36-(2) 機巧師協会(マスターズ)
エリウッド達に社の留守を任せ、一旦元通りに戻されたオズを含むジーク達はレジーナに
連れられて鋼都の街中へと出た。
ねちっこい暗さと猥雑さの漂う金属質な街並みから、見かけこそ小奇麗にした街並みへ。
先日エリウッドに連れられて歩いたように、この街はやはり独特の雰囲気を纏っているよ
うに思う。
機械によって成り立つヒトの街。
その繁栄と小奇麗さの中に押し込められた影が、絶妙かつ何処か不穏なバランスを抱いて
佇んでいるかのような印象。何となく嗅ぎ取り、直感が伝えてくる危なっかしさ。
(……?)
だが、それよりも。
時折レジーナとすれ違う街の人々がちらちらと、敬遠するような、或いは逆に歓迎するか
のような、白黒双方ある表情を覗かせてくるように感じるのは……気のせいだろうか?
「さて。着いたよ」
言って、おもむろにレジーナが立ち止まった。カツンと石畳の上で靴音が鳴る。
道向かい──鋼都の中心部にそれは建っていた。
レンガ造りのやたらに幅広く高い建造物。自分達の目に間違いがなければ、その大きな鉄
製門の脇には『機巧師協会本部』の文字が彫り込まれている。
予想していた以上に大規模だった。
同時に協会が、この街にとってこの国にとって大きな影響を及ぼしていることも窺える。
「……さて。行きがけにも話したけど、これからあたしは協会の連中と交渉する。あそこに
は今まで造られてきたパーツなりの製品全部の記録があるから。実物を取引できなかったと
しても、せめて図面のコピーさえ手に入ればあたし達で造れる筈よ」
すると彼女はふと、まるで周囲を──本部前の人通りを警戒するかのように声量を落とす
と、ジーク達に振り向いてそう念を押すように語り掛けてくる。
「正直言って、あいつらはあたしを嫌ってる。ほぼ間違いなく返ってくるのは嫌味の類だと
思うけど、ジーク君達もそのつもりで、一々本気にならずに聞き流しててね?」
ジーク達は思わず眉根を寄せ、互いの顔を見遣った。
もしかしなくても、昨夜彼女が語っていたことか……。
中でも一度事情を聞いているジークは特に、発言の先にある剣呑とそれでも尚明るく振舞
おうとする彼女に、何とも言えぬ居た堪れなさを感じてしまう。
ロマンよりも実利を追い求める、昨今の技師達の風潮。
そんな風向きに反抗し、主流組織を追い出された過去。
だがジークが何と声を掛けようか迷っている間に、レジーナは再び通りの方に向き直ると
一人正門の方へと歩いていってしまう。
「どちら様ですか?」
「ここから先は関係者以外、立ち入り禁止です」
「……。元マスターズ執行委員レジーナ・ルフグランよ。ドゥーモイに会わせなさい、商談
があるの」
正門を警備していたのは、銃剣を携えた傭兵と思しき男達だった。
中へ踏み出そうとするレジーナを、斜めに重ねた剣先で阻止して事務的に問う。それでも
彼女は分かり切っていたかのように僅かな嘆息をつくと、懐から会員証らしきカードを彼ら
に見せて用件を伝える。
「……アポイントはとってありますか?」
「ないわ。でも彼にこう伝えれば通してくれる筈よ。“起動中のタイプ・オズワルドを手に
入れた”ってね。商談というのも、その子に関することよ」
おずっと後を追ってきたジーク達──と行動を共にするオズを顎で示されて守衛らは互い
の顔を見合わせていた。
技師ではないので分からない。だが間違いなく彼女は元関係者で、言葉の通りそれらしき
キジンも連れて来ている。
逡巡しつつも同僚に促され、「暫しお待ちを」と言い残し、うち一人が門を開け鉄格子を
潜って中へと駆けていった。
少し視線を斜めに傾け移してみれば、本部建物に続く路途中にある守衛室らしき中で、彼
が他の同僚らに状況を伝え導話を掛けているのが辛うじて窺える。
暫くの間、レジーナ及びジーク達はその場で待った。
するとやがて奥からやって来たのは、どう見ても技師とは程遠い紺の礼装姿の男が一人。
「……お待たせしました。案内致します」
おそらくは慇懃無礼。
男は門を開けた守衛らの間から出て来ると、そうやはり事務的に一行を促してくる。
