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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-35.巧機なる地の千年紀(後編)
201/434

35-(1) 開拓なる地にて

 男性の名は、エリウッド・ローレンス・ハルトマンといった。

 彼もまた機巧技師の一人であるらしい。あの町には偶々出張で通り掛かったのだそうだ。

「……何で助けてくれたんだ? 俺のことが分かってたなら、尚の事関わらない方が身の為

じゃないのかよ」

「随分と自虐的だね。理由もない親切はいけないかい? まぁ実際、君が君だと思い出した

からこそ、立ち回り次第では収められると考えたんだけど」

 中年技師に再度礼を言い、別れて一行は町を出る。

 道すがらジークが訊ねた問いに、エリウッドは一度フッと微笑むとそう口を開いた。

「それに……その機人キジンはタイプ・オズワルドだろ? 僕だって技師の端くれだ。こんな珍しい

個体を見逃す気はなかったからね」

 口調が変わっていた。やはり先刻の妙な丁寧語は演技の内だったらしい。

 西方への転移トラブルとオズとの出会い、そしてその先で出くわした開拓を巡る争い、場

に現れ不敵な存在感を残して去っていったファルケン王──。

 ジーク達はそんな慌しい事件も含め、オズとの出会いをエリウッドに語って聞かせた。

 そしてオズを直してやるべく、腕の立つ技師を探しに鋼都ロレイランへ向かうつもりなのだと語ると、

「そうだったのか。だったら僕と一緒に来るかい? ちょうど僕もこっちでの出張を終えて

ロレイランに戻る途中なんだよ」

 至極ナチュラルに、彼は再びの協力を申し出てくる。

「いいのか? そりゃあありがたいが……」

「じゃ、じゃあエリウッドさんはオズさんのこと、直せるんですか?」

「僕じゃないよ。僕個人のキャリアはまだ浅いし……。でもうちの社長なら大丈夫。性格は

アレかもしれないけど、技師としての腕は一流だ。僕ら社員一同が保障する」

 渡りに船という奴だった。

 ジーク達は一旦顔を見合わせたが、ここで断ったとして当てがある訳でもない。結局これ

も何かの縁だと彼の厚意に甘えることにした。

 暫くして町郊外の駅まで着くと、彼を認めて近付いてくる数人の技師らがいた。

 エリウッド曰く、自分と同じ会社の仲間達なのだそうだ。

 彼が事の経緯を説明してやると流石に面々は畏まっていたが、当のジーク自身がそう硬く

なるなと言い、その態度も砕けたものであることも相まってやがて互いに打ち解けていく。

 ──それからの数日間は、彼らと往く鉄道の旅となった。

 ゴツゴツとした岩肌の荒野に延々と敷設された鉄道網。

 寝台付きの長距離列車で一晩二晩と日数を重ね、必要に応じては路線を乗り換え、一行は

一路ヴァルドー中部にある同国第二の都市・ロレイランを目指す。

「……やっぱ、北方とは随分と感じが違うよな。岩がゴロゴロしてるっつーか……」

支樹ストリームの性質故だな。じきに慣れるさ。僕らも君達と出会う前、北上をしていた間、周囲

の環境変化に驚いたものだ」

「ですねぇ。思えば私達って東西南北をぐるりと回ってるんですよねえ」

「すげぇ大まかだけどな。もしかしたらまだ南方に、結社れんちゅうの痕跡があったのかもしれねぇ

けど……」

「過ぎた事を責めてみたってどうしようもないわ。私達が今できること、今成すべきことに

集中しましょう?」

「……。ああ」

 とはいえ、一度──いや何度となく胸奥に過ぎったもどかしさ、悔しさまでは次々と去り

行く景色に置いてくることができなかった。

 窓辺の席で、ジークはぼんやりと思いつつ、ごちる。

 リュカら仲間達もそれぞれに思いを口にしては旅愁に浸かり、或いは気を引き締める。

 ……自分はただ、取り戻したいだけだ。

 一度は亡くしたと思っていた父、母の心の底からの笑顔やあの穏やかな日々。それらを父

が戻ってくることで少しでも埋め直せるのではないかと思った。

 ただそれだけ。それだけなのに。

 それだけの事なのに……何故こうもややこしくなる?

 最初は“結社”の所為だとばかり考えていた。実際奴らが成す悪行、混乱は否定できるも

のではない。

 だが──それすらも、もしかしたら溢れる悪意らの「一部」ではないのか? そう最近は

思うようになってきている。

 皇国トナン内乱から二度に渡るアウルベルツ襲撃、そして風都エギルフィアで突き付けられた「否」の大合唱。

 全て連中の仕組んだものだとはいえ、では一方でそれらに乗っかった人々を、自分は何と

断じればいいのだろう。

 愚者として切り捨てるのか? 振り回された、下位の悪として恨むのか?

