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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-35.巧機なる地の千年紀(後編)
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35-(4) 冒険王の血と王の愉悦

「──改めて初めまして。あたしはレジーナ・ルフグラン。このルフグラン・カンパニーの

社長をしてるよ。まぁ、見ての通りオンボロ会社だけどねー」

 一旦作業の手を止めて、女性技師レジーナは他の社員(技師)達と共にジーク一行を迎え

入れてくれた。

 社長と名乗るのは些か──いや、実際かなり泥臭い、皆と同じ作業着姿で彼女は笑う。

「そして改めまして。僕が副社長のエリウッドだ。主な仕事は経営事務全般、あと営業関連

かな。今回あそこに出張していたのも、商談があったからなんだ」

「……。経営と営業とって……ほぼ全部じゃないッスか」

「あはは、まぁねー。そういう細かい事はエリに任せっ放しになってるよねー」

「いいんだよ。僕は途中参加みたいなものなんだし、レジーナ達が存分に機械を弄れる環境

をアシストするのも立派な仕事さ。もうそういう役割分担で長くやってきているしね」

 次いで改めて名乗ったエリウッドの言葉に、ジークが目を瞬きながら突っ込んでみる。

 だがもう、そういった力関係は彼らにとっては当たり前のものであるようだ。レジーナ達

苦笑しているのを、当のエリウッドは穏やかに慈しむような表情で見守っている。

(お二人とも仲良しさんなんですね。いいなぁ……)

(……。何故そこで僕を見る)

