32-(5) 団員選考会(後編)
「よう。暫くだな、ダン!」
リーダー格と思われる男は蛮牙族だった。
彼らの特徴である赤毛に褐色の肌。肩からは首周りにもふもふした毛を持つ茶色のマント
を引っ掛けており、後ろ腰には幅広の長剣が鞘に収められている。
ニカッと笑って覗く八重歯。
彼はそう気安い感じで、ダンに向かって声を掛けてきた。
「……まさか。グノか?」
突然の事にぽかんとする面々。だが目を瞬き彼を凝視していた当のダンが、ふと思い出し
たように言葉を漏らす。
「おうよ。相変わらずみたいで安心したぜ」
「……はっ、お前こそ元気そうじゃねぇか。くたばってなかったみてぇだな」
そして互いに近付いて交わしたハイタッチ。次いで握り拳をカチン合せ、笑い合った。
「ダン、彼は一体……? さっきグノと言っていたが」
「ああ……。そうだったな、お前らにはたまに話してた程度だし……」
どうやら全くの初対面ではないらしい。その様子を見ていたリンファが数歩進み出て二人
に近付いて問い掛けると、ダンは笑った表情のままでポリポリと顎を掻く。
「こいつはグノーシュ・オランド。俺が北方に来る前、南方にいた頃コンビを組んでた相棒
さ。で、確かあの後……」
「俺は俺でクランを立てたんだ。クラン・ジボルファング──今はその代表をやってる」
「って訳だ。ミア、お前も覚えてねぇか? 向こうにいた頃の“赤毛のおじちゃん”だよ」
「……あ」
「ジボルファング……。ということは、貴方が“狼軍”のグノーシュ……?」
ダンはそうかつての相棒、グノーシュを紹介した。
赤毛が揺れ、彼のニカッとした笑顔が団員らを見渡す。父にかつての記憶を呼び起こされ
たミアは小さく瞳の奥を揺らがせ、リンファは名乗ったクランから彼についた二つ名と武名
を脳裏から引き出している。
「ミア? おおっ、誰かと思ったらあのミアちゃんか! ははっ、暫く見ない内に大っきく
なったなあ。かっこよくなったじゃないか」
「……。久しぶり、おじさん」
一方グノーシュもグノーシュで、久々の再会を喜んでいるようだった。
かつてそうしたように、変わらず、気のいい猛犬よろしく友の娘の頭をわしゃわしゃと撫
で回す。当のミアは確かに驚き嬉しかったが、内心彼からの一言が「可愛くなった」ではな
かった点に地味にショックを受けていたりする。
「にしてもどーしたよ、普段あっちで暴れてる筈のお前がこんな所まで……?」
「おいおい……どうも何もねぇだろ」
そんな中グノーシュは、呵々と笑ってさも当然と言わんばかりに答えた。
「勿論、ブルートバードに加わる──お前の力になる為さ。俺以下クラン・ジボルファング
一同、先方の傘下に入りに来た」
ダン達が、場の志願者達が目を見開いていた。
長い物に巻かれろと、媚びるように軍門に下ろうとする諸クランにはこれまで何度か対面
している。だがグノーシュは、一介の業界人としては、二つ名のつく腕利きの一人だ。そん
な面子がかつての友情を理由に協力を申し出てくれる事に、ダン達は驚きと心強さの両方を
じんと覚えたのである。
「……ありがとよ。お前がいりゃあ百人力だ」
「事情は分かりました。ですが、他の志願者との公平性もありますので──」
「あ~……分かってる分かってる。流石にそこらを馴れ合いで押し切りはしねぇよ。此処に
着いたのはついこの前だったから俺達は当日組だが、必要な書類ならさっき受付で書いて渡
してきたよ。団長さんからも、面接は後日に回すから今日は先に実技を観て貰ってくれと言
われてな」
「イセルナが? そうか。なら手筈に問題はねぇな」
言って頬を緩め、ダンは大きく斧を持ち上げた。グノーシュも八重歯をみせて笑い、ザッ
と腰を落とした姿勢を取ってから腰の幅広剣を抜き放つ。
