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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-37.それは燃え立つ紅蓮のように
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37-(2) 暗き岩の底から

 ややあって避難済みの鉱夫が二・三人、案内役として引っ張り出されてきた。

 当然と言えば当然だが、最初は再び──それも“結社”が紛れ込んだ坑内に入ることに難

色を示していた。それでも何とか応じてくれたのは、ジークという王族からの頼みという手

前があり、何よりもまだ同僚なかま達が脱出し終わっていない状況があったからだ。

 すまない……。何としてでも追い払うから……。

 ジークは鉱夫達に、傭兵達が慌て恐縮するのもお構いなしに頭を下げていた。

 口を開く坑道の闇色。それがまるで自身の泥沼を思わせるようで心苦しく、脈打つように

負い目が疼く。

「くれぐれも足元には注意してくだせえ」

「入口辺りはともかく、奥の方はまだ均し切れてないんで」

 皆でぐるりと、鉱夫達を囲った状態で坑道内へ入る。当然ではあるが、内部は申し訳程度

に吊るされた魔導式のカンテラ以外、視界を照らすものはなかった。鉱夫や傭兵達の何人か

が予め持ってきた分も含めて、ようやく前後左右が確保できる。

 路は非常に複雑に思えた。数十リロもしない内に何本も曲がり角が見え、更にそれらがまた

新しい路をうねうねと形作る。

 少しでも多くの鉱資源せいかを──。

 そんな欲望が、可能性を求め掘り進んだ結果が、こんな枝分かれの構造にさせしめたのだ

ろうなとジークは想像する。

 尤も自分達とて、元はと言えば同じくその恩恵に与りたくて足を運んだ訳なのだが。

「あの……。話にあった結社のオートマタってのは、今何処に?」

「……さてな。あんた達みたいに中に詳しい訳でもなきゃ、そう遠くまで行ったとは考え難

いんだが」

 すると、そうして進む中でおずっと鉱夫がジーク達に問うてきた。

 同僚なかま達が心配なのだろう。接触する前に避難できていればいいのだが……。

 ジークは傭兵数人と先頭を歩きながらも、肩越しに彼らを見遣って微笑を繕う。

「奴らが見つかれば、すぐに俺達がぶっ倒す。でも皆がちゃんと逃げられるように、こっち

でも先に脱出口みたいな所を確保した方がいいのかもしれねぇな」

「ああ、それでしたら……」

「大丈夫だと思います。坑内ここには区画ごとに基地ベースがあるんです。自分達も普段、そこを拠点

に作業に出向いてまして」

「ここみたいな通路よりもずっと広いですし、何より外への昇降機が取り付けてあります。

他の面子もそこから避難してると思うんですが……」

「そうなのか? だったら話は早い、俺達もそこに行こう。そんでもって残ってる奴らを誘

導してやればいい」

 自分の呟きにそう反応した鉱夫らの言葉を渡りに船と、ジークは頷いた。

 サフレ・マルタと共に殿にいるリュカに目配せをし、彼女の携行端末で通知の準備をして

貰うことにする。

「鉢合わせになっていないといいんだがな……」

「そ、そうなったら最寄の昇降機優先ですね。こちらに来て貰うまでに危ない目に遭っちゃ

うなんて本末転倒ですし」

 仲間達が憂う中でも一行の足は止まなかった。止める訳にはいかなかった。

 道中カンテラをかざし、鉱夫らが入り組む坑道内をあっちだこっちだと案内してくれる。

 曰く、各区画には迷わないように番地が書かれているのだという。

 ……確かに言われて見てみれば、時折彼らがかざすカンテラの向こう、通路の壁に点々と

赤いペンキらしきもので書かれた数字があるのが分かった。

 D18、D19、D20──。

 一見すると似たような薄暗さばかりが続くが、そこはヴァルドー直轄の大鉱山。作業の効

率化などといった点で抜かりはないらしい。

「……」

 暫く、ジーク達は案内のままに坑内を進んだ。

 会話も途切れ、耳に届くのは反響する皆の足音。肌に感じるのはカンテラの灯りと岩土の

ひんやりとした気配。

「……なぁ、おっさん達」

 やがてその沈黙を破ったのは、他ならぬジークだった。

 案内を続ける鉱夫らに向けた一言。彼らははてと先頭を往くこの若き皇子に視線を遣った

が、当の本人は真っ直ぐ前を向いたまま振り返ることはない。

「訊いていいか? あんた達は、この国の──西方の開拓ってモンをどう思ってる?」

 鉱夫達はお互い頭に疑問符を浮かべ、顔を見合わせていた。

 質問の意図を量りかねたのは他の面々も同じである。……但し、これまで一緒に旅をして

きたリュカら仲間達を除いて。

「俺達は西方こっちに来た時も、ここに来る途中も、それに今も、開拓してる側と反対してる側の

争いをみてる。あんたらには茶飯事なのかもしれねぇが、少なくとも俺にはこれが“普通”