 ……違う。そうじゃない。多分きっと、そこへ流れてしまっては「負け」なのだと思う。

 結社やつらは巧妙で卑劣なのだ。

 こうやって、まるで“敵”が感染するように膨れ上がり、まるで霧のように悪の在り処を

霞ませようとしてくる。

 だからきっと、時間が掛かってしまえばしまうほど、自分は今後も不幸な誰かを生み出し

てしまうのではないか……? そんな予感を抱かずにはいられない。

「……エリウッドさん。ロレイランに行くのに導きの塔は使わないんですか? あっちなら

運賃も掛からないし、時間も大分短縮できると思うんスけど」

 ふるふると、静かに首を横に振った後、ジークはふと通路を挟んだ向かい席のエリウッド

にそんなことを訊ねていた。

 ふむ? と、小さく眉根を上げてこちらを見返す彼。

「理論上はそうだね。でも、他の地域は知らないけれど、西方にはそう多く導きの塔が残っ

ていないんだ。長年の開拓で取り壊されてしまった所も多いからね」

 だが返ってきたのは、存外に重いこの地の歴史と実情だった。

「……知っているとは思うけど、ヴァルドー王国と近隣数ヶ国は旧ゴルガニア帝国の中核地

域でもあった。だから大戦後、長らくこの辺り一帯は“悪魔の遺児が棲む”なんていう風評

被害に喘いでいた時期があってね」

『……』

「悪魔ノ遺児……デスカ」

「勿論、そんなのは言い掛かりなんだけど。でも大戦後暫くは、諸外国から随分と理不尽な

排除に遭っていたそうだ。だからこそ、ヴァルドーを始め西方諸国は機巧技術の復権に力を

入れてきた歴史がある。開拓が盛んなのもそれとワンセットなんだ」

 ジーク達は眉を顰めていた。

 特にオズは自身の失われた千年を埋めるべく、心持ち身体を乗り出しながらエリウッドの

話に耳を傾けているようにみえる。

「そんな先人達のお陰で、今日の機巧技術は魔導と肩を並べるほど人々にとって必要不可欠

なものになった。実際、魔導との融合で技術革新も進んで、暮らしも随分と豊かになった。

だからこそ、今は昔ほど悪者扱いされることは少なくなってきたんだけど……」

 そこまで言って、一旦エリウッドは静かに目を閉じていた。

 見れみれば、同僚の技師達も何処か浮かない様子だ。ガタゴトと列車が線路の上を走り、

小気味よい振動が足元から伝わってきている。

「それでも、君達が出くわしたようにこの土地では争いは絶えない。理由は色々あるけど、

一番はそうした歴史の揺り戻しなんだろうと思う」

「むしろ今は、内紛に近いんでしょうねぇ。ある程度落ち着いてきて保守派アレに走っちまう

連中もいたり、恩恵にハブられた連中がごねてたり」

「あと、怖いのかもなあ……ヴァルドーが第二の帝国になっちゃうんじゃないかっていう。

実際に保守同盟リストンとかも余所の偉いさんが混じってるって話、あるだろ?」

「話半分っぽいけどな。まぁファルケン王いまのおうが思いっきり開拓寄りだし……」

 今度はエリウッドだけでなく、仲間の技師達もが語り始めていた。

 とはいっても、直接ジーク達にという訳ではなく、互いにこの土地の不穏を憂いていると

いった感じだ。

「……だから一度目を付けられたら用心した方がいいと、僕は思うんだ。ジーク君、君自身

はそのつもりはないかもしれないけど、世間の少なからぬ人々は君を開拓派の一角とみなし

ているよ。それに風都エギルフィアでの騒動もある。導きの塔を使う──殆どが保守派で固まっている

衛門族ガディア達と対面するのは、少なくとも今は得策じゃない」

「ッ──」

 ジークは一言も反論できなかった。眉根を顰めて、唇を噛む。

 まるで先程までの思考が見透かされていたようだった。……そんな筈は、ないのだが。

 何よりも自身の口を噤ませたのは、彼が頼まれもせずこんな配慮をしてくれていたのだと

知って申し訳なく思ったからだ。

 おそらく自分がこの話題を振らなければ、彼は何も語らずにロレイランまで案内を続けて

くれたのだろう。

「……。すみません」

「君が謝ることじゃないよ」

 ようやく辛うじて出た言葉に、彼の反応は即答に近く速かった。

 静かに優しく、そして内に秘めた強さのようなもの。

 リュカら仲間達も少なからずその配慮に気付いていたようで、ようやく彼を信頼を置いて

大丈夫だと断じたようだった。顔を上げるジークに、苦笑する彼に、向ける眼差しはフッと

緩んで穏やかなものを帯びている。

