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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-37.それは燃え立つ紅蓮のように
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37-(3) 黒の大地、白の虚空(そら)

 まるで、闇から生まれるものどもを相手にしているかのようだった。

 カンテラの灯だけが頼りの視界。その範囲外の暗闇から次々と襲い掛かってくる傀儡兵。

 ジーク達は鉱夫らを守るべく、挟み撃ちにされるがまま戦うしかなかった。採掘が中断さ

れ静まり返った坑内に、鋭い金属音や銃声が繰り返し鳴り響く。

「縮こまるなよ、潰される前に押し返すんだ!」

「分かっている! 君こそ早く進め。このままじゃいつまで経ってもキリがない!」

 苦戦を強いられている、その事実は否めなかった。

 何よりも先ず場所が悪い。視界も限られ空間も狭い。暗がりの向こう、通路の前後から襲

ってくる傀儡兵らの数は知れず、剣も思うように振り回せない。 

 それでも突き出される鉤爪を防いでは弾き返し、先頭に立って斬撃を浴びせようとする。

 だが反撃の刃、その軌道が限られていることで相手には中々当たらず、そうしている内に

また別の傀儡兵がわらわらと押し寄せてくる。

 じれったさもあってジークは叫び、また充分に捉えられなかった斬撃を。

 そんな彼に、殿で戦うサフレはむしろ前進をと急かす。やはりこの環境では斬るより、彼

のように槍──突きで戦う方が効果的か。

「そ、そこを右です!」

 何度目かの鉱夫の指示で、一行はまた方向変換した。

 曲がり角、最寄の基地ベースへの道のり。襲撃を弾き退けつつのじれったい進行。

 だが同時に右折や左折、その瞬間は一番危険となる。三叉路ないし十字路になる際に自分

達の中列──鉱夫やリュカ達が直接敵の間合いに入りかねないからだ。

 仕方なく前後列のメンバーが割って入り、食い止めるという構図が続く。そしてそこから

また追ってくる迫ってくる傀儡兵らに対応すべく、決して広くない道を駆け戻る。少しずつ

ながら、しかし確実に数の劣勢が身にしみる。

「ちぃ……ッ!」

 この立ち回りからして、十中八九奴らは単に逃げたのではなかったのだろう。

 誘い込む為だ。前後左右が薄暗く、武器を振り回すには向いていないこの場所に。

 不案内だろうなどという推測は大外れだった訳だ。知り得た理由は判然としないが、少な

くとも地の利は向こうに渡ってしまっている。

 抜かったと思った。今更悔いても仕方ないが、もっとやりようがあったのかもしれないと

ジークは歯を食い縛る。

 自分の愚かしさ──ある種の愚直さのようなものを呪った。

 後先を考えず、目の前の誰かに手を伸ばそうと勇み立つ。思えばダン(ふくだんちょう)

