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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-41.その痛みを強さに変えて
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41-(3) 命より重いもの

『うん、そう。何とかお偉いさん達に早く出られるよう掛け合ってみようかと思って』

『大丈夫大丈夫、こっちには助っ人がいるし。……うん、エリのことだよ。昔はヴァルドー

軍にいたからねー』

 レジーナはエリウッドと共に、駐屯地内の倉庫エリアにやって来ていた。

 コンテナに詰まれ、積み上げられた物資の類だけではない。分厚いシャッターを隔てたそ

の向こう側には、軍用の飛行艇──戦闘艇や鋼車が何台も整備を受けて待機している。

 館内の兵士から事務方、事務方から将校へと聞き込みを渡り歩き、彼女達はそのドックの

一つへと足を運んでいる最中だった。

「──それはできませんな。少なくともこちらの独断では行えない」

 相対したのは、如何にもといった風体の上級将校。この駐屯地の責任者であり、鉱山への

救助部隊も派遣した人物だ。

 ちょうど管内の定期メンテを見回りに来ていたという彼とその取り巻きを追って二人は足

を運び、話を持ちかけたのだが、返ってきたのはそんな慇懃とした否であった。

「グランヴァール本営からも厳命されています。負傷した皇子ご一行は手厚く保護せよと。

そして少なくともサミット本会議が終わるまではこちらにバトンを預け、しっかり養生して

貰うように、とも」

「ぐぬぬ……」「……」

 これが見下した態度といった、口撃する余地のあるものであればもっと押せていたのかも

しれない。だが相手があくまで毅然として丁寧に、ジーク達の身を案じてというポーズを取

っている以上、こちらもあまり強く出る訳にもいかない。

「だから止めておけと言ったんだ。聞いたろう? 僕らをここに置いているのは──」

「だけどさぁ……。皆にあれだけ見得を切って出てきた手前……」

 しょぼんと、それとなく細めた眼で見遣ってくるエリウッドにレジーナがぶつぶつと呟い

ている。

 尤もエリウッド自身、言うほど彼女に怒ってもいないし、呆れてもいなかった。

 理解はしているつもりだ。ああ言ったのも、本当はフォーザリアに連れて来た所為で死に

そうにまでなった、その償いを込めているのだろうということくらい。

 ……だがそれを言うなら、責任があるのはむしろ自分の方だ、とエリウッドは思う。

 もっと巧く──具体的には鉱山に直接入るのではなく、肝心の原材料だけでも仕入れられ

るよう交渉を続ければよかったのではないか? 何処かで自分もまた、ジーク・レノヴィン

という人間に、この地の混沌を何とかして貰えればと企んでいたのではないか? 後悔を数

えるというのならば、既に事足りぬことはない……。

「……悪いのは結社れんちゅうだと言ったのは君だろう? ならもっとスマートに立ち回らないと。

ジーク君達の為にも、今は無闇な攻め手を取らない方がいいと思う」

「うぅ……分かったよぉ」

 そう彼女を宥めるエリウッドは、何か思案して──勘付いているようにも見えた。

