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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-6.君の声が聞こえる
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6-(0) 六本差しの無鉄砲

 彼と初めて出会ったのは、今から五年ほど前のことだ。

 その日も、私は『蒼染の鳥』の一角でゆったりと時を過ごしていた。

 クランの──放浪の末に腰を降ろす事のできたこの地の仲間達が、ギルドで明日の糧に目

星をつけて戻ってくるのを他の皆と待っていた。

「いででっ! は、離せ。離しやがれっ!」

「あ~もう、やかましい! ったく……ホントに尖ったガキだなぁお前」

 だがあの日は……もっと別なものまでが付いて来ていた。

 戻って来たイセルナやダン、そしてシフォン達。

 だがいつもと違っていたのは、クランの副団長たるダンが一人の見知らぬ少年を片手に摘

まんだまま、彼を手荷物よろしく連れていた点にあった。

「その子は……?」

冒険者どうぎょうしゃだよ。ギルドで見かけたからね」

「で、他の連中と言い争いになって喧嘩になってたんだ。それを俺達で止めて、とりあえず

場を収めたんだが、仕方ないんで連れてきた」

「肩入れした分ね。あのまま険悪な空気の中に放置しておく訳にもいかなかったし……」

「ま、大方成人の儀を済ませてすぐに飛び出してきた新米ルーキーってとこだろ」

「……そうか」

 確かにこの少年を見る限り、年格好は十五、六。ダンやシフォンの言う通り、彼は冒険者

になって間もない新参者なのだろう。

 髪や瞳も自分と同じ黒色。女傑族アマゾネスだった。

 しかし、元より自分達は世間一般には荒くれ者の集まりと見なされている。

 多少の諍いなどこの業界では日常茶飯事なのだが……。

「でもね? ちょっとこの子、変わった物を持ってたのよ」

 そんな私の内心を見透かしたかのように言ったのは、イセルナだった。

 ダンに摘ままれ宙ぶらりんになり、じたばたと喚いているこの少年を静かに一瞥してから

そっと、先程からその手に抱えていた布包みを解いてみせる。

 それは──刀だった。

 この歳の少年が持つには如何せん大きく不相応に思える三本の太刀と、三本の小刀。

 彼はそんな自分の得物……所有物を取り上げられている事にも不満であったらしい。

「くそっ、離せよ! 返せよっ、それは俺の刀だ!」

「だ~っ! うるせぇな。ちったぁ大人しくしてろぃ。何も取って食いやしねぇよ」

「返せ! 返せよぉっ!!」

 イセルナが私にこの六本を見せた瞬間、より一層離せと喚いていた。

(これは、まさか……。いや、でも何故こんな少年が……?)

 しかしそんな少年の喚く声も、再び拳骨制裁を下すダンの声も、この時の私にはずっと意

識の遠くに聞こえていたような気がする。

 イセルナから受け取り、じっくりと検める。他の皆もぞろぞろと後ろから集まってくる。

 見た目は少し装飾の手が込んだ太刀。

 だが……間違いなかった。私の記憶があの日から完全に色褪せてしまっていなければ。

 しかし何故彼がこの六振りを持っているのか?

 内心もう行方知れずになってしまったと諦めていたのに……。

 あの方と共に、守り切れなかった筈の過去が何故、今になって……?

「……君。名前は何という?」

 訊ねない訳には、確かめない訳にはいかなかった。

 内心では心臓が動揺で激しく脈打っている。それでも私はできるだけこの気を荒げている

少年を刺激しないよう、彼の目線にまで屈み訊ねていた。

「何でてめぇらに名乗らなきゃい──ぎゃふっ!?」

「おいおい若造。言葉遣いには気をつけな? ……で、名前は? お前も坊主だのガキだの

って呼ばれるままじゃ嫌だろ」

 拗ねたようなむくれっ面。

 だがようやく自分が抵抗し切れないと悟ったようで、彼は三度喰らった拳骨の痛みに顔を

不機嫌にしながら、やがて口にする。

「……ジーク・レノヴィン」

「レノ、ヴィン……?」

 そして私は確信した。

 もっと調べてみないと詳しい事は分からないが、間違いなく目の前のこの少年は……彼は

あの方の関係者であるらしい。

 ぐるぐると脳内を駆け巡る動揺と思考と、あの日々の記憶と。

 私がこの少年・ジークが口にしたその名に硬直している間にも皆はわらわらと自分達の立

つ酒場の一角に集まり、彼を弄ってみたり質問攻めにしてみたりと好き放題を始めている。

「はいはい。皆、あまりルーキー君をいじめないように」

 イセルナがあくまで穏やかにポンポンと手を叩き、皆をあっという間に制止させた。

 伊達にこのクランの長をやっている訳ではない。ややあってしんと黙った皆を見渡してか

ら、彼女は問い掛ける。

「それで……どうしましょうか、この子?」

「どうするって。まぁ、またギルドに放り投げるのは拙いよなぁ。さっきコイツ自身が一悶

着起こしたばっかりだし」

「……少なくとも、とりあえずほとぼりが冷めるまではうちで預かるしかないかな?」

 少なからぬ戸惑い──おそらく先程までの張った気の荒さを見たからだろうが──を見せ

る面々。それでも、先刻よりカウンターの中から成り行きを見守っていたハロルドがそっと

放ったその一言に皆の大まかな方針が凝縮されていた。

 少年は、ジークは不満も言えずにダンに摘ままれ宙ぶらりんなまま黙り込んでいた。

(性格はまるで正反対だが……顔立ちは彼によく似ている)

 私も、そんな彼の姿を見つめながら思っていた。

「オーケー、分かった。じゃあ何処か適当に空き部屋を」

「待ってくれ」

 そして私は、皆に口を開いていた。

 場の皆の視線が、ジークの視線が私の下に集中する。

「何だ? お前は反対なのか?」

「いや……。そうではないが」

「じゃあ、なぁに?」

 ダンが眉根をくいっと上げて問う。

 そうだ。私はこの時もう、自ら離れるつもりなどなかった。

 次いでそれまでじっと皆を──いや、何となくだが私を注視していたイセルナが問う。

「……ああ」

 数奇な運命だと、自分でも哂いたくなる。

 だがここで逃げてはいられない。今度こそ……守り抜いてみせる。

「皆。一つ、私から提案があるのだが──」

 今の仲間とかつての自分と。

 重なって見えてくる現在と過去の姿に向き合いながら、私はそう切り出していた。

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