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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-40.それぞれの再出発(リスタート)
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40-(5) まどろみに顰む

 宿舎の廊下を一人歩く。

 この日もリカルドは、かの“結社”に喧嘩を吹っかけた冒険者クラン・ブルートバードに

紛れて活動していた。黒の法衣に胸元の三柱円架、初夏の日差しであってもそのいでたちに

揺らぎは見せない。

 階段を下り、踊り場を旋回してまた下へ。

 サミットが近い。宿舎のあちこちで団員達が現地への出発準備に追われていた。

 多くは持ち込む武器・弾薬、或いは食料の類。警護の為に随行できるメンバーが限られて

いるのと同じく、大都げんちへ入る物資全てにも種々の制約が掛けられている。

「……」

 言うまでもなく大人の事情あたりまえのことだが、正直可笑しいものだと思う。

 そこまで怯えて、警戒心を撒き散らしてまで、尚も奴らを“敵”としようとする。

 十中八九、それは泥沼以外の何物でもなかろうに……。

 一体こうまで拗れに拗れ、今に至るのは……誰の所為なのだろう?

(ちょっ。お、押すなって)

(何まごついてんだよ。早い内に謝っとけって)

 物資を詰めたダンボール箱を運び出す作業と出くわした。

 部屋──物置を往復する団員らの中に、ミアが交じっていた。更にそんな彼女の様子を窺

うように、近くの物陰にダンとグノーシュが身を潜めていることに気付く。

(ほら、行って来い!)

 遠巻きに目を遣っていると、そうグノーシュが、どんっとダンの背中を押していた。

 おい待て──。

 だが漏らす声とは裏腹にその身体は物陰から弾き出され、程なくして彼はちらと振り向い

てきた娘と相対する格好になる。

「……あ~、その……」

 物陰でグノーシュがジェスチャーで声援を送っている。

 作業の手を止めじっと見上げてくるミアに、ダンは暫しぽりぽりとばつが悪そうに頬を掻

いてから──すまなかった、と頭を下げていた。

 遠巻きで、その後のやり取りを全部聞いていた訳ではない。

 だが特に怒り返されているようでもないことから、和解は成功したようだ。

(……呑気なもんだな)

 しかし、眺めていた当のリカルドはそんな父娘おやこを少なからず冷めた眼で見遣ると、そのまま

さっさと最寄の階段を下りていく。


 宿舎の階段を下り切り、そのまま運動場グラウンドを突っ切って裏門へ。

 昼下がり──を更に過ぎて少しずつ夕方に近付いていくアウルベルツの街並みは、この時

間であっても尚、多くの往来が行き交っていた。

 人ごみの中を黙して往く。

 当たり前だが、どれだけテロの脅威があろうとも世界が諍いの博覧会でも、個々の庶民に

はそれらは「遠い」事実である。

 実感できた時には大抵もう遅い。余波が到達した時には事実は既により先へと進行し、彼

らはただ痛手に悲鳴を上げ、翻弄される他ない。……それでも、彼らはその影をそうそう直

視せんとすることはない。

『──』

 そんな中、ふと雑踏の方から聞き覚えのある少女の声がした。

 今歩く通りから別の区画に延びる路地の向こう、商店の並ぶ一角にレナがいたのだ。

 加えてその傍らには眞法族ウィザード──魔人メアの少女・ステラとクレア、そして彼女達を見守る

ようにしてシフォンと何人かの団員がいる。

 主に彼らが食材を詰めた紙袋を抱え、彼女達が商人と話していることから、すぐに今夜開

かれるアルス皇子達のパーティー、その買出しなのだろうと分かった。

 そういえば……学院は今日で前期日程が終わりだったか。

 要するに打ち上げ。余所の店でやるよりはよほど安全圏だということなのだろう。

「……」

 平和ボケ。或いは嵐の前の静けさ。

 批判したところでどうなるものではないと分かってはいるが、こうした人々のまどろむよ

うな日常を眺めていると、自分は妙に苛立つ瞬間がままある。

 統務院総会サミットという一大イベント──に迫る影に神経を尖らせている故か、或いはそもそも

本山から下されている間諜の任それ自体にか。

 表向きの社交の顔とは乖離した、自身の粗野な本性。

 元は家督を継ぐ気もない不良だったのだから当然といえば当然なのだが、時折この個人的

な怒りが世界の発する憎悪それと重なってみえて仕方がない。いつこの沸々とした衝動が表に

噴き出すか──。その漠然とした不安が更に不機嫌を加速させる。

(……はん。これじゃあどっちもどっちだな)

