39-(0) 抗う者らに惨刑を
その一撃が、また一人阻まれた生命を引き裂いた。
振り下ろされた斧。その断撃を防ぐこともままならず、鉱夫が一人左右に真っ二つにされ
て崩れ落ちた。
骨肉を貫き砕き、舞った血飛沫の鈍い音。辺り一面に広がった、惨殺体の山。
そんな中でもヴァハロは快活な微笑を一つも変えず、ひゅっと斧を振って血を掃う。
今彼がいる場所はフォーザリア鉱山の中腹であり、幾つかの昇降機が外への順路を求めて
口を開く場所──岩と土で出来た、だだっ広いバルコニーのような空間だった。
「そっち終わった~?」
そうして佇んでいると、ふと後方から声が聞こえた。
肩越しに振り返ってみれば、身体中血塗れ包帯塗れのアヴリルが笑顔でこちらに近付いて
来ているのが分かる。更にその背後では、無数の蟲型魔獣達が絶賛“食事”中だ。
「うむ、今し方な。そちらも片付いたか」
「見ての通り。まぁ雑魚ばっかりだからどうせ時間の問題だったろうけど」
辺りには死が満ちているというのに、二人のやり取りは文字通り雑談するかの如き気安さ
にも思えた。どんよりとしてきた空模様へ抗議するかのように、大量の血色がくすんだ土色
に静かに広がっていく。
「しかしバカだよねぇ……。守るって言っておいて自分から見捨てるような真似してさ?」
足元に転がっている死体の一つを頭から摘み上げながら、アヴリルは哂っていた。持ち上
げた元傭兵の身体を後方に投げ、即座に自身の魔獣達が喰い付いていく。
骨を砕き、肉を咀嚼する音が暫し続いた。
ボタボタと血も流れ落ちている。それでも彼女は平然と背を向け、ヴァハロと向かい合っ
たまま、緩んだ身体中の包帯を手馴れた様子で結び直している。
「……みすみす逃す訳ないじゃん? 鼻につくんだよねー、ああいういい子ぶりっ子は」
計画通りに事が運んでいれば、今頃レノヴィン達は坑内で信徒と戦っている筈だ。
わざと騒ぎを煽り、彼らを内部へ誘き寄せる。後は準備までの時間を稼ぎ、丸ごとを此処
終わらせる。
……これまでの行動パターンから、あの少年は何としてでも取り残された者達を助けよう
とするだろう。
しかしそうはさせない。精々たっぷりと犠牲に、我らが敵達に大打撃を与える為の生贄に
なって貰う。摂理に反逆する者には、死を与えなければならない。
「──お?」
そんな時だった。はたと着信のバイブ音が岩と土のバルコニーに響いた。
アヴリルが包帯の端で手の血を拭い、胸ポケットに忍ばせていた自身の携行端末を取り出
して応える。
「やあやあヘイト? ご苦労さん」
『ああ。ったく、相変わらず能天気な声しやがって……。そろそろ駒どもを動かす時間だ。
鼠の始末は済んでるか?』
「うんー、少し前に。そっちこそしっかりやりなさいよー?」
言われなくても分かってら。導話の向こうのヘイトがそう憎まれ口で答えていた。
それでも対するアヴリルは顔色一つ変えていない。逆に憎たらしいほど朗らかである。
端末を耳に当て、彼女は笑っていた。何気なくぐるりと辺りを見渡している。
勿論在るのは自身とヴァハロで始末した、脱走者の死体だ。だが彼女はそうした光景には
何の興味示さず、蟲型魔獣達に喰わせるままにし、ふと気付いたように問いを投げてくる。
「そういえばさー、クロムっちは何処行ったの? そっちで居場所探せない?」
「ん? あやつならば少し前に坑内に降りて行ったぞ。信徒程度ではレノヴィン達を押さえ
られるか不安が残る……などと言っておったが」
『はぁ? 何勝手に動いてんだよ……。巻き添えで死ぬ気か?』
ヴァハロからの返答が聞こえて、ヘイトの声色が一層あからさまに不機嫌になった。
端末越しに聞こえるのはため息──いや、冷笑。
だが彼は、そんなクロムの単独行動をもっと別な側面から観ていたらしい。
『大丈夫かよ。ただでさえあいつはレノヴィン達と一度顔合わせしてるんだぜ? まさか変
な手心を入れるつもりじゃ……』
「別に問題ないわよ。裏切り者なら始末すればいいだけ」
しかしアヴリルの返答は迅速で、かつ淡々と割り切ったものだった。
自分達“結社”とて一枚岩ではない──それは事実だ。
教主・使徒・信徒・信者、明確なヒエラルキーがあるのと同時に、組織に加わった経緯も
時期も動機も、皆突き詰めればバラバラなのだから。
それでも、自分達は戦っている。摂理を代行する、その為に。
「ふむ……」
一方でそんな二人のやり取りを眺めつつ、ヴァハロは何やら思案顔をしていた。
右手には肩に担いだ手斧、左手にはぶらりと下げた手槍。
この二刀流が多くを斃してきた。彼の求道の為に贄となった。
「なぁに、そう心配することはなかろう」
最強の古種族──竜族。そして使徒達の中でも無類の戦闘能力を有する、一見して武人
以外の何者でもない彼は、ややあって呟く。
「……そもそも我らに居場所というもの自体、そう多くは存在せぬのだからな」
アヴリルが、導話の向こうのヘイトが押し黙っていた。加え魔獣達すらも急に大人しくな
ってそう語る彼の方を見遣っている。
曇天に、血の匂いの風が吹き上がっていく。
フォーザリアの地に“結社”の影が満ちていく。