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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-35.巧機なる地の千年紀(後編)
202/434

35-(2) 不協和音の憂い

 梟響の街アウルベルツ郊外のとある元街道沿いに、クラン・ブルートバードの面々がずらりと立っていた。

 元、という事は現在は使われていないという意味である。

 理由は簡単だ。この街道周辺で魔獣の出没が確認されたからである。

 当初はゆるやかな曲線を描き、所々に森が残されたランニングや森林浴などにもってこい

のスポットだったが、魔獣出没によって一般人の立ち入りが禁止されて以来、人気を失った

ここは随分と雰囲気も木々の繁茂具合も様変わりしてしまっている。

『……』

 この日、一同は新団員らを加えた実戦も兼ねて、その討伐依頼を遂行しに訪れていた。

 前衛のダンとグノーシュらを筆頭に、森の一角を囲むように陣形を張って彼らはじっと何

かを待っている。

「──! 来た!」

 そうしていると、はたと森の中が騒がしくなった。

 明らかに何か大きな者が木々をなぎ倒すような轟音。それが得物を構え、持ち上げたダン

達の方へと近付いてくる。

「ギュ、オォォォーー!!」

 森を突っ切って現れたのは、巨大な蟷螂かまきり型の魔獣・デスマンティスだった。

 その力の影響を受けているのか、周囲には小振り──といっても、大の大人を軽く越える

体躯なのだが──の同型魔獣・キルマンティスらが続く。

「誘導したぞ! 頼む!」

「おうっ! 掛かれ、野郎どもッ!」

 この魔獣の群れを誘き寄せて共に飛び出してきたのは、シフォンを始めとする遊撃部門の

メンバー達だった。

 健脚を活かして隊伍に戻り、ダンら前衛隊の後ろに回ってすぐに弓や銃器を向ける。多数

の蟲の鳴き声が辺り一帯にこだまする。

 ダンの一声で、前衛集団が魔獣の群れへと襲い掛かった。

 中央はダン率いる二番隊、左右からは三番隊・四番隊がぐるりと追い込んでいく。

 ……因みに本来の三番隊隊長であるリンファは皇子アルスの警護を優先している為、事前の取り

決め通り、同隊の団員が隊長代理を務めている。

「ふっ──!」

 戦法としては、何よりも先ず敵の数を減らすこと。

 魔獣達の出現に合わせて、ハロルドら七番隊が聖浄の鳥籠セイクリッドフィールドを張ったこともあり、その動きは

ぐんと鈍っていた。

 戦斧に拳、剣に槍。

 その虚を突く形でマーフィ父娘以下、前衛メンバーらが一気に戦線を押し出していく。

(……円の動き。いなして、壊す)

