34-(3) 西方の破天王
思わぬ第三者の登場によって、悲劇寸前の暴動は最小限の被害を残して治められた。
すぐに手分けして、近隣の病院へと搬送される怪我人達。
それでも尚、デモ隊はファルケン王──この国、ひいては世界の開拓派らを牽引している
この王に詰め寄ろうとしたが、何よりも彼自身の向け返した眼光の前に怖気づき早々に退却
を余儀なくされることとなった。
安堵すべき、なのか……?
だが一方、騒ぎが治められていくのを眺めながら、ジークの胸中は複雑だった。
情動に突き動かされた人々。危うく失いそうになった沢山の生命。
その被害を押さえ込めたのは安堵に違いないのだろう。
しかし自分にはそれができず、彼らを止められず、ファルケン王には出来た。
それだけ自分には、願うような「力」が無いということなのか……。
「──遅くなってすまねぇな。風都から転移中にトラブルが起きたって報告は受けてたんだ
が、お前さんらの位置座標を追跡するのに思いの外時間を喰っちまって」
暴動処理が一段落し、ジーク達は鉱山内の一角にある詰め所に場所を移していた。
埃っぽい室内。同行の部下達があくせくと周りを綺麗にしようとしていたが、当のファル
ケン王はそういったことには気を留める様子はなく、どかっと椅子に腰掛けるとそう言って
先ずは介入の遅れを詫びてくる。
「いえ……。こっちこそわざわざ足を運んで貰って申し訳ないです」
つい気難しい表情。ジークは声色を内心を抑えながらそう畏まっていたが、ファルケン王
はフッと頬を緩めて笑っていた。
「まぁそんなにガチガチになってるなって。お前さんだって王族だろうよ。それに礼を言い
たいのは俺の方さ。うちの領民を守ってくれてありがとな。もう少し着くのが遅かったら、
どっちもがもっと血を流すことになっていた」
「……」
どうやら現ヴァルドー王とは中々の変わり者であるらしい。
王自ら紛争地に乗り込んできたことを始め、いくら公式の会談ではないにしてもサッパリ
と砕けた口調。加えてその言葉の中には、端から多少の“犠牲”は織り込み済みであったか
のようなニュアンスすら読み取れる。
「グノア。お前に言ってんだぞ? 俺が駆けつけたからよかったものの、まとめて吹き飛ば
して死なせてみろ。皇国とデカい外交問題を抱えることになる」
「……申し訳ありません。まさかジーク皇子がこちらに来ているとは思いもせず……。先日
の会議でグランヴァールにおられるとばかり……」
ついっと顔を向け、ファルケン王はこの場に同席していたグノア侯にそれとなく非難の言
葉を放っていた。
それに対し、グノア侯は心なし俯き加減で淡々と弁明。
リュカら仲間達は大人の対応と努めて表情を変えなかったが、ジークは「この嘘つきが」
と内心で再燃する憤りにくしゃっと顔を歪めてしまっている。
「……ま、そういうことにしておいてやる」
おそらくはファルケン王も気付いていたのだろう。ふんと小さく鼻で哂い、視線を彼から
再びジーク達へと移す。対するグノア侯も、静かにぎゅっと拳を握って俯いている。
嫌な感じだった。
これが政治家の本音と建前というものなのかもしれないが、少なくともこの型破りな王は
その内面までそっくりそのままという訳ではないらしい。
ちらと横目でグノア侯を一瞥しつつ、ジークはぼんやりとそんなことを思う。
「一応確認させて貰うぜ? トナン皇国第一皇子ジーク・レノヴィン、都市連合のフォン
テイン侯公子サフレ・フォンテイン、その従者で被造人のマルタ、竜族の魔導師リュカ・
ヴァレンティノ──で、さっきから気になってたんだが、そこのキジンは? 情報にはない
っぽいんだが……」
「ああ、そうッスね。俺達もこっちに来て偶々見つけたんで……」
心持ちばかり、ファルケン王が真面目な気色を纏ったような気がした。
話に入る前のワンクッション。一度メディアの前で大見得を切った経験から今更驚くこと
ではないが、彼──ひいてはヴァルドー王国は既に自分達の情報は収集済みらしい。
そんな中でフォンティンを知られていることにサフレは静かに眉間を寄せていたが、ジーク
自身、内乱後のトナン滞在中にこっそりアルスから聞き及んでいた素性だということもあって、
ここで敢えて直接反応することは避けておくことにする。
「私ハオズワルドRC70580、ゴルガニア帝国軍所属ノ汎用陸戦機兵デス。現在再起動
間モナイタメ、コノ方ヲ暫定ノマスタートシテ行動シテイマス」
「ほう……? オズワルド、ねえ……」
やはりというべきか、ファルケン王もこの場にオズが混じっていることは気になっていた
ようだ。付け加えて訊ねる彼に、オズは少々杓子定規な自己紹介をしている。
ジーク達──特にマルタが帝国滅亡を明るみにされないかとひやひやしたが、結局ファル
ケン王はそう一言呟いただけでそれ以上の言及はしなかった。むしろにやりと口角を上げて、
オズをジーク達をしげしげと眺めている。
何か思う所があるのか? ジーク達は頭に疑問符を浮かべていたが、その真意をここで知
ることはなかった。
「……さて。それじゃあ本題に入るとしますか」
組んだ脚の上に肘を乗せ、スッとファルケン王の眼が細く鋭くなる。
口調は砕けたまま、だが声色は最初よりもずっと真剣なものと為っていく。
「ジーク皇子とその同行者一行。我々ヴァルドー王国は貴公らの入国を歓迎する。かねてよ
り世界中で暴れ回っている結社“楽園の眼”及び反開拓過激派は、我々にとって共通の脅威
であり、敵だと考える。しからば我々はここに、貴公らとの共闘を提案したい。必要であれば
こちらから軍勢や物資などを供与しよう。その上で彼の者らに関して得られた情報を相互
共有したい。……どうだろうか?」
『…………』
暫くの間、ジーク達は驚きと戸惑いで立ち尽くしていた。
ヴァルドーと手を結ぶ? 共通の、敵?
