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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-33.善意と悪意の環状奔流(ループメント)
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33-(6) 越えて往くから

 風都になだれ込んだ災いは、かくして一先ず立ち消えていった。

 しかし市民達の動揺はそう簡単に収まる筈もなく、守備隊とデモ隊──及び一時街に入っ

ていたサムトリア軍とが衝突・交錯した剣呑さの残滓は事件から数日が経った今も尚、街の

あちこちに漂っているように感じられる。

 出発の準備が整うまでの間、ジーク達は再びセロの館に滞在することとなった。

 とはいえ、もうその扱いは軟禁ではない。

 彼の部下達がいざという時の対応の為にこっそりと付いて来る状態ではあったが、自分達

で街中に出て旅荷を補充することもできたし、デモの黒幕とその顛末、これから西方に向か

うことになったという旨もアルスやクランの皆、シノ達にしっかりと導話で伝えてある。

「転送装置の全起動フェイズ、動作を確認しました」

「うむ。ご苦労」

 旅立ちの朝、ジーク達は風都内にある導きの塔にいた。

 これまで見てきたそれよりも一回り以上大きく、豪奢な巨塔。曰く導きの“大”塔。

 世界樹ユグドラシィルに最も近い街であるが故の、特別な存在感を示すということなのだろうか。

 衛門族ガディアの官吏らが塔内部の魔法陣、その周囲に配置された転移装置の起動を確認して報告

すると、モルモレッドはそう短く峻厳な応答を返す。

「……準備は出来たぞ。往くか?」

「ああ。あんたもさっさと出て行って欲しいんだろう?」

 彼が振り向いて確認してきた言葉に、ジークは皮肉交じりに応えてみせた。

 ふん、とモルモレッドは眉間に皺を寄せて哂う。

 デモの一件を収めてみせたことで多少態度は軟化したように思われるが、それでも基本的

に自分達への「疫病神」扱いは変わっていない。たが自分達がこの街にいる──先日の一件

でその情報を得たマスコミの取材攻勢を阻んでくれている、その点は感謝しておかないとい

けないだろう。

(いよいよか……)

 リュカ、サフレ、マルタ。仲間達を伴って、ジークは転移の魔法陣へと歩いていった。

 既にマナが充填され始めているらしく、円形の外周からは順に藍の光が漏れ始めている。

 面々が見守る中、四人はその中央に並んだ。

「気を付けなよ? 西方あっちは特にきな臭いからね」

 それまで悠々とし黙していたセロが言った。

 一行が向かう先は、西方の盟主・ヴァルドー王国の王都グランヴァール。

 何故かはよく分からないが、セロ曰く国王ファルケンは西方に向かうジーク達を歓迎する

意向なのだという。

「……分かってるさ。だからこそ、俺達の捜しているものも見つかるかもしれねえんだ」

 望むところだ。ジークは彼の言葉に、そう心持ち口角を吊り上げて答える。

 結局、あのシェリィという女からは父についての情報は得られなかった。

 先日クランの皆と導話で話した際、ハロルドから“結社”内には階級制が存在しているら

しいと聞かされたが、やはりもっと強い者──あの魔人メア連中でもなければ分からないのかも

しれない。

 魔法陣の光が強くなってきた。そろそろ、空間転移が始まる。

「……ジーク・レノヴィン」

 すると、じっと目を細めてふとモルモレッドが訊ねてくる。

「お前達はそこまで希求し、如何しようというのだ……?」

 それはこの街を巻き込んだことを責めている、という感じではなかった。

 厳密に解釈しようとするならば、むしろ“何故そこまで突き進める?”といった個人的な

疑問から来ているように思える。

「……どうもしねぇよ。ただ俺達は取り戻したいものがあるってだけだ」

 仲間達は困ったように黙っていた。

 そんな中でジークはついっと片眉を上げ、少々間を置いてから口を開いていた。

「生きてる限りはとことん足掻く、我を張ってる。それがヒトってもんじゃねえのか?」

「……」

 しかしその返答に、問うたモルモレッドは形ある反応を示さない。

 ジークはもやもやとする気持ちを抱えたまま、この頑固老人を見遣って思う。

 人なら誰もが幸せになりたいと願う。欲しいと思う。そしてぶつかり合う。

 だがその営みを虚しく思い、生きること全てを諦めてしまえば、同様に幸福もまた得られ

なくなるのではないか?

