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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-39.険しき坑地に悪華は咲いて
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39-(3) 魂質問答

「──なん、だと……?」

 その話にジークは膝をついたまま両の瞳を揺らがせていた。

 視線の向こうには、たっぷり間合いが空いてクロムが自分を見下ろしている。元々の体躯

もあって、まさに彼の存在は巨大な“壁”であるかのような錯覚を覚えてしまう。

「嘘ではない。君の奮闘は、無駄だったということだ」

 クロムは淡々と語った。自分達は此処を終わらせに来たのだと。

 坑道の主だった出入口を爆破した後、逃げ出した者達はヴァハロ達が始末し、本丸である

執政館にはルギスの本隊が攻め入ったのだという。

 サザランド・オーキスは、抹殺した──。

 その言葉にジークは内心、そして傍から見ても激しく動揺している。

 無駄だった。その呟きの意味が、重く暗く圧し掛かってくる。

 守れなかった? 俺は、俺の所為で……皆を?

 視界にぐったりとした仲間達が映っていた。大部分を石化され動けないリュカ、あちこち

に弾痕を受けて倒れているマルタ、壁のクレーターの傍でうつ伏せになったままのサフレ。

皆、自分がしっかりしてないばかりにやられた……。

「……そこまでして、てめぇらは開拓を止めたいってのかよ」

 不甲斐なさと理不尽さと。ジークは肩を震わせながら言葉を吐き出していた。

 身体がまだ悲鳴を上げている。五月蝿い。そのダメージを、彼はバッと取り出した金菫の

治癒で押し込める。

 だがクロムはすぐには答えなかった。静かに眉間だけが顰められる。怒り、というよりは

思案顔のようだった。

「……組織の中には、その為に戦っている者達もいるだろうな」

 ややあって返ってきたのは、そんな台詞。

 荒く呼吸を整えながら、ジークは片眉を上げた。

「ただ私自身は、意味を探している」

 少なくともクロムという人間に関しては、その理由は別の所にあるらしい。

「開拓派だの保守派だの、それも全てはヒトの争いだ」

 一歩、二歩。尚も戦意を失わないと判断したのか、彼は両手にマナのオーラを漂わせなが

ら、ゆっくりとこちらに近付いてくる。

「私達は殺し合う為に生まれたのか? 種族によって差はあれ、元より限りある時間を無為

に潰し合う為に。そして死すれば冥界アビスから霊界エデンへ──次の生を受けても尚、ヒトはずっと

繰り返す」

 何を言いたいのか、ジークにはピンと来なかった。

 転生。辛うじてその言葉だけが脳裏を過ぎる。嘘か本当かは知らないが、確か肉体が滅ん

でも魂は巡り回る。そんな話を教練場で聞いたような……。

「まるで檻だ。なのに何故、私達はそんなセカイに生れ落ちなければならない……」

 静かな口調だったが、そこにはどうしようもない闇があるような気がした。

 以前より生真面目というか、思い詰めたような表情をみせていた彼だったが、今語ってい

るこの瞬間吐露するこの瞬間は、直感的にこれまでの比ではないように思う。

「……」

 しかし、だからこそ、ジークはギリッと歯を食い縛って前髪に表情を隠した。

 自分は頭がそういい訳じゃない。坊さんの説法だって今もきっとよく分かっていない。

 それでも──。

「同じこと、何度も言わせるなよ……。俺は馬鹿だから難しいことは分かんねぇ。でもな、

そうやってグチグチ言ったって人殺しが許されるもんじゃねぇだろうが」

 傷付いた身体を起こす。落ちた二刀を拾い、再び紅と蒼の輝きを込めて叫ぶ。

「てめぇの勝手で、他人を殺すまきこむんじゃねぇッ!!」

 猛然と。ジークは地面を蹴って再びクロムに迫っていた。

 先程よりも明らかに光量を増した二刀のオーラ。二色の軌跡が地面と水平に、真っ直ぐに

奔りながらこの気鬱の輩を狙う。

「……ッ!?」

 最初は、同じように硬化の防御で防げるいなせると思っていた。

 しかし今度の結果は違っていた。両腕の硬化盾と二刀がぶつかった瞬間、盾に大きな亀裂

が入りその硬化が砕かれたのである。

 クロムは四散する硬質の破片を視界に映しながら、目を見開いていた。

 ぐらりと相手の勢いを殺すこともできず、剣を振り抜いて前屈みになる彼の俯き顔を只々

スローモーションなセカイで見つめるしかない。

「おぉぉぉぉぉぉーーッ!!」

 ジークは怒涛の連撃をぶつけていた。

 初撃で防御を砕けた、その自身の驚きなど一瞬で吹き飛び、自身を支配するのは只々激情

であると、辛うじて意識の片隅で認識する。

 紅、蒼、紅、蒼、紅、紅、蒼、紅、蒼、紅、蒼、紅……。

 二色の軌跡が縦横無尽に、力任せにクロムを襲っている。押せている。あれほど苦戦して

いた筈の硬化の盾を、今自分は次々と砕いている。

 ──どうして、どうして、どうして!?

