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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-37.それは燃え立つ紅蓮のように
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37-(4) 閉ざされた戦い

「な、何だぁ……?」

 鉱山のあちこちから、濛々と煙が立ち上っているのが見えた。

 突然響いた爆音に思わず身を屈め、恐る恐る顔を上げた警備兵らが見たのは、そんな坑道

に起こった明らかな異変。

 ジーク達が内部へ突入したのと時を前後して拘束したデモ隊の面々を含め、場に居合わせ

た者達は一様に戸惑い、お互いの「知らぬ」を確かめ合っている。

「……おい、誰だよ? 勝手に火薬使ったの」

「知るか。っていうか、この状況で採掘してる訳ねぇだろ」

 兵の一人がジト目で振り返ったが、勿論語るようなことは誰もしてないし、今は“結社”

の出没でそれどころではない筈だ。

 だとすれば、まさか……。

「た、大変だーっ!」

 そして彼らの懸念は程なくして現実のものとなった。他の持ち場にいた警備兵が次々と、

この鉱山に起こりつつある異変の正体を知らせに来たのだ。

「第一西口が塞がれた! “結社”の野郎、坑道をぶっ壊す気だ!」

『何っ!?』

「第二の方もだ!」

「北口も全部やられた! 南口も似た感じらしい」

「東口の方は今、他の奴らが確認しに行ってる。だが多分……」

 畳み掛けられるように絶望が駆け巡った。

 やはり結社やつらが。今まではこんな直接的な攻撃はなかったのに……。

「ま、拙いぞ……。おい、第三はどうなってる? 皇子達は!?」

 それと同時に面々が危惧したのは、坑道内へ連中を追って行ったジーク達の消息である。

 急かされ、警備兵が何人か第三西口の内部を確かめに行く。

 だが半刻もしない内に、彼らは青褪めた表情かおをして戻ってきた。まさか、と言葉少なく

問う仲間達に、彼らは力なくコクリと頷く。

 間違いないと悟った。

 あの時“結社”達は逃げたんじゃない、皇子達を誘い込んだのだ。そしてその上で坑道の

出入口を──何故細かく場所を把握していたのかまでは分からないが──爆破して塞ぎ、彼

らの命を狙っているのだとしたら?

