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5-(3) 試闘、死闘

 散発的な剣戟の音が、街の一角で響いていた。

 ジークはリンファ、そして数名の団員らと共に大通りに居を構えるとある武器屋へとやっ

て来ていた。厳密に言えば、その裏手にある空き地だった。

 雑草を大まかに刈り取ったそのスペースには、店の軒下を中心に在庫らしき武具の詰まっ

たコンテナ箱が積まれ、その上から厚手の麻布が被されている。

「じゃあ、次はここの分をお願いします」

 今回ジーク達が受けたのは、開発中の武具サンプルの試運用。

 市民も護身用にと武器を買ってゆく事がないわけではないが、やはり主要な顧客はジーク

らのように戦いを生業とする冒険者の類、或いは守備隊などの職業兵士で占められている。

 だからこそ、そんな層に属するジーク達に実際に使い心地などを確かめて貰いたい。それ

がこの類の依頼が要請する内容であった。

 少々気安めな「うぃ~ッス」という重なる返事と共に。

 店の従業員に促され、ジーク達はこの日何箱目になるかの武具を受け取っていた。

 剣を、槍を、斧を、弓を。

 団員らは自分の得意とする得物を選び取ると、素振りをしてみたり軽く組み稽古をとって

みたりしてこれら武具の感触を確認し始める。

「うーん。ちょっと耐久が弱いかなぁ。野盗ぐらいならまだしも、魔獣みたいな硬い相手だ

と刀身がもたないような」

「こっちは逆に重量を詰め過ぎだね。相応の膂力があれば何ともないんだろうけど、これ量

産型でしょ? ニーズと品質が噛み合ってない感じがするねぇ」

 そしていくら平の団員とはいえ、彼らはやはり冒険者プロだった。

 何度か実践的に扱ってみて、率直な意見を述べる。

 中には辛口の評価も少なくなかったのだが、そもそもこれは冒険者の眼を欲しての依頼に

他ならない。無闇に反発するのは正直あまり意味を成さない。

「ふむふむ……。なるほど……」

 頼んだ側の店の人間らはあくまで謙虚にそれらの指摘を受け止め、メモを走らせていた。

「──ふっ!」

 そんな中で、ジークもまた両手に一本ずつ、二刀流の形で剣を振るってみていた。

 普段使っている愛刀らとは全く感触の違う重量感。もっと言えば……軽過ぎると思った。

 それだけ日頃の鍛錬が現れていると言えるのだが、力を追い求める事に関してストイック

なジークの頭の中にはそんな思考はなかった。

 むしろ自身の愛刀達に“助けられてきた”事実を改めて知らされたようで、まだまだ修行

が足りないとさえ思っていた。

 水平に薙ぎ払ってからもう片方で二撃目を。

 すぐさま手を返して切り上げて、軽く跳躍して身体をぐるりと捻りながら二剣を回転させ

ると、着地の瞬間に突きを放つ。

「うん。中々様になってきたものだ」

 すると、側方からゆたりとリンファが近付いて声を掛けてきた。

 その手にはジークのそれよりも更に大きなサンプルの長剣が一本。

「どうだい? 少し手合わせしてみないか?」

 その言葉に、他の団員らが一斉に二人に視線を遣っていた。

「おぉ? リンさんとジークが手合わせか?」

「久しぶりじゃねぇか? 二人が直接剣を交えるのって」

 それまでのプロの戦士としての眼は何処に行ったのやら。

 団員らはクランの実力者同士の手合わせと聞く否や、わらわらと二人の周りに集まって早

くも野次馬よろしく眺め始める。

「……見世物じゃねぇっての。まぁいいや。じゃあお言葉に甘えて……お願いします」

「ああ。では、いざ尋常に──」

 ジークはそんな皆の変化ぶりに渋い顔をしたが、彼女の誘いを断わる気はなかった。

 自ずと互いに間合いを取って立ち、二刀と長剣の剣士二人が向かい合う。

 はたと周囲の喧騒が遠退き、辺りが静かな緊張に包まれていく。 

「──勝負!」

 そして、ジークがタイミングを図って放ったその一言が合図だった。

 ほぼ同時に地面を蹴った二人。

 先に剣を振ったのはジークだった。次の瞬間、ぶつかる金属音が二撃、三撃と重なる。

 初撃のすぐ後にもう片方の斬撃が飛んだのだが、リンファはその連撃を予め予想していた

かのようにわざと後出しにした長剣の刀身を軽く一振りするだけで、それらを軽々と受け流

していた。

