38-(3) 従者、弟者、感謝
「──そうですか。ジーク様達は、まだ……」
アルス達が周りを囲んで見守る中、イヨが携行端末を耳に当て導話をしていた。
相手方はルフグラン・カンパニーの面々。ジーク達一行が滞在先の鋼都で世話になって
いる、小さな機巧会社だ。
『ええ、オズの材料を調達しに出掛けて行ったままです。前にもお話しました通り、鉱夫達
のボディガード……? をするのが条件みたいで、多分ですけど暫くは向こうに居っ放しに
なるんじゃないかと』
社屋の側でも、留守番の社員達が導話器を囲んで応対していた。
背後には茜色のランプ眼をぱちくりと瞬くオズも立っている。彼らは互いを、このキジン
を見合わせ見上げつつ応える。
元より彼らは詳しくを知らなかった。今回の話を取り付けてきたエリウッドの判断──国
との契約というある種の機密を守る為に、身内であってもその詳細を聞かされていなかった
のだ。
言わずもがな、その遠く現地で“結社”絡みの暴動が起きているなど、知る由もない。
「……分かりました。何度も連絡をしてすみません」
『い、いえいえ。こちらこそ力になれなくって申し訳ないです。……なんか、社長の端末に
導話しようとしても繋がらないんですよねー。やっぱ鉱山の中だとストリームの調子が悪い
のかなぁ……?』
仲間達と再三顔を見合わせ、小首を傾げながら応対する技師はごちていた。
どうやら彼らも、離れた場所のジーク達の様子を知りあぐねているようだった。イヨも内
心じりじりと焦る気持ちを抱えつつも、端末越しに静かに頷くだけで、ふっと画面を胸元に
当てるとアルス達を見遣る。
「申し訳ありません。どうやらまだ出先から戻って来ておられないようです」
「そう、ですか。もう仕方ないのかなぁ」
「……どうする? このままではジーク様に戴冠式の件、お話できないぞ?」
そもそも、今日を含め何度かルフグラン側に連絡を取っているのは、他ならぬシノの戴冠
式に関する報告のためだ。
近々行われるという連絡、そして何より映像器越しでいいから出席して欲しいという要請
を伝えようとしているのだが……。
「そろそろ日程的に限界ね。ギリギリまで連絡は図ってみるけれど、このままアルス様だけ
の出席にならざるを得ないかも。陛下にも、そうお伝えした方が無難かもしれない」
「ああ。そうする他あるまいか」
「……」
そんなイヨ・リンファ以下侍従衆のやり取りを眺めながら、アルスは正直寂しく思った。
多分もう間に合わない。彼女達の言う通り、戴冠式には自分が出るしかないのだろう。別
にそれ自体に不満はないし、自身が関わることはもう責任の一つだと思っている。
だが、それよりも胸奥を全身を不安という名の暗がりが撫でるのは、この兄達の現状──
彼らが今何処で何をしているのか、それがどうにも判然としない点にある。
杞憂というか、ただの手前勝手な心配性か。
それでも事実として胸がざわめく。兄さんのことだ、また何処かで無茶をしているのでは
ないかと想像してしまうのだ。
「……あの、イヨさん。僕にも代わってもらっていいですか?」
「えっ? あ、はい。どうぞ」
少しおどおどとした彼女から携行端末を受け取り、もしもしと導話の向こうの技師達へ。
流石に彼らは驚いていたようだった。アルスが控えめに己を名乗ると、分かりやすいほど
に彼らがざわめく声が響いたからだ。
「あはは……。そんなに緊張しないでいいですよ? 僕だってしがない学生ですから」
『は、はあ。いやはや、すみません。まさか自ら声を掛けてくださるとは思いませんで』
「……僕だって、兄さんを持つ一人の弟には違いないですから。あの、やっぱり兄さんはま
だそちらには」
『え、ええ。社長達と出掛けたままです。いつ帰るかも聞かされていませんし、先程侍従の
方にも話したんですが、どーにも向こうのストリームが調子悪いみたいで……』
「えっ」
どくん、とまた一打の胸騒ぎがした。
その土地土地の環境──ストリームの状態によって導話が、導信網の調子が悪い時はある。
なのに、なのに何故こうも不安になるのだろう?
アルスは肩越しにイヨやリンファを、場に集まったクランの皆を見た。
不安な表情は隠し切れずに出てしまっていたのだろう。だからこそ、皆は宥めるように
誤魔化すように、複雑な苦笑を多く返してくるように思える。
ちゃんと戴冠式の事も話した方がいいのだろうか?
