37-(5) 赤眼の公卿
「──坑道が爆破された!?」
慌てふためいた官吏達からの報告に、館の執務室で指揮を執っていたオーキス公は思わず
デスクを叩きながら立ち上がった。
「は、はい……。現場から精霊伝令でそう報告が」
「どうやら“結社”による皇子達への妨害工作のようでして……」
「……。何てことだ」
その逞しい体躯も相まって、場の官吏達がビクッと震える。
オーキス公は出かかった諸々の言葉を呑み込むと、どさっと椅子に腰を落として白髪に占
領された頭を掻き毟る。
正直を言えば、暴動が起きた時点でぼんやりとは思っていた。
だがこうも早く奴らが攻勢を掛けてくるとは。
主だった坑道の出入口が爆破され、塞がれたということは、奴らは皇子達を閉じ込めた上
で亡き者にしようとしているのだろう。
「……急ぎ救出隊の準備を。早々に彼らを失う訳にはいかない。王都──陛下にもこの事を
伝えよ」
俯いた苦渋の表情から紡がれたオーキス公の指示に、官吏らが慌てて了承し、駆け出す。
面々が出て行く足音を聞きながら、彼は大きな嘆息を吐きながらゆらりと顔を上げた。
「……」
中空、室内にずらりと表示された各ホログラムは全て砂嵐になっていた。
原因は不明だが、どうやらこのフォーザリア鉱山一帯のストリームが不自然に乱されてい
るとの報告が館の魔導師達からあった。
故に、導信網に寄り掛っている自分達の情報網はほぼ壊滅状態になってしまっていた。
現場からの連絡に時間がかかったのも、ひとえに精霊伝令で代用するしか術がなかった所為
である。
(これも“結社”の妨害なのか……?)
自分達の通信回線に対するジャミング。
自然発生というには、その程度もタイミングもあまりに不自然であることを考えれば、そ
れが一番妥当な原因だろうとオーキスは推測した。
しかしストリームを人為的に歪める術と力量を持つ者がはたしているものなのか──?
そう「常識」が疑問を投げかけてきたが、一方ですぐにそれが今という状況にあっては殆
ど意味を成さないと思い直す。
相手は“結社”なのだ。一説には何百年も暗躍してきたというあの規格外の無法者達に、
自分達の常識は通用しないと考えるべきだったのだ。
つい数刻前の自分の、何とも愚かなことか。
今度も上手くいくと思っていた。結局は不満分子の発散行動──坑道にさえ、敷地内にさ
え入れなければ、またやり過ごせると思っていた。
文官出身故、真に戦いというものをを知らなかった、と言えばそれまでである。
しかし自分は責任者なのだ。此処フォーザリア鉱山の管理を任され、派遣されている陛下
の代理人なのだ。
『──あんたはこの争いをどう見てるんだ? 一体どうしたいと思ってる?』
はたと、あの時皇子が問うてきた言葉を思い出していた。
確かに自分は哂っていた。下々の争いとて所詮は利害の対立であり、自分個人が判断を
下すものではないと考えていた。どのみち開拓は国是なのだから、大事は陛下が中心となって
導くもの──個々人に肩入れしていては政治生命に要らぬリスクを伴う。
なのに……彼は詰問しようとしていた。
真っ直ぐに、馬鹿正直なくらい真っ直ぐに、目の前の有象無象と並んでいた。
政治を知らぬ青二才、今は知名度だけがあるカモというくらいの認識しかなかった。
なのに、何故だ? 何故私は今、こんなにもあの青年の姿に怯えている……?
(……。まさか……)
強烈な悪寒と共に、オーキスははたと悟る。
ただ「暴れた」過去が故だけではないのではないか? 彼が“結社”にここまで執拗に狙
われる理由──動機付けとなるものは。
今回の一件、まるで奴らは彼らが此処にやって来るのを待っていたかのようなタイミング
ではないか。これまでも連中の関与は噂こそされていたが、今まで尻尾の一つも出してこな
かったというのに。
確かに書類の関係上、七星連合の支部を経由してはいる。
それでも情報流出の虞は最大限抑え込んだおいた筈だ。なのに……。
(彼……なのか? そもそも、この交戦自体が彼らを──)
異変は、ちょうどそんな時に追い討ちをかけてきた。
一人内心を大きく揺るがすオーキスの耳に、激しい銃撃音が聞こえてきたのである。
「なん──」
彼が思わず立ち上がるも、その騒ぎは激しさを増す一方だった。
意識を向けると、聴覚を刺激するのは銃声と金属音、そして何度も重なる兵達の悲鳴。
侵入者か!? オーキスは急ぎデスクを離れ、壁に掛けてあったサーベルを手に取った。
鞘からザラリと刀身を抜き、不慣れながらも身構える。
文官の出とて、部下達を呼ぼうと叫べば知られるという知恵くらいは働いた。
彼らが駆けつけて来ないということは……おそらく、もう。
「オー、キス……卿……」
「逃げ」
次の瞬間だった。執務室のドアを、警備の兵や官吏が瀕死の状態になって突き破って来た
のである。
いや……。厳密には彼らをそんな目に遭わせた者が叩き付けたと言うべきか。
『──』
どうと、赤黒い血を染み込ませながら倒れた彼らの横を通り過ぎて、はたしてその張本人
達は姿を現した。
以前より報告にあった黒衣のオートマタ──“結社”の量産兵達。
撫で付けた金髪と白衣姿の、嫌な引き笑いをの痩せぎす男。
そして……ボロのマントで身を隠した、機械の義眼を持つ男。
「……久しいな。オーキス卿」
「ッ!? その声、まさか……グノア卿!?」
“結社”がここまで直接殴り込みに来たという事実もそうだったが、更にオーキスを驚愕
させたのは、その侵入者の中に見知った者がいたという点であった。
セルジュ・グノア。
自分と同じヴァルドー王国の有爵位家の一つ、その当主を務めている男である。
「な、何故貴公がそこにいる!? いや、そもそもその格好は何なんだ!?」
何故? 多分心情的には何百回とその場で繰り返したであろう言葉を、オーキスは彼にぶ
つけていた。これでも貴族の端くれと握ったサーベルの切っ先が震えている。
「……解らないか?」
ガチャリと、グノアの身体中から重厚な金属の音がする。
そっと捲る布越しから覗くのは、あちこちが機械のそれに替わった姿。
傀儡兵を率いたまま、白衣の男──ルギスは変わらず不気味に笑っていた。オーキスの両
の瞳が、静かにぐらぐらと揺れている。
グノアが持ち上げた腕、鋼鉄の義手が前髪で隠れていたもう片方の眼を露わにした。
刹那、上がったのは声にもならないオーキスの悲鳴。
そんな、腰を抜かして倒れ込む元同僚の姿を、グノアの義眼は淡々と映している。
「こういうことさ」
全身の少なからずを機械の義肢に換えた元侯爵・グノア。
その生身側の左眼は、紛れもなく血色の紅に染まっていた。