34-(1) 鋼の遺児
「──ッ、ぁ……っ!?」
悪夢を振り払い逃げるようにして、ジークはようやく覚醒をみた。
意識の中から駆け出し、跳ね起きた身体。
気付けば額や背中から嫌な汗が大量に噴き出していた。じわりと肌着に染みる水気。同時
に背中や脚、地面に直接接していた部分からキンと冷やっこさが伝わってくる。
「ジ、ジーク……?」
「大丈夫ですか? 何だか魘されていたみたいですけど……」
そんな自分の動きに、リュカとマルタが心持ち驚いた声を漏らしていた。
二人の顔が近い。多分、意識の飛んでいた自分を看てくれていたのだろう。
身体も霞んでいない、半透明になっていない。こっそり腰に懐に手を伸ばしてみても六華
はちゃんと差されている。
「……ああ。何ともねぇよ。お前らこそ何ともないか?」
「はい。おかげさまで何とか……」
だからジークは、それとなく無事をアピールしてみせた。
ぐるぐると肩を回し、大きく深呼吸。ざっと確かめてみる限り、何処か身体に異常を来た
している訳でもなさそうだ。
「本当に何ともない? 転移直前、六華の様子がおかしくなっていたじゃない。あんなに魘
されていたのも、それと何か関係があるんじゃないの?」
だが、一方でリュカはまだ警戒心──怪訝を持ったままのようだった。
流石はリュカ姉、鋭いな……。
そうジークは思ったが結局夢の中でみたことは話さず、その場はただ苦笑いを返して茶を
濁すだけだった。
彼女に言われてようやくまさかと思ったが、あれは六華が見せた景色だったのだろうか?
そういえば一番最初に六華を使った時も、奇妙な景色と出会いをしたんだっけ……。
しかしジークは、そんな推測を一旦放棄した。
自分は魔導に関して素人だ。リュカ姉の言うように六華があの時の異変の原因なら、自分
だけで決め付けてしまうべきではない。……何より、訳も分からぬまま見せられた“幻”に
踊らされるがままというのも個人的には癪である。
目の前の餌を鵜呑みにするほど、自分は馬鹿ではないと思いたい。
「やっと目が覚めたみたいだな」
すると向こう側からサフレがひょこっと顔を出してきた。
薄暗い土と岩のでこぼこの上をとんとんと跳び、彼はそう言いながらジーク達の下に近付
いてくる。
「あ。マスター、お帰りなさ~い」
「それで……どうだった? 向こうの様子は」
「大した変化はありませんでした。似たような洞窟が広がっているばかりです」
どうやら自分を二人に任せて、辺りの状況を調べに行っていたらしい。
リュカが一応といった感じで問うてくる言葉に、彼は小さく首を横に振ると、相変わらず
薄暗いこの場──何処かの洞窟の天井をぼやっと見上げて答える。
「ただ見ている限り、どうやらここは完全な天然の洞窟……という訳ではないようですね。
規則正しく掘削された跡、錆びたり壊れたまま埋もれた機材──ずっと以前、誰かがここを
利用していた痕跡があります」
「……。ホントだ」
確かに辺りを見渡してみると、サフレの言うような痕跡はあちこちと確認できた。
明らかな人工物らの朽ちた成れの果て。使われていた時分から随分と歳月が経っているら
しいが、もしかするとここは昔何かの施設だったのかもしれない。
「一体ここは何処なんだ? どう見ても王都じゃねぇよな?」
「ええ。私達も目が覚めてから調べたのだけど……一応はヴァルドー領内よ。座標を照会す
る限り王都から南南西に百六十大往(=約百六十キロメートル)。十中八九、あの時転移先
が狂ったんでしょうね。でもこうして皆五体満足なんだから、まだ運が良かった方だと思う
べきなんでしょうけれど」
「……ぬぅ」
携行端末を片手に、もう片手の指先に魔導で灯りを点して、リュカは言う。
ジーク達は(目的地とは違う故)不本意ながらも諾と頷く他なかった。
空間転移──空門の魔導は特に扱いが難しい。だからこそ専用の装置まで造られ利用され
ている。彼女の言う通り、アクシデントに見舞われたにも拘わらず無事だったことには素直
に感謝しなければならないのかもしれない。
「にしたって離れ過ぎだろ……。さっさとここから出ようぜ? とりあえず人里に出ない事
には埒が明かな──ぎょわっ!?」
しかしふるふると首を振って立ち上がり、歩き出し始めた次の瞬間、ジークは何かに足を
取られて盛大にずっこけた。もうっと土煙が巻き上がり、仲間達が「大丈夫!?」と灯りを
向けながら近付く。
「痛つつ……。何だよ? 足元に何か──」
全くの無警戒で顔面から打ち付けてしまった。
少しばかり涙目になりつつもジークは起こしたが、ふいっと目を凝らして自分を転ばせた
ものの正体を見た時、彼も仲間達も思わず言葉を失う。
それは機械だった。
歳月の流れか、土の埋もれて全体がすぐには見えなかったが、ややあって四人はそれが大