 ひそひそ声だったが、マルタがそんな彼女達の距離感を羨ましがっていた。

 チラッチラッと向けてくる彼女の視線。傍らのサフレが目のやり場に困ったように呟きな

がら、作業所の隅っこの方に顔を背けている。

「……あの、レジーナさん。貴女の苗字のルフグランというのはまさか……。あのトビー・

ルフグランと何か関係が?」

「うん。そうだよ、竜のお姉さん。何を隠そう、あたしはそのトビー・ルフグランの子孫な

訳だからね」

 一方で小さく疑問符を浮かべていたリュカの問いに、レジーナは始めは照れ笑い、そして

意気揚々として答えていた。

 目を丸くするリュカ。次いでそのやり取りを聞いていたサフレらも静かに驚きを漏らして

いるように見える。

「何だよ? そんなに驚くことなのか? えっと、そのトビーって奴が」

「……今に始まった事ではないが、君は本当に知らないことは何も知らないんだな」

「まぁこの子は昔っから勉強の類は苦手だったから……。えっとね、トビー・ルフグランは

ゴルガニア中期に活躍した機巧技師で、別名『飛行艇の父』──それまで軍事用の大型艦が

主流だった飛行艇を、より民間レベルにまで普及させた功労者よ。あと、一方で大の冒険好

きでもあって『冒険王』なんて仇名もあったわ」

「へぇ……」

「……十二聖と聖浄器の件でもそうだったが、常識だぞ?」

 苦笑するリュカの補足説明を受けて、ようやくジークにも目の前の彼女の凄さが分かった

ような気がした。当のレジーナは鼻を擦って笑い、サフレは横目でこの友にこっそりため息

をついている。

「ルフグラン博士ノ末裔ノ方デシタカ。私モ直接オ会イシタ事ハアリマセンガ、内部データ

ベースニモ情報ガ確認サレマス。オ会イデキテ光栄デス」

「まぁ今は随分落ちぶれちゃってるけどねー。好きな事を好きなようにしてたら、他の同業

者連中ばっかり肥えちゃって……」

 オズも、面識はなくとも知識はあったようだ。

 破損していない右側の腕を差し出し『飛行艇の父』の末裔、レジーナと握手を交わす。

 だが当の彼女は笑顔ながらも自虐的だった。

 悔やんでいる印象こそ薄かったが、エリウッド以下周りの社員なかま達の表情が少なからず曇った

のをジーク達は見逃さない。……かといって口にはできない。

「君が話にあったオズ君──タイプ・オズワルドかあ。凄いなあ、こんなレア個体が動いて

るのなんて初めて見るよー。ね? バラしていい?」

「レジーナ」

「あはは、分かってるよ。ジーク君達の要望通り、バッチリ修理するからさ?」

 オズを見上げながらレジーナはそんなことを口にしていた。

 流石にエリウッドに釘を刺されたが、彼女はにやにやと笑っている。よほどキジンを始め

機械が好きなようだ。先刻互いの自己紹介と共に話したこれまでの事情を汲み、彼女は明る

い笑みを溢してトンと自身の胸を叩いてみせる。

「オズさん、直せるんですか?」

「うん。その為にエリについて来たんでしょ? 任せなさいって。無い部品は取り寄せる、

それでも無きゃ自分達で作る。あたし達ルフグラン・カンパニーの底力を甘く見ちゃいかん

のですよ」

 随分な自信だった。だがこの彼女の笑みと言葉は、妙に人好きがするというかホッとして

しまう威力がある。マルタを始めジーク達一行も、思わず表情が緩む。

「……ただ少なくとも彼を一度総点検しておく必要はあるだろうね。外からは左腕と脇腹以

外大きな損傷はみられなくても、長らく放置されていたというのなら内部機構が痛んでいる

可能性は高い」

「だねー。となると、すぐにホイホイバラす訳にはいかないかー」

「そりゃあ骨董品レベルッスからねぇ」「当時の設計資料とかも当たらないと……」

 あくまで慎重なエリウッドの意見を皮切りに、レジーナ以下社の技師らが互いに思案を積

み上げ始めていた。

 あーだこーだ。流石にここまでくると門外漢なので、ジークは暫く黙っていたのだが。

「……なあ、レジーナさん」

「うん?」

「……本当にいいのか? 俺っていう人間から、依頼を受けて。さっきも話した通り、俺は

現実、関わるだけで相手を保守だの開拓だのって喧嘩に巻き込んじまう。落ちぶれてるって

言うんなら、尚の事──」

「ふふっ」

 レジーナは、数拍ポカンとした後、確かに笑っていた。

「そんなこと? 別に気にしないよ。貴族だなんだってのは、ホントただの飾りだからね。

そう自分を責めなさんなって。悪いのは君じゃなくて、君の肩書きやらを利用しようとした

り、勝手に喚いてる連中でしょ? ……それにあたしは、キジン相手でも“怪我人を放って

おけない”なんて言ってくれる子を無碍にするなんてのは、ポリシーに反するから」

『……』

 今度はジーク達が呆気に取られる番だった。

 一度は不意に彼が漏らした迷い、自責の念に心揺らいだリュカら仲間達だったが、そんな

彼の気弱すらレジーナは「違う」と言い切り、笑う。

 社員達がもそもそと奥の棚から図面を取り出してきている。

 そんな彼らを見遣りつつ、彼女は言う。

「まぁそういう訳だからさ。あたし達に任せてみてよ? エリの話じゃあ他に当てがある訳