しかし皇国の式典やらを、自分の判断で明かしてしまうというのはやはり躊躇いがある……。
『ま、まぁその内連絡はある筈なんで、あまりお気に病まれず。坑道に入ってても中に居ら
れるのは空気とかの関係で限度がありますからねぇ……。ひとしきり掘ったり何なりしたら
また出てきます。繋がりますよ』
加えて、導話の向こうの技師にまでそう慰めてくれるような一言があった。故にアルスは
ようやくいけないと自戒をし、自身も笑みに戻ろうと努めた。
そう……ですね。
何を自分は気弱になっているのだろう。ただ“結社”と戦うばかりではない、道中の出会
いに足を止めて優しさを向ける兄に、最初は安堵していたではないか。
自分達が信じてやらずに、誰が信じるというのか。
兄は、リュカ先生は、サフレさんやマルタさんは、それでなくとも“敵”に睨まれ狙われ
続ける日々を送っているというのに。
『──ん? なんだ、お前も話したいのか?』
すると、ふと導話の向こうで何か変化があったらしい。
アルスが暫し待っていると、相手が先程までの技師から機械仕掛けの声色へと変わった。
『……マスターノ、弟君デアリマスカ?』
「えっ。あ、もしかして貴方がオズさん、ですか? 兄さんが助けたキジンさんの……」
ハイと導話の向こう、話し手に代わったオズが肯定した。
私ハオズワルドRC70580、現在ハマスターノ命名ニテオズと名乗ッテイマス──。
そんな彼の自己紹介に、アルスは思わずふっと頬が緩む。
「こんにちは。初めましてですね。改めまして、アルス・レノヴィンです。どうやら兄さん
が色々お節介を焼いているようで……」
『オ節介……トイウ意味目的ニ分析ガ必要デスガ、概ネ肯定デス。私ハマスター達ノオ陰デ
長イ睡眠状態カラ解放サレマシタカラ』
思えば、こうしてキジンと話すというのは初めての事かもしれない。
だけども不思議と苦手な意識はなかった。それは多分、兄という存在が互いを仲介してく
れている格好であるからなのだろう。
暫し二人はジーク達に関する話題──これまでの旅の経緯を中心に、会話を咲かせた。
風都から鋼都へ。その空間転移にトラブルが起きヴァルドーの辺境に飛ばされてしまった
こと、そこでオズと出会ったこと、更にその出会いを皮切りにグノア侯やファルケン王、ルフ
グランの面々と知り合い現在に至る経緯。
それまでも多くはジーク達からの定期連絡で断片的に聞き及んでいたことだが、彼との話
でアルスは随分と補完できたように思う。
嬉しかった。導話越し、直接顔を会わせたことはまだないけれど、兄と共に歩んでくれる
誰かはちゃんといるんだと再確認できて。
『……アルス殿』
「? はい?」
『心配ナサル心理ハ私ニモ解析デキマス。マスターガ私ヲ此方ニ置イテ行カレタノモ、オソ
ラクドノヨウナ危険ガアルカ分カラナイト思ッタカラコソナノダト推測シマス』
「……」
『デスガ、心配ゴザイマセン。私ハ生マレ変ワレタノダト思イマス。タダ人ヲ殺ス為ダケノ
存在デハナク、人ヲ活カシ人ト同ジ歩ミヲシテイイ存在ナノダト、私ハマスター達カラ教ワ
ッタヨウニ思ウノデス』
「オズ、さん……?」
『ゴ心配ナク。イザトナレバ、マスター達ハコノ私ガオ守リシマス』
目頭が熱くなるのが分かった。よもやキジンに、という思考は一瞬にして霧散する。
ただ嬉しかった。自分だけが気負わなくていいんだと思った。確かに今までだってクラン
の皆に守られてきたけれど、それでも「自分が」という気持ちで空回りしていたのかもしれ
ないなと思い直すことができた。
導話の向こうで、技師達がオズを小突いて微笑っている。アルスが端末を握り締めてはたと
笑顔になったのを見て、イヨ達の幾人かが小首を傾げている。
「……はいっ」
そうだね……。僕は僕の役目を果たすよ。戴冠式は、僕達に任せて──。
フッと優しい笑顔を浮かべて、アルスはそう心の中で誓いを零す。




