43-(0) ある小王の憂鬱
南方のとある小国の王・リファスは悩んでいた。
椅子にはやや浅く腰掛け、大きく頭を垂れたその額を組んだ両手で支える。押し潰されそ
うな不安と理不尽への怒りが綯い交ぜになり、落ち着いてなどいられなかった。かといって
何か行動を起こすには遅過ぎるし、何より自国の力では限界などとうに見えている。
「……」
今は、此処は、統務院本会議場の控え室。まさに今回のサミットが始まる寸前だった。
何てことをしてくれる──それがリファスの吐き出したくもさせられぬ本音であった。
言わずもがな“結社”についてである。これから採ろうとしている統務院──を主導する
大国どもの選択である。
確かに、連中の横暴は目に余るものがある。過去自国でも関連の事件があった筈だ。
だが……だからといって、彼らと全面対決に突き進むとなれば話は別だ。
トナン内乱以降、水面下で繰り返されてきた統務院加盟各国間の会談、折衝の数は枚挙に
暇がない。ただそれらに共通しているのは、王貴統務院対結社“楽園の眼”という明確な
対立構造だ。今回の総会はそんな方針を公的なものにする──決議として示す場であると言って
いいだろう。
……火の粉を被るのは、ごめんだ。
決して公式には口にしないものの、加盟国の多くが内心そう思っているのではないのか。
ヴァルドーを始め大国はいい。地の国力がある。だが自分達は自国の内政で手一杯な所が
ある。なのに万が一“結社”に目を付けられ激しい攻勢を受ければ、どうなるのか? その
炎を彼らは拭ってくれるとでもいうのか? ……十中八九、否ではないか。
何より、既成事実のように事を運んでいるというのが憎らしい。
水面下の政争で、その萌芽は見えつつある。
“結社”の脅威に「世界」が団結する──そんな動きに、仮に反対や独断をしようものな
らば『自分達の利益しか考えていない』『まさか不穏分子の仲間ではないか?』などと陰口
を叩かれてしまう。
連中はそんな状況を、権力内に生きる者達の上っ面を、見越した上で十把一絡げにしよう
としているのだ。世界を脅かすテロ組織を駆逐する──その美名の下、自分達にとって都合
のよいパワーバランスを作ろうとしているのである。
……随分と偉そうな“正義”なことだ。
そもそも“結社”のような不穏分子──反開拓勢力(保守過激派)が生まれたのは、彼ら
大国が過去よりこれまで、利の為に少なからずを切り捨ててきたからではないか? 放置し
続けたその歪みが生んだ怪物達ではないのか?
なのに、彼らは駆逐する。目障りだと再び拳を振り上げる。それが正しいのだと云う。
……何も自分がそれほど正義感に溢れる人物だとは思わない。だが、違和感や不信といっ
たものは、確かにこの胸に抱いていると自覚している。
王とは……何ぞや?
帝国時代、解放戦争、そして統務院(の原型)成立までの少なからぬ混乱期。
既に遠い過去の出来事になっているとしても、自分達は学んだではないか。
権力を一人に持たせてはいけない。されど複数人に持たせても争いは起こる。
だから王は生贄のようなものなのだ。領民の安寧と繁栄を担保する──その一点で権力を
持つことを許され、政務を執ることを委託された存在なのだ。
だから……? いや、一国の王というよりは、酷く個人的な感情になるのかもしれない。
不安で不安で、仕方ない。
さも膨張していくかの如き正義、秩序の正当性、繁栄を謳歌する今の世界そのもの。
この戦いの先に、自分達は一体何を得るのだろう? どれだけを失うのだろう? 何より
民達は……本当にそんなことを望んでいるのだろうか?
確かに実際問題、最早“結社”の実害を無視はできない。だが──。
「陛下」
そうして悶々としている、ちょうどそんな時だった。
はたと声が降ってきたかと思うと、そう官吏がドアをノックし、外より自分を呼ぶ声がし
たのである。
「そろそろお時間です。本会議場へ」
「……ああ。分かった」
リファスは疲弊した顔を上げると、ドア越しにそう答える。
向こうではまだ気配があった。数人分。自分を補助・警備する官吏や高官、兵らだろう。
身体を起こし、暗くなった表情を引き締め直してから、大きく深呼吸。
一国を任されている者として、せめて外面だけは……ふてぶてしくないといけない。此処
は悔しいかなそんな世界だ。
椅子の背に引っ掛けていた礼装の上着を羽織り直し、リファスは立ち上がった。手櫛で軽
く髪を整えるとドアを開けて彼らと合流する。
すぐに官吏らが身だしなみをチェックしていた。総会の資料を抱えつつ取り出ししつつ、
最後の打ち合わせをする。
同席する予定の高官らが一礼し、自分を励ましてくれた……ように思う。だがおそらくは
おべっかなのだろう。だが決して珍しい風景ではない。警備兵に囲まれ大舞台を前に、いい
意味で高揚しているなら心強いのだが。
「……では、行こうか」
きゅっと唇を結んだ後、言ってリファスは歩き出した。分厚い赤い絨毯が足音をサクサク
と掻き消す。廊下のあちこちで同じく、他国の代表団も本会議場へ向かう姿が見えてくる。
『──』
リファス達一行も歩いていく。
天井の高い廊下、その窓から等間隔に光が差し込んでいる。
だが実際、彼らに去来するイメージは、暗闇のそれに違いなかった。