 仕方ない。今は機を窺いながら傷を癒す方が、状況を引き込めるまで待つ方が得策……。

『──』

 そんな折だった。ふと見れば、将校の取り巻きが何やら、彼に耳打ちをしている。

 小さく頭に疑問符を浮かべるレジーナと共に、エリウッドはそんな彼らの様子をじっと注

視していた。しかしその眼自体は構わぬというのか、ややあって何かを吹き込まれた将校は

変わらず慇懃とした口調で言う。

「ただ、場合によっては実現できなくもありません」

「えっ?」

「そちらにおられるのはハルトマン元大尉ですね? ならばこうはどうでしょう? 貴方に

再びヴァルドー軍へ復帰して──この国難に、今一度お力添えをいただく。そう約束してく

だされば、こちらからもグランヴァールへ取り成しを致します」

 その言葉に、レジーナがあからさまに嫌な顔をしていた。

 取引のつもりね? 性懲りもなく……。

 彼女はそう、何とか言ってやってよと言わんばかりに傍らのエリウッドを見る。

 だが当のエリウッド本人は、彼女も思わず軽く身じろいでしまう程に落ち着き払って──

とても冷たい眼をしていた。

「お断りします」

 はっきりと、それだけを言った。

 線目から開かれた輝きのない両の瞳。将校とその取り巻き達が思わず、そんな彼の反応に

やはり身じろぎ──ある種の畏れを抱いたが、それすらも彼は興味がないと言わんばかりに

一人、先んじて踵を返していた。

「あっ。ちょ、ちょっと待ってよ、エリ!」

 レジーナが慌てて、そしてさも“余計なことを言いやがって”と言わんばかりの非難の眼

を彼らに向けて、その背中を追っていく。

「……」

 そしてエリウッド自身も。

 倉庫から立ち去る間際、ちらっと一度だけ、その肩越しに鎮座した戦闘艇を仰ぎ見る。


(……暇だな)

 寝たり起きたり、寝たり起きたりを繰り返している内に、外はすっかり暗くなってしまっ

たようだった。

 此処に運ばれて三十日──三週目の折り返し。それほどの時間が過ぎようとしている。

 何度押し込めても、まるで発作のように焦りは疼いていた。鋭利な疼きは、何度も何度も

胸奥を突いては退き、突いては退きを繰り返している。

 自分がダウンしている間、仲間達みなは世界はどう変わったのだろう?

 確かめようにもこの部屋から──駐屯地から出ることも叶わないし、何よりも包帯だらけ

の身体はてんで言うことを聞いてくれやしない。

「ッ……」

 やはり同じく、包帯だらけの拳を握って眉根を寄せて。

 ジークは悔いた。今までないほどに強く、引き裂かれそうだった。

 まんまと“結社”の術中に嵌ってしまった直情。また今回も勝てなかった魔人メアとの交戦。

何よりも守れなかった者達への申し訳なさ──繰り返された悲劇。

 何てざまだ。そう自身を哂う無力さが全身を滅多打ちにする。

 だがそんな自責すらも、結局は陶酔でしかないのかもしれない。

 この期に及んでも、重ねてきた咎から目を逸らし、自分を演じてわらってみせているという卑怯さ。

自分が自分として結社れんちゅうと戦い続ける限り、事実として「巻き込まれた」誰かは増え続ける。

突きつけられる、現実。

(夢、だったのかな……)

 ベッドの傍、白い壁紙に六華が立て掛けられていた。現実では丸腰ではなく、発見された

際も自分ごと一緒に石化していたのだという。

 お前らも、俺を哂っているのか……?