「リン、皆を下げてくれ。こいつは俺が観る。久しぶりに手合わせしてみたいしな」
「ほほう? 余裕だな。あんまり油断してると後悔するぜ?」
言うや否や戦いが始まろうとして、リンファやミアは頷き半分で他の志願者達をその場か
ら遠くへと誘導する。
「道すがら説明は聞かせて貰った。要はお前に一撃与えるか耐えればいいんだよな?」
「ああ。だが手は抜かねぇぜ? お前との仲でもな」
「当然だ。久しぶりの挨拶がそんな腑抜けじゃあこっちも収まりがつかねぇよ」
自分達だけじゃない。耐え残った合格者レベルなら、予感しているだろう。
この二人……間違いなく。
『──』
彼らは同時に地面を蹴っていた。
ダンは大上段から鋭角に、グノーシュは抜き放った位置からすくい上げるように。戦斧と
幅広剣、渾身の一撃が激突する。
ドンッと、周囲の空気が地面が震えた。
ただ軽くマナを込めただけなのにその衝撃は凄まじく、その余波に周りの志願者(の中で
も脱落した)者達が煽られ、転びそうになっている。そんな彼らをリンファやミア、合格組
の面々がくいっと支えてやりながら、一同はこの始まった二人の戦闘を見守るしかない。
「ほう。その馬鹿力は健在か!」
「お前の膂力もな!」
叫びながら、二人は互いに武器を打ち合い続ける。
一旦弾き、横薙ぎ同士から上下、入れ替えて上下左右。繰り返し。
共にかなりの重量である筈の得物は残像を残すほどのスピードで空間を掻き、何度となく
ぶつかっては火花と衝撃を散らす。
周りの面々にすれば突如暴風に見舞われたような心地だったが、当の二人の表情は暫くぶ
りに再会した友と交じわせる刃を心から愉しんでいるそれであると見受けられる。
「……っと」「はっ……」
それから、何度目の剣戟があっただろう。
ダンとグノーシュは、互いの得物を弾いて大きく距離を取り直した。
二人を中心に地面は大きく削れて凹み、設営されていた厚布の間仕切りもあちこちで吹き
飛んで転がってしまっている。
それでも、二人は愉しそうだった。斧を、剣を、掲げて笑っていた。
「やっぱ、一筋縄じゃいかねぇな」
「当たり前だろ。俺もお前も、あれから鍛錬は怠らなかったってことさ」
「……じゃあ?」「おうよ」
そして、再び力二つがごうっと滾り出す。
ダンを覆うマナはそのエネルギーを大量の熱に替えて炎の衣とする。
一方でグノーシュは剣を両手持ちに持ち替え、深く深呼吸。
「来い、ジヴォルフ!」
叫んだ瞬間、自身の周囲に落雷と共に狼──雷獣型の精霊達を呼び出して使役する。
これこそが彼の“狼軍”の所以だった。
彼は魔導師ではない。だが蛮牙族という狩猟民出身が故に彼はこの精霊の狼達と幼少より
心を通わせ、持ち霊としてきた。
故に、狼軍。
雷撃を纏う持ち霊の群れと共に突撃するその戦いぶりは、まさに一人一軍で……。
リンファ達が、志願者達が、テントの下のアルスら団員が、息を呑んだ。
大技が──来る。熱の衣と雷獣の疾走。決して生半可な威力では済まない力を、より本気
に近い一撃を、あの二人は今ここでぶつけようとしている。
「止せダン、もう……!」
だがもう止まらない。耳に入らない。
二人は愉悦の笑みを口元に宿し、深く深く地面を蹴り──。
「そこまでッ!!」
しかし、新たな破壊は起こらなかった。
両者がぶつかるその寸前、場をつんざく鶴の一声が二人の太刀筋を止めていたのだ。
二人が、面々が視線を向けた先には、イセルナが立っていた。普段中々見せないむすっと
した表情と眼光を彼女はみせ、傍らに立つハロルドは眼鏡のブリッジを軽く触って静かに苦
笑を漏らしている。
「……イ、イセルナ……」
「そ・こ・ま・で。ダン、貴方らしくないじゃない。久しぶりにお友達と再会して嬉しいの
は分からなくもないけれど。加減しなさい? 周りが滅茶苦茶じゃない」