 マンティスらの鎌状の腕は強烈な攻撃力を持つが、そのモーションは得てして大振りだ。

この手の魔獣への定石としては、誰かが引きつけ空振らせ、その隙に小グループ単位の味方

で一気に叩くというものであろう。

 振り下ろされる鎌の動きを真正面から見据え、ミアもまたその引きつけ役の一人として半

身を返し、拳の腹でいなした斬撃のまま、また一体、マンティスの体勢を崩させていた。

 すかさずそこへ味方からの攻撃が叩き込まれ、着実に魔獣の群れが捌かれていく。

「もういっちょ!」

 だが──そう常に上手くはいかない、甘くないのがこの業界である。

 新団員らだった。優勢になっているのをいい事に、彼らの何人かが勝手に追撃を加えよう

とし始めたのである。

「!? バカっ、出過ぎるんじゃ……!」

 ダンが斧を振るいながら叫んだが、遅かった。

 若手の新人が調子付いて二撃目を振り下ろした次の瞬間、クワッと振り向いたマンティス

の鎌が彼を握っていた剣ごと吹き飛ばしたのである。

「ぐぁ……っ!」

「お、おい、大丈──ぶがっ!?」

 そしてそれが綻びとなることを、彼らはまだよく解っていなかった。

 攻撃の手、小グループでの包囲が緩んだのを見逃さず、デスマンティス達がこちらの戦線

に切り込んで来たのだ。

「馬鹿野郎! 戦線を崩すなって言ったろ!」

「くっ……。遊撃隊、十五番から三十五番まで迎撃に移れ!」

 優勢が少しずつ崩され始めていた。

 ダンに続きグノーシュも叫んで幅広剣を振り回し、シフォンが隊の一部を彼らのフォロー

に宛がわせる。弓矢や銃弾がマンティスたち目掛けて飛んでいく。

 だが、それがいけなかった。

 それまで中衛・後衛の射撃と魔導で押さえ込まれていたデスマンティスが、緩んだその威

力の隙を縫って一行に迫ってきたのである。

『……ッ!!』

 大きく振りかぶられる巨大な鎌の片腕。

 しかし防御するにはそれはあまりに大きく、一同の防御の要である前衛部隊の面々も隊伍

が崩されたままだ。

 眉根を寄せ、イセルナがブルートと飛翔態に為ろうとした。

 ハロルドとリカルドがそれぞれ懐に手を伸ばし、本型の魔導具と純白の弾丸を取り出す。

「──」

 だが……振り下ろされた鎌は、彼らを抉ることはなかった。

「せ、聖壁の……」

「嘘だろ? 防い、だ……?」

 攻撃が落ちる、その真正面に飛び込んだ騎士風の青年──“聖壁”のアスレイの構えた盾

型の魔導具が、障壁を発生させながら皆を守っていたのである。

「くっ……」

「何ぼやっとしてんだい! 隊列を戻しな、若ぇの!」

 そんなアスレイの単騎防御に驚く新入り達に、また別の名うての一人が叫んだ。

 皆の中を駆けてマナを込めた長刀を振りかぶったのは、着流し風の男。アスレイと同様、

団員選考会でリンファと競り合った“傾奇かぶき”のテンシンである。

 アスレイの盾に押し負け、仰け反ったデスマンティスの腕に目掛けて、二人の剣と長刀が

叩き込まれた。

 あがる短い魔獣の悲鳴。

 流石に腕を斬り落とすまでには至らなかったが、デスマンティスは少なからぬダメージと

出血を受け、大きく後ろによろめく。

「今だ! 押し返せ!」

「一人で出過ぎるなよ、グループ単位で列を崩すな!」

 その隙を見て、ダンやグノーシュに活を入れられ、前線の団員達はようやくその隊伍を整

え直すことができた。切欠となった若手の新入りも含めて一列にずらりと武器を構え、再度

厄介な敵数キルマンティスらを始末しようとする。

「ギギッ……!」

 だが魔獣達にも知恵はある。

 再び押され始めた状況を感じ取ると、デスマンティス以下が皆、ガサッとその背中に付い

ている翅を揺らし始めたのだ。

「ッ!? マズイぞ、飛ぶ気だ!」

 主にデスマンティスのそれ。

 次の瞬間、この蟷螂型の魔獣達の羽ばたきは面々に猛烈な突風を与えた。

 思わず得物を盾代わりにしつつ、立ち止まる一同。その隙を縫って、マンティス達は一斉

に中空へと舞い上がっていく。

「気を付けて。うえから来るわよ!」

 イセルナが飛翔態に為り、先頭に立って迎え撃つ体勢を取っていた。

 面々も、遊撃部隊を中心に、来るなら撃ち落してやるとばかりに次々とその照準を中空へ

と向け始める。

「──そう、てめぇらのペースに乗ってたまるかよ」

 そんな時だった。

 不意に、同じく中空に飛んだマンティスらを見上げていたグノーシュがそんな事を呟いた

かと思うと、彼は握ったその剣を真っ直ぐに頭上へと持ち上げたのだ。

「来い! ジヴォルフ!」

 すると彼の周りに落ちたのは、多数の落雷。──いや、雷撃を纏った狼型の持ち霊たち。

 そしてグノーシュが剣を正面に構え直して合図とすると、何と彼らは次の瞬間、雷光を纏

いながら一つになったのだ。

 出来上がったのは、この雷獣らが引く巨大な戦馬車チャリオット

 グノーシュはその荷台にどんと構えて乗り込んでおり、ダンとミア──以前から彼を知る

者以外の団員らが驚きで目を丸くしている。

「行っけぇ!」

 そして彼が剣を振った瞬間、精霊戦車──グノーシュとジヴォルフ達の融合形態は猛烈な

加速を伴いながら空に昇っていく。

 驚いたのは、マンティス達だった。

 蟲特有の複眼がギョロギョロと蠢き、皆が一様に腕の鎌をもたげる。

「落ちろ! デカブツっ!!」

 だがグノーシュの狙いはあくまで親玉、デスマンティスだった。

 迎撃しようと襲い掛かってくるキルマンティスの群れを、チャリオットの突進力と振り回

