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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-39.険しき坑地に悪華は咲いて
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39-(5) 其は蹂躙の華

「──……っ」

 吹き飛ばされていた意識が駆け足のように戻り、自分を取り戻すべく発破を掛ける。

 どれくらいの長い時間か、或いはほんの数秒のことか。クロムは鈍い身体の痛みを遅れて

感じながらゆっくりと瞼を開いた。

 勝負は決していた。

 自身を覆っていた視界がにわかに明るい。即ち石修羅いしゅらの装甲がぶち抜かれたことを意味

する。

 岩巨人の枢軸を担う内部の台座。その上に仰向けに倒れていたクロムは、そっと胸元に刻

まれた大きな傷に手をやる。

 自分の、魔人メアの身体がばっくりと深い斬り傷を負っていた。

 着古した僧衣が大きく破け、血で真っ赤に染まっている。例の如く不死身の代名詞である

再生能力は現在進行形で発揮されているが、それでもあの少年が放った一撃は聖浄器──自

分達メアの、魔獣化した者らの天敵だ。傷が塞がり切るにはもう暫く掛かりそうだった。

 静かに唸った後、少々鞭打つように身体を起こす。

 台座の上から見下ろしてみると、あの少年は刀を手にしたまま地面に倒れていた。

 額からはたっぷりと流血が、顎を突けたその表情はまるで生気を失くしかたのよう。両の

瞳も色彩を失い、少なくとも意識が大きく遠退いているのは間違いない。

(……導力が限界を迎えたか)

