36-(5) 抗争のフォーザリア
「──あんの、石頭っ!」
機巧師協会本部から帰って来たジーク達の第一声は、思い返したように憤りを吐き出す
レジーナの怒声だった。
つい近場の壁を叩こうとして、辛うじて寸前で裏拳を止める。
ジーク達や社員ら一同がハラハラと見守る中、彼女は拳をぎゅっと握り締めながら引っ込
めた腕を下げると、今度は代わりに大きな大きなため息をついた。
「成果は上がらなかったみたいだね」
「うん……。まぁそれ自体は予想してたんだけど、あいつらったら、暫く顔を出さない間に
また腐りっぷりが酷くなっててさ~」
彼女が落ち着くのを待ち、そっと近付いてからエリウッドが言った。
レジーナは苦笑っていた。そんな口調でもなければ、また憤りがぶり返してしまいそう
だった。
「……すみません。ついカッとなっちゃって」
「えっ? いやいや、何でジーク君が謝るのさ? ムカついたのはあたしだって同じなんだ
から。あいつら、皇子だと知った途端に掌を返して……情けないよ、ホント」
なのに、だからジークがそう詫びたのに、彼女は責めることをしなかった。
帰路でリュカやサフレに説教を喰らったのもあったが、申し訳ないという思いそれ自体は
素直に喉奥から飛び出してくる。
でも……。そう言いよどむジークをその苦笑いで宥めつつ、彼女はもう一度、元同僚らへ
嘆息をついてみせていた。
エリウッド達に、改めてマスターズへの交渉が無駄足だったことを話す。
最初彼が声を掛けたように、社の面々もこうなることは想定の範囲内だったらしい。
各々から漏れるため息や舌打ち。それは誇りを手放さないが故の孤独か、それとも弾き出
された側の怨嗟でしかないのか。
「でも、どうしましょう? オズさんの部品、皆さんが持っている分では足りなさそうなん
ですよね?」
「結局、図面のコピーすらままならなかったからな……」
「ジーク君。君の、皇子としての立場でもう一度掛け合ってみるというのは?」
「……頼まれてもごめんですよ。ああいう連中は、好きじゃない」
「そうね。好き嫌いはともかく、実際こっちも半分脅しを掛けておいて、それで自分達から
突っ撥ねて帰って来ちゃった訳だし」
「……」
ジーク達はどうしたものかと、妙案もなく互いの顔を見合わせていた。
オズの茜色のランプ眼が、エリウッドの提案に程なく否を返すジークを見つめている。
するとエリウッドは、そんな行き詰まりを漂わせる面々の中で一人、そっと口元に手を遣
ると何やら静かに思案顔をみせ始める。
「まぁ、レジーナにドゥーモイらが協力的になるとは思えなかったけど」
「むぅ……駄目元だなんて分かってたよ。だけど、他にどうしろってのさ? パーツを用意
しなくちゃ始まらないよ?」
「ああ。だから、君達が出掛けている間に手を回しておいた」
レジーナを始め、ジーク達、そして社員ら──も把握していなかったらしい──が一斉に
彼のその言葉に反応した。
皆の視線を受けるエリウッド。彼は懐から手帳を取り出すと、朗々と言う。
「時間は掛かるだろうけど、オズ君がこちらにいる以上、僕らの技術力があれば彼の身体を
再現することは可能だ。実はあの後、主だった鉱山に入山許可を仰いでいたんだよ」
「鉱山? もしかして僕達自身で、オズの部品を作ろうと?」
「そういうこと。既製品で手に入らないなら、自分達でどうにかするしかない。そうなれば
先ずは材料だ。質のいい金属を大量に仕入れる必要がある」
ジーク達は誰からともなく、彼の手帳を覗き込んでいた。
最初出会った時もそうだったが、こういう交渉は彼の担当であるらしい。
「数も打てば当たるって奴でね。何とかアポが取れた所がある。──フォーザリアだ」
「えっ……フォーザリア山? でもあそこって、かなり大きい所だよね?」
「ああ。かなりというか、国内でも屈指の採掘場の一つだね」
交渉が通じた先があった。
それだけでジーク達が互いにハイタッチ、まだ諦めなくてもいいと喜ぶ。
だがその一方で、レジーナは片眉を上げて怪訝の面持ちをみせていた。
少なくとも、彼の言い口からして多くの場所で断られたようなのに、何故ヴァルドーでも
屈指の鉱山からOKが出たのか……?
