33-(2) 加えるということ
「あ、お帰りなさい。ミアちゃん、クレアちゃん」
「ん……」「ただいまー!」
一方、会議室に収まり切らなかった面々、その一部は酒場の方にたむろしていた。
会議が済めば、すぐに自分達にも知らされるだろう。
そう思い各々がまったりと待機していると、はたと入口のドアが開いてクレアとミアが姿
を見せた。その後ろには彼女達に同行していた団員四・五人も立っている。
「それで……どうだった?」
ティータイムと洒落込んでいたレナとステラは逸早く、この友人達の帰宅を出迎えた。
ニコニコとしているクレアを見てすぐに予想はついたが、それでも皆を代表してステラが
問い掛ける。
「ふっふーん。もちろん合格だよ。じゃーん!」
そう言ってクレアが取り出してみせたのはレギオンカードだった。
金属質の表面にプリントされている、当人と同じ顔写真や名前といった情報。
即ちそれは、彼女が七星連合の人材──冒険者となった事を意味している。
「おおっ、おめでとう!」
「これでクレアちゃんも冒険者の仲間入りだな!」
「えへへ……。ありがと」
すると酒場にいた団員らは、次々に彼女を囲んで祝福の言葉を掛けた。
レギオンに加盟する──正式な冒険者となるには、相応の実力を証明するという意味合い
から認定試験に合格する必要がある。今日はクレアにとって、その本番の日だったのだ。
尤もこうしてカードを手に入れて帰って来た時点で、その結果は明らかだった。
ぱあっと明るくなる皆の反応。
その祝福に、クレアもまたほうっと照れを帯びた満面の笑みを浮かべている。
「ふふっ。よかったねー」
「……でもさ。別に急いでライセンス取ることもなかったんじゃない?」
そんな中、レナが微笑む隣で、ふとステラが小首を傾げていた。
「私もレナもカードは持ってないけど、クランの皆のサポートはしてるから。まぁレナの場
合はハロルドさんの手伝いだし、私に至っては居候な訳だけど……」
自慢げに手にされたクレアのレギオンカード。
その光沢に目を細めながら、彼女は何処か心苦しいような、そんな表情を漏らす。
「うん……。確かにそうかもしれないけど、ね。でも私、憧れてたの」
そんな機微を感じ取ったのだろうか、クレアもまた少しばかり曇った表情になっていた。
しかしそれも束の間、彼女は一度カードの感触を確かめるように、一瞥してから言う。
「皆も知ってると思うけど、私たち妖精族は昔ながらの考え方をしてる人が多いんだよね。
だから里から出て行くってだけでも結構揉めるんだー。……だからかな? そういう束縛の
ない、冒険者って存在にずっとなりたくて……。おじさんには心配ばっかり掛けちゃうこと
になるけどね」
『……』
あくまで苦笑しながら。だがその告白に、ステラ達は黙り込んでしまっていた。
自分は、余計な事を言ってしまったのかもしれない。
この子の明るさは、もしかすると──。
「……大丈夫」
そんな中で、ミアがぽつりと呟いた。
いつもと変わらぬクールな面持ち。
「クレアなら大丈夫。認定試験を受けている所を見ていたけど、あれだけ勘の鋭さがあれば
充分。あとは経験次第、どれだけノウハウとして落とし込めるかだと思う」
だけど、その言葉は確かにクレアを認め、鼓舞するもので。
「ミアちゃん……」
「うん……っ、私頑張る! 皆の力になる魔導師になるよ!」
当の本人もまた、感銘を受けていたらしい。
苦笑がまた一転して笑顔に。周りの面々も「そうだな」と頷いて、このルーキーの成長を
皆で見守っていこうと誓い合う。
「……そういや、クレアちゃんってどんな魔導が得意なんだい?」
「認定試験を通ったってことは、それなりに実戦に耐えうるものなんだろうけど……」
そしてふと、同行していなかった団員らの何人かが、そんな小さな疑問──好奇心を発揮
して言葉を漏らした。
「そうですねえ……。じゃあ、これから実演してみせましょうか?」
すると当のクレアは嫌な顔一つ見せずに、むしろにこっと笑ってそう応える。
成りゆきのまま、一同はぞろぞろと運動場に出た。ちょうどクラン宿舎と酒場に挟まれた
空き地の空間である。
「おーい、持ってきたぞー」
「二つでいいんだよな?」
「あ、はい。そこに並べてくれますか?」
面々がクレアを囲んでいる中、グラウンドの端にある物置小屋から数人の団員が歩いてく
るのが見えた。
こちらに運んでくるのは訓練用の木偶人形(等身大サイズ)が二体。彼らはそれをクレア
の指示に従って、彼女と向かい合うように並べて配置する。
