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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-42.英雄擁く都(まち)で
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42-(2) 英雄の跡地

 大都バベルロート。

 その成り立ちは、遡ればゴルガニア戦役以前にも求めることができる。

 世界樹ユグドラシィル近隣の土地全般に当てはまる歴史だが、世界の中心を臨むこの地は古くより、多く

の者達がその支配権を巡って争い、幾度となく主を替えてきた。

 そんな連綿とした歴史の末、ゴルガニア帝国時代においてこの地を任されたのは、のちに

志士十二聖の長として名を馳せることとなる“英雄ハルヴェート”その人である。

 彼は元々、帝国の有爵位者──国軍将校であった。この地を任されたのも、帝国から自身

の領地として与えられたからに他ならない。 

 しかし……彼は、結果としてその恩を仇で返すことになる。

 圧政続いた帝国末期、彼は同志らと共にこの街の地下で最初の鬨の声を上げたのだ。

 のちの経過は、史実の通りである。

 ハルヴェートら十二聖に率いられた解放軍は次第に帝国軍を圧倒、遂には皇帝オディウス

を討ち取ることに成功した──そんな顛末。物語えいゆうたん

 故に、この地が新たな世界の中枢となったのは当然の流れだったのだろう。

 かつてはいち地方都市に過ぎなかった河沿いの街。それが今では顕界ミドガルド最大の都市にまで

成長、王貴統務院の本拠地ともなっている。

 ……惜しむらくは、そんなかつての領地の繁栄を、当のハルヴェート本人は終ぞ目にする

ことが出来なかったという点か。


「──」

 アルス達を乗せた鋼車の列が、バベルロートの街中を突っ切っていく。

 両隣にはリンファとイセルナが、前席にはイヨと運転手が座席に着いている。その頭上に

エトナを漂わせるままに、アルスはぼうっと車窓からの風景を眺めていた。

 一言でいえば、この街は多重構造の要塞なのだろう。

 城壁がそびえていた。街全体をぐるりと仕切るように続く壁。それが自分達の行く道路の

ずっと遠く先まで鎮座している。

 一枚、二枚、三枚──三重の城壁。

 この街の建物達は、あたかもそんな区分けの中に繁茂しているかのようだ。

「……凄いですね。アウルベルツやトナン皇都とは桁違いだ」

「そうでしょう? 何せ、規模だけなら天界アスガルドの“神都”すら上回るっていいますからね」

 隠すことなく紡いだ感嘆。

 そんなアルスの言葉に、運転手からの反応は何処か得意げだった。鋼車や人々が行き交う

大都の大通りを、彼は慣れた手つきでハンドルを回す。

「この街は統務院本部を中心に、大きな円を描くように広がっています。その中を、内側か

ら順繰りに、第一隔壁・第二隔壁・第三隔壁と城壁が囲んでいる格好でしてね。ご覧の通り

家屋はそれらの間を埋めるように建っています」

「ふーん……。要するに年輪のイメージだね。それって、やっぱり警備の為?」

「ええ。大昔は色んな人間から狙われていた土地だったらしいですから。他所の街以上に念

入りなのも、まぁ無理はないでしょうな」

 年輪──なるほど。樹木の精霊である彼女らしい発想だなと、アルスは思った。

 雑談に加わるエトナと運転手のやり取り。アルスはその通りのイメージを、自分の頭の中

にも描いてみる。

「それでも、今じゃあこんなに大きな街になった。まぁその所為で色々とごちゃごちゃして

ますが、自分はこの街が好きです。だからその礎となった英雄ハルヴェートには感謝しても

し切れない。だから皆さんにも、できればこの街を好いてくれると嬉しいですね」

「……」

 バックミラーに映る彼の表情かおは、嘘偽りの無い笑顔だった。

 言葉にしなかったが、アルスは静かに頷いていた。そして同時に、何度目とも知らぬ罪悪

感が心身を疼かせた。

 史料によれば、ハルヴェートは統務院──の原形が成立するのを見ることなく、病に倒れ

この世を去ったという。

 もし彼がもう少し長く生きていたら、もし平和を喜ぶ人々の声を聞けていたら、その人生

はもっと救われたのかもしれない。

 そんな街を……そんな多くの思いが生まれ、散っていた街を、今自分達は往っている。

 今に始まったことではない、と言えば確かにそうだ。

 だがかつて人々が願ったそんな安寧を、この時代、もしかしたら自分という来訪者が壊す

かもしれないと思うと、この胸奥には薄暗く申し訳なさと恐れが同居する。

「うーん、観光ができればねぇ……。でも」

「ああ、難しい注文だな。滞在日数の方は延ばせるにしても、行く先々、アルス様をお守り

する為の準備というものがある」

「……ま、そうでしょうな」

「ええ……。だから今は、サミットを無事に終えることに集中しましょう?」

 ちらりと、再び窓の外を眺めてみた。

 城壁によって仕切られたそびえる建物群、そこに息づく人々と日々の営み。

 そこへ今は、更に警備の兵達という色彩が加わっている。

 間違いなくサミット開催に合わせ、テロを警戒しているのだろう。実際自分達が乗る車列

も各々に黒スモークや防弾加工が施してあると聞くし、うち数台は始めから囮として加わっ

てさえいる。

 ……物々しくない筈がなかった。

 土地柄、住民達かれらは諍いには慣れているだろうか?

 それともやはり、厭なものは厭で、遠目から見て感じるように怯えているのだろうか?

