32-(4) 団員選考会(前編)
そのさまは、あたかも一種の祭りのようだった。
クラン・ブルートバードの新団員選考会初日。
会場となったアウルベルツ郊外の空き地は、今世間の注目を浴びるクランで名を上げよう
と目論む冒険者達でごった返していた。
「はいはーい、ちゃんと受理番号順に並んで下さーい!」
「こちらは魔導師タイプの方になります。白兵タイプの方は向こうの受付から──」
「え? ああ、当日組の方ですか? では先ず面接用の書類に記入をお願いします。受理番
号の割り振りはそれからですので。ええっと、用紙は……」
当然ながら、そんな人ごみの対応には相応の人手を要する。
事前の応募件数の多さから、予めアウルベ伯や街の他クランにも応援を頼んで回っていた
イセルナの判断は実に正しかったといえる。
ちなみに、既にその段階でブルートバードの傘下に加わりたいと希望した中小のクランも
いくつかあった。
大方、長い物には巻かれろ、といった所か。
尤もそうした要請は総じて保留され、この日の志願者の一部へと──平等を期すためにも
──編入されたのだが。
この日、これからの数日間の為に、イセルナ達クランの面々が話し合って決めた手筈は以
下の通りである。
先ず事前に送られてきた履歴書順に受理番号を振り、個々の経歴を掻い摘む。これがいわ
ゆる受験番号に相当する。
次の選考会の前半日を使い、この志願者達を面接する。
効率のために手分けこそしたが、少なくともイセルナ・ダン・ハロルド・シフォン・リン
ファの創立メンバーの必ず一人は入り、その選択眼に責任を持つようにした。
「──皆さん、お待たせしました」
そして後半日は、いよいよ実技による選抜に移る。
「会見映像を観た方もいるでしょうけど、初めまして。魔導師志望者担当のイセルナです」
「同じくハロルドだ。クラン内では支援部門の隊長を務めている」
会場の一角に、魔導師タイプの冒険者達が集められていた。
そこに姿を見せたのは、団長イセルナとハロルド。志願者達も、既にイセルナ・カートン
の名は何度も耳にしていることもあり、少なからず驚きざわついている。
実技選考は、各人の戦闘スタイル毎にそれぞれ面々が担当する手筈になっていた。
魔導師タイプはイセルナとハロルド、射撃タイプはシフォン、そして白兵タイプはダンと
リンファという分担だ。
「受付で説明があったと思うけれど、この実技は敷居を高くするよ。勿論、面接段階で不穏
な素性の者は弾くつもりだけどね」
ハロルドが敢えてそう口にしたのは、牽制を込めての事だった。
面接、という態を取っているが、実際はクランの一員に──アルスの警護を任せるに値す
る人材かを判断する場である。そう暗に匂わせる意図だ。
「イセルナ」
「ええ」「準備は出来ている。始めてくれ」
ちらとイセルナと、彼女の肩に乗っているブルートを見遣り、ハロルドが短く呼んだ。
二人がその視線と呼び掛けに応え、頷くと、ハロルドは傍に控えていた魔導具を装備した
団員達に合図を飛ばす。
次の瞬間、一面短い芝の生えた地面が消えていた。
代わりに現れたのは、真っ白でだだっ広い空間。志願者達は一様に空を仰いだが、そこに
呪文の羅列が延々と流れているのを見て、すぐに彼らが空間結界を張ったのだと理解する。
「流石に呑み込みは早いみたいだね」
「それじゃあ、早速貴方達の実力を見せて貰おうかしら?」
ハロルドがそっと経典らしき書物──魔導具なのだろうか──を取り出し、イセルナはそ
の横でスッと目を細める。
「内容はシンプルよ。これから、貴方達にはいくつかのグループに分かれて貰います。そし
てその集団単位で、私達二人に一撃を入れることができれば丸々全員が合格。逆にそれがで
きなければ、一撃を入れられた者から脱落とします」