「ぬぅ……。す、すまん……」
ダンがグノーシュが、急に借りてきた猫──実際ダンに至っては猫系獣人な訳で──よろ
しく大人しくなり、ガチャリと武器を下げる。狼達も、戦闘が終わったと感じ取ったようで、
殺気を消し去りダンという久方ぶりの仲間にすんすんと鼻を鳴らしてじゃれつき始めて
さえいる。
リンファ達面々がホッと胸を撫で下ろした。娘に関しては半眼をみせていたが。
これで人為型暴風は止んでくれるだろう。落ち着いた二人にイセルナらが靴音を鳴らして
歩み寄り、じと目のままに語る。
「グノーシュさんが来たって聞いて顔を合わせて、それでそっちに遣ったのだけど……。何
とか間に合ったみたいね。こっちが一通り片付いたと思ったら、急に大きなマナの膨らみを
感じたんだもの」
「まったく……。お前らは会場ごと吹き飛ばす気か」
イセルナとブルートに「お説教」される格好となり、ダンはへこへこと申し訳ないと謝る
しかなかった。体格は圧倒的に彼の方が勝っているのだが、これだけでも実際の力関係が正
副団長にきちんと割り振られていることが窺える。
「はは……っ、なるほどなぁ。何でお前が副団長なのか分かった気がするよ」
「笑ってる場合か。お前だって共犯だろーが」
そんな様を暫しぽかんと眺めてから、グノーシュが涙目になって大笑いしていた。すると
ダンはぐぬぬと眉根を寄せ、そう言いながらこの友の肩をがっしりと組んであーだこーだと
言い争い始める。
勿論、それは本気の喧嘩ではなくて。いい歳こいた、だからこそ大事にしたい戦友同士の
じゃれ合いのようなもので。
リンファ達だけでなく、イセルナもややあってクスリと微笑ましさを零していた。
もう大丈夫だろう。突発的な嵐は、去った。
「はいはい。もういいから。でもちゃんと周りの設営は直しておいてね? グノーシュさん
も同じくです」
「あ、はは。そうッスね、すみません。……で? 俺の実技はどうなるんでしょう?」
グノーシュもまた、イセルナの器というものを認めた後のようだった。
頬をポリポリと掻いて苦笑い。しかし念の為というように、続けていち志願者としての力
量の程はどうだったかと訊ねてくる。
「勿論、合格です。うちの副長とここまで打ち合ったんですもの。流石は“狼軍”といった
所でしょうか」
イセルナが最初に答えて、リンファやダン達も満場一致で頷いていた。
するとその間に、先程の一戦が会場の他ブースにも届いたのか、遅れてシフォンらが駆け
付けて来るのが見えた。何があったの? そう訊ねる彼らに、ハロルドが苦笑のままに事情
を説明し始める様子が背景に重なってゆく。
「そっか……よかった。なら」
言って、グノーシュがバサリとマントを翻した。
心持ち向き直って視線を遣ったのは、彼が連れてきた部下達──クラン・ジボルファング
の団員達。
「こいつらも観てやってくれよな。俺が目をつけた連中だ。実力は保障するぜ?」
彼が宜しくと威勢よく得物を掲げて笑顔を見せた。イセルナ達も、勿論と応じて笑う。
「──あっ。いた!」
「……?」
そんな時だった。
クランの集団からぴょこっと抜けて駆け出したのは、栗色の髪を短いサイドポニーに結わ
った妖精族の少女。グノーシュ達がその道中、道に迷っている所を拾って同行者の一人と
した少女・クレアだった。
彼女はそれまでにこにこほわほわと立っていたのだが、ふとシフォンがやって来たのを認
めると、とてとてと小走りで彼の下に駆け寄っていく。
「君は……? 同族のようだけど……」
「はい。無理もないですよねぇ、実際にこうして会うのは初めてですから」
「そうか。ええっと──」
「こんにちは。初めまして、おじさん。私はクレア・N・ユーティリア──ハルト・ユーティリア
とサラ・ニロップの娘ですっ」