などにもよく窘められていたことではなかったか。

 “敵”に弄ばれるこの不快さ。

 その最中に何度となく人々を巻き込んでしまっている罪の意識。

 にも拘わらず、自分がセカイに対して「冷静」で在れる気がしないという現実。

 全てが……自分を哂いながら刃を振り上げてくる。

「ぶっ飛ばせ──蒼桜あおざくらッ!」

 まとわり付く鬱々とした重みを振り解くように、ジークは力を込めた。

 左手に握った六華の刃。

 大上段から振り下ろされた飛ぶ斬撃が、行く手を遮る傀儡兵らを斬り飛ばしながら坑道の

奥へと蒼い軌跡を残していく。

一繋ぎの槍・改パイルドランス・スプリング!」

 反撃まきかえしは続いていた。

 殿に立つサフレが、後ろの通路から追ってくる傀儡兵らに狙いを定めると、ぐんと縮めた

槍を一気に射ち解いたのだ。

 加速と威力がついた一突きが、迫っていた彼らを一纏めに串刺しにする。

 オートマタの、されど妙にリアルな骨肉を砕く感触が手に伝わる。がくりと次々に崩れて

ゆく敵達を見遣りつつ、サフレの手の中へ元サイズに戻った槍がバチンッと戻ってくる。

「皆さーん、伏せてくださーい!」

 十字路の片側面からの迎撃に苦慮していた傭兵達の背に、マルタの呼び声が届いた。

 皆の連射で以って傀儡兵を押し留めていた勢いが思わず緩む。傭兵達が何だと振り返って

みると、そこにはマルタと、今まさに詠唱を完成させようとしているリュカの姿があった。

 狙いを定めるのは、自分達に迫る傀儡兵──だらけの通路側。

 かざした掌に展開するのは白い魔法陣と、ぐんぐん球状に凝縮されている高密度の風。

「盟約の下、我に示せ──重の風弾エアブレット!」

 殆ど反射的に身を屈めた面々を確認すると同時、リュカの天魔導が発動した。

 頭上を掠めて飛んでゆくのは、掌に集めた巨大な風の弾丸。

 射出されたその一撃は空を切りながら一直線に傀儡兵らに向かっていき、盛大に爆ぜると

まとめて彼らを吹き飛ばす。

「……本当、キリがないわね」

「分かってるよ。でも突っ切るしかねぇだろ」

「もう道という道に待ち伏せられている可能性も、あるがな」

「せ、せめてもっと広い場所に出られればいいんですけど……」

 リュカの呟きに三者三様の反応が漏れた。

 焦燥、勇猛、慎重、不安。

 するとリュカは何を思ったのか、はたと目を見開くとジーク達に言う。

「それだわ。皆、一旦奴らをギリギリまで引き付けて!」

「は? 何で」

「いいから早く!」

 ジーク達は互いに顔を見合わせたが、促してまたすぐに詠唱を始める彼女を見て何か仕掛

ける気なのだと悟った。

 指示通り、迎撃の手を止めて衝撃に備える。

 傀儡兵らも、これはチャンスとみて突っ込んで来る。

「盟約の下、我に示せ──夢想の領イマジンフィールド!」

 彼らの鉤爪が眼前に迫る、その瞬間だった。

 詠唱を完成させたリュカが魔法陣を纏う手を掲げたと同時、薄暗い坑道内に白ばんだ光が

満ちる。岩と土で固められていた空間は水が引いていくように変容し、目の前にはひたすら

にだだっ広い空間が、文様ルーンが流れる無機質な空が広がる。

『……ッ!?』

 空間結界である。

 傀儡兵らは詰めた筈の距離も無いものとされ、何より地の利を覆されたのだと悟って慌て

ていた。

「ジーク、道を開いて! 囲まれる前に抜け出すの!」

 そして再びのリュカからの指示で、ジークは思わず「……お、おう!」と頷く。

 なるほど。此処でなら存分に戦える──。

 先程はどうしても抑えていた力のたがを外し、彼は横殴りの蒼桜を放った。

 長く蒼い軌跡が真っ白な空を切り、傀儡兵らを斬り伏せる。すかさず一同はそこに出来た

空白へと走ると、踵を返し、彼らと真正面から向き合う構図を作り出す。

『……』

 それでも、傀儡兵らはややあって臨戦態勢を取り戻していた。ギチッと鉤爪が鳴る。

 確かに地の利は崩された。だが、まだ数でなら──。

「出でよ、石鱗の怪蛇ファヴニール!」

 しかしまるでそう踏ん張ろうとした彼らの意思を、サフレの解き放った巨躯が挫いた。

 黒宝珠の指輪から召喚されたのは、全身が岩で出来てる巨大な蛇。以前、皇国トナンにてジーク