「簡単なことだよ。向こうから条件が付けられたんだ」
国内をよく知らないジーク達も加わり、改めて一同がエリウッドを見遣る。
「──現地に居座る“妨害勢力の排除”さ」
すると彼は、静かに目を細めて皆を見据えると、そう言った。
フォーザリア坑道は、ヴァルドー北西部に広がる大鉱脈地帯である。
外出中にエリウッドが手を回してくれたことにより、ジーク達はこの山からオズの修理に
必要な原料を採取できる運びになった。
しかし先方──鉱山を管理するヴァルドー政府関係筋から、その条件として提示されたの
は、同山にて繰り返される反開拓派の妨害活動を鎮圧せよというもの。
曰く、フォーザリアを始め主だった鉱山都市ではこうした者達の過激な行動が目立ち、作
業員らも日々危険に晒されているのだという。
故に最初、ジークは乗り気ではなかった。争いを掻き混ぜても……虚しいだけと思った。
しかし次に、エリウッドから語られた話に、ジーク達は耳を傾けざるをえなかった。
『これは向こうからの情報でしかないんだけど……どうやらその過激派というのが“結社”
の後ろ盾を受けているらしいんだよ』
まさかと思った。だが、あり得なくはない。
そもそも西方までやって来たのは連中の──開拓派と保守派の争いが激しい故に出没情報
も多いだろうと踏んでのことだったのだ。立て込んでいる時分とはいえ、見過ごしてしまう
には惜しい。
結局ジーク達は話し合いの結果、その条件を呑むことにした。
皇子としてだと周りからの騒ぎ立てが大きいと判断し、あくまでいち冒険者の一人として
その「依頼」を受ける──という形で。
すぐにその日の夜から旅支度に取り掛かり、先方の受け入れ準備が整うのを待って、一行
は再び慌しくも鋼都を後にする。
『うーん、大丈夫なのかなぁ? 君達の一存でヴァルドーと共闘して、トナンと外交問題に
なったりしない? あまりそういうのはよく分からないけど……』
『……その心配はないと思いますよ。前に話した通り、前回も今回も、話を持ち掛けてきた
のは向こうです。前回に至ってはファルケン王が直々にやって来た。そもそも僕達は奴らを
追う為に旅をしていますし、その点はシノ女皇やクランの皆も承知済みですから』
『それに第一、何でこっちが縮こまらなくっちゃいけないんだって話でしょ? 故郷を散々
滅茶苦茶にされた上に怯えてちゃ、ヴァルドーもトナンも立つ瀬がないですよ。一応俺個人
が依頼を受けたって態にもしてますしね』
現地へ向かう途中で、レジーナは珍しくそんな言葉を投げてきた。
おそらくは自分達への配慮、心配なのだろう。
それでもジークらは進むことを選んだ。進む以外になかった。
結果的には、対立の溝をより深く掘り下げてしまうのかもしれない。でも“暴力”で理想
を実現しようとする者達に屈すれば、きっとセカイはどんどん貧相になる……。
「──ふぁ~……。おっきいですねぇ」
「そうだな。大鉱脈というだけあって、規模はまるで違うらしい」
「ええ。いい金属が採れるといいのですが……」
鉄道を乗り継ぎ、内陸を更に奥に分け入って数日。
レジーナとエリウッドを加え、六人となったジーク達一行はようやくフォーザリアの地に
到着していた。最寄駅に降り立ってすぐに、高く切り立つ山々が遠景に見える。
ちなみに、オズと他の社員達は社で留守番とした。
一から部品を作るにはただでさえ時間が掛かる。ならばジーク達が採取に赴いている間、
少しでも綿密にオズ本人のデータを採っておいた方が確実であろうという判断である。
だが実の所それは方便で、ジーク個人としては、ようやく現代に慣れてきたオズに抗争の
場を徒に見せたくなかったという理由が大きい。……結局の所見栄というか、手前勝手さで
あるだけなのかもしれないが。
程なくして、鉱山サイドから迎えの鋼車がやって来た。
ヴァルドー官吏らの糞丁寧な挨拶を受けつつ、一行は車内に乗り込む。
走り出した車は、フォーザリア領内の巌だらけな道をぐんぐんと、何度も右折と左折を繰
り返しながら駆け上っていく。
『節度なき開発を中止しろ!』
『世界の破壊と開拓利権を、許すなー!』
それは、うんざりする“洗礼”であった。
暫くして鉱山の麓に設けられた執政館へ続く道を通っていると、はたと窓の外にシュプレ