「そうですね……仕事中なのにお喋りが過ぎました。でも、機会があれば喜んでご案内させ

ていただきますよ? 繁華街はもちろん、建設中の第四壁区とか、志士聖堂とか」

「……。シシ、セードー?」

 そうしている間にも、エトナ達は運転手と話を続けていた。

 聞き慣れないといったように彼女が小首を傾げている。窓の外を見ていたアルスも、イセ

ルナが促した言葉で一旦暗い思考を引き剥がし、皆に振り返ろうとする。

「志士聖堂、ですよ。確か……ハルヴェートが解放軍を立ち上げた場所だったかと」

「ええ、そうです。伝承によると、彼は仲間達と共にその場所──小さな教会の地下で解放

軍の立ち上げを宣言したといいます。流石に当時のそれは戦火で焼け落ちてしまったんです

が、戦役のあと地元の有志によって再建されましてね。現在は十二聖ゆかりの品などを展示

する博物館になっています。……ただまぁ、見た目が地味で、場所も街の外れ──南の方に

ぽつんと建ってるだけなんで、今じゃあろくに観光客も来なくなってるんですが」

「へぇ~……」

 イヨが片言を引き継ぎ、運転手がまた饒舌になった。

 なるほど。それは確かに英雄ゆかりの地らしい史跡だ。そしてそんなマイナーな場所まで

挙げてくれる彼の厚意・配慮は、少なくとも単なるおべっかには思えない。

「……あ、あのぅ。よろしいですか?」

 すると肩と座席越しから、イヨがそう遠慮がちながらに顔を向けてきた。

 あ、はい──。そんな彼女にアルスはハッとして応え、両隣・頭上の三人と共に真面目な

顔つきになる。

「もうすぐ到着しますので、もう一度、陛下や政府代表団の方々と合流した後の動きを確認

させていただきます。既にお話したように今回のサミット、その本会議は三日間の日程が組

まれています。言わずもがな、本国内乱の件を踏まえ“結社”の脅威に世界が団結して立ち

向かうとの旨がその声明文に盛り込まれる予定です」

「はい。……だけど、そこはやっぱり政治でそれぞれに思惑がぶつかり合うものだから、開

会してすぐにまとまる訳じゃない」

「はい。ですので、実務上の課題は事前もしくは期間中の合間、如何に各国同士が会談──

折衝を図れるかに掛かっているでしょう」

「我々や四大国はともかく、他の国々にとって“結社”への対決姿勢はその大義名分以上に

火の粉リスクを被りかねないものだからな」

 黒縁眼鏡のブリッジを触り、薄っすらと目を瞑って俯き加減になり、イヨとリンファは交

互に紡いでいた。

 アルス達も、そのことは重々承知している。

 まさにそこが今回のサミットの肝なのである。統務院──世界として緊密に連携した強い

メッセージを出せなければ、結社れんちゅうは今後益々増長していくことだろう。

 それだけは……何としてでも避けたい。

 もうこれ以上、無闇に誰かが傷付かねばならない世界なんて、嫌だから。

「……ただ、トナン皇国としては、そうした戦いの説得よりも内政──復興協力を取りつけ

ることを優先する方針です。先日の通信でも、陛下ご自身が話されていたことですが」

「ええ」

「言ってしまえば、声明が対“結社”色となることは規定路線ですものね。だからこそ問題

の軸足はもう折衝の如何に移っている訳で……」

「はい。ですので、直接的な引き込み攻勢は四大国が主導するようです。むしろ私達は当の

“結社”に被害を受けた証言者──という立ち回りをすることが求められていますね」

『……』

 アルス達は、頷いていた。

 そう、自分達にとっての正念場はむしろこの本会議の方にあるのだ。

