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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-35.巧機なる地の千年紀(後編)
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35-(0) その男、斜の救い

 胸の鼓動が妙に不規則な揺らぎを刻むようで、じわじわと息苦しい。

 先程までの争いの喧騒がはたと、切り抜かれた絵本の背景のように遠く感じられる。

(誰だ……こいつ……?)

 明らかに彼の手は自分に差し伸べられていた。

 しかしジークは硬直したまま握り返すことができず、握り返そうとも思えず、ただその場

に突っ立っていた。

「お、おい」

「いきなり何様だよ、あんちゃん」

 そんな傍目のギクシャクした様子でようやく我に返ったのだろう。

 同じくそれまで固まっていた若い技師達やデモ隊の面々が、その合間を縫うようにずいっ

と、この茶髪の人族ヒューネス男性に矛先を変えようか巻き込んでやろうかと詰め寄り始めたのである。

 拙いとジークは思った。後ろの仲間達の心配そうに見遣っている視線も感じる。

「待てよ。この人は関係な──」

 だから彼らの踏み出しを遮るように、ジークは彼を庇おうとしたのだが。

「君達こそ何様のつもりかな? 一国の王子を寄って集って揉みくちゃにするなんて」

『え……?』「──ッ!?」

 この男性は、次の瞬間確かにそう彼らに言葉を返していた。

 思わず目を見開いて彼を見遣るジーク、そしてリュカ達。

 間違いない。この男性は、自分の正体に気付いている……。

「トナン皇国第一皇子ジーク・レノヴィン。先の同国の内乱を経て事実上の新国王になった

シノ女皇代行の嫡男──。君達も見覚えはないかな? 気付いていなかったとしても、皇爵

家の一員に危害を加えたとなれば……この場で斬り捨てられても文句は言えないよ?」

 言って男性はちらと、ジークの腰元に目を落とした。乱闘の面々もつられて倣う。

 そこには勿論、彼の愛刀でありトナンの王器である護皇六華が差してある。

『ひっ……!』

 数秒のラグ。かの青年の剣がただの剣でないと理解した刹那、彼らの多くが腰を抜かして

その場に崩れ落ちた。

 まさか、男性の言葉の通り、本当に斬り殺されるとでも思ったのか?

 どれだけ自分は粗暴だと認識されているんだ……。ジークは掌を返したそんな反応につい

眉根を顰めてしまい──結果、その外面が彼らを更に萎縮させてしまう事態を招く。

「あ~……。コホン」

 こいつは弁明しておかないと駄目だな。ジークは心外なと思いながら、彼らに言った。

「そんなにビビるなよ。そもそも俺は巻き込まれたんじゃなくて、お前らを止めたくて割っ

て入ったんだぜ? 止めてくれりゃあ何もしねぇよ。つーか、思い通りにならないからって

相手を斬るほど分別がないつもりはねぇよ」

 終始ジト目ではあったが、正直な言葉であることは伝わったようだ。

 コクコクと頷き、サァッと溝を刻んだように分かれる若い技師や町の住人達とデモ隊。

 本当ならそこで“溝”を設けず、入り混じっても仲違いすることない姿を望むが……流石

にそれは高望みというものか。

「分かればよろしい。さぁ、行きなさい。皇子の温情に感謝することです」

 次の男性の一言で騒ぎは一気に霧散していった。

 デモ隊は町の人々の視界から逃げるように走り去り、乱闘に加わってた住民もそうでない

住民も、渋々といった様子でそれぞれの日常に戻っていく。

「ジーク!」

「お~い、大丈夫か? あんちゃ──あ、いや。皇子」

 そこでようやく、仲間達と先の中年技師が駆け寄ってきた。

 まだ周りからちらちらと見られているが……仕方ない。

 ジークは上着をサッと翻して振り返ると、打ち身すり傷をみてオロオロするマルタやオズ

に「大した事ねぇよ。平気平気」と苦笑してみせる。

「……で? 結局あんたは誰なんだよ?」

 だがそれも束の間、ジークは仲間達は先程から後ろに立っているあのワイシャツ姿の男性

に振り返ると、問い掛ける。

「まぁまぁ。親切なお兄さんでいいじゃないですか」

 男性はにわかにひそひそ声になりつつ、ジーク達に近付いてきた。しーっと人差し指を口

の前に立て、妙に爽やかなウィンクを一つ。

 ジーク達はそっと眉根を寄せた。互いに顔を見合わせた。

 少なくとも自分達に害を成さんとする相手ではなさそうだが……。

「……ま、一応礼を言っとく。助かったよ。欲を言えばああいう権力ちからは使いたくはなかった

んだけどさ……」

「そうですね。でも力がなくては正しさはただの飾りですよ? 力だけあってもただの暴力

にしかなりませんが」

 ジークは言った。それとなく自分の意思を、無力さを滲ませていた。

 男性も微笑んでいた。だが頷きつつも、その言葉は何処か冷めているようにも思える。

「……さてと」

 周囲の人々の眼をちらと一瞥し、男性はまた一歩とジーク達に近寄った。

 傍目からみればかねてより既知であるかのような距離感。ジーク達は思わず少し身構えか

けたが、次の一言で許容せざるを得なくなる。

「このまま留まっていればまた面倒事になります。一緒にこちらへ。……西方ここでの諍いに

一々首を突っ込んでいたら、キリがありませんよ?」

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