「一班辺りの制限時間は十五小刻。それまでに短期決戦で私達を落とすか、それとも耐え
切ることを選ぶかは君達の自由だ」
志願者達は、またもざわついていた。戸惑い気味に互いの顔を見合わせ、ややあってその
内の若手何人かが確認するように言ってくる。
「そ、それでいいのかよ?」
「いくら何でも二対何十人はアンフェアじゃ……?」
「……阿呆が。それも含めて観られておるんじゃろうが」
だがそんなルーキー達の戸惑いに、別の老練な風体の魔導師が哂うように言葉を重ねた。
ゆったりとしたローブの中でぎゅっと杖を握り直し、イセルナ達に向けた視線は真剣その
ものだ。
「戦術としての魔導師はチームプレイが前提。肝となるのは個々の力量以上に、如何に互い
の能力を補完し合うかじゃ。当落が“連帯責任”なのもそうした現実を踏まえてのこと……
じゃろう?」
「……ご明察。話が早くて助かります」
語り、試すような眼光。その眼にハロルドは反射して瞳の見えない眼鏡で見返して、僅か
に口元に弧を描いて肯定する。
敷居を高くするとは、そういうことか。
若手を中心に志願者達がごくりと息を呑んだ。
それは即ち、彼女達二人が自ら実戦における敵──多くの場合魔獣──を演じてみせよう
ということになる。そして同時に、二人は自分達がある程度束になって掛かってきても平気
だという概算を弾いている訳で……。
「そういう事。それじゃあ、グループを組んで?」
微笑んで言って、イセルナの肩に止まっていたブルートがばさりと、その蒼く大きな翼を
広げて中空に舞った。
彼女が“蒼鳥”の異名をとる理由である、その持ち霊。
彼はやがてその蒼い輝きを増してイセルナと融合すると、次の瞬間彼女達の全力を示す強
化形態──飛翔態へと変ずる。
「……始めましょうか。言っておくけど、手加減はしないわよ?」
美しくも、圧倒的な力の波動。金色の魔法陣を足元に輝かせる元神官。
見惚れるように畏怖するように、志願者達はごくりと息を呑んだ。
見上げた空は、呪文の羅列が並ぶ無機質な白とだだっ広さ。
団員達が張った空間結界の中で、射撃タイプの志願者らは暫しぼんやりとざわざと辺りを
見渡している。
「さて……。これで心置きなく撃てるね」
面々の前に立っていたのは、シフォンと数名の団員だった。
声を掛け、視線を向けてくる彼らに、シフォンはふっと微笑んで改めて名乗る。
「一応初めましてかな。僕はシフォン・ユーティリア。ブルートバードの中衛──遊撃部門
の隊長を務めている者です」
志願者達の反応はまちまちだった。
身構えつつも「ど、どうも……」とぎこちなく応答する者もいれば、何故ここにエルフが
いるんだと疑問符を浮かべている者もいる。
それでも、シフォンは慣れているのか表情に出さないだけなのか、終始穏やかな表情を貫
くと団員達に合図を送る。その指示で、彼らは指や腕に装着した魔導具に力を込めた。
「……お?」
「何だ……あれ?」
すると、何もなかった中空に突如として無数の光球が出現した。
志願者達が各々に空を仰ぐ。よく観察してみれば赤と青の二種類があるようだ。更にその
数は時間を経るごとに加速度的に増えていき──やがて一旦止まる。
「では今回の実技内容を説明するよ。君達には制限時間内にあの光球を可能な限り撃ち落し
て貰う。但し狙うべきは赤の光球だけだ。青に当ててしまうと減点の対象になるよ。あと、
赤は青を襲って消滅させる性質を加えてある。要するに、君達は可能な限り青の光球を守り
ながら赤の光球を攻撃する訳だ」
なるほど。志願者達はそれぞれ手持ちの銃器を片手に、そうシフォンからの説明に聞き
入っていた。
つまり、可能な限り実戦をシュミレートした内容なのだ。
射撃タイプの戦闘要員は、如何に前列の仲間を援護するかが大きな仕事になる。青の光球
