34-(5) 寄る辺ない灰の色
「う~ん……」
とある機巧技師が自身の店先で唸っていた。
向かい合っているのは、左肘から先と脇腹を損傷した機人・オズ。そんな二人をジーク達
四人は、先ほどから固唾を呑んで見守っている。
「……ど、どうですか?」
「直せそうか?」
勿論、こうして一行が足を運んでいるのはオズの修理を頼む為である。
しかしこの中年技師は、暫くオズの状態を検めた後、ふぅと深く溜め込んでいた息を吐き
出してからゆっくりと首を横に振る。
「悪いが、俺には手に負えないよ。損傷自体はそう重症って訳じゃあないんだが、こいつは
タイプ・オズワルド──ゴルガニア時代最後の型だろ? 合う部品がそもそも今は製造も
流通もしてねぇんだよ。旧式の部品を造れる個人か、それともこいつ自身をごっそり現在の
規格に弄り直すかしないと……。どちらにしても、俺達みたいなそこら辺の技師じゃあ難しい
と思うぜ?」
「……。そうか」
「う~ん、困りましたねえ。ここでも駄目ですか」
「まぁ、予想はしていたがな……」
ジーク達は互いに顔を見合わせた。
これでもう十数軒になるか。この町の技師らに診て貰えど、返ってくる返事は彼のような
お手上げ状態の表明ばかりだった。
彼ら曰く、ゴルガニア時代当時のキジンは今や“骨董品”クラスで、時折史跡などで発見
されても残骸であったり再起動不可能な場合が殆どであるという。故にオズのような、損傷
こそ抱えどヒトと意思疎通に支障ないレベルまで起動しているのは奇跡的なのだそうだ。
「スミマセン。手間ヲオ掛けシマシテ……」
「いやいや、構わねぇよ。こっちこそ、あんたみたいなのを目の当たりにできるのは貴重な
経験だからな。力になれなくって申し訳ない」
最初、オズ自身の自己紹介の時点でまさかとは思っていたが、修理の担い手探しは思った
以上に難航していたのである。
禿げかけた頭をポリポリと掻き、この技師の男性はぺこりと軽く頭を下げた。
いえいえ、こちらこそ。
オズとマルタ、そしてリュカが思わずそんな彼に謙遜で以って倣っている。
「あの。食い下がるようで申し訳ないのですが、他に心当たりはありませんか? もっと腕
が立つような技師の方とか……」
「ん~……。あんたらあちこち回ってるみたいだけど、ここで粘っても無理じゃないかね?
別にこの町に限った話じゃねぇけど、俺達みたいな零細の技師って基本工具とかのメンテ
で食ってる所があるからさ。もっと街の方──それこそ一から造る仕事をやってる技師を訪
ねた方が可能性は高いと思うんだよ」
「なるほど……」
「ふぅん? 要はピンキリってことか。技師も大変なんだなあ」
だが、これで何度目とも分からないリュカの問い掛けに、彼ははたと変化を帯びた回答を
示してくれた。
しかして、その言い方はどことなく自嘲気味で。
隣でジークが何気なくそう呟いていたが、リュカはお姉さんらしく眼でそれを窘めて黙ら
せると、この技師に「例えば、何処があるでしょう?」と言葉の続きを促す。
「そうだなあ……。大きな所はいくつかあるけど、やっぱ“鋼都”だろう。何たって機巧技術
の聖地だからな。腕のいい技師も大勢いるぜ?」
ジーク達は、誰からともなく互いの顔を見合わせていた。
鋼都ロレイラン。
赤の支樹に程近い場所に栄える、鋼鉄の都。
かつてはゴルガニア帝国の遺産として疎まれたものの、キジン達の戦後復興の助力、更に
はヴァルドーなど新たに生まれた国々がその技術の消滅を惜しみ、保存に努めたことによっ
て、現在は王都グランヴァールに次ぐ大都市となっている。
「……決まりだな」
「ええ」「ああ」「そ、それでオズさんを治せるなら」
次の瞬間には、全員一致で決まっていた。
一応ジークがオズ本人にも確認を取ったが、彼は頷き「皆サンノ御厚意ニ感謝シマス」と
慣れない様子でお辞儀のポーズ。くすっと、四人はそんな直向さに思わず笑顔になる。
「ありがとよ、おっさん。俺達行くよ、鋼都に」
「そうか。気ぃつけていけよ」
そうしてこの技師の男性に礼を言って手を振り別れ、一行は早速新たな目的地に向けて歩
み出そうとした。
ちょうど──そんな時だった。
『節度なき開発を中止しろ!』
『世界の破壊と開拓利権を、許すなー!』
聞き覚えのある、そう……つい先刻も目の当たりにした、反開拓派のデモ隊だった。
徒党を組みプラカード掲げ、彼らが町の通りを進んでいくのが遠巻きに見える。
鉱山であんな痛い目に遭ったばかりなのにと思ったが、おそらくはあの時とは違うグルー
プなのだろう。更に邪推してみるなら、むしろ鉱山で同志達が傷つけられたからこそ、余計に
反発しているのかもしれない。
「……ま~たあいつらか。兄ちゃん達、関わらない方がいいぜ。他のとこでもああいう連中
はいるんだろうが、何にせよ下手に関わり合いにならないのが一番だ」
そんな群列を見遣りながら、別れ際だったこの技師の男性は冷笑を込めて忠告してきた。
一行は暫し、町中を威示して回るこのデモ隊を眺める。
男性の言う通り、西方では──開拓派と保守派の争いが激しい故──こうした風景は日常
茶飯事なのだろう。彼だけでなく、店先や通りすがり、大半の人々はデモ隊の声に耳を貸す
こともなく、代わりに少なからず鬱陶しいと言わんばかりの冷たい目をして只々やり過ごそう
としている。
「……」
ジークはじっと、眉間に深い皺を寄せていた。
何故だ? 何故解らない? 解ろうとしない?
