33-(1) 再編の青写真
新団員の選考作業が大詰めを迎えていた。
連日の選考会とその後の手続き諸々。予めイヨら侍従衆とも相談し、指針・基準を組んだ
上で臨んだ筈だったのだが、やはりというべきか作業はしばしば困難をみることになった。
それでもイセルナ達は話し合い──吟味を重ね、この日ようやく新生ブルートバードの各
部編成に漕ぎつけることができた。
創立メンバーは勿論、既存の団員達が見守る中、宿舎会議室のテーブルの上にはその草案
をまとめたリストが広げられる。大まかな配置は以下の通りだ。
一番隊(本隊中衛)→隊長:イセルナ・カートン
配属:サフレ・ウィルハート、マルタ他
二番隊(前衛中央)→隊長:ダン・マーフィ
配属:ミア・マーフィ他
三番隊(前衛左翼)→隊長:ホウ・リンファ
配属:ジーク・レノヴィン他
四番隊(前衛右翼)→隊長:グノーシュ・オランド(クラン・ジボルファング代表)
五番隊(中衛右翼)→隊長:シフォン・ユーティリア
配属:クレア・N・ユーティア他
六番隊(中衛左翼)→隊長:リカルド・エルリッシュ(史の騎士団共闘部隊隊長)
七番隊(後衛支援)→隊長:ハロルド・エルリッシュ
配属:レナ・エルリッシュ、ステラ・マーシェル他
「ま……。最初の内はこんなもんだろうなあ」
暫く皆が目を落としている中、始めにそう口を開いたのはダンだった。
後ろ髪を掻きながら片眉を上げ、団長や仲間達にざっと眼を遣る。
「もっと欲を言えば新しく入れた面子も含めて隊を増強したいんだが、まだ任せられるかま
では分かったもんじゃねぇし」
「……ええ。少なくとも一度は全体の運用をしてみないと。数だけ増えてもしっかり連携が
取れないようでは本末転倒だものね」
だよなぁ──。ダンを含め、場に顔を出す団員らがしみじみと難しい顔で頷いていた。
確かに今回の募集によって多くの志願者が集まった。実際に相応に名の知れた腕利き達も
このリストには含まれ、各隊に配分される予定となっている。
だが……彼らのこれまでの実績とこれからの信用は、現状分けて考える必要があった。
ダン自身も予想していたように、志願者の多くは功名心に動かされた者達だ。
レノヴィン兄弟を護る──その最大の目的を個人的野心と同一視するような人材は、本音
を言えば正直迎え入れたくない。しかし現実として今の兵力のままでは“結社”の脅威と闘
うには心許ない。
執政館襲撃の一件を経て、団長もまた苦渋の決断を下したのだと、団員一同はそんな意識
を共有していたのである。
「……だとすりゃあ、やっぱ俺達んとこだけが初っ端から先頭を張るのは拙いんじゃないん
ですかい? うちのクランだって“余所者”には変わりない訳ですし」
するとそんな、確認するような問い掛けを向けてきたのはグノーシュだった。
「つれない事言うなよ。第一、後々で編成を見直すにしても新しい面子を全部排除してたら
選考会を開いた意味がねぇだろ?」
イセルナの代わりに、誰よりもダンが心持ち辛そうな声色を漏らしていた。この赤毛の友
は勿論、その配下や他の団員らにも伝わるよう、彼らは敢えて口にする。
「……全員が集まった時にはちゃんと話すさ。これがまだ仮の編成って事も、各々の頑張り
次第で今後増えるだろう隊を任せていくつもりだって事も」
「本音を言えばすぐに彼らを“信頼”はできない。でも、だからといってこちらが突っ撥ね
てしまえば“不信”が生じるだけ……。その為にもグノーシュさん達には先ず、この集団に
おける新旧同士の取っ掛かりを務めて欲しいの」
クランの強化を図るに当たり、最も懸念される点がそこだった。
レノヴィン兄弟を護る。
それは積極的に戦うというよりも、むしろ力ある者達が集まり大きな盾を形成している、
そのさまを周囲に知らしめる──抑止力という側面が大きい。
