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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-39.険しき坑地に悪華は咲いて
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39-(1) 情動の剣、諦観の拳

 仲間達が固唾を呑んで見守っている。

 そのさまを背景に、ジークは二刀を手に向かい合うクロムをじっと睨み付けていた。

 カンテラの灯りを静かに掃う紅と蒼の輝き、正面にかざされた左手と脇に引かれた右手。

両者の構えはつぅっと長く長く糸を引き絞るように持続している。

「──ッ」

 先に地面を蹴ったのはジークだった。

 二色の軌跡を描きながら、彼は一気に距離を詰めて先制の斬撃を叩き込もうとする。

 だがそれを、クロムは実に容易く受け止めていた。

 硬質にぶつかる甲高い金属音。ジークが二刀を振り抜くその軌道上ど真ん中に、岩肌の如

く硬化させた左腕を添え、多少のひび割れをきたしながらもその初手を封じ込める。

 ジークが眉根を顰めかける。だがクロムのモーションは続く。

 一瞬の早業だった。彼はジークが飛び掛ってきた勢いを利用するように防御した左腕をず

らし、まるでジークを誘導するように自身の拳正面へと体勢を崩させたのだ。

 来る……! いなされたのと直感が告げたのは、ほぼ同時。

 あたかも空間を抉るように、クロムの右手掌底が繰り出された。

 立ち位置はちょうどその直線上に倒れ込むような格好。ジークは思わず眉間に皺を寄せる

と、上半身を無理に大きく逸らすことでその一撃を辛うじてかわす。

 うねる風圧を感じた。武器もなく拳一つの筈なのに、まるで鋼鉄のように重い。

 真正面から受けていれば……きっと頭が吹き飛んでいた。

「ッ、ぐっ……!」

 限界まで身体を逸らし掌底が通り過ぎるや否や、ジークは今度は身体をぐるりと横に捻っ

て、地面に突き立てた右足を軸に立ち上がり直そうとする。

 しかしクロムは冷静に腕越しからその動きを見ていた。

 右足右手を突き出し、空を切った体勢。静と動。

 だが一瞬で彼はそこから転じ、硬化させた左脚をジークへと身を捻りながら振るってその

脳天へと叩き落す。

 間一髪、ジークはそれをかわしていた。僅かに彼の反応速度の方が勝っていた。

 地面と平行すれすれで回転、体勢を立て直したジークは一度大きく飛び退いてクロムの踵

落としをかわすと、目の前が土埃で不確かになるのも構わず再び二刀を振り出す。

 一撃目。紅梅の斬撃は最初よりも力を込めた筈なのに、それでもクロムは両手を交差させ

た硬化の腕で防ぎ、弾き返す。

 二撃目。右腕ごと弾かれ、それでもジークは左腕の蒼桜を放っていた。

 近距離からの飛ぶ斬撃。力を込め輝きを増した紅梅に対応した事で、クロムの脇腹はガラ

空きの筈だった。

 ……なのに、破れたのはその胴着のような服だけ。

 土埃が少しずつ晴れる中でジークは見た。蒼桜の一撃がヒットするその脇腹、そこにピン

ポイントで硬化された肌が見えた。

 即座に飛んでくる、クロムの蹴り上げ。

 硬化能力は身体の何処でも出来るのか……。もう一度ジークは飛び退き、お返しにと再び

飛ぶ斬撃を放ってみるが、やはり岩のようになった彼の両腕はダメージを拒む。

(拙いな……)