はそういった仲間、或いは救出対象であり、赤の光球は魔獣などの攻撃対象を想定している
のだろう。
「では最初のグループ分けを発表します。三十二番、四十番、四十七番……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺達は連番で応募したんだ。何で相棒と別々なんだよ?」
そんな中で、団員らが書類の束を挟んだボードに目を落としながら場の志願者たちをいく
つかのグループに分け始めていた。すると、ふと互いに相棒らしき銃士らがその発表に割っ
て入るように口を挟んでくる。
「……それも、選考の一部だよ。実戦では必ずしも気心の知れた相手と組むとは限らない。
僕ら遊撃部門は戦列の中でも特に入れ替わり──機動力を重視される立ち位置だからね。だ
から当然、観るべきは連携よりも個々のレベルなんだ」
「な、なるほど……」
「そういうことなら……」
その問いに、シフォンは予め予想していたと言わんばかりに滑らかに語る。
あまりにあっさりと答えてくれたことも、既に勘付いていたベテラン勢からの半眼を向け
られつつあったこともあり、ややあって口を挟んで来た若手コンビらはすごすごと抱えた銃
身を揺らして心持ち集団の後ろに下がってしまう。
中空では、無数に増えた赤と青の光球が蠢き始めていた。
それぞれに光の軌跡を残しつつ、個々が不規則にすばしっこく、動く的としてのウォーム
アップを始めているかのようだった。
「さて……じゃあ始めようか。Aグループに指定された志願者は位置に着いて?」
もしかしたら──いや、もしかしなくても、これはかなり難易度が高いのではないか?
志願者達はそう思いつつも、シフォンの合図と共に一斉に銃口を中空へと向ける。
「……イセルナ達も始めたみたいだな」
戦斧を肩に乗せて、ダンが別班の会場の変化を嗅ぎ取る。
白兵タイプの志願者達は、その大柄な体躯と威圧感に心持ち寄り固まって選考開始の時を
待っているかのようだ。
「ふむ……。ではアルス様、私も行って参ります」
「はい。頑張って下さいね」
だが面々が緊張している理由は、他にもある。
会場内の連ねて設営されたテント。その一角の席に護衛の団員らを伴って皇子アルスが先
ほどからこちらを見ているのだ。予めダンが予見していたように、功名心を煽られた志願者
にとっては良くも悪くも強い薬となっている状態なのである。
面々の前に立つダンが動き出したとみて、それまでアルスの傍らにいたリンファも一言を
残して彼に合流する。
ピリピリとした緊張が、ざわめきが淀んでいた。
そんな一同をざっと見渡してから、ダンは横に並んだリンファと共に口を開く。
「んじゃ、こっちもそろそろ始めるぜ。俺はダン。ブルートバードの副団長と戦士部門の隊
長をやっている」
「同じくリンファだ。語らずとも、もう皆には私の素性は知られていると思うが」
志願者達はごくりと息を呑み、少しずつ心と体を実戦色に染めていった。
目の前にいるのは“蒼鳥”の片腕。もう一人は、皇子アルスの護衛を担う侍従衆の重臣。
共に口調は穏やかだったが、いざ彼らが本気を出せばどうなることやら。
「俺達の部門は文字通り、戦列の最前線で敵に斬り込む役回りだ。場合によっては──むし
ろ防御の為に自身を肉壁にすることもある」
少なからぬ志望者達が、ちらと向こうのテント──の席に座っているアルスに横目を遣っ
ていた。彼の背後にはふよふよと翠の光を纏うエトナもこちらの様子を眺めている。
自分達は、彼を最も至近距離で護る役目を負う……かもしれないのだ。
「だから、今回の選考内容も細かい縛りはしない。基準は単純だ。俺達二人に一撃を入れる
ことができれば合格、逆に俺達に一撃入れられたら脱落だ」