 言葉には出さず、ジークはそっと愛刀である筈のそれらに指先を伸ばす。

 お前らも、俺が間違ってるって──。

「ジーク……さん?」

 そんな時だった。

 はたと聞こえたのは、何処となく怯えたようなマルタの声。

 ビクリと身体が強張り、半ば反射的に伸ばした手を引っ込めながら振り向くと、彼女は半

開きにした部屋のドアからこっそりとこちらを覗いている。

「お、おう……マルタか。どうした?」

「い、いえ。その、具合はどうかなと思って」

「……そっか。まぁ、大分楽にはなったよ。身体こっちの方は相変わらずだけど」

 包帯だらけの、まだ力の入りきらない腕を掲げながらジークは取り繕うように苦笑した。

 それをみてようやく落ち着いたのだろう。マルタもおずっとドアから身体を出すと、その

まま病室の中に入ってくる。

「後遺症にならなければいいんですが……。あ、ずっと寝てましたよね? お腹空きません

か? よければ兵士さんに何か食べるものを頼んできます」

「あ、ああ……そうだな」

 てきぱき。戸棚に置いてあったポットの茶を入れ替えたり、点滴の残量を見たり。伊達に

以前からサフレの従者として彼と行動を共にしてきただけのことはある。

 本当は寝て起きてを繰り返していたのだが、ジークは成り行きのまま彼女の厚意に甘える

ことにした。実際、こんな時でも──いやこんな時だからこそ、腹は一丁前に減っている。

 マルタがドアの向こうで誰かと話していた。

 それとなく身体を傾けて覗いてみるに……本当に兵士だった。

 ちらと、相手の視線がこちらと合った。なるほど、要するに監視していた訳か。そんな事

をジークが考えている間も、マルタは持ち前の人当たりの良さで彼ら三人組を場から去らせ

ることに成功する。

 ……もしかしなくても、人払いのつもりだったのかもしれない。そんなことを思った。

「悪ぃな。サフレだけじゃなくて、俺の世話まで」

「いえいえ、マスターも気に掛けておられましたし。ジークさんが復活しなくっちゃ私達は

ダメダメなのです」

「……」

 おそらく、いや十中八九、彼女は純粋に励ますつもりだったのだろう。自分をリーダーと

して認識している故の発言だったのだろう。

「……すまなかった」

「ふぇっ!?」

 だが、この時のジークには痛手過ぎた。苦笑わらってやり過ごせなかった。

 再び深く寄せられる眉間の皺。身を起こしていたジークは項垂れ、ベッドに半身を潜らせ

たままでそうゆっくりと吐き出すと詫びていた。

「な、なんで謝るんですか?」

「……まさか居直れって言うのか? 俺は、守れなかったんだ。鉱山の人達を大勢死なせた

んだ。自分の力で何でもできるって思い上がって、キレたままクロムとの戦いに熱を上げて

たんだぞ」

 それは間違いなく弱音だった。渦巻く後悔だった。

 最初、マルタは何かを言うとしたが、一度口を噤んだ。ジークの心中を酌んだのだろう。

そして彼女は一旦目を細めて何か思いを巡らすと、ふっと哀しげに破顔する。

「ジークさんが悪い訳じゃないですよ。私だって何もできませんでした。私は皆さんみたい

に直接は戦えませんし……」

「──ッ!?」

 だからこそ、ジークはまた激しく後悔した。

 フォーザリアでのそれではない。今この瞬間の目の前のことである。

 馬鹿野郎……今さっき自分で“何でもできると思い上がった”って言ったじゃないか。

 でもそれは他の皆だって同じなのだ。

 もっとあの時こうしていれば、もっと勇気を知恵を振り絞って戦っていれば、失われる命

は守れたんじゃないか? そんな後悔をあの場にいた誰もが持っているんじゃないのか?

