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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-34.巧機なる地の千年紀(前編)
196/434

34-(2) 巌なる信仰

 聞こえてくる交戦の音を頼りに、ジーク達は洞窟の出口を目指した。

 リュカが点してくれる魔導の灯りの下、やたらに入り組みいくつもの空間に分けられた内

部を進む。その道中にも人の手が入れられた跡、種々の朽ちた機材が放置されており、加え

て(結局そのままついて来た)オズの「現在地ハ帝国軍ノ工廠デス」との返答もあって四人

の不安は更に強くなる。

「シカシ何故、ココマデニ設備ノ損傷ガ激シイノデショウ? 私ガ駆動シテイナイ間ニ敵襲

ヲ受ケテシマッタノデショウカ……?」

「……さてな。少なくとも俺達は知らねぇよ」

 やがて一行に本物の光が差してきた。

 にわかにホッとし、小走りになって脱出に至る。ざりっと踏みしめる粗い目の土の感触。

どうやら此処一帯は全体としては人の手が入っていない──街のように整備されてはいない

らしい。

 暫くジーク達は周囲を見渡し、そっと空を仰いでいた。

 今出てきた洞窟ばかりではない。少なくともこの周囲は岩肌の露出した崖や山ばかりのよ

うだった。先刻オズが工廠(の跡)と語ったように、足元には錆び付いたレールが断片的な

がらに残っているのも確認できる。

「ここは鉱山、なのか?」

「だろうな。元々西方赤の支樹イグ・ストリーム──火のマナの影響が強い地域だ。他よりも鉱資源が豊富

に在る。だからこそ機巧技術も隆盛を極めたんだ」

 時折吹き降ろしてくる風を受けながら、サフレは淡々と呟いていた。

 極めた。その言い方に思わずジークは眉を顰める。

 ふと顔を見合わせたリュカもきっと同じことを考えていたようで、二人はこっそりとぼん

やり空を、周囲の山々を見渡しているオズの横顔を窺う。

「……多数ノ生体反応、及ビ火薬反応ヲ確認。交戦状態トミラレマス」

「えっ?」

「私にも聞こえます。たくさんの人の足音がします。それにこれは……砲台の、車輪?」

 オズとマルタ、二人の造られた者達が件の交戦を気取ったのはそんな時だった。

「洞窟の中で聞こえた音ね。マルタちゃん、何処から聞こえるか分かる?」

「はい。えっと……大体、あっちの方」「北東方向デス」

「北東だな。よし、行ってみるか」

「……正直いきなり面倒事に巻き込まれたくはないが。仕方ないか」

 勘付かれてなくてよかった……。

 だがそんな安堵はすぐに消化されて立ち消え、ジーク達は次の瞬間には二人の指差す方向

を目指して駆け出していく。


 交戦の当事者達はすぐに見つかった。

 ぼこぼこと起伏の激しい地面や崖の合間を駆け抜けた先。

 そこでジーク達は、とある二者が対峙する、その現在進行形を目撃する事になった。

『──開発を中止しろ! 世界の破壊と開拓利権を許すなー!』

『──繰り返す! 関係者以外は立ち入り禁止だ! 違法な威示行為を続けるのなら、作業

員の安全の為にも君達を排除する!』

 一方は何やらプラカードを掲げて、シュプレヒコールを上げている市民の集団。

 もう一方はそんな彼らから鉱夫と思しき人々を遠ざけ、守るように剣や銃口を向けている

軍勢のようだった。

「……」

 ジーク達は互いに顔を見合わせ、少し離れた物陰からその様子を窺う。

 武装という面では勿論軍隊の方が勝っているが相手は市民、拡声器で立ち去るよう警告を

続けているものの手を焼いているという感じに見える。

 それでも市民の集団は退く様子がなかった。むしろシュプレヒコールは怒声の色を強め、

軍隊の背後に避難した作業員らを嫌悪・萎縮させている。

 軍隊からの威嚇射撃が空を撃った。山々に鋭い銃声がこだまし、消えていく。

 集団の前列に立つ、粗末な鉄板盾を並べた面々が下がるのと同時に、市民側が一度後退る

のが見えた。だがそれも数秒のこと。すぐに彼らは体勢を立て直し、再びじりじりっと前進

しながらこの軍隊と背後の鉱夫らに迫っていく。

「もしかしなくてもあれはデモ隊ね。叫んでいる内容からして反開拓派って所かしら」

「わざわざ前線にまで押しかけているのか……。随分とアクティブだな」

「……っ」

 ひそひそと仲間達が呟く。そんな中ジークは、胸糞悪さにギリッと歯を噛み締めていた。

 否応なく思い起こされるのは、あれと似たかつての光景だ。

 一つは皇国トナンにいた頃の、アズサ派とアカネ派の抗争のさま。もう一つは風都で直面した、

自分に対する巨大な──いくら悪意を以って仕組まれたものだったとはいえ──否を示す

メッセージ。

 意に沿わないからと蹂躙していい筈はない。

 しかしだからといって見て見ぬふりをしても事実は残り続ける。

 何故だ、何故そこまで分かり合えない? 何故だ、何故そこまで争おうとする?

