36-(1) 記憶の断片
一夜が明けて、ジーク達はルフグラン・カンパニーの作業場に集合していた。
朝食の後エリウッドに連れられて構内に入ると、レジーナ以下技師達は既にオズの点検の
為の準備を整えつつあった。
先日にはなかった、床一面に敷かれた厚手の保護シート。引っ張り出してきたらしい中小
の機材諸々。何よりも、所狭しと置かれ、多数の箱に突っ込まれた様々な部品と図面らしき
古びた紙の束。
「お? 来たね。昨夜はよく眠れた? 早速始めるけど、いいかな?」
「あ、ああ。宜しく頼む」
「じゃあオズ君、こっちへ」
「ハイ。ヨロシクオ願イシマス」
ジーク達がやって来たのに気付いて、レジーナが振り返る。昨日と同じ作業着姿だ。
後ろではガタゴトと技師達が動き回っている。
そんな一人からエリウッドを含む五人に渡されたのは、レンズの分厚い作業用ゴーグル。
高い天井で換気扇らしきものが数基回っているのをみるに、粉塵などにやられないように
と気を配ってれているらしい。エリウッドが慣れたように装着し、オズをシートのど真ん中
へと誘導しているのを見送りながら、ジーク達四人もいそいそと彼らに倣う。
「適当に座っててね。あと、あっちの端末で内部スキャンも撮ってるから見てていいよー」
これまた使い込まれた作業手袋を両手にはめながら、レジーナが促しつつ言う。
一方でエリウッドと技師達は、オズの巨体を、鉄骨で組んだ土台の上に立たせようとして
いた。見ればあちこちに重そうな止め具や梯子が繋がっている。さしずめ、手術台のキジン
版とでもいった処なのだろうか。
(……なんか、見てるこっちがドキドキしてくるな)
ぼんやりとそんな事を思うジークは傍の椅子に腰掛け、サフレとリュカは端末を操作する
技師らの方を覗きに歩き出す。
一方でマルタは、同じ作られた存在故か、何処に座るという訳でもなく不安げに“拘束”
されてゆくオズを見上げていた。
「作業台準備できました!」
「いつでも走査できます!」
「オッケー、それじゃあ始めるよ。先ずは外部損傷──左腕と脇腹から視ていこっか」
それからのレジーナ達の手際の良さは、流石機巧技師と言うべきだった。
不規則な形に剥がれ、大きく千切れているオズの傷口。
そこから覗く各パーツを工具で順繰りに分解して取り出すと、作業台の上から下へバケツ
リレーよろしく、彼女達は丁寧に保護シートの上へと運んでいく。
「……やっぱり大分ボロボロになってるねぇ」
「というか、焦げてますよね。凄く」
「ああ。高熱でへしゃげた跡と考えるのが自然だろう」
「へしゃげる、ねぇ」
「何でまたこんな壊れ方を……?」
保護シートの上に並べられた、オズに残された左腕のパーツ群。それを一つずつ検めなが
らレジーナ達は呟いていた。
すると技師の一人が呟いたその一言で、スッと面々の視線がジークへと向く。
主人なんだから知らないか? ということなのだろうが……。
「訊かれても知らないぞ? 俺達が見つけた時にはもうそうなってたし」
「はい。でも、オズさんは帝国時代の戦闘用キジンだった訳ですから……」
今度はジーク達がオズを見遣る番だった。
分解検査の中で崩れ落ちぬよう、作業台に繋がれたその機械の身体。
彼はまん丸な茜色のランプ眼を静かに瞬かせると、言う。
「再起動前ノ記録情報ハ、アチコチデ損傷ヲ受ケテイルヨウデス。読ミ込ミ可能ナ部分デ
アレバ出力スル事ガデキマスガ、如何致シマショウ?」
「アーカイブの損傷……。やはり内部機構にもダメージが」
「んー……まぁ思い出せるんなら話してやってくれ。そもそも俺達だって、お前が何をして
きたのかよく分かってないんだし」
「了解シマシタ。最新時系列ヲ照会シマス」
仲間達の首肯を得て、ジークはそう伺いを立てるオズを促してやった。
茜色のランプ眼の奥で何かが動いている気配がする。普通に意思疎通ができても、やはり
彼は機械なんだなと思う。
「ゴルガニア暦八百十二年、私ハ帝国本領南域ニ配置サレテイマシタ。当時、反乱軍──皆
サンが語ル所ノ解放軍ハ既ニコノ頃外領地ノ要衝ノ多クヲ攻略、各地カラ軍ヲ合流サセツツ
帝都ヘノ進撃ヲ試ミテイル状況デシタ。私及ビ同胞ノ陸戦機兵三百体ニ命ジラレタ任務ハ、
コノ合流ヲ阻止スベクソノ経路ノ一ツヲ強襲、分断スルコトデシタ」
『……』
「シカシ私ノアーカイブニハ、コノ作戦開始直前ニ大規模ナ人為的爆発ヲ記録シテイマス。
断片的データカラ分析スルニ、第三者ガ事前ニ大量ノ爆発物ヲ仕掛ケテイタモノト推測サレ
マス。コノ爆発ニ、待機シテイタ私達一隊ハ工廠ゴト巻キ込マレ──」
「もういい、オズ! 分かった……もう、分かったから。そんなのは忘れていい。戦争は、
終わったんだ」
「? 宜シイノデショウカ? 損傷ガアルトハイエ、修復ヲ受ケテイル今、削除処理ヲ行ウ
ベキナノカト確認ヲ取リマス」
「……」