「くっ! 急いでオーキス卿に報告するんだ! 救助の準備を!」

「はいっ! ……って。あ、あれ?」

「どうした?」

「その、通信がおかしいんです。急に繋がらなくなって……」

「繋がらないって……。何でまたこんな時に」

 なのに、こんな時に限って執政館への連絡が上手くいかない。携行端末を手にした者達が

一様に謎の不調に首を傾げている。

 時間が惜しかった。こうしている間にも、皇子達は“結社”の謀略に苦しめられているの

だと思うと。

 ……もしも、万が一此処で彼らを死なせてしまうような事態になれば、それこそ自分達に

圧し掛かる責任や罪の意識は生半可では済むまい。

「た、端末が駄目なら精霊伝令だ! 誰か、誰か魔導が使える奴はいないか!?」

 責任感。いや、それ以上にぞくりと悪寒を伴う保身の念が彼らを突き動かす。

 表情かおはあっという間に文字通りの必死さになり、坑道前の現場ではそんな警備兵や駆け

つけた者達の叫び声が飛び交っていく。

 混乱していた。

 それが結社てきの仕掛けた策の一つであろうと頭の片隅で理解はしていても、この山で自分達

の至らなさで、あの皇子達を失わせる訳にはいかないと皆が焦っていた。

『……』

 そんな、慌てふためく面々が駆け回る物陰で。

 自身の携行端末を片手に、魔人メアの少年──“使徒”ヘイトは、その両眼を紅く染めて邪悪

にほくそ笑む。


 暗がりの向こうから点々と小さな光が飛んでくる。

 精霊達だった。突然の爆音と揺れの後、リュカが彼らに呼びかけて周囲の様子を探って貰

っていたのだ。

 光る毛玉だったり、羽を持つ小人型だったり。

 戻ってきた彼らの小さな鳴き声にコクコクと頷くと、彼女は「ありがとう」と礼を言って

微笑んでから、成果を待つジーク達へと振り返る。

「……どうだった?」

「残念だけど、嫌な予感は当たっていたみたい。坑道の出入口があちこち塞がれてしまって

いるわ。私達が入った第三西口も含めて殆ど。……さっきの爆発は、多分私達を閉じ込める

為のものだったんでしょうね」

 精霊達が顕現を解いて姿を消したことで、坑内は再びカンテラの灯りだけが頼りとなって

いた。半ば直感していながらも皆を代表したジークからの問いに、リュカはそっと眉を顰め

ると抑えた声色で首を横に振る。

 やっぱりか……。皆の反応それ自体は大よそ同じものだった。

 悔恨、思案、焦り、恐怖──されど各々が漏らす表情は大きく異なってもいる。

「それに、端末も通じなくなってるの。さっきから不自然に魔流ストリームが乱れている所為だと思う

んだけど」

「……十中八九、連中の妨害工作でしょうね。確か、ここに来るまでは問題なく繋がってい

ましたし」

「えぇっ!? じゃ、じゃあ助けを呼ぶ事もできないんですか?」

「端末からだとね。でも落ち着いて? 時間は掛かっちゃうけど、さっき精霊達に執政館へ

の連絡も頼んだから救助の方は何とかなると思うわ」

 加えてリュカが懸念を示すのは、手にし示した自身の携行端末だった。

 アイコンが並ぶ画面自体は支障ないが、外との通信を取ろうとすると画面が音声があっと

いう間に乱れる。サフレが推測し、マルタや傭兵、鉱夫達がうろたえるが、彼女曰く一応外

との連絡自体は辛うじて確保できているらしい。

(ストリームが、乱れる……)