 そんな時だ。市民側の一人が手製の何か──口に塗れた布を詰めた瓶を投擲した。

 放物線を描き、軍勢の足元に落下したそれ。

 瓶は簡易の手榴弾だった。衝撃を受けて爆ぜ、炎と破片が近くの兵士を襲う。

「この……っ!」

 あたかもそれが合図のようになった。

 我慢も限界だったのだろう。仲間が負傷したことに怒りを覚え、兵士の一人が瓶を投げた

この青年を撃ったのだ。

 銃声一発。幸い即死はしなかったようだが、弾を右肩にもろに受け、青年は鮮血を撒き散

らしながら倒れ込む。

 即座に上がる怒声、相手への批難。飛び交う罵声。

 理性の鍍金メッキが剥がれていく、そんな音が聞こえるような気がした。

 実害が出たことにより「排除開始!」と将校が指示を飛ばしたのが風に乗って聞こえた。

末端の兵士達もそれによってタガが外れたのか、それまで空中に威嚇目的でしか放たなかっ

た銃撃を一斉に市民達に向け始める。

 一人また一人と、市民が凶弾に倒れていく。そして更に怒りで理性を投げ棄ててゆく。

「やーめーろォォォ──ッ!!」

 そして次の瞬間、ジークは一人物陰から飛び出していた。

 待ちなさい、ジーク!

 だがリュカら仲間達の制止も聞かず、彼はぐんと地面を蹴り、犠牲者が増えてゆく市民ら

の前へ猛然と躍り出る。

 擬似的スローモーション。視界に映る多数の弾丸。飛び出した半身を返し、ジークは懐か

ら六華の一つ・緑柳を抜き放ち、解放する。

『……!?』

 市民達、そして兵士達が驚きで目を見開いていた。

 次の瞬間自分たちの目の前に在ったのは、突然現れた少年とその短刀を基点に広がる透き

通った翠色の結界。

 弾丸は全てそれらに防がれ、威力を失って地面に転がっていた。だが当のジークはぶすり

とした表情かおを変えることなく、肩越しに背後の市民らに叫ぶ。

「もう止めるんだ! 早く逃げろ!」

 いきなりの事態の連続に、驚愕のまま数拍。

 ……だが、次第に我に返った彼らの反応は思いもよらぬものだった。

「なっ……何言ってんだ!」

「このまま開拓派どもに背を向けろっていうのか!」

「仲間が撃たれたんだぞ!? 負けたまま終われるか!」

「馬鹿野郎、死んだら元も子もねぇだろうがッ! そんな簡単に暴力を使うんじゃねえ!」

 プツン。刹那、ジークはそんな彼らすら竦むほどの怒号で叫び返していた。

 大馬鹿野郎だ……何も分かっちゃいない。そうやって手前の“正しさ”を押し付けたのが

皇国内乱あのたたかいの正体だと、お前らは学ばなかったのか……?

