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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-42.英雄擁く都(まち)で
244/434

42-(0) 開宴の影で

 統務院総会サミット開催が正式に発表されたのは、その一週間ほど前のことだ。

 各国メディアはにわかに忙しなくなった、人々の気も少なからず漫ろになった。

 それでも目立った混乱が見られなかったのは、その日数のぎりぎりさ故か。それとも多く

の人々にとって、尚も政治とは日々の営みからは縁遠いものということなのか。

「──では現地から伝えて貰いましょう。大都バベルロートの、ウォリックさん?」

『はい。こちらは第三壁区、その北側です。ご覧になれますでしょうか? 既に都内は厳戒

態勢が敷かれ、物々しい空気が漂っています』

 この某メディアもその一つだった。

 大都げんばから遥か遠いスタジオ。そこから派遣したリポーターを通じ、今起ころうとしている

情勢を伝えようとしている。

 女性リポーターは、映像機のレンズを向けられるとキリッと心持ち顎を持ち上げ、背後に

広がる大都の様子を示しながらそう口上を始めていた。

 隔壁──まさにそう表現するに相応しい高い城壁が街を横断し、更に奥の壁へ。街並みは

基本的に、これら城壁と城壁との間に詰め込まれるように建ち並んでいる。

 世界屈指の大都市だからか、ただでさえごみごみとしているこの街の雰囲気。

 それに加えて今は目を光らせる警備兵があちこちに見え、人は街は、普段のそれより何割

増しにも張り詰めているように感じられた。

 たっぷり数十秒。映像機はそんな街の緊張を気持ち遠めのアングルで人々に届ける。

 なるほど。

 そして改めて、スタジオ側の男性アナウンサーは彼女に問い掛けていた。

「今回、サミット開催の公表は随分と急でしたが……。この警備の厳重さもそれが関係して

いるのでしょうか?」

『はい。今回の主要な議題は先のトナン皇国内乱の事後処理と言われています。そしてこの

内乱には結社“楽園エデンの眼”が裏で糸を引いていたとされ、彼らに対し、統務院がどれだけ

団結して強いメッセージを発することができるかが、今回大きな争点になると考えられています』

「なるほど。彼らにとってそれは都合の悪いことでしょう。公表を遅らせたのも、警備が厳

重になっているのも、全ては報復テロへの対策ということですね」

『はい。ただそれでも情勢は未だ不透明と言えます。サミットという場で強いメッセージを

出すことは、それだけ「全面対立」の様相を呈することになります。彼らを野放しにすべき

ではないという点では各国ともに一致していますが、一方で自ら進んでテロの標的になるの

は避けたい──そんな思惑がメッセージを霞める可能性も充分にあるからです』

 こくこくと、アナウンサーは頷いてみせていた。

 隣席に着くコメンテーター二人も、手を組みじっと中継画面を見つめ、さも真剣ですよと

アピールしているように見える。

 その後も何回か、両者のやり取りは続いた。

 現場の空気を直に感じ取っていたからか、女性リポーターは終始真面目に、抱いた憂いを

ぎゅっと隠すようにしていたが、一方のアナウンサー達スタジオ陣は、何処となく“智者”

