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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-41.その痛みを強さに変えて
242/434

41-(5) その名、空帝

 謎の戦闘艇から届いた無線に、基地内のほぼ全ての者が耳を疑った。

 司令室のマルコ将軍達、基地正面に下がろうとしていた防壁車の兵士達、城壁上の通路に

陣取った兵士達とサフレら三人。

 皆が皆、管内に響くその声に思わず目を見開き、顔を上げて固まっている。

「も、元大尉……?」

「おい誰だ、勝手にドックを使わせたのは? 将軍、基地上空で交戦されては──」

「いや……構わん。それより回線をこちらに回してくれ」

 将校らが互いに顔を見合わせ、中にはこの突拍子のない助っ人を御そうとする者もいた。

 だがマルコ将軍はそれを短く遮る。オペレーター達に声を掛け、無線機のアクティブを自

分の手元へと遣らせると、彼はエリウッドに返答を送った。

「こちらマルコ准将。現在この場の総指揮を執っている者だ。あのハルトマン元大尉で宜し

いのだな? 貴殿の助力、感謝する。既にこちらで、敵将を飛行部隊後方に確認している。

貴殿は最優先にそやつを叩いてくれ」

『了解した。可能な限り上空の敵はこちらで引きつける』

 そう硬く研ぎ澄まされた刃のような声が返ってきて、一旦通信が沈黙した。

(……。彼なら、或いは──)

 そしてマルコ将軍以下司令室の面々は、その直後、多数の映像器の画面に映し出された、

猛然とファットクロウの群れへと飛んでいく戦闘艇の姿を目の当たりにする。

「……さっきの、エリウッドさん、ですよね?」

「あ、ああ」

「でも何か別人みたいな声でしたよね。その、ちょっと怖い感じの」

「……そうね。でも、確かレジーナさんが元軍人だって言ってたし……」

 一方で、城壁の上にいたサフレ達も互いに顔を見合わせて戸惑っていた。

 管内全体に届いた無線越しのエリウッドの声。

 それは確かに彼のものだったが、マルタがおずっと述べるようにその声色は普段の彼とは

随分と違っているように思える。

「うん、そうだよ。エリは昔、ヴァルドー軍の空艇乗りだったから」

 サフレ達三人は勿論、場に居合わせた兵士達もが振り返っていた。

 見れば棟内へ続く階段から、ロケットランチャーやライフルを腰に下げたレジーナが姿を

現している。

「思い出しちゃうみたいなんだよねぇ……。操縦桿を握っていると昔を──“空帝”なんて

呼ばれてた頃のことを、さ」

 彼女は苦笑しながらそんな言葉を皆に返すと、そっと空を──エリウッドが戦闘艇を駆っ

ている基地の向こう側を眺めて呟く。


「……ほう? 自壊を恐れず飛んでくる者がいましたか」

 カムランと魔獣の飛行部隊は、そんなエリウッドが駆る戦闘艇の接近に若干の驚きと迎撃

体勢の中にあった。

 一重、二重、三重。ファットクロウに乗った黒衣の兵士達がカムランを警護するように立

ちはだかった。

 上下にずれた配置からの、口を広げた赤黒い光球。

 それらはフッと一度不敵に笑ってみせたカムランの合図の下、一斉にエリウッドへ向けて

発射される。

『──』

 だがエリウッドは、その戦闘艇は、まるで軌道を読んでいたかのようにこの全弾を紙一重

に最低限の機体傾斜だけでかわしてみせたのだった。

 そしてお返しとばかりに握られた手元の引き金、小気味よく撃たれた機銃。それら一発一

発が、今度はまるで吸い込まれるようにファットクロウ達の両翼と脳天、オートマタ兵達の

脳天にヒットする。

「なっ……!?」

 ぐらり。この間ものの数秒。

 カムランが虚を衝かれたように驚いた時には、取り巻いていた手駒達の半分以上が力を失

い落下を始めていた。その張本人、エリウッドの戦闘艇はそんな彼らのすぐ真上を急上昇し

て飛んでいく。

「……チッ。落とせ、たかが一機に何をまごついている!」

 残った飛行隊の一部がその後を追った。

 ぐんと上昇していく戦闘艇、その後を追う乗り手も魔獣も真っ黒な騎兵。

(二十四、五か……。まだ釣れるか……?)

