36-(4) 波乱の兆し
「──という訳で、アルス様には映像器越しでの出席をお願いしている所です」
一方、クラン・ブルートバードの宿舎内会議室。
イセルナ以下幹部メンバーとちょうど暇をしていた団員の一部は、そうイヨらから戴冠式
についての説明を受けていた。
「そっか。これでシノさんも正式な国王になるって訳か」
「僕らとしても安堵すべきこと、なのかな?」
一通りの皇国の情勢を聞いて、面々のみせた反応は先ず控えめな安堵だった。
ダンやシフォンが、破顔とまでは言わないでも、頬を緩ませる。
大変なのはむしろこれからなのだろうが、正式に王位継承を果たすことで彼女が少しでも
先皇アズサの影から解放されればと願う。
「……できる事ならアルス君、ジークも揃っていればよかったのだけどね」
それでも皆が手放しで喜べなかったのは、次にイセルナが呟いた一言に面々の思いが凝縮
されていたからであろう。
少しでも。
それは即ち、現状認識としてもシノ──及びその息子達であるレノヴィン兄弟と彼らを守
護する自分達に今も尚、“結社”の存在が影を差していることを意味する。
今回のアルスの出席形態もそうだ。
シノ曰く、アルスの学業を邪魔したくない。
だが実際は、イヨが付け加えて推測と共に語ってくれたように、本国へ戻る際に刺客に狙
われうるリスクを回避する為である。
「妥当な判断だと思うよ。暴力に反発して、無理に現地へ飛んで落とされるようなことにで
もなれば、それこそ結社の思う壺だろうしね」
ハロルドの発言に、皆は渋々ながらも頷かざるをえなかった。
まるで“結社”の暴力に屈しているかのようだ──。
実際、皇子達の直な出席が見送られると発表されれば各国は同じような推測と意見を持ち
うるだろう。むしろ露骨に「弱腰」と批判するのはマスコミの方かもしれない。
「チッ。何で“敵”の方がアドバンテージを持ってんだよ? おかしいじゃねぇか」
「おかしいも何も、それがテロリズムの目的さ。……奴らに祈りなんて届かない」
誰が指示するでもなく、一同は暫し黙り込んだ。
グノーシュの言う憤りも解るし、リカルドが自嘲するように語る返答も事実ではある。
……もどかしい。
どれだけ皆の力を合わせても、奴らは容易くその守りを突き崩しうる。
清く正しく在ろうとすればするほど、手段を選ばぬ悪意に蹂躙されるかのようで……。
「あ、あのぅ」
そんなイセルナ達の沈黙を破ったのは、おずおずっと声を掛けてくるイヨだった。
皆が何を思っているのかは彼女もまた想像がついていたのだろう。ぎこちなさが否めない
ながらも、ずり落ちかける眼鏡のブリッジを押え、彼女は更なる情報を伝えてくれる。
「その……。実は本国より、もう一つ大事な報告がございまして」
一同の視線が一斉にイヨに向いた。なのに、当の本人はその反応にすらビクつく。
シフォンとハロルドが会議室の外に耳を澄ませた。
誰かに聞き耳を立てられている気配はなかったが、念には念をとリカルドに異相結界──
時司の領を張って貰う。
室外と、時間の流れが一時的に分断されたモノクロの世界。
効果対象を室内にいるメンバーのみに限定させた上で、促されたイヨは続きを語った。
「これはまだ極秘情報ですので、くれぐれも他言無用ですよ? 日程的には戴冠式の後にな
ると思われますが……近々、統務院総会が開かれる予定なのです」
「サミッ、ト?」
「……ということは、とうとう?」
「はい。十中八九“結社”への対応が最大の焦点になると思われます」
王貴統務院両院総会。
今日の顕界の秩序を司る同院に加盟する全ての国の代表が一堂に会する、国際政治の大舞台
である。
名目上、多国家間に及ぶ懸案を議論する場……ということになっているが、その実情は国
家間のパワーゲームの二次会・三次会の様相を呈して久しい。
イセルナの半ば確認するような問いかけに、イヨは一層真剣な面持ちで頷いていた。
皇国の内乱終結から早一月が過ぎた。
当初は戦後処理諸々に追われていた世界も、ようやく攻勢に出ようとしているのだろう。
そう。これまで何度となく世界が手を焼いてきた“楽園の眼”を、先の内乱においても
暗躍していた彼らを、今度こそ討伐する為に。
「ですので、既に陛下やジーク様、アルス様にはその“証人”として総会に出席して欲しい
との打診が来ています。皇子お二人はともかくとしても陛下が断る理由はありませんから、
今回のサミットが実質の外交デビューになるでしょう」
一同が、思わずそれぞれに渋面を浮かべたり嘆息を漏らしたりした。
よりにもよって……。それが皆の抱いた感慨だった。
理由は分からなくはない。これまでの経緯からも仕方ないのだろう。だが、
「……どう考えても、穏便に済みそうにないじゃねぇかよ」
ダンが皆の気持ちを代弁した。
代行の間も政務を執っていたとはいえ、シノは新米の王だ。そんな彼女に早速世界の権力
者らから手加減のない質問が浴びせられるのかと思うと、一同の胸奥は否が応でも塞ぐ心地
になる。
他言無用とイヨが前置きした意味が、改めて噛み締められた。
刺激を避ける為である。
対“結社”の話し合いをしようと集まる一大イベントに、当の連中が黙っている筈はない
だろうから。二重の意味で、既に多難が予想されて辛い。
「だけど……進むしかないわ。このままずっと結社に怯えたままではいられないもの。それ
にサミットがきちんと成果を上げれば、ジーク達を後押しすることにもなるし」
沈痛な皆を励ますように、イセルナがそう言った。
ええ。はい。
ぽつぽつと何とか、しかし気が塞ぐような思いと声色は簡単には消えてくれない。
「まぁ、ぼやいても仕方ねぇ。イセルナの言う通り、俺達はできることをやりきるだけだ。
ミフネ女史。実際スケジュールはどの辺まで決まってるんだ? シノさんは皇国の軍なりが
警護するんだろうが、ジークやアルスも呼び出しを受けるとなると……」
「あ、はい。そのことなんですが──」
改めてダンが皆の士気を引っ張り上げようとする。イヨら侍従衆との打ち合わせは続く。
“父を取り戻し、結社を倒す”
“守られるばかりじゃなく、皆を守れるようになりたい”
だがそんな兄弟の願いは少しずつ、しかし着実に世界の思惑に呑まれつつあった。