 一方でジークははたと、ある事が脳裏に引っ掛かっていた。

 今、リュカ姉はストリームが乱されていると言った。サフレも言うようにそれも連中の策

ならば、自分にはそんな芸当に心当たりがある。

 あいつだ。

 “万装”達に風都エギルフィアへ連れて行かれる切欠になった、あの村で戦った奴らの一人に、確か

端末を使ってストリームを弄くっていたガキがいた筈だ。

 近くにいる。奴らが、結社の魔人メアがこの山の何処かにいる。

 如何せん事態が矢継ぎ早ではあるが、求めるものに近付いている……。

基地ベースに向かおう。徒歩の出口が塞がれてるんじゃ、どのみち昇降機で脱出するしかない

しな。一旦おっさん達を外に逃がそう。奴らへの借りは、その後で倍返しだ」

 改めて、ジーク達は最寄の基地ベースへと急いだ。

 先刻の爆発がまるで嘘だったかのように、坑内は再びしんと静まり返っている。点々と設

けられたカンテラの灯りがどうにも心許なく思える。

 新たに傀儡兵らが追ってくる様子もなかった。

 あれで全部だったのか、それともまた何処かで待ち伏せているのか。ジークは胸騒ぎがぶ

り返すのを感じながらも頭を振り、右へ左へ、皆と共に坑道内を駆け抜ける。

「ん……っ」

 刹那、視界が開けた。

 同時に飛び込んでくる光量が膨れ上がり、ジークは思わず眩しさで目を細める。

 これまでの細長い通路とは打って変わって広く円い場所に出た。壁には通路のそれよりも

短い間隔でカンテラが吊るされており、照度が大きく向上している。

 壁際にはぐるりと通路整備用の資材や採掘機材、坑道内を通っていると思しきトロッコが

幾つか。他にも粗末ながら、カーテンの間仕切りを備えた休憩スペースも在る。

「……ここが?」

「はい。D区画の第一基地ベースになります」

「もっと奥に進めば第二、第三とあるんですけどね。大体は何処もこんな感じでさあ」

 一応見遣ると、後ろから鉱夫達が首肯していた。ようやく着いたという安堵感から、その

表情には少なからぬ緩みがある。

 目当ての昇降機はちょうど奥向かいで鎮座している。

 行こう。そうジーク達が再び真っ直ぐに歩き出そうとする、

『──ッ!?』

 その瞬間だった。

 通路側の入口から通り過ぎ、部屋の真ん中へ至りかけたその時、突如として鋭く尖った岩

礫の群れが飛んできたのだ。

 逸早くその奇襲を、向けられた何者かの殺気を気取り動いたのはジークとサフレだった。

 立ち止まるのと半身を返して飛び出すのはほぼ同時。抜き放った二刀、展開と同時に鞭の

ようにしならせた槍が、撃ち出されたそれらを早業で以って叩き落す。

「皆、怪我はないか?」

「チッ……何処に居やがる。出て来い! お前らなんだろ、楽園エデンの眼ッ!」

 数拍遅れて傭兵達も、リュカやマルタ、鉱夫達を庇うように陣形を取り直し、一斉に岩礫

が飛んできた方向へと銃口を剣先を向けていた。

 サフレが肩越しに皆の無事を確認する。ジークが姿の見えない敵に怒声を放つ。

 すると次の瞬間、一同の視界の先──見る限りは岩でしかない壁が揺らいだ。

「ふむ……。やはりこの程度の細工では仕留められませんか」

 そこから通り抜けるように現れたのは、茶色い白縁のローブに身を包んだ男だった。加え

てその左右からは、同じように壁をすり抜け、手下とおぼしき荒くれや傀儡兵達が続く。

「よく来た、ジーク・レノヴィンとその同調者達よ。我が名はイザーク、このフォーザリア

にて摂理の敵を滅する者……。貴様らの首、我らが貰い受ける」

「はん! その台詞、そっくりそのまま返してやるよ!」

「そうだそうだ!」

「何の仕掛けか知らんが、こそこそ隠れてた奴にやられて堪るかってんだ!」

 イザーク、そう名乗った“結社”の刺客はサッと片手を広げた。

 ざりっと地面を踏み、また一歩と迫ってくる彼の手勢。ジーク達も同じく、それぞれの得

物を構えて一触即発の臨戦態勢に入る。

「──」

 だが、他ならぬジーク自身が、はたとすんでの所で理性という糸に己の前のめりを引っ張

り直されていた。

 倒すべき敵がいる。父の情報を知っている可能性がいる。

 しかしこのまま戦いになだれ込めば、この場を危険な色に塗り替えてしまえば、また繰り

返すのではないかと思った。仲間や傭兵達はともかく、鉱夫おっさん達を巻き込む訳にはいかない。

「……ッ、リュカ姉!」

 ぐっと一度歯を噛み締めて、ジークは叫んでいた。

 はたと彼を見るリュカや場の面々。

 その瞬間彼は、既に一足早く二刀を引っさげ地面を蹴り出していて……。

「結界を! 皆を外にっ!」

 強く跳躍。肩越しにジークが彼女に叫んでいた。

 言葉は簡潔で、しかし確固で。

 そんな彼の叫びと今という状況を瞬時に呑み込み、リュカは真剣な顔つきで頷いていた。

やや遅れてジークに続くサフレを視界に映しながら彼女は詠唱を開始する。

「ぬっ……? させませんよ!」

 だがイザークもその仕掛けてくるものを悟ったようだった。

 眉根を寄せた次の瞬間、五指に嵌めていた指輪──魔導具に力を込め、地面から岩石で出

来た砲台をずらりと並べる。

 そして一斉に撃ち出されたのは、やはり岩石の砲弾。

 更にその弾道を追い掛けるように、彼の部下達がジークらを──呪文を唱えているリュカ

を狙おうとする。

「邪魔を──」

「すんじゃねぇッ!!」

 しかし押し勝ったのはジーク達の側だった。

 ぐんとイザークらへと間合いを詰めた二人は、蒼桜と楯なる外衣リフレスカーフ──飛ぶ斬撃と反射する

布で岩砲弾を斬り裂き、弾き、迫る“結社”の荒くれや傀儡兵達を一網打尽にしたのだった。

 イザークが、傭兵達が、目を見開いて驚いていた。

 “結社”の雑兵らが弾き返された岩砲弾の巻き添えになり、尚も勢いを失わない蒼い斬撃

に叩き伏せられる。

「盟約の下、我に示せ──夢想の領イマジンフィールド!」

 そしてリュカの詠唱が完成した。

 空間結界。それはちょうどジークやサフレ、イザーク達を藍色の魔法陣でスキャンするよ

うに巻き込んで発動していく。

「み、皆さん! リュカさんをお願いします!」

 本来の空間とは隔絶されていく境界線。更にそこへマルタが、傭兵達にリュカの事を肩越

しに頼みながら飛び込んでいく。

『……』

 白ばむ光が広がって、目の前からジーク達の姿が消えた。

 残されたのは、制御用の光球を掌に浮かべたリュカと、傭兵達と、鉱夫達。

「あ、あの」

「大丈夫。ああ見えてあの子達は結構強いですから。今はそれよりも、早く鉱夫さん達を」

「は、はい……」

「よし、なら二手に分かれよう。半分はおっさん達と昇降機で外へ、残りの半分は此処で竜

の姉ちゃんをガードする」

『応ッ!』

 最初こそ戸惑っていたが、それでも彼らとて冒険者プロである。

 ジークが残した言葉とリュカからの促しによって、彼らは避難と守備の二手に分かれると

迅速に行動を開始した。

「……くっ、兵達が……」

 一方で、空間結界の中では先んじられた反撃で少なからぬ部下を失ったイザークが苦々し

い表情を浮かべていた。ジークとサフレ、マルタもそれぞれに得物を構えて今まさに追撃を

加えんとしている。

(残るのは、俺と結社こいつらだけでいいんだ……)

 脳裏を走り去っていくのは、これまでの自身の旅路と巻き込んでしまった人々──強い悔

恨と焦りの念。

 情動と理性に引き千切られそうになりながら、ジークは顰めっ面にて二刀を放つ。

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