リュカもサフレもマルタも、そしてオズも、四人が一様にジークを見ていた。加えてそん
な仲間達の向こう側では、半ば睨みに近い眼光でグノア侯もがこちらを見遣っている。
「……。悪いが、今すぐにあんたの手は取れない」
そしてどれだけの長考と沈黙が流れただろうか。
ジークは眉間に皺を寄せたまま、ゆっくりとファルケン王を見返すと、言った。
「俺達はただ、大切な人を取り返したいだけなんだ。好きこのんで戦いを起こすとか、そう
いうことじゃない」
違和感だった。
確かに自分達は現状“結社”と戦っている格好ではある。だがそんな状況は、自分が望ん
で起こしたことではない……筈だ。
ただ取り戻したかった。笑っていて欲しかった。
ただそれだけなのに、この王は今、平気でそんな多くの人々の願いであろう平穏を一緒に
荒々しく横切ろうと言ったのだ。
「まだ俺は……国も、人も、知らなさ過ぎる。俺達は、俺達の足で歩くよ」
仲間達が心なし目を見開いているようだった。グノア侯も安堵のような怪訝のような、何
とも断言し難い表情を浮かべている。発揮した冷静さへの驚きか、それとも一国の王の誘い
を断ったという畏れ多さか。
「……そうか。分かった」
だがそれでも、ファルケン王だけは相変わらず不敵な笑みを崩さなかった。
益々興味深い奴だ。まるでそう言いたげにそっと目を細め、きゅっと唇を結んだジークを
しげしげと見つめている。
「国の中がこうきな臭いもんでな、トナンの内乱ではすぐに手を貸してやれなかった。その
侘びも兼ねての提案だったんだが……。まぁいい、俺はいつでも待ってるぜ。存分に悩んで
考えればいいさ」
言ってファルケン王はもそっと椅子から立ち上がった。バサリとマントを翻し、傍に控え
ていた部下に紙とペンを用意させた。
さらさらっと走り書きされたのは何某かの文字や記号の羅列。
彼はそれをメモ紙よろしく千切り取ると、そのままジークに差し出して言う。
「俺個人の導話回線の番号だ。困った事があったら連絡して来い。力になるぜ?」
少し戸惑ったが、ジークは結局その勢いに押されて受け取っていた。メモに書かれた番号
へ一度目を落としてから、覗き込んでいた仲間達、中でも端末を所有するリュカへとそれを
預けることにする。
「グノア、皇子達を街まで送ってやれ。せめてそれぐらいはしねぇと面子がアレだろ?」
「……承知しました」
ファルケン王は扉に向かいながら、肩越しにそう最後に指示を飛ばした。
淡々と、無愛想ながらに低頭してみせるグノア侯。そんな臣下にやはり不敵な一瞥を残す
と、彼は「じゃあな。また会おう」と、部下と共にその場から立ち去っていく。
暫くの間、ジーク達はぼやっと立ち尽くしていた。
何だか嵐のように現れて、嵐のように去っていったな……。
風の噂では多少耳にしていた、型破りな王。結局自分達はほぼ終始、彼のペースに呑まれ
続けたのではないだろうか。
「……皇子ご一行」
そうしていると、ぽつとそれまで黙していたグノア侯がジーク達に呼び掛けてきた。
四人(いや五人)が振り返ったが、彼が丁寧なのは声色だけで、向けてくる眼はやはり暗
い陰のような凄みが宿り続けている。
「陛下からのご命令です。部下らに最寄の街まで送らせましょう。……それと、私から申し
上げるのは些か不謹慎ではございますが、この国、ひいて西方には気性の荒い人間が多数お
ります。道中、ゆめゆめ失念なさらぬよう……」
気遣いの弁だろうか。いや……これはおそらく、彼の中の鬱屈なのだろう。
ジーク達は不安や不審をそっと胸の内に押し込めると「はい。留意しておきます」と彼に
そう静かな礼を述べた。