思いをぶつけることは、お前達が信じるほどそんなに“綺麗”ではないと、何故──。
「あぁもう、頭来た!」
「五月蝿いんだよてめぇら! 奇麗事ばっかり抜かしやがって!」
「技師に飯を食うな、死ねっていうのか!?」
「お前らこそ皆の足を引っ張る疫病神じゃねぇか! お前らこそ出ていけ!」
なのに溝は深く暗く、燃え上がる感情は鎮まることを知らない。
かねてより腹に据えかねていたのだろう。そんな喧伝をするデモ隊らの真正面・左右から
飛び出し罵声を浴びせ始めたのは、まだ年若い層の技師達だった。
無理もないのかもしれない。反開拓派の潔癖な主張は、世界の開拓という需給の中で生計
を立てる機巧技師らにとっては到底受け入れられないものなのだから。
「あ~……あの馬鹿ども。こりゃあ一悶着起きるぞ」
先の男性技師が顔に手を当てて呟いた通り、技師達とデモ隊はややあって罵詈雑言の応酬
から掴み合いの喧嘩へと発展していった。
騒然とするストリート。こうなると血の気の多い国民性は火に油を注ぎ続けてしまう。
最初はまだデモ隊の方が多かった人の数も、次々と加勢してくる──同じく彼ら反開拓派
の喧伝に苛立っていた技師や町の人々によってひっくり返され、半刻も待たずして状況は彼
らによる集団リンチへと変貌していった。
憎悪、無理解、暴力。
最初は多くが店先で知らぬ存ぜず・関わらずを貫いていた人々も、そんなどす黒い熱気に
呑まれる内、一人また一人とその逆襲を「いいぞ、やっちまえ!」と焚きつけ始める。
「……ちっ」
ギリギリと歯を噛み締めていたジークが動いた。
勿論リュカ達は彼が何をせんとするかを察して止めようとしたが、ジークは前方の暴力の
渦を睨んだままその手を振り解き、ずんずんと彼らの中へ向かっていく。
「おい止めろ! お互い頭を冷やせ。こんな事したって何も解決しねぇだろうが」
「うるせぇ黙ってろ! 若造が口出しするんな!」
「そうだ。つーかお前何モンだよ? こいつらの仲間か?」
「……そんなんじゃねぇよ。俺はただの──」
「ならすっ込んでろ! 余所者が出る幕じゃねぇ!」
「これは正義の闘いだ! 我々は決して開拓者達に屈しはしない!」
「……ッ!」
なのに、町の人々からもデモ隊からも、ジークは乱暴に突き飛ばされた。
よろめく身体。だがショックだったのは、彼らがこんなにも意固地になっていること。
それでもジークは止めようとした。こんなことは間違っていると思った。振り上げられる
拳や棍棒、プラカードにゴツゴツとぶつかりながらも、ジークは何とか両者の境目に割って
入りその衝突を止めようとする。
「違うだろ! こんな……こんな……ッ!!」
背後から仲間達がいいから止めろ、戻って来いと叫んでいるのが聞こえた。
傍観者でいようというのではない。自分が巻き添えを喰って傷付くことを心配しての言葉
だとは分かっている。
でも、ここで見て見ぬふりなんて……俺は……。
「──ああ、やっと見つけましたよ。こんな所にいたんですか」
ちょうど、そんな時だった。
ふとジーク達に、落ち着いたよく通る声が響いてきた。
一瞬面々の暴力が止まる。ぐらりとその中途半端な体勢に押されて、ジークがまた人ごみ
の中から弾き出されてよろめく。
(……。誰だ?)
少なくともジークが知っている人物ではなかった。
ばさついた茶髪に、鞄を小脇に抱えた白いワイシャツ姿の人族男性。
年格好は三十手前といったところか。またこれが地顔なのか、その表情は何とも底の知れ
ぬ線目な微笑を湛えている。
『……??』
また、少し離れた位置のリュカ達も同じく頭に疑問符を浮かべている。やはり彼に見覚え
はなさそうだった。
だがそれでも彼は微笑のまま彼女達を(いやオズを?)そっと一瞥し、何事かと固まって
いるジーク達の下へと近付いてくる。
「ほら、行きますよ? こんな所で道草を食っていたら帰りの鉄道に乗り遅れちゃいます」
呆気に取られたままのジーク、乱闘の面々。
そんな中で彼は変わらず悠然とした歩みでジークの前に立つと、そうにこやかにその手を
差し伸べてきたのだった。