でもないんだし。好きなだけうちでゆっくりしていくといいよ」

「……。はい」

「お世話に、なります」

 要らぬ吐露だった──。

 ジークはまるでそう言わんばかりに恥じ、くすぐったく、バツの悪い苦笑のままに小さく

首肯すると言葉少なげになる。

 そしてリュカら仲間達も、改めてそう、二重の意味で彼女らに頭を下げていたのだった。


「……ほう? レノヴィン達とルフグランが」

「はい。どうやら例の機人キジンを修理しようとしているようです」

 グランヴァール城の玉座で、ファルケン王はそう部下から上がってきた報告に耳を傾けて

いた。肘掛に乗せた片腕で頬杖をつき、彼は静かに目を細めている。

「なのでまだ、当面は彼らに“結社”との交戦に打って出る心算はないものかと」

「そのようだな。まぁ皇子本人が自分なりに歩いてみると言ってたんだ、人助けなり何なり

の寄り道だってするだろう」

 報告を上げてきた官吏の表情・様子は終始硬かった。

 無理もない。ただでさえこの西方に一波乱も二波乱も持ち込みうる人物が、呑気に国内を

うろついているのだから。

 大方、目の前の彼の内心は困惑と苛立ちといった所だろうか。騒動を起こすなら起こすで

さっさとしてくれ……事務方らしい発想だとは思うが。

 しかしそれでも尚、ファルケン王は不敵に笑っていた。面白いじゃないかと、そう笑う。

 報告を聞くに、自分が出向いた吹均の町ヒューイッツで早速一度、揉め事に巻き込まれていたのだという。

 原因は保守派デモ隊と地元住人らの衝突を仲裁しようとしたから。

 何というか、これは思った以上にあの青年は興味深い人物であるらしい。

 この手の争いはもうこの国・この西方ちほうでは多過ぎて、自分達はすっかり慣れてしまって

いる。鉱資源の争奪等の歴史も相まって、元々負けん気の強い連中が生まれやすい土壌もある。

 だから、ファルケン王にとってはあの青年がとても新鮮に思えた。

 若さ故の向こう見ずか、はたまた根っこがそういう性格なのか。そこに力を突っ込む気は

ないが、彼にとっては皇子のそんな人柄そのものが“美味しく”思えてならない。

「で……鋼都ロレイランに入ったんだってな。あそこから一体何処でルフグランと接点を持ったんだ?」

「申し訳ありません、そこまでは……。ただヒューイッツので騒動の前後、彼らが町の技師

らに修理の打診をして回っていたそうですから、そこでロレイランやルフグランの名が出た

のではないかと推測されます」

「ふむ……」

 叱るほどの情報不備ではない。

 あながち間違っていはいないだろうと、ファルケン王はこの官吏が話す断片的情報とその

推測を素直に聞き入れていた。

 運命という言い方はご都合主義的でさほど信用していないが、こちらが何か示した訳では

ないのに、彼らと接触を持つとは……やはりあの青年は“持っている”と思えてならない。

「しかしルフグランとなると、アレだな。ハルトマンの」

「……はい。元大尉の……」

 官吏が、その場に居合わせた臣下達が、この時一様に表情を硬くするのが分かった。

 『飛行艇の父』の末裔と、逃げるように軍部から身を退いたあの男。

 ただでさえトリッキーでイレギュラーなあの二人に、今度はレノヴィンが加わる──。

「如何致しましょうか? まだロレイランに到着して日が浅いです。今なら、介入も」

「……いや、止めとけ。そっちは手を出さなくていいだろう。これまでも秋波は全部突っ撥

ねてきてるだろ? 余計に拗れるのが関の山だろうよ」

 より一層気難しい表情になる官吏の問いに、ファルケン王はあくまでサッパリと即断即決

で答えていた。

 確かにあの男を欠いたのは惜しい。

 だがそうした穴を埋め直す、取り戻すのに強引な手を使った所で、当人の意識から忠心が

湧いてこなければいずれ“災い”になるだけだ。

 臣下──特に武官連中は今も未練がましくしているようだが、状況ときは常に変化し続けて

いるのだ。優先順位は、こまめに見直さなくてはならない。

「レノヴィン達に関しては暫く様子見だ。こっちはこっちで間近の政務を片付けるぞ。だが

まぁ、軍部にはしっかり釘を刺しとけ。──“口説き過ぎるな”ってな」

「……承知致しました」

 ゆっくりと、恭しく一礼をして白髪頭を下げた後、官吏は相変わらず硬い様子で王の間を

後にしていった。列席していた臣下らも、目立って何か文句を言ってくる訳ではないが、互

いにひそひそと何やら言葉を交わしているのが見聞きできる。

「……」

 サイドテーブルを引き寄せて持ち込まれた書類を片付ける──前に、ワインを一杯。

 酒瓶からなみなみとグラスに赤色が注がれ、満ちる。

 ファルケン王はそれをくいっと、こなれた様子で一気に飲み干すと、だだっ広いこの王の

間の遠くを眺めながら深く息をついた。

(ジーク・レノヴィン──。やっぱお前は“変革の子”だぜ?)

 西方の破天王。

 畏れとやっかみ、両方を込めて呼ばれるその面構えに、ニッと吊り上げた口角を加えて。

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