 赤黒い光球が何度となく放たれていた。

 なのにエリウッドには、彼の乗る戦闘艇には掠りもしない。

 上昇の後、緩やかに降下。だがそれに騎兵達はすぐに気付けなかった。

「ッ!? 待て、地上に撃つな! お互いを潰し合ってどうする!?」

 かわされた彼らの光球──破壊弾は、必然地上へと落ちていく。即ち基地を、防壁車の戦

列に突撃しようとしていたギガライノの騎兵達にだ。

 ぐるり旋回──後ろの夜雲から出てきたエリウッドと部下達の位置関係を見て、カムラン

は慌てて叫んでいた。

 だが一度攻勢を放った軍勢に急ブレーキは効かない。十発、二十発、赤黒い爆ぜが地上の

あちこちを穿ち、騎兵なかま達を吹き飛ばしていた。

(あのパイロット……何者だ?)

 カムランはそこで、ようやく読み取る。相手が単なる蛮勇の輩ではないと知る。

 ……計算し尽くされているのだ。

 地上への誤爆を狙ったファットクロウ達への誘導、それらを可能にする絶妙な機体コント

ロール。そしてそんな戦法が味方に及ばないよう、基地とは必ず交差上となる位置を維持し

ているその巧妙さ・判断力。全てが恐ろしく冷静に遂行されている。

「──」

 更にエリウッドの空のワンマンショーは続いていた。

 飛行部隊も、ただ後追いするだけではいけないと状況を見渡したのだろう。彼らは幾つか

に分かれ、彼を全方向から囲い込む作戦に出ていた。

 しかし……それすら、エリウッドには生温い。

 コックピットの中で静かにマナを燻らせ、特に両眼にその力を集中させたその五感には、

この騎兵達の動きが手に取るように判る。

 包囲し、光弾が放たれた。

 だがエリウッドはその一刹那前、一気に駆動を前進アクセルから浮遊ホバーに切り替えていた。

 即ち、彼の機体がぐんと上昇する格好。

 即ち、騎兵達が放った光弾が、期せずしてお互いにヒットし合うという結果。

「……ッ」

 あっという間に、いや猛烈な速度の現在進行形で空の部隊が撃ち落されているのをみた。

 カムランは眉間に皺を寄せ、槍を握った手に力を込める。これほど次々に手駒が屠られる

ことに、屈辱を覚える。

「クロウ隊総員、私に続け! 奴は危険だ、直接落とす!」


「よーし! 羽付きは“空帝”が捌いてくれてる、こっちは地上だ!」

「全門、照準を下げろ! 犀の方をぶっ飛ばせぇ!」

 結果的に、これが再びヤーウェイ側の好機となった。

 対空に回していた砲台が次々と地上──ギガライノの群れへと向けられた。下がりつつ撃

つ防壁車と彼らを隔てるように、砲弾の弾幕が切れ目なく叩き付けられていく。

「……私達も加勢するわよ。サフレ君、貴方も使い魔を」

「大丈夫、ですか? 属司霊召喚は消耗が大きいんです。そっちはまだ休んだ方が──」

「いいえ……そう悠長な真似はできないわよ。この中にはあの子がいるのよ? 満足に戦え

ずにじっとしているしかないの」

 リュカも、そんな反転攻勢に出始めたヴァルドー兵らを見下ろしながら、膝をついていた

身体を起こしていた。隣のサフレは、小さく驚きながらそう窘めている。

「ここで私まで休んでいたら、申し訳ないじゃない」

 それでも彼女は気丈だった。あの子──ジークの名を出して自身を鼓舞していた。

「……。分かりました。ですが無茶だけはしないでください」

 サフレは、暫くそんな彼女の横顔を見遣って、頷いた。自身も小さな黒い宝石のリングに

そっと指先を添えて力を込める。リュカも目の前の宙に文様ルーンを書き、マナを纏わせた指先で