「ジーク!」

「だ、大丈夫ですか~!?」「防御系魔導ヲ確認。マスターニ負傷ナシ」

「全く。相変わらず世話の焼ける……」

 気圧されて大きく後退るデモ隊たち。

 そんな鬼のような剣幕のジークに、ようやく仲間達が慌てて駆け付けてくる。

「──な、何が起きたんだ?」

「わ、分かりません。魔導反応が検出されていますので障壁か何かを張ったものかと……」

 一方で兵士達も狼狽していた。

 前線から少し離れた、基幹部隊の乗る鋼車。そこに乗った将校が手で庇を作りながら今し

方起こった出来事に目を細めている。

 応えるのは車内で観測機材を見ている技術兵らだ。戸惑っている点では彼らも変わらず、

ただ画面に表示されるデータを元に今起こったものがいつもとは様子の違うものではないか

との推測を伝える。

「という事は奴らの中に魔導師が? いつもの暴徒ではないというのか? と、とりあえず

一旦攻撃を停──」

「構わん、潰せ。おそらく奴らの援軍だろう」

 だがそんな将校の出そうとした指示を遮る者があった。

 通信装置に伸ばされた手をパシリと止め、ちょうど入り込もうとしていた女性──リュカ

の音声を電源ごと切ってしまう。

「ぐ、グノア卿!?」

「まさか。御身自ら……?」

「……手こずっていると聞いたのでな」

 その者は、軍服を上着だけ羽織った厳つい顔の中年男性だった。

 セルジュ・グノア。此処ヴァルドー王国の諸候の一つグノア侯爵であり、現在は開拓派と

保守派の対立が続く地域の一つであるこの地に派遣されている。

 グノア侯は淡々と応えながら、攻撃を続けるよう指示した。

 逡巡をみせた将校。だが公の有無を言わせぬ睨みの前に、ややあって彼は部下達に追加の

攻撃を命令する。


『来るなら来いよ、ジーク・レノヴィン。お前はきっと……このクソったれな世界を変える

起爆剤クスリになる』


 グノア侯は思い出していた。あの日、自分達諸候列席の中、ファルケン王が呟いた言葉。

 以前から破天荒な王であることは重々知っている、分かっているつもりだった。

 だが……それと自分が「理解」を示せるのかは、また別問題であるとも思う。

 王曰く、あの皇子が膠着した世界を変えるという。

 しかし自分にはそうは思えない。これ以上戦火を拡げ続けて──よりにもよって他国の王

族までも巻き込んで、一体貴方は如何な世界を成そうというのか?

「……」

 不安しかなかった。嘆きしか積もらなかった。

 台車に載せられた大砲がゴロゴロと自分達の左右を通り過ぎていく。兵士達が砲弾を装填

し、砲撃の準備を始めている。

(いっそ、このまま不慮の事故として葬ってしまえば……)

 グノア侯は厳つい顔を更に険しくして、眉間に深い深い皺を寄せた。

 さっと片手を身体の前で払い、合図。

 ずらりと並べられた大砲が、静かに鈍色を反射させて口を開ける。

「──ぐぅ……っ!!」

 銃撃が続いていた。ジークはそれでもじっと、歯を食い縛って緑柳の結界を維持し続け、

後ろにいる人々を守ろうとする。

「畜生! あいつら、マジで殺りにきてやがる!」

「な、何で? 何でなんですか!? ジークさんだって分からないんでしょうか?」

「さてな……。奥の連中はともかく、前列の兵ならジークの顔を視認できている筈だが」

 結界が銃弾を何度も何度も弾いていた。その間に仲間達は(ジークの怒号で)怯えてしま

ったデモ隊の面々を説得し、何とかこの場から撤退させようとしている。

「……おかしいわ。向こうの回線に入り込んで呼びかけようとしたのだけど、寸前で切られ

ちゃった……」

「は? つーことはアレか? 連中は俺達のことを分かってて攻撃を止めないのか?」

「……そう考えるのが、自然でしょうね」

 一方で、端末から何とか軍勢に停戦のメッセージを送ろうとしてたリュカもまた、不可解

な拒絶に遭っていた。

 だんだん辛くなってきたのか、呼吸が荒くなりながらジークが半ば苛立ちと共に問い返し

てくる。リュカは神妙な顔つきのまま小さく頷いていた。

 何故……? 仲間達の表情に困惑の色が滲む。

(!? あれは……)

 そして更に、状況は悪化しようとしていた。

 必死に結界を張り続ける、その視界の向こう。何と軍の連中はこちらに向けて大砲を用意

し始めたではないか。

 明らかにこのままデモ隊もろとも撃ち殺す気だ……。

 ジーク達の表情に、じわっと緊張と憤りが奔る。

 オズも事態の緊急性を認識したらしく「マスターヘノ敵意ヲ確認。迎撃準備」とその右腕

を彼らに向けようとしている。

『──そこまでだ。てめぇら!』

 だが、そんな時だった。

 突然頭上から降って来たのは、大音響の声と加速度的に増していく機械音。

 ジーク達は勿論、兵士達も思わず攻撃の手を止め、一斉に何事だと天を仰ぐ。

 そこには……鉱山の合間を縫ってこちらに向かって下降してくる小型の飛行艇があった。

 まだ結構な高度がある。にも拘わらず、機内ではその引き扉を開けっ放しにして、一人の

男性が一同を不敵な笑みで見下ろしているではないか。

「……陛、下」

 ぽつりと、グノア侯が目を丸く何処か怯えるように呟いたのを切欠に、そこでジーク達は

ようやくこの人物の正体に気付き、驚くことになった。

 西方の盟主・ヴァルドー王国現国王、ファルケン・デュセムバッハ・ヴァルドー。

 ツンツン頭の茶髪と額に巻いた紺の鉢巻、さり気ない刺繍を施した、首元と裾にもふもふ

が付いたマント。先程の一声で使ったとみられる拡声器を肩に担ぎ、彼はにまりとその口角

を吊り上げている。

(あれが、ヴァルドーの王……)

 ゆらゆらと、翠色の結界と散在する硝煙が辺りを覆っていた。

 彼を見て、何か具体的なビジョンが浮かんだ……という訳ではない。

 だがジークは、この西方での旅もまた平穏無事にはいかないのだろうという確信めいた直

感を、この時その胸奥に感じ取っていたのだった。

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