38-(0) 不穏の漁火
「──“結社”が尻尾を?」
ファルケン王がその報告を受けた頃には、外は既に色濃く茜に染まっていた。
一旦自室に戻って雑務を片付けていたため、再び城内の廊下を早足で行きながら彼はやっ
て来た官吏らを引き連れる格好となる。
「はい。どうやら件の暴徒らの中に、連中のオートマタが紛れ込んでいたようでして」
「その後すぐに、ジーク皇子らが傭兵達を率いて坑内に突入、現在も交戦中とのことです」
正装のマントを翻しつつ、靴音が響く。
こちらの想定以上に早くそして強い反応だなとファルケンは思った。
元より“結社”の魔手があるとの情報はあった。警戒はより高く設定していた。それでも
奴らは、あの皇子らの加勢とほぼ同時のタイミングで攻勢を掛けてきたのだ。それだけ彼ら
を警戒しているのか、それとも……。
ややあってファルケン達は王の間へと着いた。既に集まり始めていた臣下らの低頭の列を
通り過ぎ、彼はとすっと玉座に腰を下ろして中空を見上げる。
蒼い半透明のホログラム──その幾つかが砂嵐になっていた。眉根を寄せてまさかと思っ
たが、やはりそれらは全てかの地・フォーザリア周辺からのデータである。
「どうやら現地のストリームが乱されているようでして。こちらの回線にも影響が」
「既に予備回線への移行を指示しています」
「うむ」
ちらと目を遣れば、臣下らがそう説明を寄越してきた。
一々自分が命令せずとも動けているのは宜しいことだが、それでも自分達のよすがを抉ら
れたような不快感はくすぶる。
乱れている、ではなく乱されている──。これも連中の妨害とみて間違いない。
ファルケンは徐々に回復していくホログラムらを睨みながら、口元に手を当てて暫しの思
考を走らせた。
やはりそうなのか。まだ断片的情報とはいえ、どうにも“整い過ぎ”ている。
これはただの暴動教唆ではない……レノヴィンの介入ありきで発動された計画だ。
即ち、その手口は判然とはしないが、機密には万全を期しているというのに奴らはいとも
容易くこちらの手を読んでいたことになる。
「も、申し上げます!」
そして彼の推測は、新たに駆け込んで来た官吏の報告によってより明確なものとなった。
「フォーザリア坑道にて無許可の連続爆破が発生しました! ジーク皇子以下、追討部隊を
含めた面々が内部に閉じ込められた模様! 執政館より救援要請が届いています!」
ファルケン王以下、場にいた者達が目を見開いて驚愕していた。
鉱山に対する爆破──それが何を意味するのか、たとえ指示を出すだけの者らであっても
事の大きさは否応にも認識される。
「まさか……結社が?」
「オーキス卿はどうした? そんな事態、連絡の一つもないぞ!?」
「は、はい。それは」
「……現地のストリームが乱されているからだろう? 導信網が連中の妨害を受けている
以上、通信も滞る。……精霊伝令か」
「はい、仰る通りです。通信自体はフォーザリアではなく近隣領を経由されたもので……」
「そうか。急ぎ援軍──救助部隊を編成しろ。それと今後も通信妨害が続く可能性が高い、
近隣領との通信回線を倍に増やせ。王宮からも直接人も遣るようにしよう」
『はっ!』
臣下達の戸惑いとそれらを制した内一人の推理。報告に来たこの官吏の首肯を受け、ファ
ルケンは即断の指示を飛ばした。
官吏らが最敬礼と共に駆け出していく。臣下達が焦りを隠せずに議論を交わしている。
「……」
推測は更に確信へ。ホログラムのデータ群及び視界に映る部下達のさまを見つめながら、
ファルケンは肘掛けの片方に体重を預けて深く深く眉間に皺を寄せていた。
やはりストリームへの干渉、導信網妨害の工作は自分たち相互の連携を断ち、何より時間
を稼ぐ為に行われたのだろう。
鉱山の爆破、直接攻撃。
そもそも連中はテロ組織だ。目の仇にしているその鉱山自体をこれまで壊そうとしなかった
