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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-40.それぞれの再出発(リスタート)
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40-(3) 守りの形

 轟音の後、宿舎内の一角で壁が大きくひび割れ陥没していた。

 ミアがその憤りを抑え切れず、拳を振るった跡である。

「……っ、はぁ……っ」

 不満と悔しさと、後悔と。

 ゆっくりと握り締めた拳を引き抜き、パラパラと白壁が剥がれ落ちていくのを視界の隅に

捉えながら、彼女は必死にそんな荒ぶった息を閉じ込めようとしている。

「ミアちゃん!」「ミア~!」

「うっわ……。壁が……」

 レナ達三人も、程なくして追いついてきた。

 親友を心配する表情かおと、諍いを哀しむ表情かお

 或いは呼び声を重ねる前に、壁に打ち込まれた跡に驚く表情かお

 彼女達は小走りに駆け寄り、どっと疲労したようにもみえるこの猫系獣人の友を見遣る。

「……ボク、酷いこと言っちゃった」

 たっぷりと空いた間。

 レナ達に振り返り、静かに身を震わせながらミアが口にしたのは、そんな後悔だった。

「ミアちゃん……」

「ダンさんには悪いけど、自業自得だと思うけどな。ミアのこと、何も分かっちゃいない。

奥さんも実の娘も泣かせるなんて酷い男だよ」

 友らはそれぞれの反応を示していた。

 レナは彼女と同じように哀しみを分かち合い、ステラは父娘おやこ喧嘩のそもそもの発端がダン

エゴにあると断じる。

「……ねぇ。さっきも言ってたけど、ミアのお母さんって何処にいるの?」

 だが、そんな中でクレアは新参故にきょとんとそんな質問を投げかけて……。

「それは~……えっと」

「あ、あのね? ダンさんとアリアさん──ミアちゃんのお父さんとお母さんは、ミアちゃ

んがまだ小さい頃に離婚したの。だから」

「……。ご、ごめん……!」

 先程の義憤を削がれるようにばつを悪くしたステラに代わり、控えめにレナがそうクレア

に諭して聞かせた。

 ポカンと、数拍二人とミアを見る。

 そして程なくして──自分の両親がそうであるように、他の家族がそうであるとは限らな

いのだと──気付き悟った彼女は、慌ててミアに謝りだす。

「……気にしないで。だからお父さんも、ボクに大都バベルロートについて来て欲しくないんだって、

分かるから」

 ミアは一見すると淡々としていた。

 十中八九、その言葉はクレアにというよりは自身に言い聞かせるものだったのだろう。

 じっと眉を顰めて、三人から見て斜めな立ち位置。

 一発拳を打ったことで、友らが駆けつけてくれたことで落ち着きを取り戻したのか、彼女

はまた暫く、己の感情を整理するように黙り込んでいた。

「アルスの歓迎会で、ボクはあんなことになった。お父さんや皆にも迷惑を掛けた。だけど

後悔はしていない。アルスを守れたから。だけど……毎回ああやって危ない目に遭っていた

ら、結果アルスを忌避地ダンジョンに向かわせるようなことを続けていれば、結局ボクは何も守れない

んだと思う」

 憤りではなく、決心の類。

 今度はそう違った毛色で以って、ミアはぎゅっと拳を握り締めていた。

 昼下がりの光が俯き加減の横顔に差す。レナもステラもクレアも、黙り頷き聞いている。

「分かってる。今度のサミットはもっと危険だって──本当に死ぬかも、死なれるかもしれ

ないって。でも……ボクは戦いたいんだ」

「私もだよ……。私にもおじさんは留守番をしていてくれって言うし、それじゃあ何の為に

里から応援に来たのか分からなくなっちゃいそうだし……」

 ぽつりとつられるように漏らしたのは、クレアだった。

 元より陽気な性格と顔立ちをしているせいもあって、一見ミアほど深刻には見えない。だ

が出会いから今日までの日々で、彼女がただぼやっとしているだけの女の子ではないことは

レナ達も理解していた。それは自ら“安全圏”を飛び出し、両親の名代としてこの街にやっ

て来たことからも窺える。

「うん。だから、ボクも焦っちゃったんだと思う。あの時は抜かったけど、今度は自分も皆