きな人型をした機械人形であることに気付く。
「機人さん……」
マルタが呟く正体。四人は暫しその姿を見遣っていた。
彼女のような被造人が魔導による生命体ならば、機人は機巧技術による生命体である。
見る限りこのキジンは左腕の肘から先と脇腹を失い損傷しているものの、全身が黒紺色の
機械装甲で覆われた、所謂サイボーグ型のようだ。
つまり、兵器としての能力を重視して作られたタイプで……。
「なんだよ。驚かせやがって」
何の気なしだったのだろう。ジークはふぅと息をついた後、コツンとこの朽ちたキジンの
頭を軽く叩いて呟いていた。
しかし──変化はまるでそれを切欠にして起こり始めた。
次の瞬間、ブンッという鈍い音がこのキジンの内部で響いたかと思うと、突然それまで沈
黙していた顔面装甲の奥で丸い茜色の光──双眸が点灯したのである。
「ちょっとジーク、何をしたの!?」
「えっ? い、いや、俺は別に……」
仲間達がリュカが慌てて言うが、一番焦っていたのはジーク当人だった。
だがその間もこのキジンの内部では何かが始まっている。
次々に処理されていく起動シークエンス。
「──……」
やがて機械的なそれらはフッと静かに遠退き、次にジーク達が目の当たりにしたのは、明
らかにじっとこちらを見つめ始めている彼(?)だった。
「あ~……、お前埋もれてるけど大丈夫か? つーか何でこんなとこに?」
おいどうするんだよ。
仲間達からジト目で見られた事もあり、代表してジークが話しかけてみることとなった。
おずおずと気持ち片手を上げて「よう」と成る丈フランクに。するとこのキジンはもぞり
と土に埋もれていた身体を起こすと、損傷した腕や脇腹を見つめてから答える。
「基本駆動ニオイテ支障ハアリマセン。私ハ『オズワルドRC70580』、ゴルガニア帝
国軍所属ノ汎用陸戦機兵デス。状況カラ推察スルニ、貴方ガ本シークエンスノマスターダト
イウ認識デ宜しいノデショウカ?」
「あ? マスター?」
「えっと……。きっとこのキジンさんは、自分を起こしてくれたジークさんが自分のご主人
様なのかって訊いてるんだと思います。小鳥さんの刷り込みみたいなものですね」
「はあ……」
同じ作られた存在として解る部分があるのだろうか、片眉を上げるジークにマルタがそう
補足を挟んでくれた。
こんな馬鹿でかい鳥がいるかよ……。
ジークはそう思ったが、(身長差からどうしても)見下ろしてくるこのキジンの眼を見て
いると何だか円らだなとも思えてくる。
「まぁ、起こしちまったのは確かに俺だよ。ええっと、オズワル──あ~……長いな。おい
お前、その名前長いから“オズ”でいいか? 多分だがさっきの言い方は型番なんだろ?」
茜色の眼のランプがぱちくりと瞬かれていた。
言葉が通じていない、という訳ではない。何故という出力が彼の内で成されていたのだ。
「……。マスターガソウ仰ラレルノナラ」
それでも彼・オズは淡々と承諾の言葉を返した。それにジークはうむと頷いている。
何だか成り行きで一人増えてしまった……。サフレはジト目のままポリポリと頬を掻き、
隣のマルタは何だか嬉しそう。一方でリュカは「帝国軍……やっぱり……?」と彼らを眺め
ながら、口元に手を当て何やらぶつぶつと呟いている。
「ソレデ、現在ノ帝国暦は何時デショウ? 反乱軍トノ戦況ハ如何ナッテイマスカ?」
『えっ……?』
だが次の瞬間、オズがごく自然に訊ねてきた言葉にジーク達は息を呑んだ。
彼自身が語った、ゴルガニア帝国軍の機兵だという名乗り。
彼ら機人が生み出された経緯──帝国が機巧技術を梃子に、キジンという兵器たる金属
生命体を用いて当時の乱世を勝ち抜き、そして解放軍との戦争の末に滅んだ歴史。
止まっている。
彼の中の意識・記憶・時間は、一千年前の大戦の頃から止まっている……。
「……あのな。オズ」
お互いに気まずく顔を見合わせ、ジーク達は語ろうとする。
もう大戦はずっと昔に終わったんだ。もう帝国も存在しない。もう戦わなくていい。今は
お前達はヒトの中で一緒に生きている。
そう、現在を語って聞かせようとしたのだが。
『──ッ!?』
何処からともなく轟音が響いてきた。
おそらくは砲撃。やや遅れて散発的な銃声。パラパラと洞窟の天井の方々から砂が零れ落
ちたが、どうやらこの騒音の現場はここから離れた場所であるらしい。
「……戦闘音。敵襲ノ可能性アリ」
「何でもかんでも“敵”って言うな。実際に見てみないことには分かんねぇよ」
逸早くオズが反応していた。相変わらず淡々としているが、間違いなくその発した言葉は
兵器としての性質を色濃く示している。
ジークは彼に気取られぬよう、少しばかり顔を逸らして言い返していた。仲間達も明確な
言葉にこそしなかったが、一様に首肯して身構えている。
「何処かに外へ通じる道がある筈だ。探すぞ」