6-(1) 刺客
「ジーク・レノヴィンだな?」
物陰から姿を見せた金髪の青年は、得物に手を掛け身構えるジークとリンファにじっと視
線を向けていたかと思うと、開口一番そう確認するように呟いた。
ひたすらに真っ直ぐな──いや、何処か“必死そう”にも見える眼差し。
名を呼ばれ、思わずジークは怪訝と共に眉根を寄せる。
「念の為に確認するが。彼と面識は?」
「ないッスよ。仮に俺が覚えてないだけだったとしてもこんな現れ方はしないですし」
「……そうだな」
互いに剣をいつでも抜けるようにしたまま、短くやり取りを交わす。
ジークのその返答を聞いて、やはり只事ではなさそうだとリンファは思った。
真意は何か。念の為、自分も記憶の中から目の前の青年の姿を探してみる。
(……。もしかして)
そして脳裏の中にちらついたのは、アルスがこの街に来てすぐの頃。シフォンやミアと共
に彼に街を案内していた時の映像だった。
遠巻きではあったが、自分の記憶に間違いがなければ……彼はあの時、広場で観衆に囲ま
れ音楽を奏でていた吟遊詩人の片割れではないのか。
(だとすれもう一人は一体何処に? いや、そもそも何故ジークを……?)
時折吹く風が、青年が首に巻いているロングスカーフをなびかせている。
リンファが内心で疑問を重ねている横で、ジークは不信感を隠す事なく言っていた。
「一体何のつもりだ? こんなコソコソした真似しやがって」
「……始めから目的は一つだ。だが、中々君一人になる隙が見つからなくてな」
青年は少し悔しそうに返していた。
狙いは、ジークだった。しかしクランの集団生活をしている彼に全くの一人になる機会は
数えるほどしかないのである。
「悪い事は言わない。君の剣を、渡して貰おう」
そして青年はそうはっきりとその要求を告げた。
静かに目を細めて睨むリンファに、思わず頭に疑問符を浮かべるジーク。
「やなこった。こいつは大事な形見なんだよ。見も知らない奴にホイホイ渡せるかっての」
だがすぐにジークははっきりと拒絶の意思を示していた。
己の腰に下げた、父との繋がりを担保する六振り。ジークはぎゅっと二刀の柄を握る力を
強め、いつでも対応できるように青年を見据える。
「そうか……」
すると青年は大きく息を吐いた。
嘆息のような、決心のような。彼はそれまでぶらんと下げていた手をおもむろに持ち上げ
ると、その中指に嵌められている指輪に静かにマナを込める。
「なら、仕方ない」
指輪──いや魔導具から光が弾けた。その中心から魔法陣が展開される。
収束してゆく銀色の光の中、彼の手の中で形を成したのは一本の槍。
「──貫け、一繋ぎの槍!」
そして青年がそのまま切っ先をジークに向けて呟いた次の瞬間、槍がまるで意思を持った
かのように猛烈な速さで伸び、襲い掛かってきたのである。
「ッ!?」
速い。相手の手馴れた魔導具の展開もさる事ながら、スイッチを切り替えたように先手を
打ってきた青年の攻撃に、ジークは数拍の遅れを取ってしまう。
迫る槍の刃。ジークは対応すべく二刀を抜き放ち──。
「ふっ……!」
だがそれよりも速く、槍を防いでいたのはリンファだった。
インパクトの瞬間に抜き放った長太刀と両腕に大量のマナを錬氣し、火花を散らさせなが
ら数十秒、伸び続け襲い掛かってくる槍をいなそうとする。
そしてジークが驚いて硬直していた中、ややあって両者は弾かれた。
勢いに押されて数歩下がるリンファが太刀を横へと薙ぎ払うと、そのいなしに流されるよ
うにして青年の放った槍が二人とはあらぬ方向へと飛んでいく。
遥か後方、並木道を形成する等間隔に植えられた木々が、何本も槍にその幹を抉られ、貫
かれ次々に倒れていった。
目を見張って思わずその光景に振り向くジーク。
だが彼を庇うように前に立ったリンファの眼と太刀は変わらず青年に向いている。
「なるほど。これが君のその魔導具の特性か」
「……」
彼女の呟きに、青年は黙っていた。
伸縮自在の槍型の魔導具。それを縮めて再び手元に手繰り寄せながら、この間に割って入
ってきた女剣士の力量の高さを直感として感じ取る。
「マジかよ……。槍と剣じゃ、ただでさえリーチが違うってのに」
向き直りながらジークは呟いた。
魔導具使い──少なくとも錬氣以上のマナの扱いを修めている人物。
正直あまり戦いたくない相手だった。魔導師相手なら詠唱の隙を突いて行動を封じられる
だろうが、基本的に魔導具使いに詠唱によるラグは存在しない。魔導を集中砲火されてしま
えば戦士の自分には打つ手はないのだ。
「……リンさん、早くホームに。皆に報せてきて下さい」
だがジークは戦闘スタイルの違いを把握しながらも、次の瞬間にはそうリンファの背中に
声を掛けていた。
奴の標的は自分(の刀)だ。
ここに留まって応援までの時間を稼げれば、状況はぐっとこちらに有利に働く。
「いや。その言葉そっくり返すよ。ここは私が食い止める」