故に、最も重視すべきなのはその結束なのだ。新しい戦力を取り入れることが内通者を作
るようなことになってしまっては本末転倒なのである。
だがそんな自分達「身内」の想いは、きっと功名心を揺さぶられた「新参者」達にはピン
と来ないことだろう。
だからこそ……少しずつ、慎重に見極めながら闘っていくことになる筈だ。
現実の脅威である“結社”は勿論の事、そうした内と外という区分が故の疑心暗鬼とも。
「……了解だ。こりゃあ随分な大役を任されたもんだねえ」
正面に座るイセルナの静かな懇願に、グノーシュはぽりぽりと頬を掻いていた。
苦笑、いや照れ笑いか。ダンという旧知の戦友故のコネクション、それが他の新団員らに
どう見られるか──ほぼ間違いなくやっかみであろう──という内心の懸念と彼女達に信頼
を示されたことへの嬉しい戸惑い。そんな複数の感情が混在しているらしい。
「ところでイセルナ団長。このリストにはジーク皇子達の名もありますが、確か彼らは現在
このクランから籍を外している筈では?」
そうしていると、じっと他の面々と共にリストに目を落としていたリカルドが言った。
未だ慣れないのか、それとも安易に馴れ合う気はないのか、三柱円架を胸に下げた黒法衣
の一団はこの場においても異彩を放っている。
「ええ。確かにあの子達は出て行きました。自分達のせいで私達に迷惑が掛かる前に、と」
「だけど、きっと戻ってきますよ。何たってアルス君が──弟が待ってくれている。友人と
して、彼がこのまま全てを捨ててしまうとは思えない。そう僕らは信じています」
「できれば、その際には御身をご自愛して欲しいのだけどね……」
「あいつの事だ、俺も戦うって前衛を張るだろうからよ。だから、戻ってきた時はリンの隊
で副長でもやって貰おうかなと、そう一応は考えてるんだが」
だがイセルナ以下団員達は、信じて疑わなかった。
ジーク達はまたきっと此処に帰ってくる。それは弟がいるからという理由だけでなく、
仲間達の願望でもあった。
このクランが嫌いになったのではない。自分達が在籍したままでは迷惑になる──そんな
彼なりの気遣いなのだと、皆解っていたのだから。
「……そうですか」
そんなシフォン達を、リカルドは言葉少なく見遣っていた。
胸中で何を考えていたのだろう。その表情は“仕事モード”の域に在って、硬い。
「言っておくが、ジーク君が帰ってきても六華は渡さないぞ。実行上も血統上も、あれは紛
れもなく彼の剣だ」
「……分かってるよ。教団からも方針変更は言われてるんだって」
だがそんな無表情も、ハロルドが警戒の眼差しを向けてきた次の瞬間にはぶすっと不快の
それに変わっていた。
こちらはこちらで相変わらずの兄弟。リカルドは半眼を寄越しつつため息を吐く。
「そういやシフォン。お前、ジーク達のことはまだ分からんにしてもいいのか? あの従妹
の子──クレアも戦力に数えちまって」
「ああ、その件なら」
一方で、腕を組んだままちらとこちらを見遣ってくるダンにシフォンは苦笑していた。
「まぁ……仕方ないよ。本人がその気になっているからね。勿論、伯父さん達の事を考えれ
ば大人しくして貰えるに越した事はないんだけど。でも当人の意思を無視してまで強いたく
はないかな」
「そっか。まぁお前がそれでいいってんなら文句はねぇんだが……」
「何、俺達もついてるんだし大丈夫だろう。あの娘、中々面白い技を使うんだぜ? それに
“身内”の戦力が加わるんなら好都合じゃねぇか」
渋々、だけど志が嬉しくてはにかむような。
そんな彼にダンは了解と頷き、グノーシュは先日まで旅を共にした彼女の力に太鼓判を押
して笑ってみせる。
「……そうですね」
シフォンが柔らかく静かに笑い、ふと会議室から窓の外に眼を遣っていた。
何となく、ダンら他の面々もその視線に倣ってめいめいに外を眺め出す。