42-(4) 彼の猜疑心
他の使徒達も黒い兵団も、教主もこの場から姿を消し、ストリーム内部は本来の静謐ぶり
を取り戻していた。
静かに色彩を変えていく光の束。無数にたゆたう光の粒。
「説明、して貰おうか」
そんな戻った筈の静けさの中で、ヘイトは硝子質の足場とそこから伸びる柱、その物陰に
目的の人物を追い遣り、突き飛ばすと問い詰めていた。
「……何の事だ?」
「とぼけるな、ジーク・レノヴィンだよ! てめぇ……本当にあいつらを殺ったのか?」
その相手は──クロム。
ヘイトは彼の胸倉を掴み、持てる限り最大限の威圧でそう脅した。問うた。
だが両者には少年と成人というかなりの身長差がある。ヘイトは気持ちこそクロムを押し
遣っていたが、実際傍から見たならば、その無理な背伸びが先ず目に映るだろう。
クロムは暫くの間、何も答えずに黙っていた。
眉間に皺を寄せて睨みつけているヘイト。だが彼はそんな若くして魔人になってしまった
組織の同胞を、感情の無い瞳ながら何処か哀れむように見下ろしている。
「見ていなかったのか? 私は彼らを打ち破っていただろう?」
「ああ見たさ。だがそこまでだ。あの後、お前がやつらにとどめを刺した所を見た奴は誰も
いない」
ゆっくりと、クロムは目を瞑っていた。
静かに唇から漏れる息。そのあまりの落ち着きようは、仮にこの場を見た者にある錯覚を
起こさせるだろう。
追い詰められているのは、焦っているのは、彼ではなく少年の方ではないか? と。
「撤収しろと言ったのはお前じゃないか。あの爆発で生身の人間が生きていると思うか?」
「……けっ」
再び目を開いたクロムが淡々と言う。
だが対するヘイトの眼には、不信と猜疑の色が濃く宿っていた。
「ならどうしてだ? 本当にあいつらを殺ったなら、何故六華を回収せずに帰って来た?」
吐き捨てるように笑い、攻勢をもう一段階。
クロムは答えなかった。ただじっと、もう仲間とは思ってくれていない──いや、以前か
ら自分が気に入らなかったらしいこの彼を見下ろしている。
「だんまりか……。まぁいい。少なくとも僕はお前が奴らに手心を加えたと思ってる」
「そうか。そんなことの為に私達の任務遂行を遅らせたのか」
「そんなことだぁ? お前、本気で言ってるのか? 結社はもう、あいつらをフォーザリア
諸共吹き飛ばしたって宣言しちまってるんだぞ? もしそれが、お前の勝手な行動の所為で
大ぼらだってことになったら、僕らの面子が丸潰れじゃないか!」
「……」
クロムの眉間に刻まれる、僅かな皺。
それは彼の言う通りになることへの懸念か、それとも……。
「……だからもう一回あっちに向かわせた。本当にレノヴィン達がくたばったのか、信徒を
遣って今確かめさせてる」
今度はヘイトが言って、にっと口元に弧を描いてみせた。攻撃的な笑いだった。
しかし対するクロムは見てみる限り表情に変化はない。軽く眉間に皺が寄ったまま、じっ
と自身の胸倉を掴んだままでいる彼を見下ろしている。
「……ちなみに、首尾は?」
「はん。何でよりにもよってお前に話さなきゃいけないんだよ。でも気になるってことは、
やっぱり黒なんだな? そうなんだろ?」
「……」
鼻で笑い、得意げに視線を刺してくる。
それでもじっと、クロムは特に言い返すこともなく彼を見ていた。
十秒、二十秒、三十秒。
しかしそう中々折れないクロムに苛立ってきたのか、ヘイトはようやく、またしても突き
放すように胸倉を掴んでいた手を離すと、カツンカツンと硝子質の足場の上に後退った。
「……見てろ。今に口を開けば救いだの何だの、綺麗事ばっかり吐くその化けの皮を暴いて
やる。ぶっ潰す為だろうが……。あいつらをどん底に叩き落とす為に、僕らは結社にいるん
だろうが!」
最後に宣戦するように叫び、内に秘めた憎しみを投げつけ、ヘイトは片腕を横に薙いで空
間転移をしていった。
「…………」
宙に、黒い電流のような痕跡が霧散する。
クロムは暫く無言のままその場に立ち尽くしていたが、やがてゆっくりと突き飛ばされた
壁際から身を起こすと、やはり同じく黒い靄に包まれながらその姿を消したのだった。