「じゃあ、さっそく披露しますねー。と、その前に……誰か魔導使える人いますか?」
「? ああ」
「使えるけど……」
問われて、団員が何人か小さな疑問符を浮かべて手を挙げた。
クレアがにこにこ笑ったままその内の一人を指名する。そんな様子を、グノーシュの部下
達──ジボルファングのメンバーな新団員らは何処か微笑ましく見守っている。
「ええとですね。一度軽く鳴魔導をあっちの方の人形に撃って貰いたいんです。比較するの
に使うので、力加減を覚えておいて下さいね」
「……? ああ、分かった」
そして団員が訝しみながらも、サッと精神を集中させて詠唱を始めた。
靄のように彼の身体に滾ったマナ。次の瞬間、片方の木偶人形の頭上中空に黄色の魔法陣
が出現する。
「盟約の下、我に示せ──雷撃の落!」
閃光を伴って雷が落ちた。
当然、直撃を受けた木偶人形は頭から肩口にかけての部分を撃ち焦がされ、ぐらりとゆっ
くり崩れて地面に倒れる。
「……。で?」
「クレアちゃん、一体何を……?」
「まぁまぁ。そう焦らないでくださいよー」
だが、これではごく一般的な魔導である。そもそもクレア自身は何もしてない。
レナや団員達は益々疑問符を大きくしていった。しかし当の本人はむしろ皆のそんな反応
を嬉しそうに眺めている。言いながら、彼女はそのままサッと腰のポーチに手を伸ばした。
「じゃ、今度は私の番です。よーく見ててください」
もぞもぞとポーチの中を探って取り出したのは、一本の針だった。
大きさは掌よりも一回りほど小さなサイズ。但しその柄先の穴には何やら粗目気味の紙が
ちょこんと結んである。
それを指と指の間に挟んだ状態で、彼女はそっと投擲の構えをみせた。
心なし真剣な表情になり、魔導の心得のある者はこの時、彼女がピンにマナを込めたのを
知覚する。
「──ふっ!」
そして、投擲。
腕を振って投げられたピンは、まっすぐもう片方の木偶人形の方に飛んでいった。
しかし皆が驚いたのはそこではない。ピンの針先が人形に刺さった次の瞬間、ピン──に
結び付けられた紙から水色の魔法陣が現れ、ばしゃっと辺りに水がぶちまけられたのだ。
なるほど……魔導具のようなものか。
少なからず皆はそう理解する。どうやらあの紙には予めルーンが描いてあったらしい。
「よし……。じゃあさっきのおにーさん、もう一度同じように雷撃の落を撃ってくれますかー?」
「あ、ああ……」
びっしょりと濡れそぼった木偶人形。
それを確認するや否や、クレアは肩越しに振り返ると先程の団員にそう指示を飛ばした。
まだ頭には疑問符。それでもこの団員は頷き、もう一度同じ力加減でもって素早く詠唱を
完成させる。
「盟約の下、我に示せ──雷撃の落!」
同じように木偶人形に落ちる電撃。
だがその結果は、一度目とは大きく異なるものになっていた。
電撃がヒットした瞬間、この二体目の木偶人形が大きく砕け散ったのである。
力加減は間違ってなかった筈だ。なのに今度は、明らかにターゲットに大きなダメージを
与えることに成功している。
「なっ……!?」
「え? どうなってるんだ……?」
一体目は焦がされて一部が崩れ落ちただけ。
二体目は直撃の瞬間、全体に威力が伝わり粉砕。
並べられた人形の変化は明らかだった。術を放った当人も含め、場を囲む団員らが思わず
目を丸くしてその残骸に目を凝らしている。
「これが、私の得意技──付与魔導です」
そんな皆の驚きに、クレアは得意げな笑みで答えていた。
ポーチからまた例のピンを取り出し、くるくると指先で回しながら説明を始める。
「やっている事自体は単純なんですよ? 最初に魔導的な力場を与えておいて、その後から
撃ち込まれる魔導の効果をサポートする……そういう補助用の魔導なんです。楔を打つって
いうのかな。今みたいに“相手を濡らして電気を通し易くする”なんてこともできるし、逆
に敵が使ってくる属性と相反する力場を用意してダメージを軽減するとか……。まぁその辺
は皆と一緒に冒険していく中で追々みせることになると思うんですけど」
口では、確かに簡単だ。
だが理論と実践は全く違う。臨機応変にピンを撃ち込み、味方にとって有利な状況をアシ
ストする──。それは想像する以上に難しく、勘と経験がものを言う技術の筈である。
「ふわ~……凄いね」
「知識としては知ってたけど、実際に見るのは私も初めて」
「だろ? 俺達も最初見た時はびっくりしたんだ。魔導は素人だから、なんだこれ手品か?