「何言ってるんですか!? あいつの狙いは俺なんですよ?」
「……だからこそだ。ホームまで君が戻れば簡単に手出しはできなくなるし、皆で確実に彼
を捕捉する事だってできる」
「でもっ……!」
だが、リンファは振り向く事もなく淡々とその申し出を断わっていた。
ジークは勿論渋った。考えている事が同じな分、尚の事彼女を一人捨て置く気にはなれな
かった。
「落ち着けジーク。力量でいえば、私の方が適任だ」
それでも彼女は首を縦には振らない。
口調こそ落ち着いていたが、ジークには不思議とむしろ彼女の方が意地になっているよう
にも思えた。
確かにリンさんの方がずっと俺より強いです。
でも、このままあなたを捨て置いて自分だけ逃げるなんて……できないッスよ。
「……」
逡巡の末、ジークはそっとリンファの傍に並び立っていた。
横目でそれを見て驚いた彼女だったが、すぐにやれやれといった感じで苦笑すると、共に
得物をぐぐっと構えて臨戦体勢を取る。
「あくまで抵抗するか……」
槍をゆたりと構えていた青年は、そんな二刀と長太刀の戦意を前にして目を細めていた。
あくまで冷静に。しかしその奥にはやはり滾る何かを閉じ込めて。
「ならば、力ずくで回収させて貰うまでだ」
彼は再びその槍先を、ゆっくりと二人に向ける。
「うぃ~っす。今戻りました」
「疲れたぁ……」
そして時を前後して。
二人と別れた団員ら面々は一足先にホームに戻って来ていた。
酒場の入口を開け、一同は店内に散在して一時を過ごしていた仲間達と暫しのやり取りを
交わしながらホッと一息をついていた。
「あ、皆さん。おかえりなさいです」
そんな仲間達の集団の中に。
何処となくぎこちない表情で向き直り、微笑を向けてくるアルスの姿があった。
「……あれ? アルス、何でここに?」
だからこそ、一同はその姿を見た瞬間思わず怪訝を漏らしてしまっていた。
「? さっき学院から帰ってきたからですけど」
「え? ジークとリンさんが迎えに行った筈じゃあ……?」
「兄さんとリンファさんが、ですか? いいえ、来てませんよ?」
「へ……? おっかしいなぁ。俺ら途中で、リンさんにアルスを迎えに行くから先に帰って
てくれって言われたから、てっきり三人一緒だとばかり……」
「もしかして入れ違いになったのか?」
「うーん……。それも違うような。僕はいつも通り正門から学院を出て真っ直ぐ帰ってきた
ので、兄さん達が迎えに来ていたのなら見逃すとは思えませんし、入れ違いだとしても何処
かで会っている筈だと思うんですけど……」
「それもそうだなぁ」
「……? どうなってるんだ?」
聞く限り、アルスは本当にジークとリンファには会っていないらしい。一同は互いに顔を
見合わせて訝しがった。
話が噛み合っていない。では何故、彼女はあんな事を言ったのだろう……?
「……確か、今日はジェド商会での武器の試運用だったよね?」
「ええ。そうッス」
するとそれまでのやり取りを聞いていたハロルドが、カウンターの中から皆に問うた。
その手前ではダンとシフォンが酒と肴を突付きながら晩酌を始めており、少しずつ不穏な
気配のするその事態に振り向いてきている。
「ちなみに、帰りはどういうルートを通って来たんだい?」
「どういうって……アウルベ川の東から河川敷を伝ってこっちのストリートにですが」
すると、内の一人が小首を傾げながら答えると、サッとハロルドの表情が変わった。
いつもの微笑。だがそこには間違いなく真剣な気色が差し始めていて。
僅かに眉根を上げたダンの隣で、シフォンもその違和感の正体に気付いたのか、面々に対
して「本当なのか?」と言わんばかりの眼差しを投げてくる。
彼らは頭に疑問符を浮かべて戸惑った。
何か、自分達は拙い事でもしでかしてしまったのだろうかと。
「おかしいね。それだと学院とはまるで違う道になるよ」
『えっ……?』
だがそれ以上に、次にハロルドが口にした言葉への驚きの方が大きかった。
思わず顔を見合わせる皆に、シフォンが顎に片手を当てながら続ける。
「無理もないけどね。魔導に縁のない者なら、いくらこの街に住んでいてもアカデミーの位
置までは知らないだろうし」
「しかし、それだとリンが言っていた事が怪しいな」
「うん。多分何かあったんだと思うよ。……皆を先に帰さないといけないだけの何かがね」
団員らはそんな言葉にざわつき始めた。
ジークに、リンさんに何かがあった? 自分達はそれに気付けずみすみす二人を……。
「……兄さんと、リンファさんが」
アルスも、その中で静かに動揺していた。
ゆらゆらと揺れる瞳の中に同じく、戸惑っている団員らの姿が映り込んでいる。
だが、それも束の間だった。
ざわつく皆の中で、ダンがはたと立ち上がると一斉にその視線が彼に集中する。
晩酌を嗜む酒豪の面はなりを潜め、クランの副団長としての真剣な顔が皆に告げていた。
「お前ら。皆を呼べ、戦える準備をしろ。……きな臭い感じがしてきやがった」