 だが冷静な眼はやはり意識の片隅で。ジークを突き動かすのはやはり激情だった。

 問う声に代えて剣を振るうように。その一撃一撃に抑え切れぬ憤り──哀しみを込めて。

 馬鹿野郎。何で悩んでるなら結社そっちに行った? 他にもやりようはあった筈だろうが。

意味? それが見つからないから、お前は人を殺すのか?

 哀しかった。悔しかった。

 もしかして──あの時、嘆きの端で憂いの表情をみせていたのように──彼は根っからの

悪ではないのではないか?

 事実“結社”に加担していることまでを許す訳にはいかない。

 だが彼をそこまで突き動かしているもの……おそらく絶望の類に、自分は何もしてやれな

いと解ってしまっている。あの時深く考えずに答えてしまった。

 どうして……。

 どうしてこうにも、自分達の距離みぞは、埋まらない……?

(──ぐぅッ!?)

 クロムは焦っていた。硬化能力が、利いていない。

 こちらも錬氣はたっぷり込めている筈だ。だがこの少年はそれを上回るオーラの量で自分

の防御を破壊し続けている。

 何なのだ。治癒の魔導具を使っていたのもあるが、確かに自分は一撃を入れた筈だ。

 なのに……何故こうも力が出せる? 最初のそれとは異質に映る、この威力を。

(……涙?)

 それに何より、おかしかった。

 まるで怒り狂って振るっているように思える剣。なのに時折見えるその表情は、少なから

ず悲しみを同居させてはいまいか。

 何度目ともしれぬ盾を砕かれつつ、クロムは視界の向こうを見る。

 フォンテイン公子は、直撃の瞬間防御用らしき魔導具を使っていた。

 竜族ドラグネスの魔導師は、口と手足こそ封じたものの致命傷を与えた訳でもない。

 オートマタの少女に至っては、既に少しずつ自己修復機能が動き出しているのが見える。

 仲間達の弔い……ではない筈だ。それとも単に、この少年が気付いていないだけなのか。

 だからこそ自分にはよく解らない。

 何故君は泣いている? 仲間の為ではないのなら、一体……。

(……まさか、私を?)

 はたとその可能性を思って、すぐに哂いを押し込めて、彼は眉根を寄せた。

 愚かというか、救いようのない馬鹿というか。はたまた私の自惚れか。

 “敵”の為に泣くというのか? これまで何度も殺生を続け、君の父を奪った組織の者で

あるというのに、それでも。

「ッ──!」

 いや、だからか。だからこの少年は危険なのかもしれない、そうクロムは思った。

 何十回目とも知れぬ斬撃が硬化の盾を砕く。ズザザッと大きく後退する。 

 そうか……。君はそういう人間なのか。

 他者を介在してしか己を許せぬ者、そのエゴを救いだと正義感だと曲解している者。

 だからこそ力を出せるのか。その内実を無意識に認めず、ひた隠しにして偽っていても、

それを“正しいと信じている”からこそ出し惜しむことがない。心を、燃やせる──。

(……危険だ)

 始末しなければならないと思った。此処で自分が、この者を抹殺しなければ止めなければ

ならないと思った。

 それにもし自分の仮説が正しければ、その“信仰”がもたらすこの力は、おそらく……。 

 クロムは尚も飛び掛ってくるジークを盾を犠牲にして阻止し、振り下ろされた剣が地面を

抉って土埃を巻き上げる勢いのまま、跳んだ。

 両手を再び激しく硬化させ、連続して硬質弾をはじき飛ばす。マルタを撃ったそれだ。

 その幾つかは、確かにジークの肩を腕を足を掠めていた。血が滲んでいた。

 ……なのにジークは止まることをしない。硬質弾の少なからずが、彼の猛烈な二刀捌きで

次々に叩き落され、切り落とされているのが見えた。

 痛みすら忘れる激情か……。

 跳躍は大きな後退で、クロムは彼と大きく距離を取り直してその突撃してくるさまをちら

と見遣る。

 眉根に寄せた皺が深く深くなっていた。場所が悪いが……やるしかない。

 ジークが迫ってくるまでの時間差を利用し、彼は素早く胸の前で印を結び始めた。オーラ

が色濃く滾り、周囲の岩肌がわななく。

「──“石修羅いしゅら”」

 次の瞬間だった。そう短く名を呼んだと同時、彼を周囲の岩が盛り上がって包み込んだ。

 暴れる地面に思わずジークも急ブレーキをかける。しかしその間も隆起し変形する巌は止

まることはなく、程なくしてクロムの姿は完全に組み上がった岩石の中に隠れしまう。

『……』

 岩石の巨人がいた。クロムの立っていた筈の場所に、イザークの時とは比べ物にならない

巨体と威圧感を持つ三面六臂の巨人がジークを見下ろしていた。

 その内部には、クロムが巌の舞台の上で深く息をついて、カッと瞑った目を開いている。

 巨人が、三対の血色をした双眸で吼えた。

 坑道内が、まるで戦慄するかのように激しく震えた。

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