 あの鎧武者の姿はなくなっていた。石修羅の腕も、内四本が途中から斬り落とされている

のが確認できる。推測だが、お互いの一撃で消滅──こちらが辛うじて本体を討ち切れずに

力尽きたとみるのが妥当だろう。

 眼下では少年に仲間達が──竜族の魔導師を背負った少年と、回復したオートマタの少女

が駆け寄ろうとしているのが見える。

 安堵するにはまだ早いか。

 そうクロムは言葉なく判断し、台座を蹴って跳ぶ。

「……ッ!」

「は、はわっ!?」

「……。案ずるな、勝負は決している」

 当然ながら、サフレとマルタは眉を顰め、身を縮こめ警戒していた。

 それでクロムは構うことなく近付いていく。紡いだ言葉の通り、もう勝敗は明らかだ。

 なのに……サフレは魔導具の槍を呼び出していた。

 口が塞がったまま、それでもおそらく「止めて!」と叫んでいるらしいリュカのくぐもっ

た声が聞こえる。

 クロムは彼らと少し距離を置いた所で立ち止まり、そっと眉を顰めた。

「──ッ!?」

 そして、早撃ちの要領で右手をごつと硬化、その破片を弾丸のようにして飛ばす。

 弾はサフレの左頬を掠めて飛んでいった。つぅっと細くない赤い筋を垂らしながら、彼が

思わず硬直する。

「……どけ」

 一歩、二歩。静かに言い放ったクロムの歩みと威圧感に、サフレ達はじりじりと後退する

他なかった。槍を握り直すのもままならず、マルタはリュカを抱えるのが精一杯で、また仲

間達はジークから距離を置かされる。

『……』

 暫くの間、クロムとジークは互いに押し黙っていた。尤もそれは実際には一方的で、彼が

動けず意識があるのかも定かではないジークを見下ろしていた格好だったのだが。


『──止めるよ……あんたを。止めなきゃ、駄目だろ……』


 クロムは確かに聞いていた。あの時、声こそ大きくなかったものの、彼がそう自分を見上

げながら呟いていたのを確かに聞いていた。

 不思議な感触だった。

 単なる気のせいだろうか? 彼はあの時、まるで自分を“敵”として接さずに戦おう──

闘おうとしていたような気がする。

 拳を交えれば、剣を交えれば、というやつか。内心己を哂いながらも否定できない自分が

いる。自分を引きとめようとする彼の姿が、脳裏に浮かんでいた。

『──おい、クロム』

 ちょうどそんな時だった。はたと中空のストリームの一部が現出化し、その中ほどが人の

顔のように──ヘイトの顔の形になりながらクロムに呼び掛けてきたのである。

『お前、何勝手な行動取ってんだよ。計画を忘れてねぇだろうな?』

「……忘れてなどいないさ。私が懸念した通り、信徒イザークかれではレノヴィン達を止められ

なかったようだからな」

『そりゃ元から捨て駒だしな。……んでもって、そう偉そうに言ってる割には随分と苦戦し

てたみたいじゃんか』

 ストリーム越しのヘイトの表情かおが、心配の念とは百八十度逆の哂いに満ちた。

 半壊した岩巨人、生気を失って倒れたままのジークと、駆け寄ろうにも駆け寄れないでい

る彼の仲間達。相互を何度か見遣って、彼はふんと鼻を鳴らす。

「そうやって他人を侮るのがお前の悪い癖だ。……強いぞ、彼らは」

 淡々とクロムは言った。ヘイトも言い返されて癪なのかもう一度ふんとへそを曲げたよう

に唇を尖らせている。

『へいへい。でもやったんだろ? 残りの連中もとどめを刺してお前も撤収しろ。もうじき

片付けに入るぜ?』

「……ああ。分かった」

 あくまで淡々と。そんなクロムの態度に最後まで面白くないといった様子で、ヘイトの顔

はストリームごと消えていった。

 導話のようなものか? サフレ達が目の前で繰り広げられていた奇妙な術に少なからず唖

然としている中、クロムは暫し中空を見上げてから、もう一度彼らに向き直る。

「……。まだ結社わたしたちを追うつもりか?」

 ぽつりと、最初にそう訊ねられた。

 答え次第ではまた──。そうサフレ達は思い、同時に声自体が出てこず、黙っている。

 それを一体どう捉えたのだろう? クロムはサッと片手を岩巨人の方へと向け、その巨体

を一瞬にして岩礫の山に還すと、続ける。

「近々、大都バベルロートにて統務院総会サミットがある。会議の中心となるのはトナンの内乱処理、そして何

より“結社”への対応だ」

 岩巨人(の残骸)に手を向けたことで、半身を背けた格好になっているクロム。サフレ達

が急にそんな話を振られて目を瞬いているのを横目に一瞥すると、彼は一度たっぷりと間を

置いてから断言した。

「分からぬか? 私が知っているということは、即ち組織の上層部も既に開催の予定を把握

しているということだ。そして内容が自分達を排除する為の相談となれば……何も干渉、妨

害をせずに傍観するとは考え難い」

「……!? お前は──」

 ようやくサフレが、それでも怪訝な表情は崩れずに声を絞り出していた。

 まさか。思わず問い返そうとする。だがクロムは語るのはそこまでだと言わんばかりに口

を閉じると、先程の片手に力を込め始める。

 バキバキッと荒く盛り上がるような岩肌になっていく右腕。その周りを漂い始める無数の

石粉。返していた半身を戻し、彼はまたゆっくりとジーク──とサフレ達の下へと近寄り始

めていた。

「……」

 静かに持ち上げられる“石罰”の構え。身構えながらもどうしようもできないサフレ達。

 伸ばされる巌の手。

 ジークに続き、今度は彼らにその魔手が迫り──。


 フォーザリアの鉱山が、その根元から上層に至るまで次々に爆ぜた。

 坑内に設置された無数の爆薬が一気に点火され、その土と岩と金属の集合を無慈悲に破壊

していったのだ。

 鉱夫達が残っていた。

 ヘイトの洗脳を受けたままの彼らはこれら点火の為の人柱となり、最期まで狂わされたま

ま、加速度的な崩落の中へと呑み込まれていく。


 時を前後し、世界中の外交ルートを通じて統務院総会サミット開催を知らせる通知が届き始めて

いた。

 連邦朝アトス王国ヴァルドー共和国サムトリア都市連合レスズ

 これら四大国だけでなく、クリシェンヌ教団や保守同盟リストン、勿論その他各地の諸国もその

情報を受け取る運びとなる。

 外交デビューとなるシノ、内乱終息後も終わらぬ争いにそっと眉根を寄せるハウゼン王、

彼女達の実質的な後ろ盾であるセドやサウルもじっと食い入るように書簡に目を通す。

 一方でファルケン王は秘密裏に指示を飛ばしていた。

 政治の大舞台が近い──せめてその間くらいは、今国内フォーザリアで起こっている一連の騒動を

その少なからぬ被害を、出来る限り隠すようにと厳命していた。

 証拠こそないが直感していた。

 “結社”はこの政治日程も知った上で、あのような派手な攻勢に出たのではないかと。


 広大無辺なストリーム──世界樹ユグドラシィルの只中からも、眼差しは注ぐ。

 “教主”は一人佇んでいた。周囲に点々と分厚いガラスのような足場が浮かぶ中、その淡

紫をした光球の巨体をマナの大流に委ね、只々押し黙っている。

 使徒達も思い思いの時間を過ごしていた。

 白髪の剣将は、硝子の足場の上で黙々と剣を振るい、その後黒いコートを翻して何処かへ

と立ち去っていく。

 魔獣人の男は、ストリームを遠景にした庭園の中におり、不器用ながらも同じく魔性に魅

入られた少女のお守りをしている。

 着流しに身を包んだ鬼族は、他人のいない、水音と深い緑のみが広がる辺境でじっと座禅

を組んでいた。滝の音だけがどうどうと聞こえてくる。

 そんな中「やぁ」と気安い声色共にやって来たのは、黒い翼を持つ鳥翼族の男。

 数少ない友──悪友だった。そして彼はその友から外の情報を聞かされる。

 ヴァルドー屈指の大鉱山が落ちたこと、レノヴィン達がその崩落に呑み込まれたこと、そ

して近い内に大きな任務が自分達に課せられること。

「……ったく。この世界は五月蝿過ぎるんだよ……」

 彼はため息をついていた。

 かつて破られた我が檻。何処まで究めて往けば、自身の望む静寂が手に入るのだろう。


 フォーザリアが燃えていた。山々は爆ぜ、館は轟々と炎上する。

 ルギスがいた。裏切り者グノアがいた。黒騎士ヴェルセークがいた。

 紅蓮が全てを包み込んで壊し、虚無に均していく。

 そんなさまを彼らは哂い、見つめ、佇み、各々に瓦礫と亡骸の上に立つ。


 彼らが希求したもとめた先の……結末。

 世界はその日、幾度目かの節目を迎えようとしていた。


                   《鋼の希求心ストロング・シーカー編:了》

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