だからこそ、彼が淡々と語る記憶──大戦の一コマを聞いて、ジーク達の表情は半ば反射
的に歪んでいた。
特にマルタのそれは激しい。まるで自分の痛みであるかのように泣き出しそうだった。
端末の方に行っていたサフレとリュカがおずっと戻って来て、そっと彼女の背中を擦りな
がら慰めている。ジークは眉間に深い皺を寄せてそう少々突き放すように言うと、尚も真面
目に語ってくるオズに二の句を継げず、ついむすっと黙り込んでしまう。
「……。ま、損傷の理由は分かったんだしもういいじゃない。作業を続けましょう?」
その後はいよいよ、オズの分解・点検作業が本格化していった。
分厚い鋼鉄の皮を電動式の工具を使って丁寧に外していき、彼の機械仕掛けの体内が露わ
になる。先の左腕も含め、取り外したパーツの状態を一つずつ確認し、走査を掛け、当時の
図面と照らし合わせてその型番と形状のメモを取っていく。
作業は進み、やがてオズは中枢部──ちょうど心臓の位置に在る奇麗な白銀色の球体──
と配線で首が繋がっているだけの状態にまでなった。
顔の外装も外され、内部構造が嫌でもはっきりと見える。
それでも尚、ぱちくりと瞬き皆を見つめる彼の茜色の眼を眺めていると、ジークはどうも
申し訳ないといった気持ちになってしまう。
ヒトの都合で生み出された金属の生命。彼らはそのヒトを殺すことを期待された。
もう千年以上も昔の話だ。だがその罪深さを、自分達は「時代が違う」からというだけで
逃れていいものなのか?
むしろ現在だって、世界は変わりもせず──。
「どう?」
「……駄目ですね。これもかなり痛んでます」
レジーナが、リュカらが走査映像を映す端末を覗き込み、操作している技師が小さく首を
横に振って答える。
「うーん……。オズ君のこの状態は思ってた以上に奇跡的だってことかー」
「そうだね。このままではそう遠くない将来、機能不全に陥ることは間違いない」
レジーナとエリウッド、社のツートップの見解を合図にするように、一同が保護シートの
上に広げられたオズを成す部品達を見遣った。
爆風により損傷した左腕と脇腹付近のものを中心に、その外見は激しい焦げと変形を呈し
ていた。それ以外のパーツ群は見た目こそ大きな損傷はないものの、長い年月が経っている
こともあって、検査を通してその大部分にガタが来ていることが判明したのである。
「お、オズさんは助かるんですか?」
「助けてみせるわ。その点は任せておいて、マルタちゃん。でも……」
「……?」
作られた者同士、心配げにマルタがその検査結果に眉を下げていた。
しかしレジーナは不敵に笑う。そしてついっと彼女が視線を向けた先は、先程からずっと
眉間に皺を寄せていたジークで……。
「ねぇ、ジーク君。君はオズ君を“どれだけ換えてもいい”と思ってる?」
「えっ?」
ジークは最初、その質問の意味がよく分からなかった。
だが数拍遅れて悟る。一度目を見開いて、また気難しく眉を顰める。
あちこちガタの来たオズの各パーツを取り替えること。
それは即ち、オズという「個」を一度否定する──いくらでも代替可能な存在として扱う
ことを意味する。その非生物性を、どこまで受け入れる用意があるのか。
「……俺の一存で決めちまうことはないんじゃねぇか? 訊くべきは俺じゃなくてオズの方
だろうよ。……そこん所、どうなんだ?」
レジーナ以下、技師や仲間達の視線を一斉に受け、ジークはつい回答を避けていた。
代わりに問い返した先は、他ならぬオズ自身。
後付──逃げだと思われても仕方ないとは思う。だが主人だの何だのと呼ばれるという
理由だけで自分が決めてしまえば、それこそオズを“ただの機械”と見なす表明にはならない
だろうか。
「……。構イマセン、現在ニ相応シイ身体ニシテクダサイ」
なのに、オズは少し考えたように目を瞬き、言う。
明確な自律意思だ。しかし一方でその分解された身体のさまは酷くアンバランスにも思え
てしまう。
「同胞達ハ、ソウシテ皆サンノ中ニ交ワッテイルノデショウ?」
ジークらは唇を結んで互いを見遣っていた。
何処まで彼が考えているのか、正確な所までは訊かねば分からない。
だが少なくとも、彼という個体は、自身が代替されていってでも今の人々の中に入ってい
けることを望んでいるらしい。
四人は頷いた。それを見て、レジーナ以下技師面々も彼らの方針・意思を承諾する。
「オッケー。なら今以上の名機にしてあげる。どーんと、大船に乗ったつもりで任せて?」
「……しかしそうなると、問題は部品の調達だね。昨日皆と確認したけど、ほぼ造り替える
となれば在庫分では足りないよ」
「あ~、そっかぁ」
しかし一方でエリウッドはあくまで冷静だった。
副社長、相棒の名よろしく彼が指摘してくるその状況に、レジーナも口元に手を当てて暫
し考え込む。
「……仕方ない、か。正直あんまり頼りたくはないんだけど……」