なんて思ったりもしてよお」
「でもこのクレアちゃんの特技のお陰で、此処に来るまでの路銀には困らなかったんだぜ。
底が尽きそうになったら街中でこれを使ったパフォーマンスをして、おひねりを稼いでくれ
てたんだ」
驚き、関心。
クレア自身もだが、ジボルファングのメンバーらもまた得意げに笑っていた。
団員らが改めて彼女を見遣る。自分から披露を言い出したとはいえ、やはり恥ずかしいの
か、その表情は照れて緩んだ柔らかいものとなっていた。
「……ははっ。なるほど、こいつは心強いや」
「使いようによってはもっと確実に敵を追っ払えるんだもんなあ。認定試験もそこを見込ま
れて通ったってことか」
ややあって驚きから笑いへ、皆の表情もまた緩む。
彼女を囲んで、皆の笑顔がぱあっと咲き乱れる。
「……ところでクレア」
「? なぁに、ミア?」
「人形、壊した分は最初の稼ぎから引いておくから」
「うぇっ!? そ、そんなあ……」
「──何だかんだですっかり馴染んでるみたいだな」
「そうだね。ちょっとそそっかしい所はあるけど、根は素直でいい子みたいだから」
そんな眼下のグラウンドで繰り広げられていた光景を、会議室の面々は窓から見下ろして
微笑ましい表情になっていた。
ダンが口角を吊り上げて圧し掛かけていた片腕を窓から除け、横目を遣って同じく外の様
子を見ていたシフォンが微笑む。
「……ま、団員同士の仲は俺達が端っからどうこう言うもんじゃねぇわな。イセルナ、さっ
きまでの続きだが」
「ええ。ハロルド、結果通知の件はどうなってる?」
「既にアウルベ伯と交渉済みだよ。今度の街の広報に結果を載せてもらうよう手筈は整えて
ある。私達が回っていくよりも、ずっと確実で信頼性も担保できるからね」
とはいえ、それも束の間。イセルナたち会議室の面々はすぐに話の続きに戻っていた。
正式な発表をする下地は既に用意してある。
あとはこの第一波のリストを皆に納得して貰えばいい。
「やっとここまで漕ぎつけたか……慌しかったな」
「そうね……。でもまだまだ課題は山積みよ?」
「ああ。一番は新入りどもの教育だろう。選考を通ったぶん腕は立つんだろうが、クランの
毛色ってものを呑み込んで貰わなきゃ使いモンになりゃしねえ」
「それに増えた人数をどうカバーするのかという問題もある。今の宿舎規模では全員を収容
し切れない。酒場の供給能力も見直さなければならないだろう」
「“七星”レベルともなりゃあ街丸々がホームだったりするんだがな……。でも俺達にそこ
までの余裕はないし……。投資の為に破産しちまったら元も子もねぇよ」
だが、決してそれで終わりではないことは皆が分かっていた。
むしろこれからが本番なのだ。そう現実を見渡してみれば、ずんと胸奥に重苦しい感覚が
圧し掛かってくる。
「……前途多難だね」
全くだ──。
自分達で決めた道とはいえ、彼女達の試行錯誤はまだまだ続くらしかった。