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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-37.それは燃え立つ紅蓮のように
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37-(1) 乱戦開始

 館の外で合流した他の傭兵らと共に鋼車に乗り込み、ジーク達は暴動の起こった現場へと

急いだ。

 疾走する遠景にはそびえ佇むフォーザリアの鉱山群。

 だがそんな粛々とした景色とは裏腹に、一行の耳には既に複数の爆発音が届き始める。

「押せ押せー!」

「オーキスは館にいるぞ、ひっ捕らえろーッ!」

 ジーク達がようやく現場に、第三西口に着いた時には、事態は存外に進んでいた。

 防壁用の盾こそ構えていたものの、デモ隊が投げ付けてくる手製の榴弾によって防衛に当

たっていた兵らが今まさに突き崩されようとしていたのだ。

「ぬぅ……っ。や、止めるんだ!」

「こ、これ以上暴力を振るうのなら、現行犯逮捕するぞ!?」

「うるさい、この開拓派の狗め!」

「やれるものならやってみろ! 私達は絶対に負けない!」

 急いで鋼車から降りる。長盾を構えて壁を作る兵士達の説得にもデモ隊は聞く耳を持とう

とせず、内心ジークは胸奥を無遠慮に棘で撫でられているかのような心地だった。

「どうする? 明らかに危害を加える気でいるし、こっちも……」

「そ、そりゃあ公爵から許しはあるけど……。本当に民間人を撃っていいのか……?」

 響く怒号。じりじりっと、数で勝るデモ隊が兵らを押していく。

 このままでは己の“正義”に酔いしれた彼らによって、少なからぬ被害者が出るだろう。

鉱山側の面々──作業員や警備の兵だけではない。実力行使が発動すれば、彼らだって無傷

では済まないだろうに。

「……ちっ」

 傭兵達同様、躊躇う気持ちは同じだ。

 だが誰かが止めなければ、情動が爆ぜたその時の傷は共に大きいものになる。

 ならばいっそ、自分が──。

 そうジークは到着した誰よりも早く、腰の得物に手を掛けると駆け出そうとする。

「待って、ジーク」

 しかしその歩みを止めたのは、他ならぬ仲間──リュカだった。

 思わず立ち止まって肩越しに振り返る。サフレも自分と似た思いを抱いたのか、魔導具の

槍を起動させてよびだしていた最中だった。

 そんな中、あくまで冷静に、彼女は口元に手を当てて何やら思案をしつつ呟く。

「……妙ね」

「えっ?」

「よく見て。あのデモ隊、警備の兵とぶつかっている人達もいるけど、何もせずに突っ立っ

ている人達もいない?」

 言われてみて、ジーク達もようやく気付いた。

 確かに、彼女の指摘するように、デモ隊の一部──こちらからみて後方に位置取っている

面々は妙に大人しい。正義ねつに浮かされている訳でもなく、その表情はまるで感情が削ぎ落ち

たかのようだった。

「……」

 するとどうだろう。ややあってリュカは、何を思ったのか突然尚も防衛線を押し出そうと

しているデモ隊へと掌を向けて詠唱を始めたのである。

 驚いたのは傍にいたジーク達だけに留まらない。

 彼女の掌に魔導の風が集まっていくのを認め、警備の兵やデモ隊らが慌ててその場から離

れようとしたのだ。

 ──ただ一つ、後方に控えていたこのデモ隊の面々が、むしろ迎え撃つようにスッとその

感情のない顔を上げたことを除いては。

「皆、あいつらを押さえて! “人間じゃない”わ!」

 そんな反応をまるで予想していたかのように、リュカは掌を閉じ詠唱をキャンセルすると

叫んだ。ジーク達も、その声量に弾かれるようにしてようやく理解する。

 魔導攻撃を向けられても動じない、感情の失せたような佇まい。

 ここに来る前から聞き及んでいた、彼らデモ隊に“結社”が絡んでいるという情報──。

 真っ先にジークが、次いでサフレが地面を蹴った。

「死にたくなきゃ退いてろ!」

一繋ぎの槍パイルドランス──」

 鞘から逆手に抜き放ち、宙で順手に握り直す六華の一振り・蒼桜。

 片腕を引きながら握り締め、バネのように急速に縮んでゆく魔導具の槍。

「っ、せいッ!」「スプリングッ!」

 慌てて左右に分かれたデモ隊・警備兵両者の間を縫うように、二人の飛ぶ斬撃と伸び射出

された槍先が駆け抜けた。

 避ける暇は与えられなかった。後方に突っ立っていたデモ隊員らしき者達は、二人からの

一撃をもろに受けて──その被っていた人皮の変装を破られてどうっと倒れ込む。

「やっぱりてめぇらか……」

 そして土埃が立つ中で、ジーク達ははっきりと見た。

 デモ隊の一部と思われていたこの無表情な者達は、黒ずくめのオートマタ兵──“結社”