「ふむ。相変わらず……真っ直ぐ過ぎる」

 受け流し、僅かに弾かれ開いた互いの間。

 その隙にねじ込むように、リンファはフッと笑いながら身を捻り強烈な薙ぎを叩き込んで

くる。ジークは咄嗟に二剣で防御するが、威力に押し負け更に弾かれていた。

「こん、のぉ……!」

 だが押し出される圧力を両脚で踏ん張って、再び地面を蹴る。

 射出されるような速さ。錬氣だった。

 初撃とはパワーもスピードも段違いになったその攻撃。だがリンファも同じくマナを込め

て、今度はその二剣同時の一撃を真正面から受け止めて辺りの空気を震わせる。

『おぉ……』

 団員らは、そして依頼主である店の人間達も、息を呑んでその模様を見守っていた。

 目の前では目まぐるしく何度も攻守を入れ替え、ジークとリンファが幾度となく切り結ん

でいる。

 互いに剣戟を放っては防がれ、かわされ、いなされる。それでも間髪を入れず次の一手を

打ってゆく。まるで複雑なアクロバットを見ているようだった。

 そんな目で追うのもやっとの剣士同士の実戦さながらの手合わせを、一同は視線を行った

り来たりさせながらハラハラと見守る。

 状況が動いたのは、そんな打ち合いがどれだけ続いた頃だっただろうか。

 何度目ともなく間合いを取り直した二人。構えられる二剣と長剣。

 ジークは若干肩で息をし始めていたが、対するリンファはまだ悠然としていた。

 剣戟は長く続いていた。ジークもリンファも、ただ無闇に打ち合っていては埒が明かない

事にはとっくに気が付いていた。

 そろそろ、決め手を──。

『……!』

 二人が同時にそう思い、再び地面を蹴ったのは何も偶然ではなかったのだろう。

 それまで以上に凝縮され、集中される互いの錬氣の剣。

 先ずリンファが長剣のリーチで先手を打っていた。中段からの、振り下ろし。

 だがジークはその一撃を左手の刀身で押さえていなし、身を右に跳ばしていた。

 いなした剣ともう片方で彼女の剣を捉え直し、弾き出そうとする。同時に飛ばした身を捻

って身体ごと回転し、中空からの二剣を浴びせようとする。

 しかしリンファも弾かれたままでは終わらなかった。

 弾かれようとした瞬間、すぐにジークの動きを察知し、逆にその弾かれた反動を利用して

自身もまた身を反転させていたのだ。

 必然二人は中空で回転しながら、互いの斬撃を相手に放たんとする格好になる。

 息を呑む団員、店の者達。だが……。

「なっ……!?」「ッ!?」

 その互いの渾身の一撃も、結果的には共に失敗に終わっていた。

 振り下ろされた二剣と斜め下からの斬り上げ。

 その両者がぶつかった瞬間、お互いの剣がその限界を超えて砕けてしまったのである。

 二人は少なからず驚きながら、距離を置いて着地していた。サッとそれぞれの握っていた

得物の状況を確認する。

 ジークの二剣は共に刀身の途中からボキリと折れて砕けて。

 リンファの長剣は刀身全体に渡って大きく刃こぼれを起こしていた。

「……引き、分け?」

 暫しの間を空けて、団員の一人がそうポツリと言った。

 そうだ。決着はつかなかった。

 ややあってその言葉に、他の団員達も店の者達も、驚きのような感嘆のような諸々が入り

混じった息と声色を漏らし始める。

「……やれやれ。これは参ったね」

 リンファは笑っていた。

 すっかり使い物にならなくなってしまった長剣に目を落とし、小さく一息をつく。

「大したものだ。腕を上げたね、ジーク」

「……何言ってるんすか。俺の負けですよ。剣もこっちの方が明らかに壊れてるし、何より

リンさんは本気の半分も出してないじゃないですか」

 だが一方でジークは不満げだった。

 それは剣の破損具合から見た負けらしい事へのそれではなく、剣を交える中で彼女が自身

の本当の力を出し切らずに戦っていた事に対する悔しさに類する感情だった。

「……バレていたか。でも、ジークは今でも充分過ぎるくらいの強さだと私は思うよ?」

「世辞なんて、要らないです……」

「……。そうか」

 リンファにとっては目を掛けている後輩を痛めつける趣味などないからという本音だった

のだが、それでも彼はまだまだストイックに強さを求めようとしているらしい。

(やれやれ……。力に拘り過ぎている根っこは、中々治ってくれそうにないな……)