ことの方が、ある意味不自然ではあったのだ。
(……俺の人選が悪く出ちまったか。文官育ちの役人気質じゃあ、マジモンの争いは収め
きれなかったか……)
内心、デモ隊くらいなら権力で抑制しておけばいいだろうと判断した、当時の自身を悔や
む気持ちはあった。こんな事になるのなら、影を差す“結社”の存在を知った時、もっと強
く──それこそ国是の下、デモ隊ごと排除すべきだったのかもしれない。
だがそんな言葉を表情を、表に出す訳にはいかなかった。
自分は、あくまで開拓の潮流に立つ者として振舞わなければならない──より多くの民を
富へと導く義務がある。弱みを見せれば、奴らは間違いなく今以上に調子付く。
尤も仮にそうした強硬策に出たとしても、出れば出るほど、実際にこちら側へ取り込める
層は限定的であることくらい今も昔も解っていない訳ではないのだが……。
『陛下、皆様』
そうしていると、ふと中空のホログラムの一つが切り替わって声がした。
ファルケン達が目を遣ってみれば、データの図表が映像通信に切り替わり、軍服の将校が
映っている。確か王都守備隊の幹部であった筈だ。
どうかしたか? ファルケンが問うと、その生真面目な表情に深い皺が走る。
『至急、ご報告すべきことが起きまして……。現在、王都内のグノア侯爵邸にて大規模な火
災が発生しています』
またしても一同が目を丸くした。
驚愕というよりも衝撃。同僚の本邸に起きた悲劇に臣下らがどよめき、身を硬くする。
「……。火付けか?」
だがファルケンだけは、そう短く問うだけであまり感情を──努めて出さないようにして
いるかのように見えた。
幹部はすぐには答えなかった。それでも「今はまだ……」と辛うじて呟くものの、彼もま
た、王と同じくこれがただの火災ではないのではと感じ取っているらしい。
「じょ、状況はどうなっているんだ?」
「グノア卿はどうなされている? 奥方やご子息らは? 館の者達は?」
『最善は尽くしましたが……夫人とご子息らは既に。負傷した者も多く順次病院へ搬送して
いる所です。火の手もかなり激しく、最早全焼は免れないものかと』
画面越しに幹部が沈痛な面持ちで言った。
引き伸ばし潰されるような、臣下達の漏れ声。そして互いに顔を見合わせ、つい彼らはそ
の災いを、今この国を覆わんとする影と重ねてしまう。
「妻子が死んだか……。グノアはどうした? 確か何日か前に王都に戻って来てるって話を
聞いたんだが」
分からなくもない。自分も“もしかしてレノヴィンと関わったから?”と怪訝を抱いた。
それでも邪推ばかりで不安がるのは、結社の仕業であろうとなかろうと奴らの思う壺
だ。ファルケンはそう言わんばかりに眼力で臣下達を一瞥して睨み、そう幹部に言及のなか
ったグノア当人の消息を訊ねる。
『それが……何処にもおられないのです。王宮の総務局に取り次いで貰っても、一向に連絡
すら取れない状態で……』
「……??」
なのに、もたらされた返事は更に不自然を加速させた。
姿がない? 連絡が取れない?
今度こそファルケンは場の面々らと顔を見合わせていた。
実は妻子同様、既に巻き込まれている──亡くなっているではないかとも考えたが、当主
である彼を守備隊は真っ先に助けに向かった筈だ。それでも尚見つからないとなれば、そんな
推測は些か粗雑に過ぎる。
「……捜索を続けろ。鎮火したらもう一度連絡してこい」
言われて幹部が気難しい表情のまま敬礼し、通信が終了した。再び王の間の中空には国内
各地から集められたデータがリアルタイムで更新され、件のフォーザリアの追加情報も少し
ずつながら他領経由で入ってきている。
(どこまで。どこまでてめぇらは、俺達の歩みを邪魔すれば気が済むんだよ……)
静かな苛立ちの中、顰めた眉間の皺だけは深い。
再び官吏や臣下達が忙しなくなる只中で、そうファルケンは幾度目とも知れぬ苦境と見え
ぬ敵らに頭を悩ませていた。