やたらにだだっ広い本部内を進み、ジーク達は導力仕掛けの昇降機に乗って一気に上層階
へと移動する。
「ルフグラン氏ご一行をお連れしました」
『通せ』
それからまた暫く長い廊下を進むと、職員らしきこの男は奥にある一室のドアをノックし
て来訪を告げた。扉の向こうからは短く、そして既に不機嫌気味な声色が返ってくる。
「……久しぶりだな。レジーナ」
「あんたこそ相変わらずみたいね。ドゥーモイ」
室内、その奥のデスクには、一見ヤクザかと見間違うほど体格と威圧感の大きい中年男性
が片肘をついて座っていた。開口一番、彼とレジーナは互いに全く友好的ではない形だけの
挨拶を交わす。
マチス・ドゥーモイ。機巧師協会の現会長である。
レジーナから一応の紹介を受けたが、ジーク達は正直「本当か?」と自分の目を疑いたく
て仕方なかった。
……まるで技師には見えない。まだヤクザと言われた方が納得できる。
入口でじっと立つ職員の男もそうだが、彼は如何にも贅を尽くしたといった感じの黒い礼
装の下に黄色のシャツを着、髪型に至ってはバッチリ刈り込んだ角刈りと来ている。また彼
ほどではないが、その周りにも数人、似たような男達がこちらを見ている。
(これが、最先端の機巧技師……?)
すっかり怯えてしまっているマルタをサフレがそれとなく庇うように立ち、リュカとオズ
は目を瞬いて黙している。
そんな中、ジークは次々と投げ付けられる違和感に、じっと眉根を寄せせていた。
「それで? お前から商談とは珍しいじゃねぇか。下からは動いてるタイプ・オズワルドと
聞いたんだが?」
「ええ……。この子よ」
問われてレジーナはオズをずいと前に出させた。
その瞬間、ドゥーモイ以下協会の男達──状況からしてほぼ間違いなく幹部級──の眼が
驚愕で丸くなる。見た目こそアレだが、それでも技師としての知識・経験は確からしい。
「ほう……。こりゃあ驚いた」
「ほぼ完全な形じゃないか。私も実際に見るのは初めてだな……」
「……で? 商談ってのはまさかアレか? こいつの負ってる損傷を直したい、と?」
「そうよ。ここにいる彼ら──この子のマスター達が依頼人。少し前にこっちで全点検して
みたのだけど、内部損傷が思ったより散見されてね。一度思い切ってパーツを交換しないと
将来的には機能不全になるわ。だからあんた達協会のアーカイブを使いたいのよ。帝国時代
の分もあったでしょ?」
ドゥーモイ達の表情が曇るのが、剣呑となるのが分かった。
ジークがちらりとレジーナを見遣る。しかし彼女の横顔は、この男達との対峙で精一杯だ
とでも語っているかのように硬い。
「無くはないが……お前、まさか俺達から商品を卸せると思ってんじゃねぇだろうな?」
否だった。金云々以前の、互いの信頼関係がそもそも最悪といってよかった。
「散々好き勝手やっておいて、協会に迷惑を掛けて、抜け出して、それでいて抱えてる在庫
を売れだぁ? 舐めんじゃねぇぞ。はみ出し者にそんな貴重なモンをやるかよ」
「……ッ! おい──」
「分かってるわよ、そんな事。でも市中に出回っているブツは全部あんた達が牛耳ってるん
だから。一応話を通しに来ただけでもまだ良心的と思いなさいよ」
「ど阿呆。金云々以前に信用の問題だ。協会を抜けた技師相手に商売はしねぇし、そもそも
てめぇのとこみたいなオンボロ業者から金を毟らないといけないほどこっちは縮こまってる
つもりはねぇよ」
とっとと帰りな。オズワルドはてめぇが触るべき代物じゃねえ──。
ドゥーモイが言って、取り巻き数名と職員がレジーナとオズを押さえ、引き離そうとして
きた。そのあまりのにべのなさに途中で口を挟もうとしたジークや仲間達も、そんな彼らの
魔手に迫られる。
「このっ、分からず屋! そうやって凝り固まってばかりだから、あんた達は……!」
「凝り固まる? 業界を守る為だ、当然だろう。そもそもてめぇはもう部外者だろうが」
「いけしゃあしゃあと……。あんた達があたしを追い出したんじゃない!」
「……さて、どうだったかな?」
レジーナが遂に感情的になって叫んでいた。
しかしドゥーモイはあくまで“排他的”だった。組織にとって害だと判断した人間を、彼