 内心でそんな事を思い、密かにため息。

 若干むくれ顔になってしまったこの同族の青年に、リンファは特段の反論はせず、ただ苦

笑の中にも微笑ましさを漏らす。

「……さて。見世物はこの辺りでいいだろう。皆、少し遅くなったが昼食にしようか」

『うい~ッス!』

 そして彼女はジークや団員ら面々に振り返ると、天頂を少し過ぎた陽を一度見上げてから

そう皆に提案した。


「おぉ~っ。美味そうじゃん」

「確か今日はレナちゃんのお手製だったっけ?」

「く~っ、今日こっちに回っておいてよかったぁ……」

 一度服の汚れを軽く払い落とし、壊れてしまった剣の処分を店のスタッフに託してから、

ジーク達は軒下の日陰に集まって遅まきの昼休みを取ることとなった。

「……大袈裟な。ハロルドさんやレナの飯なら普段から食ってるだろ?」

「バッカ。そーいう事じゃねぇよ」

「お前はいいよお前は。普段からレナちゃんとも仲いいし、ミアちゃんとだって……」

「? そりゃあクランの仲間だし。皆も普通に話ぐらいするだろ」

 面々の前に広げられたのはサンドウィッチの詰め合わせ。今朝レナが出発前のジーク達に

と手渡してくれたバスケットだった。

 種々の具材をたっぷり使ったボリュームのある見た目。

 身体が資本の自分達をしっかり気遣ってくれている証だった。ある者は味に期待し、また

ある者は女の子の手料理という事実に感涙しかける。

 だがジークだけは淡々としたもので、そんな仲間達に疑問符を浮かべつつ、真っ先に一つ

手に取り頬張り出す。

「だ~か~ら。そういう意味じゃねぇって」

「あ~もう止めとけ。コイツ、剣術馬鹿だから自覚ねぇんだよ……」

「……何だか気になる言い方だな、おい。まぁいいけど……」

 そしてそんなジークの反応に、嫉妬やら嘆息やらの声・表情を漏らす面々。

 いまいちピンと来ず、何だか馬鹿にされているような気もしたが、一々気にしていてはこ

のむさ苦しい集団の中では埒が明かない事も分かっている。

 ジークは少々喧しい仲間達の雑談の中に身を置いて、暫し皆と共に一つまた一つとサンド

ウィッチを手に取って胃袋に放り込んでいった。

(ん……。美味い)