の窮地を救ったこともあるサフレの魔導具の一つだ。

 思わずその巨体を見上げ、固まっている傀儡兵。

 そんな様子を一瞥してがら、サフレが掌に光球を浮かべているリュカを見る。

「ありがとうございます。これで僕達も存分に戦えます」

「結界の維持、頼んだぜ? あと何人か、リュカ姉とおっさん達のガードに回ってくれ」

 ファヴニールを従え、マルタの戦歌マーチによる強化を受け、ジーク達が一斉に得物を構えた。

傀儡兵らも半ば反射的にそれに倣う。

 次の瞬間、無機質な白を背景に面々が地面を蹴っていた。気合の叫び声が響いた。

 初手はファヴニールが薙ぎ払った尾。それにより軒並みに崩された傀儡兵側の隊列。その

土埃と混乱を突いて、ジーク達が一気に突撃していく。

 こうなれば地の利・数の利といった話ではない。単純に個々の戦闘能力の差である。

 その点で、戦況は着実にジーク達に傾いていった。彼の二刀とサフレの槍を先頭にして傀

儡兵らは一体また一体と倒されていく。

 剣が斬り裂き、槍が貫いた。

 ならばとリュカらを狙って大回りに攻めようにも、迸る雷波スパークウェイブや飛ぶ斬撃、傭兵達の銃撃に

捕捉され、数は更に減らされるばかりだった。

 加えてジークからは、紅梅の増幅された斬撃が振り出される。

 残された傀儡兵達は鉤爪の両手甲で防御しようとしたが、そんな抵抗すらも強烈な一撃は

意味をなさいものにした。振り抜かれた紅い斬撃は彼らを腕ごと吹き飛ばし、その身体を真

っ二つにして残骸へと変える。

「──ッ、はぁ……!」

 そう長くない時間で勝負は決した。

 無機質な白の地面に転がり、じわじわと消滅していく傀儡兵らの残骸。そんな中でジーク

達はようやく乱れた呼吸を整えるのに集中できる。

「これで、全部……か?」

「みたいだね。追って来ていたオートマタ兵は、多分」

 辺りを念入りに見渡し、ジーク達は傀儡兵らが全滅したのを確認した。

 それを受けてリュカが頷き空間結界を解くと、張られた時と同様、水が引くように無機質

な白が消滅して元の薄暗い坑道の景色が戻ってくる。

 しんと坑内は静まり返っていた。どうやら暫く追っ手の心配はなさそうだった。

「一先ずってとこか……。だがあそこまでわらわら出てきたってことは、奴らも随分ここに

は詳しいって考えた方がいいな」

「そうね。まんまと誘き寄せられちゃったみたいだから。他の鉱夫さん達が無事だといいの

だけど……。上手く避難してくれているかしら……」

 一旦それぞれが得物をしまう。魔導具を収める。

 皆の心境はリュカの発したその一言に集約されていた。

 加えて鉱夫達は「でも何で……」「まさかあいつら、ずっと坑内ここにいたのか?」などと、

度重なる戦闘からくる疲労で酷く不安になっている。

 ジーク達はちらと、そんな彼らを見遣って互いの顔を見合わせた。

 ……あまり長居もさせられない。そろそろ限界か。

「そもそも、連中は何処から湧いてるんだか。風都エギルフィアの時みたく、多分親玉みたいなのがいる

と思うんだがな」

 しかしこのまま逃げ帰る訳にもいかない。結社やつらの居所すら掴めていない。

 頭を振って雑念を掃う。そうぼやいてジークが向き直り、皆を励まそうとする。

 ちょうど──そんな時だった。

『……ッ!?』

 襲ってきたのは、激しい轟音と坑内を脅かす揺れだった。

 思わず面々が近くの壁に手をつき、ふらつく身体を支える。それでも尚、暫し爆発の余波

とみられる揺れは続き、パラパラと天井のあちこちから石や土が零れ落ちてくる。

「な、何っ!?」

「爆発……? また暴動? いや……」

 仲間達はそれぞれに慌てていた。きょろきょろと辺りを見渡す者、感覚を凝らし何があっ

たのかを推し量ろうとする者。少なくともこれは自然に起こったものではない。

「何なんだよ……。一体、この鉱山やまで何が起きてる……?」

 眉を顰め、決して高くない巌の天井を仰ぐ。

 戸惑う一行と共に、ジークは一人嫌な胸騒ぎを覚え始めていた。

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