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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-1.廣きセカイの片隅で
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1-(1) 忌を狩る者達

 目の前には鬱蒼とした緑が広がっていた。

 人の手が満足に入っていない自然。そう言えば聞こえはいいが、多くの場合こうした場所

というのは“奴ら”にとっては身を隠す格好の棲み処になる。

 その日も、ジーク・レノヴィンは仲間達と共にそんなヒトと未開の境界線付近に佇みなが

らじっと待機をしていた。

 腰に下がっているのは愛用の三本の刀と、上着に隠すように差した三本の小刀。

 ばさつき伸びっ放しなその黒髪は彼自身の性格を覗かせるように紐で大雑把に後ろで括ら

れ、小さな尻尾のようになっている。

(シフォン達はまだか……?)

 じっと目を凝らして茂みの奥を見遣る。黒い瞳の中に未開の自然が映り込む。

 黒い瞳と髪。それは紛れもなく女傑族アマゾネスの血を受ける者の証でもある。

「団長、皆」

 ややあって茂みが揺れ、ストンと数名の人影が降りてきた。

 ジーク達が視線を向けると、そこには色白で尖り耳──妖精族エルフの青年と他数名の斥候役の

仲間達。

「確認してきたよ。グラスホッパーとアラクネーがそれぞれ二十体前後といった所かな」

「俺達には気付いてないみたいだな。てんでバラバラにうろついてる」

「今なら一気に畳み掛けられるんじゃないっすかね」

 このエルフの青年、シフォン・ユーティリアらはそう先遣の報告を口にする。

 腰元の柄にそっと手を掛けたジークと、他の仲間達は誰からともなくその視線を集団の中

のとある人物らに向けていた。

「そう……。ありがとう」

 その先、ジークら面々の中心にいたのは四人の男女。

 一人はこの集団のリーダーでもある涼しげな美貌の女性、イセルナ・カートン。

 一人は戦斧を握る猫系獣人族ビースト・レイスの大男、ダン・マーフィ。

 一人は一見して神父風の黒の礼装に身を包んだ薄眼鏡の男性、ハロルド・エルリッシュ。

 一人は長太刀を腰に下げた、ジークと同じ黒い瞳と髪の女性、ホウ・リンファ。

 彼女達、そしてシフォンを含めたこの五人こそが、ジークらこの場の面々が所属している

冒険者クラン「ブルートバード」の創立メンバーでもある。

 シフォンら遊撃隊の報告を受け、イセルナはそっと口元に手を当てた。

 サァっと緑の奥から風が吹き、彼女の羽織るマントがなびく。彼女はその数拍の間を置い

た後、クランの団長として宣言する。

「じゃあ、早速任務開始といきましょうか。皆、打ち合わせ通り配置に就いて」

『応ッ!』

 その言葉を合図に、面々は一斉に散開を始めた。

 ダン、リンファ率いる前線の斬り込み隊が中央と左右の三方面に分かれ、そのすぐ後ろに

イセルナ率いる主力隊が長方形に陣形を取る。遊撃隊と支援隊は更にその後ろだ。

「準備はできてるよな、ミア?」

「……うん。大丈夫」

 斬り込み隊の第一陣の中に収まったジークが、ゆっくりと腰を落として刀の柄に手を掛け

ながら顔見知りの猫系獣人の少女──ダンの一人娘でもあるミアに声を掛けた。

 両腕に装着した手甲の下でポキポキと拳を鳴らし、静かに彼女は応える。

 戦斧の柄でトントンと肩を叩く父・ダンも、ちらと背中越しにその様子を見遣っている。

「ハロルド、レナちゃん。結界を」

「えぇ。レナ、始めますよ」「は、はい……っ」

 隊伍を整えた面々を確認してから、イセルナは背後を──支援部隊を率いるハロルドと、

その傍らで緊張気味に立つ彼の養女むすめ・レナらに呼びかけた。

 養父の言葉に、ぴくんと羽毛のような耳と背中に生えた真っ白な翼が揺れる。

 鳥系の亜人種・鳥翼族ウィング・レイス。レナはその内の白鳥系に当たる少女だ。

 大きく深呼吸をしながら目を瞑り、胸の前に組まれた両手。

 ハロルドと支援隊の面々は彼女のその動きを合図に、一斉に呪文を唱え始める。