ピッと尻上がりの直線を描く。

「──来い。石鱗の怪蛇ファヴニール!」

「──出撃よ、騎士団シュヴァリエル!」

 次の瞬間、黒と白の魔法陣から、全身が岩で出来たような巨大な蛇と白い甲冑を纏った、

しかし中身のない無数の人影が二人の傍らに現れた。

 ヴァルドー兵達が、足止めを食らうギガライノの騎兵達がその城壁上の使い魔二種を見上

げていた。

 畏怖の交じった歓声と低い唸り声が鳴った。そしてそれらを合図にして、巌の巨体と白い

甲冑の騎士達が一気に地上へと加勢になだれ込んでいく。


(……地上の騎兵は、向こうが捌いてくれそうだな)

 機体のレーダーと目視、エリウッドはその両方で地上の奮闘を確認していた。

 久しぶりの感覚だ。こそばゆい。だがこれが彼らの為になるのなら……やはり惜しまず立

ち上がってよかったと思う。

(おっと)

 そうしていると、もう何度目か分からない光弾が飛んできた。

 それでもエリウッドは抜け目がない。まるで後ろに目でもあるように、さも当たり前の如

く機体を傾けて軽く旋回すると、それらをかわしてみせる。

 カムランと、ファットクロウの騎兵らが執拗に追ってきていた。

 それでも周りの雑魚は残り数体まで減らした。次の一手で敵将は丸裸になるだろう。

「くぅ……! 何故だ!? いくら小型機とはいえ、飛行艇くずてつごときが私達を超える機動力

など……」

 カムランの焦り、自覚の薄い高慢を逆撫でされた怒り。

 その間もエリウッドの機体は巧みに彼らの攻撃をかわし続けていた。

 同じ轍は踏まない──こちらも奴の高度変化に気を付け、無駄撃ちを控えさせているとい

うのに、すぐにまたあの手この手と戦法を変えてくる。

「むっ……?」

 まただ。カムランは眉を顰めていた。

 エリウッドの機体が夜の雲間に消える。騎兵達がすぐさま外向きの円陣に止まり、彼の出

現位置を捉えようとしている。

『──!?』

 だが、今度はそれだけではなかったのである。

 ゆっくりと流れていく夜空の雲。そこから覗いた戦闘艇の影。

 しかし彼らは、すぐ反応ができなかったのだ。──彼が背にした、月明かりの眩しさで。

「ぐぉぉぉ……ッ!?」

 勿論、エリウッドはその隙を逃がさない。

 容赦なく引き金がひかれた。機銃が音を立てて小刻みに動いて撃たれ、止まってはまた撃

たれる。その僅か数往復の掃射で、次々と魔獣の両翼と脳天、オートマタ兵の脳天が撃ち抜

かれていった。

 カムランが顔を引き攣らせながら、旋回と急上昇でかわす。ぐらりと力を失って、残りの

部下達がことごとく落ちていく。

『……』

 遂に、残すはカムランただ一人となった。

 浮遊ホバー状態でじっと見据えるエリウッド、同じく槍を引き絞って睨むカムラン。

『──ッ!』

 そうして互いへと加速したのは、ほぼ同時だった。

 カムランの乗るグリフォン、彼が繰り出す長槍の切っ先。それをエリウッドは機体を捻り

ながら上昇気味に──回転しながらかわし、すぐに斜め下方へエンジンを噴かせて反転、機

銃をカムランに放つ。

 だが……この敵将もまた手練であった。

 先ずはグリフォンの羽ばたきが起こす突風で弾幕を散らし、それから一度ぐんと下がって

視界に消えてからもう一度。幾つもの風の刃がエリウッドを襲う。だが彼も、これを咄嗟の

判断で機体を包むように発生させた障壁で守り、エンジンを逆噴射。もう一度機銃をお返し

と浴びせ掛ける。

(……障壁装置シールドも装備していたか。小型機の癖に小癪な……)

