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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-34.巧機なる地の千年紀(前編)
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34-(0) 汝らが選びし道

 世界が粗いノイズに打ち付けられるように何度も何度も乱れていた。

 ジークが次に気付いた時、視界一面に広がる世界は何処か色褪せたような、自分という存

在だけを遠くに置き去りにしているような、そんなセピア調の色彩を帯びていた。 

(……?)

 怪訝に眉を顰める。

 五感へ訴えかけてくるのは確かに臨場感だ。

 なのに……視線を落としてみた自分の掌、いや身体全体がぼんやりと霞んでいるのは何故

なのだろう? 半ば透き通ってさえいるのは、何故なのだろう?

 少し離れた眼前に、たくさんの連結されたテーブルが並んでいた。

 そして更にそれらを囲んで多くの人々が座り、或いは後ろで立ち見状態になっている。

 静かに目を凝らす。

 彼らは皆、ローブ姿に杖──魔導師と思しき格好をしていた。

『開放すべきです。この独占的な構造が続けば我々全体への信頼は失墜するばかりだ。魔導

とはヒトとセカイを結ぶもの。閉じ込めるなど本来あってはならない筈です!』

『愚かな……。魔導とて力ぞ? 正しき理を知らぬ、知ろうともせぬ凡俗どもに扱わせては

摂理が侵されるだけ……それこそ本末転倒ではないか。所詮利益が欲しいだけであろう?』

『そんなことはない! 我々は人々の幸福の為を思っているのだ!』

『貴方達こそ、今の利権を手放したくないだけではないか!』

『言葉を慎め下郎! 己が我欲ごうを棚に上げて我らを愚弄するかっ!?』

 どうやら、彼は延々と何かを話し合っているらしい。

 だがその実情は最早喧々囂々──「議論」と呼べるほど冷静・理知的ではなくなっている

ように思えた。

 席に着いていた者すら多くがガタッと立ち上がり、互いに売り言葉に買い言葉の様相。

 そんな歪な白熱ぶりに、立ち見している者達も次々に割って入っては相手方を批難し合っ

ている。そんな有り様。

 ジークが先ず覚えたのは、焼け付くような胸糞悪さだった。

 いかに自分という人間が正しさや理性、良識を標榜しているとポーズしていても、実の所

はより情動的な部分で動いている、その矛盾を認めようとしない偽りさ。……いやそれ以上

に思いは伝わらず、只々空回りして傷を掘り深めることへの落胆のようなものか。

『──! ──!』

 それに、気のせいだろうか。

 先程から延々と口論している彼らの髪が、どんどん黒みがかった銀色、白みがかった銀色

に変色してゆくように見えて──。


(……。あれ?)

 はたと気付くと、景色が変わっていた。

 瞬きをした、その僅かな暗転の瞬間に何が起きたのか。

 ジークはもう一度、相変わらず霞み半透明な自分の掌に目を落としてから、ざっと周りを

見渡してみる。

 そこは先程のような会議室ではなかった。

 言うなれば工場──作業場のような内装か。だだっ広い空間に等間隔に並べられた作業台

と道具一式。それら一つ一つに、鍛冶師らしき職人と数名の魔導師がセットで着いている。

 彼らは黙々と作業をしているようだった。

 門外漢なので詳しくは分からないが、不思議な光沢を持つ金属を熱し、職人が鎚で叩いて

鍛えながら魔導師らが掌から靄のような何か──おそらく魔力マナ──を注いでいる。

 徐々に形になっていくのは剣や槍といった武具、或いは指輪などのアクセサリー類。

(これってもしかして……)

 再び辺りを見渡し、確認する。

 一心不乱に製造を続ける職人や魔導師らの並び立つこの場にあって、一方でそんな彼らに

何かを届けている者達がいたのだ。

 その抱えた箱に詰まっていたのは、宝玉。

 ジークにも見覚えがあった。

 間違いない。これは魔導具の製造現場ではなかろうか?

 実際、届けられた宝玉を嵌め込む作業を経て、彼らは次々に作り出した武具・装飾品──

魔導具を完成させていく。

 ああやって作られるのか……。フッとそんな感慨を抱き、ジークは何気なく普段得物を、

六華を下げている腰に手を遣っていた。

 だが──手は空を切る。

 見てみれば、腰に六華は差さっていなかった。まさかと思って懐に差してある脇差三本の

方も確かめてみたが、やはりその姿はない。

(……?)

 眉根を顰め、そうだったと思い出す。

 そうだ。自分は転移の直前で六華が啼いていることに気付いて……。

「──ッ!?」

 その瞬間だった。ぞわりと、全身を蝕むような猛烈な悪寒がジークを襲った。

 帯刀していた筈の腰から視線を顔を上げて、再び近くて遠い作業場の光景を見る。

 一層、人々が遠くに色褪せているように思えた。

 代わりに、存在感を増して訴えかけてくるのは……宝玉達。

 気のせい? いや確かに感じる。視界一杯に宝石一つ一つから濃い靄が上がっていた。

 赤、黄、緑、青、紫、白、黒──様々な色彩が静かに揺らぎ、蠢き、ジークにはそれらが

まるで無数の人影を成しているかのように感じられる。

 いや……ように、ではない。

 見ていた。その無数のオーラ状の人影の全てがこちらを見ていた。

 靄の中で薄暗く窪み、中央に深い深い光を宿す瞳。


“──そうだ。これがお前達ヒトの歩んできた道だ”

 

 そして脳髄へ直接流れ込んでくるような、大量に共鳴された重苦しい声。

 ジークは思わず動揺で目を見開き、漠然としかし巨大な畏怖に気圧され大きく後退る。

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