 野菜にマスタードと卵、薄焼きの肉など手が込んでいる。

 流石に日々、ハロルドさんと一緒に皆の胃袋を預かっているだけの事はある。

 丁寧な味付けに舌鼓を打ちながら、ジークはぼんやりとカウンターの中で笑う彼女の姿を

記憶の中から思い起こしていた。

「……うむ。美味い」

 ふと視線を映してみる。

 当然ながら、この輪の中にはリンファもいた。

 女性なのだがむしろ凛としてカッコイイという表現が似合う彼女。

 しかしこうして静かにちみちみとパンを齧っている姿は……何だか不思議な感じがする。

「うん? どうした?」

「あ、いえ……。リンさんはパンで大丈夫なんスか? 米料理の方がよかったんじゃ……」

「はは。気遣いありがとう。大丈夫だ。確かに私は東方の出だが、北方こっちに移ってからそれな

りに長いしね。まぁ確かにパンより白米の方が好きだが……」

 フッと笑ってもぐもぐと咀嚼をするリンファ。

 思えば、彼女は自分がクランに来て以来ずっと親切にしてくれているような気がする。

 元々面倒見の良い性格という面もあるが、おそらくは女傑族どうぞくとしての仲間意識が働いてい

る為なのだろう。

 ジークは一度茶を啜って口の中のパンを流し込んでから言う。

「それにしても良かったんですかね? サンプル品といっても武器壊しちゃいましたけど」

「どうかな。でも壊してしまったものは仕方ないさ。それに……もしあのまま耐久性を見過

ごされて店頭に出てしまっていたら、実戦の最中で誰かの命を脅かしていたかもしれない。

その事を思えば、今壊れてよかったとも言える」

「……そうッスね」

 少し身に詰まされる気がした。

 自分はただあの時、彼女に一矢報いる事に集中していたが、当の彼女はあくまでこれが依

頼の中の“日常”である事を忘れていなかったのである。

(やっぱ、まだまだ俺じゃリンさん達には届かないんだなぁ……)