(化け鴉達とは機動力が桁違いだな……。残弾も多くない。無駄撃ちは命取り、か……)

 ふいっと、互いの弾幕が止んでいた。それまで入れ替わり立ち替わりに旋回と接近を繰り

返していた両者が、一度距離を置き直してその場に浮遊し出す。

(──大技を、打ち込む!)

 互いの思考それ自体は同じだった。

 車輪のように槍を回し、グリフォンと共に風を纏うカムラン。そこからの突撃に、やや遅

れて真正面から飛び出していくエリウッド。

 だが。

「な……っ!?」

 “落ちて”いた。カムランの渾身の一発が当たる、その寸前でエリウッドは全方向のエン

ジンを停止、自ら機体を地上へと誘ったのだ。

 当然、そうなるとカムランの一撃は虚空を切ることになる。実際、肩透かしを喰らったよ

うに槍と爪を突き出したまま、彼はふわりと空中を泳ぐような格好になり、ぐらりと目を大

きく開けて瞳を揺るがしていた。

「──ッ、ガァッ!?」

 しかしそれもほんの一瞬だった。

 一度は急な墜落かと思われたエリウッドの機体が、次の瞬間、カムランとグリフォン目掛

けて急上昇したのである。

 物理的落下、その後の急上昇──即ち機体の向きはほぼ地面に対して直角。

 機銃えんきょりではなく機体の先きんきょりで、エリウッドはこの信徒の真下から強烈な打撃を喰らわせたので

ある。

 カムランは宙に投げ出された。槍が、相棒グリフォンが変な方向にへしゃげて吹き飛ばされていくの

が視界に映る。

 だが周りを見る余裕は、スローモーションの世界はそこまでだった。

 追い討ちと、エリウッドが放った機銃の弾丸の雨霰がカムランの身体へと叩き込まれた。

「ガッ……、ァッ……!」

 意識が飛びそうだった。殆ど白目を剥いていた。

 身体中から力が抜けていく。……いや、血飛沫が空を舞っている。

 纏っていた部分鎧も、流石に戦闘艇の銃撃を直接受ければひとたまりもなかった。

 ぐんぐんと、身に圧し掛かる加速と風圧が増しながら落ちていく。自分の身体が重力法則

に従って猛スピードで落ちていく。

 このままでは……このまま地面に叩き付けられれば、間違いなく死ぬ。

 カムランは余裕のよの字も無い、引き攣った顔でぴくぴくと、魔導具の指輪を嵌めた左手

を遠退いていく闇空へ伸ばした。

 刹那、込めたマナに反応した魔導具の光がカムランを包む。

 がくんと削ぎ落とされた速度。

 それは無色透明の球体──空中浮遊レビテートの魔導具。

 その中に身を預けるようにして、地面に叩き付けられる事態だけは何とか回避した。やが

てそのままゆっくりと、安全圏に入ってどうっと。彼は短い芝の上に倒れ込むようにして着

地する。

「……ぐ、ぁ……。げほっげほっ!」

 そして仰向けのままろくに動けず、口や身体中の銃創から血を噴き出しながら、カムラン

は打ちひしがれていた。

「馬鹿、な……。空中戦で、この私が……負ける、など……」

 荒く息をついて誰にともなく。だがそれを聞いてくれる部下すら、周りにはもういない。

「ま……まだだ。まだ、兵力の……調達は」

 足掻こうとした。それでも這いつくばって戻ろうとした。

『──』

 だが結局、そんな抵抗は虚しく終わる。

 気付いた時にはもう、ギガライノを殲滅したヴァルドー兵らが彼の周りを取り囲み、ぴた

りとその銃剣を突きつけていたのだから。

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