ヒコールを上げ、プラカードを掲げる集団を見つけたのである。
「……話にあった通りだな」
「あの人達も、例の居座っているという方々なのでしょうか?」
「皆さん。あまりじろじろと見ない方がいいですよ」
「こちらが反応してしまえば、ああいう連中はつけ上がるだけです」
それでも、運転手や警護役の面々は歯牙にもかけないといった様子だった。
あまりにも多発し過ぎて「感じる」ことを止めているのかもしれない。実際、彼らの言う
通りな側面もあるのだろう。
「……」
だがジークは、暗澹たる気持ちと向き合ってしまう。助言して貰っておいて悪いのだが、
そうすぐには“慣れ”てしまうことはないのだろうなと思う。
それに……見る限り、彼らの中には巧人族や鉱人族──俗に「山の民」と呼ばれる者達
も交じっているではないか。
(鉱人族か……)
単純な善悪の話ではない筈だ。
だが彼らを見て、ついジークはあの僧侶の顔を思い出してしまう。
「嗚呼レノヴィン殿、遥々ようこそお越しくださいました。私が現在、当領内で開拓政務を
執っているサザランドです。以後お見知りおきを」
「……ああ。よろしく」
執政館の応接間でジーク達を待っていたのは、現地で指揮を執るオーキス公爵だった。
壮年ながら逞しい体躯を礼装で包み、がしりとジークと握手を交わす。敢えて皇子と呼ば
いのは、あくまでいち冒険者という態を尊重してくれているからか。
オーキス公に促され、これまた高級そうなソファに向かい合って腰掛ける。
使用人に案内されてくるまでも感じたことだが、どうにもこの館は内外共に相当ぶ厚く造
られている印象があった。例の土地柄もあって警備に気を遣っているのだろう。
なるほど、確かにこれなら「声」なんて届かないよな──。
ふと、ジークは脳裏にそんな思考を不毛な循環を過ぎらせたが、すぐに内心で振り払い目
の前に現状に集中しようとする。
「既にお話は通してありましょうが念の為に。今回皆さんには、此処フォーザリアで過激な
妨害活動を繰り返している者達への警戒・排除をお願いしたいと考えています。具体的には
当方の警備隊に加わっていただくという形ですね」
その間にも、オーキス公は手際よく説明を続けてくれた。
官吏から書類の束を受け取り、テーブルの上に傭兵契約に関する書類を提示する。冒険者
時代にもギルドでよく見かけてきた書式だ。
「そちらのご意向に沿って、扱いもいち傭兵という形式を採っています。尤も、貴方の姿を
見て他の傭兵達がどう受け取るかまでは保障しかねますがね」
「……」
懐かしい。だが同時にそんな余韻に浸ってもいられないことは重々承知のつもりだった。
ジークは仲間達にも一通り文言を見せた上で、再び書類を手に取る。思えばこうして丸々
個人で依頼を受けるのは随分と久しぶりになるのか。
ただ、新米なあの頃とは、状況は随分と違ってしまっている。
この身分を、彼らが利用しようとしていることくらいは解っている。それでも自分達は進
まないといけない。そう言い聞かせて、置かれていた筆立てからペンを取る。
「一つ……訊いてもいいか?」
「何でしょう?」
「ここに来る途中、デモ隊を見た。中にはドワーフやミネル・レイスも交じってた。山の民
って言われてるくらいだから開発に反発してるのかもしれねぇ。でもいざここに着いてみれ
ば、その同じミネル・レイスとかがここの警備員をやってたりする。……あんたはこの争い
をどう見てるんだ? 一体どうしたいと思ってる?」
「如何とは……。これはまた変わった質問をなされますな。それを決めるのは私ではありま
せんよ。我々は王の命の下、ただ粛々と政務を遂行してゆくだけです。なまじ権力を持つ側
であれば、それこそ恣意的な運用は排除せねばなりません」
「……」
書類にペンを走らせながら、しかし俯けたその顔は深く眉根を寄せた顰め面で、ジークは
オーキス公の寄越した返答に黙していた。
無難な回答、大人の対応。そうなのかもしれない。
だが……違うと感じた。これだけ人々が争いに巻き込まれているというのに、彼はまるで
遠い世界の出来事だとでもいうように語っている。力を持ちながら、自身の足元を守ること
ばかりを考えているようにも聞こえる。
「それと、種族・民族が必ずしも一つとは限りますまい。彼らとて生業を失くせば等しくの