 ──自惚れ。 

 あの夢の中で白い影に吐かれた一言が蘇り、突き刺さる。

 一度は目を見開き上げた顔、頭。それをまたジークはがしりと掴んで伏せ下ろし、出せる

限りそれ以上の力を込めてガシガシと掻き毟った。

「……すまん」

「い、いいえ……。あんなに必死になっていらしたんです、ジークさんが辛いんだってこと

は私達だって分かっていますよ?」

 だから謝り直したのに。いや、だから余計にループするだけなのか。

 あくまで温厚に苦笑するだけのマルタ。その穏やかさに、ジークはやはり湧いた罪悪感が

拭えない。

「……そういや、さ。お前らは今日までどうしてたんだ? あん時の話しぶりからして俺と

みたいにずっと寝てたって訳でもないんだろ?」

「あ、はい。私達三人はここにきて一週間くらいでした。レジーナさんとエリウッドさんが

駆けつけてくださったのもその頃ですね」

 ばつの悪さを隠し逸らすように、ジークは話題を変えていた。

 それでも対するマルタは真面目で、指を唇にちょんと当てて記憶を辿り、答えてくれる。

「私は自動修復オートリバースの機能がありますで、この通り。リュカさんも手足と口を塞がれたくらいで

怪我らしい怪我はしていません。……マスターは、腕や脇腹を折ってしまわれましたが」

「ああ……」

 そういえば、自分が起きた時もギブスを嵌めていたっけ。

 おそらくあの時だろう。クロムがあいつの槍を受け止めて一本釣りをされた挙句、一撃を

叩き込まれた寸前、自身の急所を庇ったがための……。

「なのでマスターはじっくりと治療をしていました。リュカさんは端末を取り上げられてい

たので、精霊さんに頼んで何とか外の様子を探ろうとしていましたし、後から来たレジーナ

さんとエリウッドさん達は駐屯地の方々と何度もお話をしているようでした。私は、そんな

皆さんのお世話を」

「そっか……。ん? ちょっと待て。何でリュカ姉の端末が取り上げられてるんだ? それ

ってまるで──」

「ああ、実質上の軟禁だ」

 ちょうど、そんな時だった。

 ふとジークの脳裏を過ぎった疑問に答えたのは、そう言って部屋に顔を出してきたサフレ

とリュカだった。

 見れば、彼女の手には取り上げられていた筈の携行端末。二人は外に見張りの兵がいない

のを念入りに確認するとそっとドアを閉める。

「やっぱか……風都エギルフィアの時と同じだな。でも何でだ? あれか? 連中がまだ俺達を探してる

とか」

「いえ、今はそうじゃないわ。これを見て」

 ベッド際まで近付き見せてきたリュカの端末画面には、とある導信網マギネット上の文書が映し出さ

れていた。

「……ッ!? これ、結社やつらの──」

 それは犯行声明だった。今まで彼らについて調べる度に出てきた、斜めに真っ二つにされ

六芒星ヘキサグラム──“結社”のシンボルマークが文頭に掲げられている。

 そこには以下のようなことが記され、開示されていた。


“我々はヴァルドー王国フォーザリア鉱山を、摂理の敵として破壊することに成功”

“その過程において、ジーク・レノヴィン及びその協力者達を殺害す”


「……いや。俺、生きてるし」

「ああ。因みにこの犯行声明は二週間ほど前──フォーザリアでの一件から程なくして出さ

れたものだ」

「つまり、組織としての“結社”はまだ私達の生存を把握していない可能性が高いの。加え

てこれだけ大っぴらにされているのに、ヴァルドー政府は今も調査中だと言って公式な声明

を出していない」

「……? それって、つまり……?」

「導き出される可能性は一つだ。ヴァルドーは、フォーザリアでの一連の出来事を隠そうと

している」

 故に次の瞬間、ジークは身体中が沸騰するかのような錯覚に陥った。

 怒りである。自分に少なからぬ責任があるとはいえ、あのような悲劇をテロを、その国の

政府がなかったことにしようとする姿勢に、ジークは激しい憤りを覚えたのだ。

「最初に考えられるのは、国内屈指の大鉱山を“結社”に破壊された、その潰された面子を

維持する為ね。そしてもう一つは……ジーク、貴方絡みよ」

「えっ?」

 それでも仲間は、リュカはあくまで落ち着いてジーク達に状況を説明しようとしているよ

うだった。見せていた端末を何度かタップ、他の各種関連報道を見せながら、続ける。

「人々は何と言うでしょうね。何故、皇子がそんな所にいたのか? そうなるとヴァルドー

は事の経緯──私達と傭兵契約を結んでいたことを明るみにせざるを得なくなる。そうなれ

ば自国に非難が集中するのは容易に想像できるわ。たとえ私達が合意の上であってもね」

「……」

「でも、何よりも懸念しているのはサミットよ。このタイミングで結社かれらが攻撃を仕掛けて

きたのは、ほぼ間違いなくその妨害の一環──揺さぶりと考えていい」

「実際、その一員であるクロム自身が語っていたからな。期せずして断言できるだけの証拠

は集まっている訳だ」

「……じゃあ何か? フォーザリアのことを隠そうとしているのは、サミットに悪影響が出

ないようにする為だって言いたいのか?」

 ようやく思考のピースが繋がってきたジークが、そう両の瞳を揺らしながら問う。

 誰も、はっきりとは答えなかった。

 だがそれは即ち無言の首肯に等しくもある。ジークは強く強く眉を顰め、両拳にあらん限

りの力を込めていた。

 人命より面子を取ろうってのか……? 彼の憤りは今、最高潮に達しようとしていた。

 脳裏に蘇るフォーザリアでの光景、人々。あの一切合財が否定される? ただサミットと

いう政治のイベントの為に、切り捨てられる?

