34-(4) 機械仕掛けのココロ
その土地がどのような性質を備えるかは、影響圏内に在る魔流の質と量、及び定着状態の
如何に大きく左右される。特にそれらの中核たる世界樹と東西南北の四大支樹の場合は顕著だ。
“青の支樹”──水の力が強い東方では、豊富な水源に恵まれ、同時にそれら海洋や大河
が土地を分割するため各々の土地に独立独歩な気風を生む。
“赤の支樹”──火の力が強い西方では、鉱物を始めとした資源が数多く地中に眠り、
それらを狙い人々が山々を切り拓くため荒くれ者が多く集まる。
“緑の支樹”──地の力が強い南方では、肥沃な大地が広がり、緑豊かで一年を通して
穏やかな気候を恵まれている。故に人々も概して温和でマイペースだ。
“黄の支樹”──風の力が強い北方では、常に大質量の気流が渦巻くため気候の変動幅が
大きく、人々に恵みと試練の両方を与え、彼らを忍耐強くする。
そうした環境の差を考えても、かつてゴルガニア帝国が西方にその本拠を構えたのは必然
の成り行きだったのだろう。
機巧技術は大量の鉱物を必要とする。その為には西方──火の力を強く宿す基盤が生命線
であった。そして事実、帝国は大成させたこの物的技術を梃子に長い長い乱世を集結させ、
史上稀にみる巨大な統一国家を作り上げた。
結果的にその繁栄を推し進める強権は民の不満を買い、滅亡へと至らしめたが、かの国が
かつて成したこの“成果”は今日の世界にもしっかりと引き継がれている。
(……やっぱ、西方は随分と雰囲気が違うものなんだな)
グノア侯から遣られた兵らに送って貰い、ジーク達五人は一先ず鉱山地帯を下りた。
彼らと別れて足を踏み入れたのは、その鉱山を遠景に仰ぐ最寄の町。
そこで一行は暫く、この町を散策してみることにした。
すぐ山間の立地という事もあって、至る所で波打つ上り下りの坂道模様。そんな中ジーク
がぼんやりと思ったのは、ここが所謂「職人街」の性質を持っているらしいということ。
石畳で大雑把に舗装された道の左右には、たくさんの店が戸口を開き営業していた。
全てがそうではなかったが、見ればその多くは機巧技術関連の店舗であるようだ。北方に
いた頃も技師を見かけなかった訳ではなかったが、密度と数はその比ではない。
ヴァルドー国内でも地方とはいえ、やはり西方は、機巧技術の最前線──。
「……」
あちこちから聞こえる機材の音、舞う埃や煙、粗野ながら生き生きとした人々の声。
ジークは一人、ふっと静かに頬を緩ませていた。
確かにこの地の人々の気性は荒そうではある。だが自身、冒険者という身分で長らく暮ら
してきたこともあり、それが一概に悪しきものとは思わない。
むしろ好ましくさえあった。自分もかつて、経験を通して──クラン・ブルートバードと
いう集団の中で学んだ。
人が人と共にそこにあるのは、何も徒党を組んで威圧する為ではない。生き抜く為だ。
確かに世の中は少なからずクソッタレなのかもしれない。それでも……日々の、至近距離
の営みを放棄してまで闘争し、その未来をどうしようというのだろう?
どれだけ争っていても、必ず人々はそこへ戻る。戻る他ない。
だから……あんな風にただ憎きものを壊せばいいんだというのは、違うと思う……。
「──帝国ガ、滅ンダ……。アレカラ、千年……」
そうしていると、ぽつぽつとオズの呟きが聞こえてくる。
数歩先を行くジークは、そっと肩越しに仲間達を振り返った。
心なしかヨロヨロと歩いた末──落胆のあまり立ち止まってしまうオズ。そんな彼の左右
をマルタとリュカが、更に背後に目を細めたまま黙したサフレが囲っている。
「目覚めていきなりはショックでしょうけど、事実よ。帝国はもう無く、今は多数の国々が
世界を治めている。……でもね? 確かに国としてのゴルガニアは否定されたけど、見ての
通り機巧技術は今も魔導と並んで息づいている。今も私達の生活を支えてくれているの」
「そ、そうですよ! だからもう、戦争だの兵器だのって立場に拘らなくていいんです!