の目線であるような言動が入り混じる。──具体的には自分達メディアに、サミット開催の

情報を隠してきた統務院に対する遠回しな批判などである。

「ありがとうございました」

 座ったままの一礼。アナウンサーはそして画面の向こう、大都にいるリポーターからその

視線を外すと、正面に向き直っていた。

「……まさに今、統務院の権威は正念場を迎えています。正しさの為にどれだけのリスクを

示すことができるのか、その覚悟が問われています。……では、次のニュースです」

 即ちそれは、スタジオからの映像機カメラ目線。

 そこにはもう生の、不穏に身を縮める人々の姿は見切れ、ただ流れてくる原稿と共に自身

の理知を標榜してみせる表情かおだけが映る。


「──へいへい。敵情提供ご苦労さん」

 そんなヒトらを彼らは哂っていた。

 一見仄暗く、しかしゆっくりと七色に色彩を変え続ける光の柱達が、果てのない天上へと

深淵へと延びていく場所。

 魔流ストリーム内部なか

 “結社”の面々はその一角に集まり、無数に浮かぶ中空の映像ビジョンへと思い思い

に眼を遣っている。

 両腕を組んで暫しじっと睨んでいたバトナスが、ふっと白けたように腕を解いて踵を返し

ていた。

 分厚い硝子のような足場。

 そこにぽつぽつと建つ柱の一つに背を預け、彼は気だるげに凝った身体を解し始める。

「どれだけ隠したって筒抜けなんだけどねぇ……。まぁ、こうやってご丁寧に説明してくれ

てれば世話ないか」

「フフフ。そもそも、私達にストリームの掌握で以って張り合おうというのがどだい無理な

話ではあるのだがねェ」

 集まっていたのは使徒クラス──幹部階級の面々だった。

 即ち“結社”に属する魔人メア。その戦闘能力の高さは最早語るまでもないだろう。

 フェイアンが気障ったらしく肩を竦めてみせ、ルギスが光の反射で眼鏡の奥が見透かせな

いままそう引き攣った笑いを零している。

「……」

 その中には、当然彼もいた。鉱人ミネルの武僧・クロムである。

 彼は終始じっと、黙したまま中空の映像ビジョン達を眺めていた。それらが囲むように、発動媒体

たる魔導の光球が浮かんでいる。

「俗物どもが何をしようが関係ない。ただ私達は大命を果たすまでだ」

 ぽつり、白髪と黒コートの剣士・ジーヴァが呟いていた。

 まるで死んだ──実際、魔人メア化は一度死ぬようなものなのだが──魚のような目をして

いるな。そうクロムは内心、何度目とも分からない感想を抱いては揉み消す。

 だが油断ならぬ相手だ。何せ彼はこと戦闘能力においては使徒最強とも目されている。

 うむ、と。これまた彼と双璧を成すヴァハロが頷いていた。

 一方でこちらは何が面白いのか、妙に表情が豊かな所がある。古参の余裕か、それとも道

を究めて往った先には彼のような精神が待っているのか。

(……私には、中々至れそうにない)

 仄暗い空間の至る所、散在する足場に、無数と言っていいほどの人影が佇んでいる。

 大小それぞれ。それは皆“結社”の兵士こまであり、程なくして始まるであろう新たな任務を

待つ大軍勢である。

 ──そんな時だった。静かに絡まり流れるストリームの中に、薄紫の光球が“教主”が姿

を見せたのは。

 映像ビジョンから視線を外し、クロムを含めた使徒全員がさも当然のように低頭していた。仄暗さ

を気持ち照らすその輝き、されど微動だにしない黒き兵士達。やがて頭を上げた一同に、彼

は厳粛な声色で言う。

『同志らの配置が完了した。これより状況を開始する。総員、大都バベルロートへ出発せよ。手筈は、

しっかりと頭に叩き込んであるな?』

 勿論です。使徒達は頷いた。

 その統率された反応に、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ淡紫の光が強くなる。

『行け──』

 そうして、まるで天を仰ぎ指差すような僅かな身の反りに、一同は一斉に空間転移をして

いった。

 硝子質の足場から、にわかに人気がなくなっていく。

 それを確認するように“教主”もまた周囲に纏うストリームに巻かれて姿を消していく。

「待てよ」

 だが、同じく皆に倣い転移しようとした寸前、クロムははたと何者かに背後から片腕を取

られていた。さりとてクロムは特に驚く素振りはなく、ただ黙して振り返る。

「……」

 そこにいたのは、同じ使徒の一人・ヘイトだった。

 見られるのは、あからさまな仏頂面。

 すると彼は、まるで敵でも見るかのようにこちらを睨み付けると、

「……ちょいと、顔貸せよ」

 そう自分を見下ろす格好になったクロムに、ドスを利かせながら言ったのだった。

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