 リカルドはそっと、だがぎゅっと深く眉を顰めた。

 人を呑む込む、巻き添えの連鎖は、常に自分達の傍に在る。


『──そうですか。彼らも、サミットの準備を始めましたか』

「はい。現地でトナンの代表団と合流する手筈になっています」

 その足で、史の騎士団としての活動拠点にしている教会へ。

 リカルドは隊の部下達と共に、魔導の光球の向こうに座すエイテル教皇らにそう一連の報

告をしていた。

 さて……これで一体何度目の定期報告になるか。

 彼女よりブルートバート──兄達との共闘を命じられて以降、こうして自分はその中で得

た情報を教団本部へと伝えている。

 だが彼女達は彼女達でサミット開催の旨は把握していたし、先方からも外交文書が送られ

ていたのだそうだ。形式上、政治的には中立の立場を取っていても、やはりこの教団という

存在は統務院にとって無視できない相手らしい。

『しかし心配だな……。自分達を排する為の会議となれば、結社れんちゅうも黙ってはおらんだろうに』

『それよりも、ジーク皇子です。神官騎士リカルド、まだ彼の居場所は分かっていないので

すか? まさかブルートバードが隠蔽している、という可能性は……』

「全く無いとは言い切れませんが、可能性は低いかと。向こうも承知の上とはいえ、我々は

随時彼らクランの動向を観察しています。もし居場所が見つかっていれば、中核メンバーの

一人や二人が遠出する筈です。しかしそのような事実はない」

『では……彼らをしても、ジーク皇子の居場所を掴めていない、と?』

「はい」

 しかし枢機卿らの目下の心配は、護皇六華──ジーク皇子の行方だった。

 一行はヴァルドーに渡り、その後拾った機人を修復する為に鋼都ロレイランへ。更にその修復材料を

賄う為に出掛けた──情報はそこで途切れている。

 リカルドはめいめいに推測を漏らす枢機卿らに、そう言い切った。

 一番の判断材料は、戴冠式への欠席だ。

 表向きには父親捜しの旅の最中で都合がつかなかったとされているが、本当は単純に連絡

がつかずじまいだったからではないかと踏んでいる。

『……ヴァルドーで何かあったと考えるのが現実的ですかな』

『ええ。しかし参りましたな。よりにもよってあの破天王の掌の上とは……』

『ですが“不明”を押し通せるのも時間の問題でしょう。私達と同様、皇子の消息不明は他

国も察知し始めている筈。サミットの場となれば追求される可能性は大きいでしょうから』

 ぴしゃんと、彼らのざわつきを収めるようにエイテルの発言が被さった。

 すると私語を止め、恭しく控え直す枢機卿達。

 だがリカルドだけは、そう“お行儀よく”いくものだろうかと内心で疑っていた。

 相手はあの西方の盟主──型破りで知られるファルケン王だ。

 ジーク皇子の消息を掴んでいるにしても、知っていないにしても、素直に白状するとは考

え難い。何かしら政局に、サミットでの手札カードに使ってきそうなものだが……。

「……我々は、如何致しましょうか? 警戒されているからか、随行メンバーからは外され

てしまっていますし……」

 しかしそういった思案は自分の仕事ではない。

 リカルドは真面目ぶった表情かおだけはそのままに、今度はそうエイテルに指示を仰いでみて

いた。内心では兄が“監視”するような編成になっていることへの不満もある。

『……。貴方も薄々気付いてはいるのでしょう? 今回“結社”が襲撃を掛けてくることを

前提にクラン・ブルートバードが動いている、その理由を』

 そっと組まれた、肘掛けに置いた両手。

 彼女は小さく呟きながら、そう亜麻色の長髪と白翼を微かに揺らす。

『今回のサミットが、トナン内乱の戦後処理と一連の流れを受けた“結社”対策の為の会議

になる──そのことへの報復だけが結社かれらの目的ではないでしょう。サミットが開かれる大都バベルロート

志士十二聖の長“英雄ハルヴェート”ゆかりの土地。加えてそこに世界各国の代表が集まるの

です。トナンの一件で明らかになったように、彼らの目的は聖浄器。その少なからずである王器

の主が一堂に会するとなれば、彼らにとってこれほど“一網打尽”を狙える好機はない筈です』

 そしてエイテルが紡いだ言葉に、枢機卿達の表情が一斉に曇った。リカルド以下、騎士団

の面々も「やはり」といった様子で表情を硬くする。

『……既に教団からも、外交ルートで各国に親書を送っています。結社かれらの狙いが聖浄器で

ある以上、貴国の王器への守護体勢を強化すべきだと』

 リカルドは密かに、口元の僅かな弧の部分で笑っていた。

 余計なお世話以外の何物でもない。

 だが……そこで明確に反発をみせれば、自国に聖浄器の王器が在るとわざわざ名乗り出る

ようなものだ。

 即ちその親書が、各地の聖浄器──アーティファクトの存在を自分達が把握する為の格好

バロメーターになる。

 相変わらず……喰えない教皇様だ。実際、どれほど釣られるかまでは分からないが。

『重ねて命じます。レノヴィン兄弟とクラン・ブルートバート、及びその協力者達と共に闘

いなさい。傷付けられる人々を少しでも救いなさい。そして何よりサミットの間“結社”が

何をし、何をしなかったかを正確に収集しなさい。それらはきっと、私達が知るべき真実を

読み取る手掛かりになる筈です』

「……。仰せのままに」

 片手を胸元に。片膝をついて頭を垂れて。

 リカルドと隊の面々は、彼女の命をそう厳かに拝承していたのだった。

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