だとは思えねぇんだ。……だから訊きたい。あんたらはどれだけ真面目なんだ? 依頼を

受けたからには全力を尽くす、それは変えないつもりだが、せめて当事者の思ってること

くらいは成る丈知っておきたくてさ……」

 鉱夫らが、傭兵達が、めいめいに控えめなざわめきを伴っていた。

 全てが伝わった訳ではないのだろう。だが彼らも、どうやらジークが本気でこの地で続く

諍いを憂いていることは理解できたらしい。

「どう、ですか……」

「すみません。難しいことは自分達にゃあ分からんですよ。ただ自分達は、ここで鉄を掘っ

て飯を食ってるってことで……」

「一応、世の中の機巧技術が俺達の働きで回ってるんだって自負はあります。だけども結局

一番美味しいとこを持っていってるのはお上や金持ち連中な訳で……皇子の言うその手の争

いってのは、どのみち庶民にはどうしようもないもんだとは思ってます」

「まぁ自分達に近いことで言うなら、こうやってあちこち掘ってることでドワーフやら何や

らと喧嘩になっちまう時があって……。仕事だから仕方ないとはいえ、そういう時にはやっ

ぱいい気分にはなりませんね」

「……」

 ジークはじっと黙っていた。戸惑いながらも応えてくれる彼らの言葉を噛み締めていた。

 そうだ……生業なのだ。ただいち庶民である彼らは、大局的な闘争云々よりも先ず、今日

明日の食い扶持の為に働いているのだ。

 自分だって冒険者として暮らしていた日々は似たようなものだったのに。自身でも気付か

ぬ内に、皇子という肩書きに自惚れていたということなのだろうか。

 もどかしかった。心苦しかった。

 ただ彼らは日々の営みを繰り返しているだけだ。何よりその過程で生み出す軋轢も自覚し

ており、同時にそれらを仕方ないものだと嘆きつつも諦めている。

 なのに……そんな苦悩する善意に、悪意はつけ込む。ただでさえ引き裂かれそうになりな

がらも踏ん張っている人々を、乱暴な“理想論”で引き千切ろうとする。

 沸々と怒りがわいてきた。

 やはり奴らを許してはおけない。野放しにはできない。……自分達が、守るんだ。

「……そうか」

 たっぷりと沈黙と内心の長考を経た後、ジークはそう心なし俯き加減になったまま呟き、

だらりと下げていた両拳に一人力を込める。

「ジーク」

 異変があったのは、ちょうどそんな時の事だった。

 はたと後方のサフレが短く呼び掛け、指に嵌めた待機状態の魔導具に指先を走らす。

 不穏な気配。それはジークもほぼ同じくして嗅ぎ取っており、やや遅れて気取った傭兵達

と共に鉱夫らを囲んだまま立ち止まる。

「で、出たぁ!?」

「チッ。こんな狭っ苦しい所で……」

 カンテラが照らす灯りの向こう、その明暗のグラデーションの奥から鈍い金色の眼が次々

に現れた。ザラリと鋭利な刃物の音がする。ゆっくりと、近付いてくる足音が聞こえる。

 間違いない。通路の前後から迫ってくるのは“結社”の傀儡兵達だ。

「……おっさん達、じっとしろよ」

「巻き込まれないよう、私達と距離を取っていてください」

 守るべき者らを皆で囲い、自分達の身で以って空白を伴う防衛線を張りながら、ジーク達

もまた一斉に得物を抜き放つ。