も無事に帰してみせる。そう思ってずっと稽古をしてたから……無駄になると思って、怖か

ったから……」

『……』

 友だからこんなにも話してくれるのか、それとも父との衝突がそれほど彼女の寡黙さを破

るほどに痛々しいものだったのか。

 レナ達は再び黙り込んでしまっていた。互いの顔を見合わせ、黙るしかなかった。

 クレアが共感するように、されどおっかなびっくりな様子で頷いている。

 ステラは先程までのダンへの批判が過ぎたと反省し始めているのか、少々ばつが悪そうな

様子でぽりぽりと頬を掻いている。

「──」

 そしてレナは……抱き締めていた。

 ぽすん。じわっと感極まったように顔をくしゃくしゃにした次の瞬間、彼女はこの親友の

身体を優しく優しく抱き締める。

「辛かったんだね、ミアちゃんも」

 親友の突然の抱擁に、当のミアも驚いたようだった。ぱちくりと目を瞬き、その身長差か

ら彼女を懐に受け止める格好になって──されど両手は抱き返すことに躊躇して宙ぶらりん

になる。

「私もだよ……。大好きな人が遠くに行っちゃうのに何もできなかった。……ううん、前々

からそうだったの。私はミアちゃんみたいに戦える訳じゃないし」

「そんなこと……」

 ない。レナはいつも、ボク達を陰日向に支えてくれているじゃない──。

 だけどミアはそんな言葉を続けられなかった。

 ぎゅっと顔を押し付けられてその表情は窺えない。だが、間違いなく泣いていた。先程ま

で自分が感じていた悔しさが伝染し、彼女自身の後悔を刺激し、感極まらせていたのだ。

「……でもね? 私思うの。ミアちゃんが毒にやられて寝込んだ時、アルス君達が必死にな

って解毒剤の材料を探しに行ってくれたでしょう? それって、お互いにお互いを思いやっ

ているって証だよね」

 なのに、なのにこの親友は言うのだ。

「だから……傍にいることだけが寄り添うことじゃないんじゃないかって思うの。たとえ距

離が離れていても、その人の心の中に居させて貰えれば……一緒だもん。もしかしたら思い

出して踏み止まってくれるかもしれない」

 まぁ、アルス君もジークさんも、むしろ飛び出しちゃう人なんだけど……。

 今度はくすくすとレナが胸の中で苦笑していた。表情がよく変わる子だ。いや、それだけ

今この瞬間、彼女の中で想いが溢れているのか。

 ミアは宙ぶらりんになっていた両手を、いつしかそっと下ろしていた。

 親友レナに抱き付かれるがままにし、じっと言葉を聞いていた。

「……正直言うとね? 羨ましかったんだよ? 好きな人にあれだけ心配されて、頑張って

貰えて」

「でもまぁ、あの二人はこういうのには鈍いからねー……。私達が期待することまで意識に

あるかは微妙だけど」

「あはは……そうだね。でも、それでもいいよ。それだけ大事に思われてることには変わり

ないもの。だから……ミアちゃんも、もっと自分を大事にしよう?」

 ステラの合いの手が入りつつ、四人を包む雰囲気は徐々に穏やかなものになっていた。

 そっとレナがミアから顔を身体を起こし、見上げる。ミアがそんな親友を見つめ、ぎこち

なく言葉無く笑う。

「帰る場所も大事なんだと思う。アルス君もジークさんも、それは特に。だから待とうよ。

戻ってくるこの場所を守るの。それだって、立派な仕事じゃないかな?」

 ミアが深く一度、頷いていた。レナが泣きそうな表情かお微笑わらい返しながら、ステラと共に

お互いを見つめる。クレアもそんな三人の長い付き合いを、少し遠目に立った上で見守り、

うんうんと頷いている。

(──何つーかもう、出る幕無さそうだな)

(だね。若い子達だって若い子達なりに考えてるんだよ)

(そうね……。ダン、反省した?)

(あ、ああ。……すまん)

 そんな四人を、ダン以下大人達がぞろぞろと、物陰から覗いてひそひそと。

 ハロルドが眼鏡のブリッジを触って小さく笑い、団員らもそんな中核メンバーと向こう側

のミア達を見てホッと一息。リカルドだけは廊下の遠くに佇んだままで、グノーシュが彼の

そんな態度に不満げな眼差しを遣っている。


 サミットが迫る昼下がりで。

 クランに立った波が、そっと余所ひと知れず治まっていく。

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