 マルタとリュカを気持ち庇うように前に立ち、サフレはもどかしさで唇を噛んでいた。

 あの時と同じだと思った。以前に彼を含めた“結社”の魔人メア四人と、夜の小村で対峙した

あの時と。

 またジークは、感情的になりつつある。

 元よりそんな性格で、何より父親を囚われた憎しみが先立つにしても、傍から見てこの戦

況はよろしくない。

 最初の一撃もそうだ。あの相手の僧侶──確かクロムと言ったか──は、十中八九かなり

の手練だろう。ジークの攻撃、その軌道を読み、最低限の動作でいなし続けている。力の流

れというものを熟知している戦い方だ。

 加えて、鉱人族ミネル・レイスとしての硬質化能力。こと防御において、彼は圧倒的優位にあることに

間違いはない。

「……やっぱりあいつは、真っ直ぐ過ぎる」

 サフレは小さく呟いていた。そうしている間もジークとクロムの打ち合い──ほぼ一方的

にクロムの迎撃に喘いでいるさまは変わらない。

 ぎゅっと槍を握る。肩越しに振り向き、リュカとマルタの首肯を得る。

 そっと、サフレは槍先を遠く離れたクロムへと向けた。小声で詠唱を始めるリュカを確認

して、槍を小さく小さく縮めて威力を込める。

 ジーク。君だけじゃ──。

『……ッ!?』

 だが次の瞬間、射出された槍先はクロムを抉りすらしなかった。

 ジークと打ち合いになっていた筈だ。なのに彼はサフレの槍が飛んでくる寸前で岩のよう

に硬化した片掌をかざし、あっさりとその一撃を受け止めていたのである。

「……。逝き急ぐか、少年」

 サフレ達が驚きで目を見開いていた。直前、掌底で弾き飛ばされたジークが「やめろ!」

と叫びながら飛び掛かろうとする。

 しかしそれよりも早く、クロムはその手で槍先を握り締めていた。

 拙い。サフレは槍を引こうとする。だが彼の力は静かであり、凄まじく、引っ張ろうとし

ても微動だにしない。

 一旦手放す──そんな選択を採り直すには、既に遅かった。

 次の瞬間、ぐんとサフレは伸びた槍ごとクロムに引き寄せられていた。

 猛烈な加速をつけられ、軽々と上空へと飛ばされるサフレ。そして此処は広い空間とはい

え坑道の中。彼はその勢いのまま、激しく天井の岩肌に叩き付けられる。

「ッ! サフ──」

 ジークが地面を蹴り、クロムに向かって紅梅を放っていた。

 だがその一撃も、彼はもう片方の腕の硬化盾を使っていなし受け流すと、ジークをそのま

ま肘鉄で進行方向へと弾き飛ばす。

「……っ」

 同じく、サフレもぶつかった天井から落下を始めていた。

 額から鮮血が流れ出している。あまりの衝撃の強さで意識が飛びかける。それでも眼下で

は、落ちてくる自分を待ち構えるようにクロムがサッと拳を引いているのがみえる。

 前のめりにながら、ジークが叫んでいた。詠唱途中のリュカとハープを抱えたマルタが悲

鳴に似た声を上げていた。

 射程圏内。もう、逃げられない……。

 そう判断したのだろうか。サフレは落下しながらも、朦朧としながらも、咄嗟に襟元に巻

いた楯なる外衣リフレスカーフを広げて──。

「ガ……ッ!?」

 霞む速度で、クロムの掌底が落下してきたサフレを捉えた。

 空気が絶叫のように震えた。カーフで身体を包んだや否やサフレはその直撃を受け、目に

も止まらぬ速さで吹き飛び、岩肌の壁に巨大な陥没を作って叩き付けられる。

 白目を剥いた。口から激しく血を吐いた。

 引き攣り、絶望するジーク達の表情かお。そしてサフレはそのまま力なく崩れ落ちて動かなく

なる。

「こ、のぉぉぉッ!!」

 ジークが咆えた。一層に紅と蒼に輝きを強め、うねる軌跡を重ねてクロムに襲い掛かる。

 だがその一撃もまた通用しなかった。防御さえされなかった。

『──ぇ』

 転移したのだ。場に薄く瘴気の靄だけを残し、次の瞬間リュカとマルタの至近距離へと身

を移していたのだ。

 空振ったジークが目を一杯に見開いて顔を向ける。自分と彼女達を遮るように、両手を岩

で念入りに硬化したクロムの背中が中空に在った。

「しまっ……」

 それが何を意味するか、リュカが悟ると同時に強襲は起きた。

 先ずクロムの硬化した手、その破片がまるで銃弾のように弾き出され、彼女の傍らにいた

マルタを撃ち抜き吹き飛ばす。胸や頭、オートマタの身体に穴が空き、彼女は生気を失った

眼と為り動かなくなる。

 間髪入れず、次いでその手はリュカの口元を捉えていた。膂力は勿論、身長差もあって、

彼女は彼に片手で持ち上げられる格好になる。

「マルタ! リュカ姉!」

 ジークの叫び声が聞こえていた。地面を蹴り、今度こそ止めようとする足音もする。

 だが……リュカは一方で何処か冷静だった。

 この男は解っている。魔導師の自分の、口を先ず塞いだ。これでは詠唱も再開できない。

尤もこの至近距離でそんな真似をした所で攻撃してくださいと言っているようなものだが。

 視界一杯にクロムの硬化した手が映っていた。

 岩のようにごつごつと上塗りされたような表面、静かに漂っている石粉。

 ごめんなさい……。

 リュカは喋れずともそう、駆けて来るジークの眼を見て言い、

「──“石罰せきばつ”」

 次の瞬間、そう呟いたクロムによって口から肩、四肢を岩に覆われ、ガコンッと落ちる。

「…………」

 間に合わなかった。ジークは半端な距離感で立ち尽くし、瞳をぐらぐらと揺るがせた。

 機能停止したマルタ、半ば石の衣に囚われたリュカ。背後の二人をそのままに、クロムは

ゆっくりとジークに振り返ると暫し黙してその絶望の表情を見遣る。

「お、おぉぉぉぉぉぉーッ!!」

 沸騰する。感情こころが、爆ぜる。

 ジークはそんな彼の冷淡とも言える眼を浴びて、猛然と斬り掛かっていった。

 紅、蒼、紅、蒼、紅、紅、蒼……。

 何度も何度も二刀を振るい、いなされながらもそのズレを回り込む動きに変えては身を捻

るものの、クロムはその全てを硬化した腕だけで次々といなし、弾いてくる。

「……諦めろ。君は、私には勝てない」

 だが、それでも、ジークは彼の言葉に耳を貸さずに攻め続けた。

 お前が、お前達がいるから、俺は皆は──。

「うるせぇッ! てめぇらから父さんを取り戻すまで、俺の戦いは終わらねぇ!」

 再三の紅梅、増幅する斬撃。

 だがクロムはこの真横から切り込んでくる一撃を、またしても硬化した腕、盾のような岩

で防いでみせた。更にもう片方の手を掌底にし、この硬化盾を叩くように衝撃を伝え、対す

るジークだけを吹き飛ばしてみせる。

 直接物理ではないが、まともに入った。

 ジークは大きく地面を転がり、血反吐をはきながら両膝をついて咳き込む。

戦鬼ヴェルセークを、か……。なら君は、尚更ここで私と戦う必要はない。……尤も逃がすつもりも

無いがな」

 冷静に冷徹に。クロムはそんな希求する少年をじっと見下ろしている。

「星の導きとは……やはり残酷だな。あれはどうあっても絶望が好きらしい」

「……?」

 ジークが苦痛の表情のまま、頭に疑問符を浮かべていた。

 再びそんな彼を見下ろしてから、クロムはスッとその目を細めて言う。

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