は二度と赦すことはない。
「どうせこのオズワルドもルール無視で手に入れたんだろう? レアな個体だ。罰も兼ねて
後は俺達が責任を持って管理・修復する」
「ふざけんなっ! オズはずっと、ずっとあの山の中で……!」
「わわっ。ジ、ジークさん!」
「落ち着きなさい! 抜いちゃ駄目!」
感情的になっていたのは、ジークもまた同じだった。
彼女の理由を聞かされたから。疎外されても尚、褪せない夢を聞いたから。
彼の過去を聞かされたから。人殺しの道具であっても、ヒトと平和に暮らせる時代が来た
のだと知った彼を助けたいと思ったから。
嫌悪と焦燥で、背に負っていた六華の布包みに手が掛かっていた。
仲間達が止せと叫んでいる。しかしもう自分という胸奥の火は、この視界を焼き払わんと
するかのように真っ赤に膨らんで──。
「ジー、ク……?」
「まさか。皇国の……」
だが皮肉にも場を収めたのは、はたとこの憤激する少年の正体に気付いた幹部達だった。
ジーク。その名を聞き、布包みから覗きかけていた六本の剣を見、改めてまじまじと顔を
見遣ってくる。
「……ジーク皇子、だと?」
ドゥーモイがデスクからゆらりと身を乗り出すのを合図とするように、ジーク達を取り押
さえる者達の手が一斉に止んだ。中にはつい今し方まで自分がやろうとしていたことに畏れ
を感じ、引き攣った表情で後退る者もいる。
「……そうだよ。俺がジーク・レノヴィンだ。オズは俺達が旅をしている途中、偶然怪我を
して倒れてる所を見つけたんだ」
仲間と顔を見合わせたのは語ってしまっていいのかという確認の為、そして皆からそこは
かとなく受ける注意の眼。自身、カッとなってしまったことを悔やみながら、ジークはオズ
を違法に手に入れた訳ではないと釈明しつつ改めて名乗る。
「そ、そうでしたか! いやぁ申し訳ございません。これはとんだ早とちりを……」
「そうでございましたら是非、我が協会がその修理お受け致しましょう。ルフグラン氏も話
していた通り、我々マスターズは機巧技術においては最高水準の集団でありますゆえ……」
「……」
すると次の瞬間返ってきたのは、文字通りに掌を返した幹部達の反応だった。
取り押さえられるのではなく、擦り寄られるように囲まれる。
だがジークは終始その豹変ぶりにむすっとしていた。……彼らは、この少年のある種の情
熱家な面をまるで解っていなかったのだ。
「……悪いが、俺はレジーナさんにオズの事を頼んだんだ。あんたらにじゃない」
じっと睨み付けた後、ジークははっきりとそう拒否の言葉を述べた。
幹部達が面を食らい動揺する。言及されたレジーナ当人も思わず目を見開き、リュカ以下
仲間達もやれやれといった様子で苦笑、互いの顔を見合わせている。
「そうね。それに、ドゥーモイ会長?」
「うん?」
「出会ったまま、その成り行きで私達──ジークに関わって本当に大丈夫ですか? 私達が
言ってしまえば詮無いですが、ご存知の通り彼は“結社”と対立関係にあります。そんな彼
とマスターズが関係を持ったと知られれば、連中は貴方がたをも攻撃対象に含めてしまう可
能性があります」
リュカの言葉に、幹部達の顔が青褪めるのが分かった。
だがそれでも、相手は巨大利権を牛耳る組織の長である。
「随分と自虐的じゃないですか。……構いませんがね? そもそも機巧技術自体、開拓派の
ものと見なされて久しい。そういう輩に反感を持たれている事実は変わりませんよ」
そんな中でもドゥーモイだけは片眉をついっと上げてみせただけで、彼らのような狼狽は
みせなかった。
『……』
ジークと、その傍らで立ちぼうけになったオズを先頭に、一行はドゥーモイらと暫し睨み
合う格好になった。
「……レジーナさん」
「え? あ、はい」
「行きましょう。何も俺達の為に、因縁ある相手に頭を下げることはない」
「……。ジーク君……」
そして、たっぷりと間が経ち。
やがてふいっと踵を返して一人先に立ち去っていくジークを追って、深く眉間に皺を寄せ
るドゥーモイらを背景にして、レジーナとリュカ達はそのまま気持ち足早に協会を後にした
のだった。