 性分とはいえ、ジークは内心手合わせの中でそんな狭い見方だった自分を恥じていた。

「そういやジーク。剣といえばさ」

 だがそうしていると、ふと彼女とのやり取りを耳に挟んでいたのか、団員の一人が口の中

の薄焼き肉のサンドウィッチを飲み込んでから話しかけて来た。

「お前の剣……いや刀って他じゃあまり見ないよな」

「あ。それは俺も思ってた」

「俺も。そういえばその関係の話、あんまり聞いた事ない気がするなぁ」

「う~ん? 別にそんな大したもんじゃねぇぞ?」

 言われて、ジークは傍らに置いていたその当の一品──いや六刀に手を伸ばしながらあま

り気が進まないといった感じで答えていた。

「……」

 ピクリと。リンファが無言のままジーク達を見遣っていたが、面々は気付かない。

「正直俺もこの刀が何処から来たとかは知らねぇんだよ。まだ村で修行してた時に母さんが

よかった使ってくれって言ってくれた物だからさ」

「ジークの、お袋さんが?」

「え? お前のカーチャンって俺らと同業者なのか?」

「違ぇよ。母さんは村で診療所やってる魔導医だ。刀自体は父さんが昔使ってた物らしい。

母さんからはそう聞いてる」

「……そっか」

 淡々としたジークの返答。

 だが団員らは思わず口篭り、気まずく押し黙ってしまっていた。

 アルスがミアらに語ったほどではないにせよ、彼らもまたジークが魔獣の被害によって父

を失った過去については断片的に聞いていたからだ。

「すまねぇ……。親父さんの形見だったとはな」

「……気にすんなって。魔獣にどうこうされたってのは別に珍しい話じゃねぇだろ?」

 言葉ではあっさりと許容しているかのように見えたが、その声色はやはり少なからず沈ん

でしまっていたように思えた。

 拙い事を聞いてしまった……。

 団員らはそれぞれにサンドウィッチを齧りながらも、互いに目を遣り、バツが悪そうに黙

る込んでしまう。

「……だが、私達は前に進む他ないんだ。それが喪われた者達への生き残った者なりの供養

でもある。違うか?」

 そんな皆に、奮起するように静かに声を掛けたのはそれまで黙っていたリンファだった。

 数秒ぽかんとする面々。だがその言葉の光に触れ、ややあって皆は、そしてジークもコク

リと首肯を示していた。

 頷き返し、僅かに口元に笑みを浮かべるリンファ。

「さぁ。食べて一服したら昼間の続きだ。まだ試運用すべきサンプルは残っているぞ?」

『……うッス!!』

 そして元気を取り戻して応える仲間達を見渡して、今度こそ彼女は微笑む。


 その後、昼の休憩を挟んでジーク達は残りのサンプル試運用を消化していった。

 しかし武器屋一軒分丸々を十数人でこなしたという事もあり、全ての試運用が終わり一同

が帰宅の路に就いたのは、日も傾き街が少しずつ暗さの中に埋まっていく時分だった。

「ん~……結構、地味に疲れたな」

「まぁいいんじゃね? こういう類の依頼でなきゃ、便利屋畑で思う存分武器を振るえない

だろしさ」

「だよなぁ。俺ジークとリンさんの手合わせ見てて、もっと鍛錬しないとって思ったもん」

 街の中心部からは離れた、河川敷沿いの道。

 リンファを先頭に、ジーク達団員らはわらわらとして帰路を行っていた。

 昼間は人々の営みで賑わっていた街も、この時間になると随分と落ち着きを得て徐々に夜

の静寂に備えているかのようだ。

 緩んだ集団の空気。

 だが、それらを一瞬怪訝に変えたのは……他ならぬリンファだった。

「皆。すまないが先に帰っておいてくれないか?」

「へ? 何でです?」

「……私はジークと、アルス君を迎えに行ってから帰るよ。そんなに大人数で向かうもので

もないだろう?」

「まぁ、そうッスけど」

 団員らは、少々迷っていた。いきなりの事だったからなのだろう。

「……じゃあ俺達は先に戻ってますね」

「大丈夫でしょうけど、お気をつけて~」

 それでも相手はクランのリーダー格の一人と自分達の団員の斬り込み役だ。

 そう並の盗人などでは手負いにさせる事もすらもできまい。少し間を置いたものの、彼ら

は結局承諾し、一足先に集団を作って去っていった。

 その後ろ姿を、リンファは静かな笑みと共に手を振って見送っている。

(迎え? 俺は聞いてねぇぞ?)

 だが一人残ったジークは怪訝で眉根を上げていた。

 入学式の前後ならまだしも、今はもうあいつは一人(正確にはエトナも一緒だが)で登下

校をしている。それを今日突然自分の事前通知もなく迎えにいくのは不自然だ。

 何よりも……。この道は学院とは全然違う方向にある。

(リンさん、一体何を考えてるんだ……?)

 深まった怪訝。

 ジークは、こちらへ身を動かしかけた彼女に問い詰めようとした。のだが……。

「──さて。そろそろ隠れんぼは終わりにしないか?」

 振り返る事なく、肩越しに後ろをジークの方を見遣りながらリンファが放ったその一言は

彼をその場で硬直させることになった。

「リン、さん……?」

 戸惑い。だが少なくともその言葉は自分に向けられているものではない。

 ジークは彼女がじっと向けている視線の先──自身の背後にぽつねんと点在する並木道に

ゆっくりと目を遣ってみる。

「こっちに来てからずっと私達を見ていたようだが、何が目的だい?」

 リンファは薄暗い闇の中に問うた。

 しかし、その相手とやらも様子を窺っているのか、返事はなかった。

「……そこにいるのは分かっている。ジーク達はごまかせていたようだが、そんなに綺麗に

マナを抑え込んでいては逆に不自然だぞ?」

「えっ? それって」

「いや、錬氣法じゃない。あれはあくまでマナを配分し直す為の制御術だ。……少なくとも

昼間からずっと私達をつけている君は、錬氣以外にも相応のマナの制御術を心得ている人物

という事になる。違うかな?」

 言うと、リンファはスッと目を細めた。

 静かに手が腰に下がった長太刀に添えられる。

 落ちつつある陽の光が、僅かに抜いた刀をキラリと音もなく一瞬光らせた。

「……出てこないつもりか。なら、その並木ごと君を斬り伏せてしまうが、いいのかい?」

 彼女の眼は本気だった。

 ザワッと込めてみせた錬氣のマナが身体中から滾り始める。

(リンさん……? な、何て殺気だよ……)

 いつも落ち着いている筈の彼女が、静かにだが間違いなく殺気を込めて怒っている……。

 ジークは自分達を尾行してつけてきた誰かよりも、傍らのこの同族の先輩女剣士の底力の方がよ

ほど恐ろしく思えた。

 気休めかもしれないが、ジークも遅れてようやく身構え、腰の刀達を抜き放てるように両

手を添え握る。

「……」

 すると、ようやく相手が動きを見せた。

 ガサリと音がする。二人の背後にあった並木の一つから、薄闇に紛れて人影が姿を現す。

「お前は……?」

「訊いても意味はないと思うぞ。こんな状況で正直に答えるとは思えない」

 二人は身構えた。ジークは問うが、当人の反応よりも早くリンファはそれを遮り、既に太

刀を半ば抜きかけようとしている状態だった。

 無言のままの人影。

 だがやがて空の星明りの光がゆっくりと動くと、その姿が露わになる。

「…………」

 そこに立っていたのは。

 長いスカーフを首に巻いた、一人の金髪の青年だった。

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