『君達は、何故このセカイに生まれたと思っている?』

 答えながら思い出していたのは、あの時“嘆きの端”でそう問うてきたクロムの横顔。

 冒険者という職業柄もあったとはいえ、毎日が全力で精一杯で、あまりそんなことを自分

はじっくり考えようともしなかった。

 だがこうしてこのセカイを憂い、諦め、縮こまる彼のような者達に出会うと……伝わる。

 憎悪や辟易。

 世の悪意を推し進めているものは、きっとそんな人々の失望感なのではなかろうかと。

「……」

 黙したまま、モルモレッドが部下らに目配せをした。

 転移装置が作動し、ジーク達四人を魔導の光で包んでいく。

『──ッ!?』

 だが、異変はそんな最中に起きた。

 それまで静かに光を強めていた魔法陣が、突然ノイズを伴う奔流を辺りに撒き散らし始め

たのである。

「えっ? な、何?」「装置が、暴走している……?」

「おい、一体どうした!?」

「わ、分かりません! 突然導力回路パスが乱れて──」

 場の面々が慌てふためいていた。

 仲間達は足元から起こる異変に戸惑い、モルモレッドらは原因不明の不調に狼狽し、セロ

一派に至っては黙してただ巻き起こる突風に身を任せている。

(何だ……? 六華が、啼いてる……?)

 理屈ではない。だが異変のど真ん中に立つジークにはそう感じられた。

 腰に下げていた愛刀・護皇六華たちがカタカタとひとりでに揺れている。

 何より、目の前で荒れ狂っている奔流の色は紅・蒼・黒・白・緑・金──全て六華を解放

した際に見てきたそれと一致している。

 一体、何が起こってるんだ……?

 そう戸惑うジークの脳裏に蘇ったのは、トナン王宮でのあの戦いだった。

 あの時“結社”の魔人メア達は六華に細工を加えていた。この六振りの中に封じられていた

もう一本の聖浄器、告紫斬華を手に入れる為に。

(……まさか、あの時の影響が?)

 ジークは思わず掴んで抑えようとした。だが愛刀らの震えは収まらない。

 道中、他の塔を使った時はこんな事はなかったのに……。

 焦りから不安、恐れへ。胸奥を突く感情の色彩はどんどんと青く暗くなっていく。

「皆、ジークにつかまって! このままじゃストリームの乱れに弾き出されるわ!」

 リュカが叫んでいた。

 魔導師である彼女が下した判断。彼女は勿論、サフレとマルタも言われるがままに手を伸

ばし、ジークとはぐれないようその肩や腕を取る。

 一層魔導の光は荒々しくなり、辺りを暴風で掻き回していく。

 モルモレッドやセロ達は助けに入ることもできなかった。吹き飛ばされないよう巻き込ま

れないよう、ただその場で両足を踏ん張り手で庇を作って耐えるしかない。

『──』

 やがて膨張した光が弾け、辺りが真っ白になった。

 暫しの間眩んだ視界。それでも面々は一体何が起こったのかを確かめようと、おずおすと

眼前の魔法陣へと眼を遣ってみる。

「……い、いない」

「じゃあ転移、できたのか……?」

「おい、早く解析を! 彼らの座標情報を早く!」

 だがようやく奔流が収まった時、既にそこにはジーク達の姿はなかった。

「……一体、何が起きたのだ?」

「さて。何でしょうね……」

 大慌てで状況把握を始めようとする衛門族ガディア達。

 そんな彼らの中で、モルモレッドとセロは焦りと驚き、それぞれの表情をみせて立ち尽く

している。

(やれやれ……。試練に愛される青年だな、君は)

 乱れていた場のストリームは、徐々に落ち着きを取り戻していく。

 だが彼らの目の前には、ぽつねんと沈黙した魔法陣だけが取り残されていた。

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