務ってのは疲れるよねぇ」

「……エトナは何もしてないような?」

「はは、違いねえ」

「むぅ……。わ、私だっていざとなったらダン達と一緒にアルスもシノも守るんだから!」

「ふふっ。ありがとう」

「頼もしいな。ただ、願わくばそういった事態は起こらずにいてくれた方がいいが」

「そ、そだね……」「……」

 軽く仲間内で雑談を。

 歩きながら、アルスは黙してそっと空を仰いだ。

 と言ってもここは室内。在るのは等間隔に並ぶ窓と、そこから見える切り取られた大都の

風景である。

 そっと光が差し込んでいた。眩しさの角度からしてそろそろ昼になると分かる。

 変わらない。一見変わらないように見える。

 統務院総会サミット開催から、今日で二日目。

 アルスはぼうっと、昨日の本会議のことを思い出す。


 ──サミット本番は、その初日から当初の予定を変更し始めていた。

 それは会議内容の変更。具体的には今回採択する声明の草案を、予めヴァルドーやアトス

を中心とした幾つかの国が提案、それに関し審議・修正しながら最終的な合意を得ていこう

とするものである。

 だがその目論見は一日目で挫折の兆しをみた。中小の国々から猛反発を受けたのである。

 開催前より四大国(及びそちらに与する国々)とその他中小の国々との間でどう折り合い

をつけるか、それが今回のサミットでも大きな課題であると目されていた。加えて大都入り

していた反開拓(保守)派諸団体による抗議活動──中にはサミットそのもの、権力による

世界統合への反発も含まれていたという──が存外激しく、既に保守・開拓派双方に逮捕者

が出始めていたこともあって、ゼロから声明を練るよりある程度骨格を有していた方が事も

早く済むのではないかと政治家達は考えたらしい。

 ……しかし、それは結局空回りとしかならなかった。ただでさえ燃えやすいこの政争の二

次会場に自ら油を注いだようなものだったのだ。

 内外の憂いに用心を重ね、今回の要である“結社”への対応を早期に明文化すること。

 そんな結論ありきな提案への反発と、自分達の意見・主張の機会すらなかった不公平感。

 本会議はかくして、初日から紛糾の色を濃くしていった。

 それぞれの立場に立ってみれば当然だろう。

 その影響力故に“結社”に狙われる機会の多い大国勢は、かねてより彼らへの有効打を欲

して久しいし、一方でさほど彼らと対立関係にないその他中小国の多くは、正直火の粉を被

りたくない。安易に「世界」にひっくるめられても彼らにとってはむしろデメリットの方が

大きい──迷惑なのだ。


『そこまで拒絶することはなかろう。奴らを放置し続けることの危険は、貴方がたとて充分

認識している筈だ!』

『勿論だ。しかしだからといって結論ありき、一部の国の言い分だけを拾い上げ我々の総意

とするなどという横暴は許されん。そちらこそ解っているのか? これは議会運営への──

いや、この王貴統務院そのものに対する侮辱であるぞ!?』

『何が侮辱か。こうして総会を開き、皆で審議をしているではないか』

『そうだ。ただでさえ今までも団結した決議が採れず、結果として連中を野放しにすること

になってしまっているのだぞ? 奴らはトナンの内乱にも噛んでいた──この期に及んで、

貴公らはまた我々に同じことを繰り返せというのか?』

『……よもや、保守同盟リストンの手の者ではなかろうな?』

『なっ──!?』

『貴様、言葉を慎め! 言うことを聞かぬ、都合が悪いとなれば“敵”とみなすか!?』

『それが横暴だと言っている! み、皆が皆、そう“強い国”ばかりではない……ッ』


 故に、どうにも水掛け論になってしまう。

 何より諸国がこれほど敏感になったのには、声明草案に盛り込まれたある条項があったか

らだった。

 ──結社“楽園エデンの眼”及び世界秩序の不穏分子に対抗する為の国際軍の創設。

 彼ら諸王が内心懸念していた火の粉が、この一文からはっきりと伝わっていたのだ。

 巻き込まれたくない。しかしこの国際軍なるものに参加してしまえば、国の規模や地勢に

関わらず誰もが“結社”の標的になる可能性が生じる……。

 アルスらも出席・傍聴していたが、この条項が議題に上った時の諸王らの必死さには正直

目を丸くし、暗澹たる気持ちになったものだ。

 聞けば、この国際軍(仮称)の発起人はヴァルドー王国──ファルケン王。

 初日から荒れ模様の議論、いや口論の嵐の中、アルスは思ったものだ。


 ……どうして、僕らはここまで戦わなければいけなくなったのだろう?


 勿論、話し合う必要がある。話し合わなければならない。対話が必要だ。

 しかし胸が痛んでしょうがなかった。祖国の内乱を治めるため彼らの助力を請うた立場だ

とはいえ、自分達は少なからず“けしかけて”しまったのではないか? そう何度目とも知

れぬ自責の念に駆られたからだ。


「──」

 目を細める。

 だがそれは目の前にある陽の眩しさにではなく、今までとこれからに積もってゆくに違い

ない暗さ、深く黒い泥沼への強い不安であるのだろう。

 窓から見える大都の風景を、アルスは眺めていた。

 共に“現実”ではある。なのにこんなにも重い。自分の力では、二進も三進も……。

「アルス」

 そうして皆に混ざって──というより立場上、中心に遣られて歩いていると、ふとシノに

軽く肩を叩かれていた。

 見上げた母の顔。向けてくる優しい微笑。

 見透かされている。その上で、包み込んでくれる。自分だってもっと辛い筈なのに……。

「そろそろお昼よね? スケジュールも空くし、今の内にご飯にしましょう?」

「ええ。そうですね」

「また本会議がありますしねぇ。……進展するのやら」

「そこに関しては僕らじゃどうしようもないよ。でも、僕らにしかできないこともある」

「……。そうだな」

 そうしてシノが皆に振り返って言うと、面々が口々に喋り始めた。

 束の間の安堵。喜色と燻る不安と、苦笑い。

 ぼうっと、アルスがそんな仲間達を眺めてつい歩を緩めがちでいると、再びシノ

こっそりと彼に耳打ちをして言う。

「……一人で抱えないで。難しいことを言っているかもしれないけど、その為に皆がいる、

手を差し伸べてくれているってことは……忘れないで?」


「──ほら、しっかり歩け!」

「こちら三〇五七班。……はい。暴力行為に及んでいた者、十二名を拘束しました」

 時を前後して大都バベルロートの街中では、巡回する警備兵達がまた一件一件と、衝突したデモ隊員

などを現行犯逮捕していた。

 手錠を掛けられ、防弾装備の鋼車に連行されていく人々。

 サミット本番ということも相まって、間違いなく街はピリピリと殺気立ち、多くの住民ら

の不安を搔き立てている。

『…………』

 しかしまるでそんな頻発する騒ぎに紛れるように一つ、また一つ。

 大都の片隅を路地裏を、音もなく蠢いていく人影らの存在に、ついぞ彼らは気付けないで

いたのだった。

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