今じゃ被造人も機人も、ヒトと一緒に暮らしてるんですよ?」
リュカが端末に映した歴史資料を見せながら語っていた。マルタも落胆するオズを励ます
ようにぎゅっと胸の前で両手を握り、必死に“戦争は終わった”ことを説いている。
(……二人に任せて正解だったみたいだな)
ジークは内心そう安堵し、この鋼の生命を見つめていた。
一行は何も、ただ単に物珍しさで町をぶらついている訳ではない。
彼の、オズの為だ。
長い間眠っていたらしいとはいえ、あのまま千年前──ゴルガニア戦役(解放戦争)時代
の意識のままであることに、ジーク達は重苦しい申し訳なさを感じてならなかったからだ。
確かに今日も尚、争いは各地で絶えることはない。
それでもあの戦争はもう遠い昔の出来事だ。かつては戦争兵器として使役されるばかりで
あったキジン達も、今では人々と共に日々を生きている。
だから伝えたかった。解って欲しかった。
もういいんだと。お前はお前の望むように生きればいいんだと。
……とはいえ、自分には上手く伝えられるほどの学がない。だから彼女達二人にフォロー
を頼んだ訳だ。リュカ姉にはそれが存分にあるし、マルタも同じ“造られた者”という仲間
意識をみているように思われたので適任だろうと考えたのである。
「まぁさっきのように人々の争い自体が消えて無くなった訳ではないが……それでも戦役の
頃のような戦火ではないよ。君は、これからどうしたい?」
「……。私、ハ……」
半ばサフレに促される形で、オズはその茜色の灯の眼をまん丸に見開いていた。
ゆっくりと、辺りを見渡す機械の身体。その視界の中、戦役より千年後の町角には人々と
機人らが共に寄り添い、笑っている姿が散在している。
「……分カリマセン。私ハ一体、コレカラ如何スレバヨイノデショウ……?」
だが、やはりなのか、オズから漏れた言葉は困惑のそれだった。
長く兵器として生きてきた自分を、ものの数刻で一新するのは流石に無理があるか……。
ジーク達四人はそんな事を思い、心配を纏った顔色で互いを見合わせる。
「……。だったら、俺達と来るか?」
『えっ?』
「マス、ター……?」
すると少し黙り込んだ後、ジークがふとそう口を開いた。
小さく驚きを示す三人、そしてオズ。変わらず荒々しくも活気ある町並みを背景にするよ
うに、ジークはサッと肩越しから身を返した体勢になって向き直り、言う。
「これも何かの縁さ。俺達は西方の人間じゃねぇから、お前の持ってる知識もこの先役立つ
かもしれねえ。……それに、故障したままの奴を放ってはおけねぇよ」
ニカッと笑っていた。そっと控えめに風が通り過ぎ、その髪や上着を揺らす。
リュカら三人も、やがてつられるように苦笑を漏らしていた。
とはいえそれは決して否定的なニュアンスではない。むしろ「そう言うと思ったよ」とい
った、容認と安堵の気色。彼らもまた、期せずして出会ったこのキジンの行く末を案じる気
持ちは同じだったのである。
「ヨロシイノ、デスカ? コノママ貴方ヲマスタートシテモ……?」
「別に断る理由なんてねぇだろ? まぁ変に畏まられるのは好きじゃねぇが、お前らが主従
を大事にしてるのはマルタっていう例があるからなあ」
言われた当のマルタがコクコクと、何処か嬉しそうに頷いていた。一方でサフレは何処か
照れ臭そうにあらぬ方向を眺めながら、ゆっくりと立ち尽くすオズの横を通り過ぎていく。
「では当面は、彼を修理して貰える先を探すことになるのか」
「ああ。技師ならここにはごまんといるんだ。何とかなるだろ」
言って、ジーク達は再び歩き出していた。
戦役から約千年を経た町並みの中に、変容したヒトと造られたモノらが共存するセカイの
中に、彼らは徐々に紛れていく。
「お~い、オズ。行くぞ~」
一人立ち尽くしていたオズに向けて、ジークが再び呼び掛け手を振っていた。