『穢れ許さぬ金霊よ。汝、輝く糸を以って囲いの籠を紡ぎ給え。我は穢れを纏いし彼らに健

やかなる浄化を与えんことを望む者……』

 魔導。それは今や世界中の人々にとって欠かせない二大技術体系の片輪である。

 奇蹟という名の現象を司る“精霊”達と、特殊な共通言語たる呪文と自身の魔力マナを以って

交渉し、その恩恵を借り受けるすべ

 それらは何も一般市民だけでなく、ジーク達のような冒険者にとっても様々な面で有益で

あることに変わりはない。

『盟約の下、我に示せ──聖浄の鳥籠セイクリッドフィールド

 一般人にはただの雑多な音声にしか聞こえない古代の言語。

 だが詠唱が完成した次の瞬間、ハロルド達の足元に人数分の金色の魔法陣が展開された。

 同時に金糸のような無数の輝く線が周囲に広がり、あっという間に面々を中心とした一帯

は文字通り金色の鳥籠ドームの中に包まれる。

『──ギギッ!?』

 驚いていたのは、茂みの向こうに思い思いに潜んでいたジーク達の“標的”だった。

 鋭い針のような脚で蠢く大人一人以上の大きさはあるバッタのような生き物。

 同じく上半身が褐色の肌をした女性で、下半身が蜘蛛のような生き物。

 それらはまさに「怪物」という姿に相応しい。

 魔獣。それは“瘴気”に当てられ怪物化した者達の総称である。

 マナの劣化は、本来世界に存在する者全てを精神の面から育む生命エネルギーというその

働きを、それとは真逆の方向──生の終焉へと導く毒素・瘴気へと変えてしまう。

 魔獣とはその中にあって死滅せず、狂気の中で怪物と化してまで生き延びた存在なのだ。

「今よ!」

 ドームが形成されたのを見計らい、イセルナが叫んだ。

 同時に堰を切ったようにジーク達は得物を引っ下げて茂みを飛び越えると、虚を衝かれて

いる魔獣の群れとへ突撃してゆく。

「ふっ──!」

 ジークに目掛けてグラスホッパーの刃のような脚が振り下ろされた。

 しかしその一撃は地面を抉るだけで、当のジークはその伸ばされた脚を伝い一気に跳躍、

空中で二刀を抜き放つと前傾のベクトルに任せてその甲殻の腹に斬撃を叩き込む。

 そして上がる断末魔。

 バッタ型の魔獣は文字通りの“三枚に下ろされ”て切り裂かれ、地面に倒れた。

「ジーク、突出するな。複数で囲んで確実に仕留めろ!」

「分かってますって!」

 本来、生半可な攻撃手段では魔獣は倒せない。いや……死なないのだ。

 元より瘴気という生を蝕む毒にすら耐えて生き延びた魔獣は、普通の生物に比べて圧倒的

なまでの不死性を誇る。その凶暴さもさる事ながら、多少の傷ならすぐに塞がってしまう。

 そこで有効な方法は二つ。

 一つは魔導による遠隔攻撃であり、もう一つは錬氣法マナ・コートと呼ばれる戦闘に特化したマナの制

御法である。

 普段は生体が呼吸するのと同じように、大気中と身体中を巡っているマナを意識的に配分

する事で魔獣の治癒力を上回る威力を、魔獣の破壊力を上回る耐性を獲得できうるのだ。

 その為、この錬氣法は冒険者──特に魔獣討伐や兵力供与といった依頼を主に受けている

所謂「傭兵畑」の者達にとって必須技能の一つとなっている。

「どっ……せいっ!」

 真っ先に飛び込んでいくジーク、それに続く仲間達。

 ダンは副団長として若い面々に熱くなり過ぎないよう注意を飛ばしつつ、自身の得物であ

る戦斧に握り締める掌からマナを伝わせて振り薙いだ。

 迫ろうとしたグラスホッパーの前方両脚と頭を、次いで身体を回転させながら二撃目で後

方の甲殻の身体を粉砕する。典型的な強化の錬氣法だ。

「……ちっ! 今度は俺らが囲まれてるぞ!?」

「退くな、押せ押せっ!」

 その背後では、リンファ隊の面々が個々では拙いと踏んだらしい魔獣らの集団攻勢に晒さ

れ始めていた。

 繰り出されるグラスホッパーの刃のような足先や、アラクネーの刃のような五指。

 それらを面々はマナを配分した得物と強化を施した肉体で何とかしのいでいる。

「……。皆、少し下がってくれ」

 それでも中央に立つリンファだけは冷静さを失っていなかった。

 凛とした一声を仲間達に掛け、自分の背後に退避させる。