「ふざけんな! 人が死んだんぞ? 何人も何人も死んだんだぞ? ファルケンの野郎……

許さねぇ、それでも王か!」

「落ち着きなさい、ジーク! ……腹が立つ気持ちは、分かるけれど」

 ジークは病室で咆えた。ガタンッと、点滴の台が金属音を立てる。

 それでも、彼のこうした反応すら想定の範囲内だったのかもしれない。

 マルタが傍でおろおろとする中、リュカは一度サフレと視線を交わすと、共にいきり立つ

ジークを抑えて言う。

「でもね? それは他の国にとっても──勿論皇国トナンにとっても同じことなのよ」

「おな、じ……?」

「よく考えてもみろ。今回のサミット──“結社”対策の為の会合を妨害されて不利益を被

るのは、何もヴァルドーだけじゃない。長い目でみれば、統務院に加盟している全ての国や

地域──世界全体が被るものだ」

「それもあるし、何より今表沙汰にするのは拙いと思うのよ。いくらジークが、私達が同意

した上で協定を結んだとしても、公の場に出されてしまえば間違いなくヴァルドーとトナン

の外交問題になってしまうわ。そうなったら、シノさんに迷惑を掛けるだけじゃ済まないか

もしれない」

「ば、ヴァルドーは軍事大国ですもんね……。拗れちゃったら、それこそ大変なことになる

かもしれません」

「…………」

 徐々に熱気を纏った頭が冷えていく。ジークは、ようやく仲間達が言わんとしていること

を理解していた。

 それは二重構造の妥協だった。

 一つは世界平和の為、もう一つは血筋の祖国トナンの安寧の為。

 さっきまで人命よりも面子を採ったことに憤っていたのに、いざトナンの名が出た瞬間、

その威勢が削がれている自分が何とも情けない。

「尤も犯行声明も出てしまっているし、批判が集まるのは時間の問題でしょうけどね。だか

らこの駐屯地の将軍さんも、あくまでサミットが終わるまでっていう条件付きを言ってる。

お互いの為の協定よ。端末も、この件について発信しないと約束したから返して貰えたの」

 なるほど、それでさっきから手の中にあったのか……。

 ジークは合点がいったが、しかし丸っきり呑み込めた訳でもない。

 確かに先を見据えれば冷静な判断なのかもしれないし、端末も取り戻せた。しかし肝心の

軟禁たいおうは変わっていないではないか。

「……分かったよ。そっちのややっこしい話はリュカ姉達に任せる」

 大きく、ジークはため息にも似た息を吐いた。仲間達がほっとしたのを目の端で捉えた。

 そう言って信じるしかなかった。

 近々開かれるというサミットへの悪影響、ヴァルドーやトナンの面子・危機回避。それら

と失われた人命を天秤に掛ける行為。……そもそもこうなったのは少なからず自分の所為な

のだ。その当人が喚いていれば、世話はない。

「窓を開けてくれ」

 暫し鉄柵のようなベッドボードに背を預けて、そう仲間に言う。

 逸早くマルタが「あ、はい」と向かい、観音開きのそれを開け放ってくれた。

 ふわりと、中々に冷えた夜風が入り込んでくる。熱くなった心と身体がそっと洗われてい

くかのようだった。

(鉱山って、どっちにあるんだっけか……?)

 どうせぶり返すだけだ。ジークは口には出さずに、ついっと窓の外に眼を向けていた。

 流されていく。感情よりも、理屈が説得する妥協へと流されていく。

 ならばせめて自分達だけでも、あの山で犠牲になった人々を悼めないだろうか……?

 元はと言えば、そんな純粋な気持ちだった筈である。

 揺れる開き窓とカーテン、張り込んでくる風、夜闇の向こうにある筈のかの鉱山。

『──』

 なのに、いたのだ。こちらを見つめて浮かんでいたのだ。

 有翼の魔獣にまたがった、黒衣の兵士の一団が。

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