40-(2) 父娘喧嘩
「どうして……っ!?」
宿舎内の会議室で、珍しくミアがそう強い語気で叫んでいた。
室内には長テーブルを囲み、ブルートバードの主要メンバーと団員達が一通り顔を揃えて
いる。バンッとその机上を叩き、身を乗り出してくる彼女に、彼らの気色は少なからず困惑
や後ろめたさの類であるように見える。
広げられていたのは、一枚の紙だった。
そこにはずらりとイセルナやダン、リンファにシフォンを始め、クラン所属の面々の名が
書き込まれている。──そう、これは来たる統務院総会に備え、期間中アルス達の警護要員
として出向くメンバーのリストなのだ。
だが……その中にミアの名前はなかった。レナやステラ、クレアと同様、彼女はリストに
よれば留守番組に割り振られていたのである。
故にミアは強く抗議していた。
どうして自分が外されているのか? 今回の遠出はアルスを護ることなのに……。
「落ち着いて、ミアちゃん。皇国政府のキャパシティや色々な都合もあって、全員を連れて
行く訳にはいかないのよ」
応えたイセルナは眉を下げて、それでも努めて冷静を促そうとしているようだった。
両手をテーブルの上に押し付けたままのミア。そんな彼女の向かい側に、イセルナら幹部
メンバーは座してそれぞれに眼差しを遣っている。
「それに出張ってる間、ホームをガラ空きにする訳にゃいかねぇだろ。そりゃあ戦力を向こう
に集中できればもっと安心かもしれねぇがよ……」
続いて語るダンの言葉には、額面以外のニュアンスが多分に含まれていた。
留守中のホームの守備、戦力をどれだけ連れて行っても完璧な安心・安全などないこと。
そして何よりも──今回のサミットが“結社”に狙われるであろう強い確信と懸念。
「結社は十中八九動く。だがそれがどの程度のモンか──反発してテロを起こしてくるのか、
はっきりしたことは分からねぇだろ。その意味でも、戦力はある程度分けておいた方がいい。
向こうのテロで皆巻き込まれました……なんてなりゃ、元も子もねぇんだぞ?」
しかし、それでもミアは静かに首を横に振っていた。
とても強い瞳。それは父相手、副団長相手でも怯むことなく……。
「……そうじゃない。リスクの話はボクだって分かってる。何度も皆と話した。ボクが怒っ
ているのは、お父さんがボクに手心を加えたんじゃないかってこと」
「……」
「ボクだって、アルス達の為に戦いたいんだ」
何処となく無理をして声色を普段の淡々としたものに抑え戻し、ミアはそう突きつける。
対するダンは、黙り込んでいた。
深く深く眉間に皺を寄せた渋面。イセルナやシフォン、ハロルド・リカルド、グノーシュ
といった中核メンバーは勿論、レナらミアと親しい友人達も、様子見とその如何を問う眼差
しを彼に送っている。
「……リスト作りはイセルナ達と決めた。ブレてなんか」
それでも最初、ダンはしかめっ面のままそう言葉を貫こうとしていた。
しかし娘からの睨み付けは勿論、イセルナ達からも宜しくないという眼を送られてしまった
ため、やがて仕方なくといった様子で、彼はガシガシと髪を掻き毟りだす。
「だってお前……一度死にかけたじゃねぇかよ」
それが本音だった。副団長以前に一人の父として、娘の身を案じたのだ。
執政館襲撃事件の時のことだと、誰もがすぐに理解した。毒にやられて苦しんだ彼女の姿
が脳裏に蘇る。
それでも、ミアはばつが悪く視線を逸らし気味な父をじっと見つめていた。
声はもう荒げていない。しかし握り締めた拳と物言わぬ闘志が、彼女を怒らせているらし
いことを物語る。屈辱だと訴えている。
「ボクの話、聞いてたの? 覚悟ならできてる」
「覚悟があるないの問題じゃねぇだろ!? あん時はまだ俺達にも手に負えた。だが今度俺
達が出向くのは要人のバーゲンセールなんだ、魔人どもとやり合う可能性が高い。トナンで
も散々だったろ。本当に……死ぬかもしれねぇんだぞ?」
本当は言いたくなかった。だがダンは強情な娘についその文句を返してしまった。
団員達の表情が一斉に曇る。選考会以後の、トナン内乱での惨状を経験していない面々は
まだ認識が遅れている。
あの時は幸か不幸か重傷人までで済んだ。それですら心が痛かった。
だが今度はサミット──その規模は一国から顕界全域だ。何よりも以前に比べ、結社は自分
達を警戒するだろうと予想される。仮に戦いが始まってしまえば……激戦は避けられない。
「だから言うことを聞いてくれ……。アリアだけじゃなく、お前まで失いたく」
「一緒にしないで! そもそもお母さんは死んだ訳じゃない……。そうやって勝手に切り捨
てたりするから、ああなったんだよ」
「ミアっ!」
今度はダンが怒鳴る番だった。
とはいえ、その迫力は娘の比ではない。まるで咆哮のようなその一声にまだ日の浅い団員
達は竦んでしまっている。
イセルナが、シフォンが、感情的に傾こうとしてるこの父娘を何とか収めようと立ち上がり
出した。ハロルドは眼鏡の奥で、複雑な表情をみせるグノーシュや壁際でじっと我関せず
と眼すらやっていない弟をちらと見遣っている。
ミシミシ。まるでそう実際に部屋が軋むかのように、場の空気が悲鳴を上げていた。
長テーブルを挟み、互いに身を乗り出した父と娘。皆が止めようとし、だがさりとて何と
声を掛ければいいか迷うその間も、二人はぎろっと互いを睨み続けている。
「……っ」
先に折れた、ように見えたのはミアだった。
握り締めた拳はそのまま、ガリッとテーブルの上を滑ると、そのまま前髪に表情を隠して
踵を返し、一人ドアの向こうへと駆け出して行ってしまう。
「ダン……」
イセルナ達が、困惑とその倍ほどの非難の眼差しを向けていた。
後悔はしているのか、ダンも呆然とし始めていた。
ゆっくりと、立ち上がった格好から腰が下りていき、しかめっ面が悲痛色になる。
「ミアちゃん!」
そんな中で、レナが誰よりも早く彼女の後を追って駆け出していた。
ステラが、そしてクレアも頷いてくれたシフォンを確認すると、
「……この馬鹿親父」
「ぐっ!?」
ダンにそんな捨て台詞を残してピシッと石化させながら、それに続いてゆく。