す剣に任せながら次々と大雑把に薙ぎ払い、一度ぐるりと旋回してデスマンティスの背後へ

と回る。

 ジヴォルフ達が吼え、再びチャリオットが加速した。

 デスマンティスも迎え撃とうと両手の鎌を振り上げたが、機動力に勝るグノーシュ達には

その一撃は掠りもせず。

 ただすれ違いざま。

 その一瞬の交差の際に振り抜かれたグノーシュの斬撃がこのマンティスの翅を一刀両断、

そのまま飛行の術を失い、魔獣の巨体が地面に落下する。

「よし! いいぞ、グノ!」

 ダンがそんな友の活躍に口角を吊り上げていた。同じくダメージを受けて落ちてくるキル

マンティスらの一部を、片っ端から戦斧の餌食にしていく。

「ギギ……ッ!!」「グガッ……!」

 故に、残されたマンティスらは興奮した。

 まだ上空を飛ぶグノーシュ──の精霊戦車を見上げると、再び仲間を討たれた仕返しと言

わんばかりに一斉に襲い掛かってくる。

「盟約の下、我に示せ──過重の領グラヴィフィールド

 しかしその凶刃は届かなかった。

 次の瞬間、地上から詠唱された重力の魔導によって、マンティスらが一挙に地面へと叩き

付けられたからである。

「……全く。出過ぎるなと言うたのはお前さんらじゃろうが」

 目の前の地面を広くカバーする黒色の魔法陣。

 そこに叩き付けられ、苦しみながらも身動きの取れない魔獣達を一瞥して、そうこの術の

主が眉根を寄せながらぼやいていた。

「はは。でもこうやってちゃんとカバーしてくれてるだろ?」

「ふん……」

 “地違ちたがえ”のガラドルフ。

 彼もまた団員選考会で才覚を発揮してみせた一人、火門を中心に多くの術式を修めた老練

の魔導師である。

 苦笑する上空のグノーシュに、杖を抱えたこの老魔導師はまた一つ嘆息をついた。

 焦げ茶色のローブを翻し、前線でマンティスらにとどめを刺しているダンらを見る。

「今がチャンスだ! ぶっ潰せ!!」

 その視線を合図に頷き、ダンが叫んだ。

 響き渡った『応ッ!』の声と共に団員達が一斉にマンティスらに襲い掛かっていく。

 ガラドルフがそっと術を解いた時には、もうマンティスらは逃げも隠れもできなかった。

四方八方を前衛の戦士達に囲まれ、中衛・後衛からの射撃や魔導も飛んでくる。何よりも翅

を切り落とされたことで空に退くこともできない。

『盟約の下、我に示せ──』

 錬氣を込めた武器や徒手拳闘。或いは様々な魔導の雨霰。

冷氷の剣雨フリーズランサー!」

日輪の浄渦アジローレ!」

 街道を脅かしていた魔獣の群れは、この日ようやく退治されたのだった。


「──何とか、片付いたな」

「ええ……」

 マンティス達の亡骸は、ハロルド以下後衛部隊の面々によって丁重に浄化・処分された。

 ギルドの報告用にと、厚布に包まれたデスマンティスの破片を握って立ち尽くすイセルナ

に、ダンやシフォン、グノーシュら幹部メンバーらが近付いてくる。

 彼女の表情は正直浮かない様子だった。

 魔獣とはいえ、自分達は殺しているのだ。無理もなかろう。

 だが……ダン達はきっと憂いの正体はそこではないだろうと分かっていた。何よりも常に

微笑で団員かぞくを見守っている我らが団長らしくないと思った。

「……やっぱ、新入りどもは不安か」

 つっと気持ち顔を上げ、彼女は曖昧に苦笑していた。実質の首肯だった。

 一同が少し離れた場所を見遣る。魔獣の群れを倒した現場では、まだ新団員達──それも

まだ若手の面々が居残って互いを労い、或いは勝利に酔っているのが見える。

「今回は、運が良かったんだろうね」

「ああ。しっかりと俺達が予想していたことが起きやがったからな」

 思わず嘆息。互いの顔を見合わせて、幹部メンバー達は思わず気が塞いだ。

 言わずもがな、彼らの出張り過ぎに関して、である。

 事前にフォローの手順を用意していた、グノーシュら名うての新団員達の活躍もあって結

果的には討伐にんむを果たすことができた。……だが、そこには間違いなく博打的要素が混じって

いる。これからもコンスタントにクランとしての働きをしていく為には、そんな要素を許して

いてはいずれ大きな痛手を被ることになる。

「功名心に囚われない者を厳選した筈、なのだけどね……」

「勿論さ。でも実際、ブルートバードの肩書きを得て調子付いた連中もいるんだろう」

「……慢心、だな」

 黙り込むイセルナの肩の上で、ブルートが言った。

 反論の余地もない。精霊に言われるようでは、若手どもやつらの先が思いやられる。

 ダン達は、暫し互いに慰めることもできず、ただ黙り込む。

 改めて自分達の課題がみえてきた。

 組織の巨大化に伴うリスク。看板に酔う驕り、統率の乱れ、即ち総合的戦力の綻び。

 立て直さないといけないと皆が思った。

 何の為に新団員を募集した……?

 言うまでもなく、アルス──いや、レノヴィン兄弟という仲間を守り共に戦う為だ。

 なのに、これでは……。こんな体たらくでは、今頃西方に向かっている筈のジーク達に顔

向けできやしない。

「……色々と、忙しさが続きそうね」 

「そうだね。加えて物理的な面で言えば、団員の収容をどうするかというのもあるし……」

 “器”が──足りない。

 嘆息と気概の狭間に揺れながら、誰からともなく、イセルナ達は遠く灰色の掛かった西の

空を見上げていた。

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