「──そうですか。レノヴィン達が坑内こちらに」

 時を前後して、坑道内の一角にその男はいた。

 茶色い白縁のローブを目深に被り、一見すればその表情は穏やかな線目。……だが、彼と

その取り巻きらしきごろつきと対面しているのは、まごうことなき“結社”の傀儡兵達。

「では予定通り任務を遂行なさい。地の利は私達にあります。路地に追い詰めまとめて始末

するのです」

 男がそう指示をすると、黒衣のオートマタ達はサァっと散っていった。

 彼らがそれまで居た巌の部屋の中、その一見すると岩壁にしかみえない一角が、駆け去っ

てゆく傀儡兵らを何の引っ掛かりもなく通してゆく。

「……」

 自らが施した岩壁の幻──この開拓の徒らの懐に忍び込めている理由たる出入口を眺める

と、彼は暫し黙した。

 遂に我らが“教主”が敵と宣言した、あの東国の皇子が現れた。

 これは大きなチャンスでもあり、同時にリスクでもある。

 聞く所によれば、以前急き勇んだ他の信徒どうほうが失敗し、処刑されたという。

 自分に限ってそんなヘマは……と思うが、不安材料であることは確かだ。勅命を無視する

気は持ち合わせていないが、今心臓は緊張で激しく脈打っている。

『──ほほう? 隠れ家とは聞いていたが、何ともみみっちいのぅ』

 そんな時だった。突如、彼と取り巻き達の耳にそんな豪胆な声が聞こえた。

 思わず部下達と共に身を硬くする。だがその緊張はある意味で杞憂であり、またある意味

ではもっと性質の悪いものだった。

 一同の目の前に現れたのは、どす黒い靄──瘴気と共に空間転移してくる人影。

 一人は竜族ドラグネスの武人、一人は鉱人族ミネル・レイスの武僧、もう一人は身体中に包帯を巻いた人族ヒューネスの女性。

 それは他ならぬ、以前ジーク達と一戦を交えたヴァハロ、クロム、アヴリルの三人であった。

「こ、これは“使徒”の……。わざわざ御足労をくださるとは……」

 そして彼らの姿を認めた瞬間、男は取り巻き達と共に恭しく頭を垂れていた。

 使徒──自分達“結社”構成員の中にあって、その最上位に属する魔人達。

「世辞は要らんよ。時間が惜しい」

「……信徒イザーク。ジーク・レノヴィンとその同調者達がこの坑道にやって来ていること

は知っているな?」

 だが当の彼らは、この男イザークらのおべっかなど微塵も期待していなかった。

 相変わらず暑苦しく微笑わらうヴァハロの横で、クロムが淡々と用件を伝えてくる。

「は、はい。勿論です。今し方オートマタ兵を向かわせ、挟み撃ちを」

「分かってるよー。でもそれじゃあ温いって話が出ててねー」

 まさか……いきなり処罰を?

 しかし内心のイザークの恐れなどは全く無視され、ひょいっと顔を出したアヴリルが口に

するのは、そんな話の腰を折る言葉だった。

「は、はあ。つ、つまり何を……?」

「そう怯えなくていい。私達はただ加勢を命じられただけだ」

 そして、頭を覆うフードを押さえながら彼が目を点にする中、

「──彼らもろ共、この鉱山ばしょを終わらせにな」

 かつてジーク達と対峙したこの使徒らは、そう終わりはじまりを告げる。

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