 すると彼女は腰に下げた長太刀の柄をそっと握り、

「トナン流錬氣剣──」

 深く長い息をついて目を見開くと、

まどか!」

 繰り出すしたのは、目にも留まらぬ高速の抜刀。

 次の瞬間、マナを纏った斬撃が宙に孤を描くように飛び、襲い掛かってくる魔獣達がその

一太刀の下に斬り伏せられる。典型的な放出の錬氣法だ。

 数の上では、確かに「ブルートバード」総出の兵力の方が上ではある。

 しかし相手は一般の人間では太刀打ちできない魔獣の群れ。

 それ故、結界で力を抑え込まれているとはいえ、そんな彼らを軽々と薙ぎ倒すダンやリン

ファに、ジーク達クランの面々は素直な感嘆の声を漏らしてしまう。

「やるなぁ……。副団長もリンさんも相変わらず強」

 すると、ジークの背後で短い気合の声と共に強烈な打撃音が響いた。

 思わず振り返ると、そこには背後から迫っていたらしい首ごとへし折られて絶命した魔獣

と、その当の殴り飛ばしたらしいミアの姿。

 その拳には、錬氣で強化されたマナが淡い光として漂っている。

「……油断しちゃ、駄目」

「あ、あぁ……。悪ぃ、助かったよ」

 それはそれだけ高濃度のマナを拳に込めていたということ。

 感情の読み取れない淡々とした声色でこちらを向く彼女に、ジークは両手に二刀をぶら下

げたまま思わず苦笑いを浮かべる。

 そうしてリーダー達の武勇に奮起されるようにして。

 団員達は、荒削りながらも魔獣達を再び押し返し始めていた。

「ギギ……ッ!」「~♪」

「シャァァッ!」「ふっ……」

 そんな刻々と移り変わる戦況に注意を配りながら、団長・イセルナもまた魔獣達の猛攻の

中にあった。

 しかしそこに焦りの色は微塵もない。

 あくまで華麗に、まるで舞うように最小限の動きで魔獣の攻撃をかわし、マナを伝わせた

サーベルで受け流して体勢を崩させてからの一閃を、

「盟約の下、我に示せ──冷氷の風渦アイストーム

 駄目押しの魔導を撃ち込んで次々と魔獣側の兵力を削り取っていく。

 掌から拡がった青色の魔法陣。そこから生じた冷気は急速に放射され広がり、魔獣達はそ

の渦に揉まれて一挙に凍り付かされる。

「シフォン! ハロルド!」

 イセルナが叫ぶ。

 今度はそれを合図にシフォンら遊撃隊と、ハロルドら支援隊が攻撃の体勢に入る。

「散開っ!」

 その二度の彼女の号令で、それまで魔獣に押し迫っていたジーク達前線のメンバーが一斉

に距離を置いた。

 突然出来た、空間的余白。

「撃ち方、構え!」

『盟約の下、我に示せ──』

 そこにぽつねんと残される形になった魔獣の残党に向かって、

「てーっ!」

日輪の浄渦アジローレ!』

 シフォンの放った錬氣を纏った矢や遊撃隊の面々が放った銃弾、そして螺旋状に渦巻く光

撃の魔導が一挙に爆音と共に降り注ぐ。

 残党達から上がる断末魔。だがそれはややあって聞こえなくなった。

 急にしんとした周囲からゆっくりと晴れていく土埃。そこには討伐者らの攻撃を受けて遂

に全滅した魔獣達の屍が累々と横たわっている。

 やがて散開していた前線メンバーらは再び集まり直し、討伐漏れがないか──まだ息のあ

る魔獣が残っていないかを確認して回ってゆく。

「……悪ぃな。これも、俺達ヒトが安心して暮らしていく為なんだ」

 二刀をゆっくりと鞘に収めながら、ジークもまたそんな小声の言葉をこの忌み嫌われた怪

物達の末路へと投げ下ろす。

「団長、全滅確認しました!」

 そして団員の一人がそう、代表して報告の声を上げた。

 ジークも他の団員達も、ダンら幹部メンバーも、その一言に何処かフッと安堵の表情を漏

らす。構えていた得物も解いて心なしリラックスし始めた面々を見遣ると、イセルナは剣を

そっと鞘に収めてから言った。

「うん、任務完了ね。じゃあギルドに連絡して浄化班を呼んでちょうだい。浄化作業が済み

次第、撤退開始よ」

『了解!』

 それは討伐終了を告げる一言。

 その言葉にジークら団員達は皆、息ぴったりの返事で応えたのだった。

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