たれ死ぬのですから。……お解りでしょう?」
更に、彼はそうも付け加えてきた。
最初は「色んな人間がいる」程度に捉えていたが、ふと仲間達を見るとリュカやサフレが
憤るように彼を睨みかけていることに気付いた。
故に遅れてジークは悟る。
当て付けだ。民族が一つとは限らない──それは少し前の皇国の姿と全く同じではないか。
「オーキス卿」
しかし、ジーク達が目に見えた反撃を述べることはなかった。
書類への記入が終わろうとしていたその時、部屋に入ってきた官吏がオーキス公にとある
メッセージを伝えてきたのだ。
「陛下より通信が入っております。今回の件でレノヴィン殿と話したいと」
「ふむ……。分かった、繋いでくれ」
急いで室内の機材が立ち上げられた。暖炉の上の壁、その空きスペースにややあってホロ
グラムが展開し、次の瞬間、あの不敵な笑みのファルケン王が姿を現す。
『よう。久しぶりだな』
開口一番、ファルケン王はジーク達を見遣るとそう口角を吊り上げた。
一応曖昧ながらも返事──会釈を返しておく。だが当の本人はそこまでレスポンスを期待
していた訳でもなかったようで、気付けば既にオーキス公へと質問を飛ばし始めていた。
『オーキス、加勢の件は進んでるのか?』
「はい。今し方書類のサインを頂いたところです」
『そっか。引き続きそっちの陣頭指揮を任せる。巧くやれよ』
彼が低頭するのを一瞥して、ファルケン王はもう一度ジーク達を見た。
テーブルの上には報告の通り、記入の済んだ契約書類が並べられている。これでジーク達
は形式上、フォーザリア鉱山の警備兵となった訳だ。
しかし以前の件もあり、この目の前の公爵共々、契約関係以上の気を許すつもりはない。
故に面々の見返す視線は、お世辞にも従順とは言い難い。
『……おいおい、そう硬くなるなって。直接じゃないが一応俺も雇用主だぜ?』
そんな面々の内心を見抜いているのかいないのか、ファルケン王は相変わらずの様子で苦
笑いを漏らしていた。ホログラムの向こう、玉座の肘掛の片方に体重を乗せ、彼は語る。
『ま、いいや。俺もお前らと腹ん中を探り合う為に回線を繋いだんじゃないしな。……先ず
は戦線への協力、感謝する。自由に歩けばいいとは言ったが、思いの外早い段階で戻って来
てくれて嬉しいよ』
ジーク、そしてサフレが眉根を顰め、片眉を上げた。
まるで自分達と共闘──もとい利用することを前提としているかのような語り口だった。
いや実際、今回の話をエリウッドから聞かされた時にもそういった思考が脳裏を過ぎった
のは事実ではある。それでも他に有用な策がなかったからこそ乗ったのだ。
それはあたかも、彼の掌の上で転がされているかのような……。
尤も彼が治めるこの国にいる以上、その影響力を回避する方が難しいのかもしれないが。
『詳しい話と指揮はオーキスから受けてくれ。何度も“結社”を退けてきた皇子達だ。傭兵
どもの士気も上がるだろう』
なのに、この王はそう呑気に自分達への駒扱いを笑い、戦いを推し進めんとしている。
『……それに今回は“空帝”もいるしな』
「えっ?」「……」
やはり好かぬと思った。
しかしジークがそれを言葉にするよりも早く、他ならぬファルケン王がぼそりとそんな事
を呟いた所為で、代わりに漏れ出たのは別の小さな疑問符だった。
ちらりと、ジークは仲間達と顔を見合わせる。そんな仇名、自分達の中には──。
『──ッ!?』
ちょうど、そんな時だった。
館全体を突如、大きな揺れと爆音が襲ったのだ。
敵襲? ジーク達は反射的に立ち上がり窓の外を見ようとした。エリウッドは目を細めた
ままレジーナを片手を出して庇い、マルタはサフレとリュカに挟まれた格好でおろおろと周
りを見渡している。
「チッ。来て早々ってか?」
「そうみたいね。でも、この館の強度でこの揺れとなると……」
『相変わらず加減を知らん連中だな。それとも──』
「も、申し上げますッ!」
ジーク達、そしてオーキス公らが窓の外に目を遣っていた最中だった。慌てて駆け込んで
くるのは、先程とは別の若い官吏。
一同が一斉に振り返った。
「またですっ! また連中が暴動を……!」
そんな中、この官吏はまだ自身の息が荒いのも構わず、叫ぶ。