 予定では──二日目。シノブ・レノヴィンこと現女皇シノ・スメラギ。その子であるレノ

ヴィン兄弟と、共に戦った仲間達。

 その生き証人らがサミットという公の場であの内乱の顛末を伝えることは不可欠な義務で

あり、同時に“結社”との対立に尻込みする国々への発破ともなる。

 緊張しない……と言えば嘘になるだろう。

 だが自分達こそが尻込みをしてはいられない。ただ自国の復興さえ果たせればそれでいい

というのは、違う。それは内側に逃げ込んだだけで、災いの大元に目を瞑るようなものだ。

「……兄さんの件はどうなるんでしょう?」

「正直、どちらにも転びうると思います。他の国々にとって、ヴァルドー領内でジーク様の

消息が不明になった件の声明は格好の攻め口ではあります。ですがそれ自体“結社”の術中

に嵌ることだと、彼らも理解はしているでしょう。ですから敢えて今回は議論の俎上には出

さないという選択肢が採られる可能性も、また十分にあります」

「…………」

 イヨの眼は真剣そのものだった。アルスもじっとそのさまを見、言葉なく睫毛を伏せる。

 無茶苦茶な感情だとは分かっている。

 だが本音を言えば、安堵と心配が入り混じっていた。

 兄さん達は生きてる。きっと無事なんだ──。

 そんな信じる灯を、渡り綱のようなこの思いを、政争の為に侵されては堪らない。


 そうしている内に、アルス達の車列は目的地へと到着した。

 そこはバベルロートの一角にあるホテル。シノ以下トナン皇国の代表団が宿を取っている

場所だ。故に勿論、その作りたるや荘厳としたものがある。

「──流石は一国の王が泊まってる場所だな。ま、あんまりボロボロんとこに泊まってちゃ

威厳も何もねぇんだろうけど……」

 セドらアトス政府の一団とはここで別れ、アルス達は鋼車を降りた。後続の車両に乗って

いたダンやシフォンはそう目の前の高くそびえる建屋を見上げ、素直に感嘆している。

「……」

 そうして皆と合流し、周りを囲むように守られ、アルスはぐるりと周りを見渡していた。

 胸の鼓動が激しく脈打っている。

 だがそれは緊張ではない、期待──興奮に類するそれだ。

 ここにいる。暫く会うことができなかったあの人が、ここにいる。

「アルス!」

 ちょうどそんな時だった。ホテルの正面玄関のガラス扉が開き、一人の女性が数名の取り

巻きを伴って姿をみせる。

 シノだった。

 トナン皇国女皇シノ・スメラギ。レノヴィン兄弟の母にして、今間違いなく世界が好奇と

警戒の眼を向けているだろう女性──。

「わっ!?」

「おお……っ」

 数歩ゆらりと進んだ所で、アルスは彼女に抱き締められていた。

 がばっと。まさかこんなに激しく飛び込んでくるとは思わず、アルスはただされるがまま

になり、頭上ではエトナが小さく驚いて目を瞬かせている。

「シノさん?」「へ、陛下……?」

 仲間達も、程なくして追いついて来た。同じくシノ側の護衛達──サジとユイのキサラギ

父娘おやこらも、面食らいつつも駆けつけてくる。

「か、母さん……?」

 恥ずかしさなど、すぐに吹き飛んでしまっていた。

 温かい、懐かしい。だが……そんなことよりも。

「──よかった」

「えっ」

「無事で、よかった」

「……」

 触れ合う肌から伝わる、溢れんばかりの母の不安が、アルスには痛いほど分かっていた。

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