リュカ、サフレ、マルタの三人も彼の傍に立ち、同じく「行こうよ」と眼を遣っている。
「……ハイ。マスター、皆サン」
ゆらゆらと機械の身体の中で茜色の双眸が揺れていた。とても眩しく……温かかった。
呼び掛けてくる新たな主、仲間達に応えると、オズはのしとその一歩を踏み出していく。
(──……結局、あの二人が出会ってしまった……)
時を前後し、町の執政館。
ジーク達を送り出したグノア侯は、一人自身に宛がわれた執務室で黙々と書類仕事をこな
していた。
カリカリッと、書類を走るペンの音。時折間を塞ぐように判子の音。
身体は官僚としての職務に浸る一方で、彼の思考の中でどんよりと纏わり付いてくるのは
先のファルケン王とジーク皇子一行の会談だった。
出会ってしまった二人。あの時皇子当人は陛下から伸ばされた手を取らなかったが、あの
方のことだ、いずれまた彼という人間が備える影響性を取り込むよう策を巡らせるだろう。
破天荒な王ではある。
しかし国力増進という「実績」を目に見える形で達成してきた指導者でもある。
ただ単に思うがままに生きているのではない。抱く信条を現実のものへと引っ張り出す、
その為のノウハウ──政治的実務能力・人身掌握術も、あの方はよく知っているのだから。
……だからこそ、不安なのだ。
このままではこの国、いや世界がより対立の火を激しくするばかりではないのか。
繁栄の為の犠牲? 人々が富を望むから? ……その果てに灰燼と為るかもしれぬのに。
(いや……。それよりも早く私の首が飛ぶ、か)
言及こそされたものの、陛下が私の“故意”を看破していなかったとは思えない。
転移トラブルによって飛ばされた先、そこにいる私という部下。かねてから一連の強靭策
に消極的な私に疑いの念を用意していたことは想像に難くない。
にも拘わらず、軽い口頭注意で済ませた理由。……それは、十中八九「結束」の為だ。
分かっていない筈はなかろう。私を始め、官民を問わず開拓推進に否定的な者が少なから
ず国内にいることぐらい。
それでもあの方は突き進む。一見してこの国が機巧技術の国──開拓に関し、さも一枚岩
であるかのように内外に印象付けようとする。
何故だ? 今日の対立が拭えぬ焔であることを分かっていて、何故その火の手を一層強く
する方向へと持っていこうとする?
(……潮時かもしれないな)
御前会議でいきなり斬首、などという処罰が下ると考えるのは些か極端に過ぎるかもしれ
ないが、少なくとも何かしらの意趣返しがあるとみておいて間違いはない。
妻と子らには──今の暮らしへの未練故に──反対されるだろうが、今回の滞在期間が終
われば、この国を出よう。これ以上望まぬ政の片棒を担ぐのはもう御免だ。
(──ん?)
そんな時だった。ふと考え事をするグノア侯の耳に、ゴトンッと鈍い物音が届いた。
女中が何か粗相でもしたか? 彼は最初そんな事を思ったが、直感は違うと告げている。
何よりも……館の中が妙に静かではないか。
黙ったまま懐に手を伸ばし、鍵の束を取り出す。そこから小さな鍵を一本握りデスクの引
き出しの一つを開場すると、そこには厚布の上に置かれた拳銃があった。
「……」
それを握り締め、引き金に指を引っ掛け、彼はそっと席から立ち上がる。
ゆっくりと扉の方へ、部屋の中央へと忍び足。思考の中で張り詰めていた猜疑心が、今度
はその身体と行動に伝播する。
「──ッ!?」
次の瞬間だった。まるで彼がそう動くのを待っていたかのように、突然四方を囲むように
黒い靄が噴き出したのだ。
瘴気……!? 視認と同時、グノア侯は咄嗟に袖口で口元を塞ぎ、身を硬くする。
すると、そんな靄の中から出現──いや転移してきたのは、
『……』
にたりと口角を吊り上げ彼を見据える、白衣と撫でつけ髪の“使徒”ルギスと、その量産
兵たる黒衣のオートマタ達で……。