「……おかしな話ではあるんだけどね。過去があって現在いまがある。たとえどんな事があって

も、時計の針を戻すすべてをいちからやりなおすなんて出来ないのに」


 鋼都ロレイランに到着したその日には、もう陽は随分と沈みかけて街は一面が茜色に染まろうと

していた。

 最初の町とは比べ物にならないほど広い駅の改札をくぐり、エリウッドらの後をついて駅

前のストリートに出る。

「ここがロレイランか……」

「凄いですねぇ。人がいっぱいです」

「流石はヴァルドー第二の都市、か……」

 夕暮れにも拘わらず、人通りは多かった。

 いやむしろそんな時間帯だからこそ、帰路に就いた人々でごった返しているのか。

 布包みに隠した六華を背負ったジークを始め、仲間達がエリウッドらに続いて改めて歩き

出していく。

 車中でも念を押されていた。

 この街も例に漏れず気性の荒い人間が多い──揉め事は極力起こさないように、と。

 ロレイランは、まさにその二つ名の通りの鋼鉄の街だった。

 あの鉱山町もそうだったが、通りの両翼に機巧技術関連の店を始め、様々な商店が軒を連

ねている。そして何よりも印象的だったのは、多彩な種族の人々に混じり機人キジンもまた当たり

前のようにその中にいるという点で。

「……時代ハ、進ンダノデスネ」

 オズがのしのしと、しかし茜色のランプ眼をゆらゆらと震わせて感慨深げに呟いていた。

 左右を往くジーク達が互いに顔を見合わせ、苦笑気味に笑う。

 そうだ。もう兵器としてしか生きる術がないなんてことはない。

 だから……お前も、この地の人達も、もっと手を取り合って生きて欲しい──。

 多分そうすぐには容易には叶わない願いなのだろうけど、一同は心から想う。

「こっちだよ。表通りはまだ小奇麗にされてるけど、むしろこっちがこの街の本性だ」

 そうしていると、ふいっと途中の路地の一つを曲がりながらエリウッドが肩越しにこちら

を見遣ってくると言った。

 要するに本来はもっと猥雑であるということか……。

 ジーク達ははぐれぬよう、互いに気を引き締めながら彼らに続く。

 実際、一旦路地裏に入ると景色は一変した。

 機巧技術の恩恵──堅固で金属質な家屋が多く建ち並ぶさまは表通りとさほど変わらない

が、その醸し出す雰囲気は、明らかにねっとりとした、陰気な部類である。

 時折路地裏の片隅で蹲っている人々がこちらを睨んできたが、下手に視線を合わせ続けな

いように努めた。チクリと、ご立派な良心が痛むのを感じて可笑しく思えた。

「……さあ、着いたよ。ここが僕らの会社だ」

 だからある程度予想はついていたかもしれないのに。

 なのに、エリウッド達が進んでいくのは路地裏のどんどん寂れた場所になっていくし、や

がて到着を告げられその社屋──もとい大きいだけのボロ倉庫を見た時は流石にジーク達も

彼らを頼ってよかったのだろうかと少しばかり不安になった。


“ルフグラン・カンパニー ~機巧技術、何でもござれ~”


 どうやら軒先に下げられた古びた鉄板がこの会社の看板らしい。

 黄色のペンキで殴り書かれた文字は、如何にもこの中にいる人物の豪快さを物語るかのよ

うだった。

「社長、ただいまッス!」「今戻りました~!」

「……レジーナ、いるかい?」

 ガラリと金属の引き戸を開いてエリウッド達が入っていく。

 つい心持ち離れて立ち尽くしていたが、ジーク達もハッとなってその後ろについていく。

「──おかえり~。あたしならこっちだよ~」

 奥から返って来たのは、予想外にも女性の声だった。

 快活そうな、猥雑なこの場の空気に難なく馴染んでいる人好きする声。そんな返事が多数

の甲高い機械音をも遮って届いてくるのだから、その胆力は相当なものだ。

「んぅ……?」

 不意に騒音が止んでいった。どうやら彼女が機材の電源を止めたらしい。

 ごちゃごちゃと置かれた雑多な機械。床には同様に、多数の工具が散乱していて……。

「おお?」

 するとひょっこり、そんな機体の一つの下から車輪付きの板に寝転がって出て来たのは、

「随分とまぁ、変わった土産を持ってきたもんだねぇ。エリ」

 土色の髪をアップにまとめ、額へと分厚い作業用ゴーグルをずらしながらニカッと笑う、

まだ歳若い一人の女性技師だった。

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