の量産兵達だったのだ。

 ぼろりと、作り物の人皮マスクが破れ、剥がれ落ちていく。

 ちゃんとした人間な方のデモ隊の面々が、殆ど反射的に悲鳴を上げて後退る。

「くっ……。やはりお前達と“結社”がつるんでいたという噂は本当だったんだな!?」

「ち、違う! そんなつもりなんて全然……」

「俺達だって知らなかったんだよ。こ、こんな奴らと一緒だったなんて……!」

 一番困惑していたのは、警備兵らに詰め寄られたデモ隊かれら自身だったのだろう。

 ジークとサフレは肩越しにリュカを、彼女の傍で身を硬くしているマルタ以下同行の傭兵

達を見た。

 最初魔導を──確証を得る為のフェイクを打ってくれたリュカが頷いていた。

 おそらく彼らが訴えている通り、このデモ隊は知らなかったのだろう。ただ反開拓運動に

ついて来てくれる、その同志が増えたとばかり思っていたのだろう。

 ……同じだ。風都エギルフィアの時と、規模こそ違えど状況が重なる。

 当人達は至って“真面目な正義”を振るっていたつもりなのに、実はその機に乗じた悪意

に煽られていただけだったという構図。

 もう一本、紅梅を抜いて二刀を構えながら、ジークは歯痒さと悔しさで深く眉を潜める。

「お、おい。さっきのあれって……」

「青い、飛ぶ斬撃……まさか」

 そしてそんなジークの姿を見て、ようやく傭兵達以下、場の面々が彼が何者かを悟り始め

たらしい。

「……そうだよ。でも今は此処に雇われたいち傭兵だ。それよりも」

 土埃の中で傀儡兵らがぐったりと倒れている。だが全滅まではしてないか……。

 ジークはそうぶっきらぼうに肯定するが早いか、視線を再び正面へと向けていた。

 そして“むこう”に変化があったのはちょうどその直後。

 土埃がまだ残っているのを利用して、まだ動けたらしい傀儡兵の一部が素早く跳躍、その

ままジーク達のすぐ脇で口を開けていた坑道内へと着地し逃げ込んでしまったのだ。

「くそっ、逃げられた……!」

「拙いぞ……。まだ作業員の避難が終わってない……」

「通信を繋げ! “結社”が入り込んで来た!」

 警備兵らが慌てて走り回り始めていた。

 一方で思いもしなかった状況に、残されたデモ隊の面々はただ呆然と立ち尽くしている。

「……彼らは、オーキス公らに任せよう」

「ああ。そうだな」

 ちらりと横目でそんな彼らを一瞥して歩き出すサフレに、ジークも真剣な面持ちのまま同

調していた。ザリッと踵を返し、仲間達と共に彼は一緒に来ていた傭兵達に呼び掛ける。

「皆、聞いてくれ。俺達はさっきの奴ら──“結社”のオートマタ兵どもを追いかけようと

思う。全員じゃなくてもいい、執政館の方に報告する面子も要る。でも正直ここには不慣れ

だから、坑道の中に詳しい奴に案内を頼みたいんだが……」

 傭兵達が、警備兵達が互いの顔を見合わせた。

 入り込んだ“結社”の追討──あのジーク皇子と共に戦う──。

 戸惑いが優先したのは最初の内で、ややあって面々の表情には鼓舞された負けん気が強く

宿り出す。

「了解しました。ご一緒します!」

「おい、誰か鉱夫を連れて来い。皇子達に加勢するぞ!」

 にわかに面々が活気付いていた。いや、共通の敵を前に団結したと言い換えるべきか。

 剣や銃、拳を突き上げて彼らが応えてくれる。一方で追跡の為の準備をと駆け出す者達も

視界に映る。

 ……これがファルケン王の言っていた士気云々という奴か。

 ジークはそんな彼らを心強くこそ思ったが、同時に何とも言えぬ後ろめたさも覚える。

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