「更に私達を防ぎ、耐えることができればそれでも合格とする。攻守の両方を見せて貰うと
考えてくれ」
再び、志願者達はざわついた。少なからぬ者が互いの顔を見合わせている。
ダンは既に戦斧を肩から下ろしていた。リンファも腰に長太刀を差した状態でゆったりと
その場に佇んでいる。
「じゅ、順番は……?」
「ん? 言ったろ、縛りはしないって。気概のある奴から好きに掛かって来いよ」
面々が思わず表情を歪めた。
警戒心か、或いは自信を持って言い放たれた挑発と受け取ったのか。
「なら──」
「入れされて貰うぜ!」
「おぉぉぉッ!」
少なくとも、その発言をゴングとみなした一部の戦士達が地面を蹴っていた。
抜き放たれた剣や斧、槍。それら得物の切っ先が錬氣をまとって一斉に発言の主・ダンへ
と襲い掛かる。
──だが。
『ッ!?』
勇んで飛び出した者達は、見た。
ダンがにやりと笑い、瞬間的に自身のマナを一気に滾らせたのを。
「がっ……!?」
「あ、熱ッ……!」「や、焼けるぅあぁぁぁ!!」
しかしそれだけではない。
そのダンが纏うマナは、彼らの攻撃が触れる寸前に燃え立つ炎の如く変質していたのだ。
分厚いオーラの壁と帯びた高い熱量。
ある者は得物を切っ先から焼き落とされ、またある者はまともにその熱で防具を身体を貫
かれ、ゴロゴロと地面を転がる。
「……ああ、言い忘れてたな。俺達もそう簡単に一撃は入れさせないからそのつもりでな」
早速脱落した志願者らを見下ろし、ギリギリ踏み止まった残りを一閃の下に沈めて、ダン
は不敵に笑った。そのあっという間の早業に、他の面々は思わず息を呑んで立ち竦む。
「なるほど……マナの形質変化、錬氣の応用技か。流石は副団長殿だ」
だが、まだ諦めるのは早いと呟いた者もいた。
全身に分厚い鎧を纏い、身長大の戦鎚を担いだ大男が一人、そうじっとダンのやってのけ
たテクを吟味しながらゆっくりと集団の中から歩き出していた。ガチャガチャと音を鳴らし
て数歩、彼はある程度ダンと間合いを計るとぐぐっと持ち上げた得物に力を込める。
「確かに迂闊に近づけば自滅するが……要は相応のマナを込めた一撃で以って破ればいい」
ごうっと、男の全身にマナが滾った。
確かに語る通り、そのオーラ量はダンのそれと引けをとらなかった。
片眉を上げたダンがゆっくりと斧を持ち上げていた。パワー勝負。男には自信があった。
「──……?」
だが、その自信は文字通り切り崩されることになった。
フッと何かが男の眼前を潜った次の瞬間、男は鎧も武器も装備丸々が斬り砕かれ、白目を
剥いてその場に崩れ落ちたのである。
「……言った筈だがな。“私達”に一撃を与えれば、と」
いつの間にか、倒れた男の背後に立っていたのはリンファだった。
既に抜刀は終わり、刀身はチンと鞘に収まる音だけを残す。ゴロゴロと、包丁を入れられ
た豆腐よろしく、綺麗にサックリと斬られた鎧が鎚が地面に落ちていく。
「ま、パワーは評価するがな。……鈍重過ぎだ。リンの反応速度の前じゃわざわざ攻撃して
下さいって言ってるようなもんだぜ?」
面々は、そこでようやく彼女が一瞬で彼の懐に入り込んで連続の剣閃、あの巨体を沈めた
のだと理解するに至る。
「つ、強ぇ……」
「入れられる、のか? 一撃……」
少なからず志願者達は物怖じしていた。少なくとも功名心で参加した者は悔いただろう。
彼らは、本気だと。
「お父さん」
新たな面子が加わったのは、ちょうどそんな最中。
ダンとリンファが振り向くと、ミアがこちらに向かって近付いてくるのが見えた。
「ミア。どうした? 警備先でトラブったか?」
「ううん……。ボクも一緒に選抜側に回ろうと思って。皆には言ってきてる」
「お前も? や、止めとけ。お前まだ……」
「だ、大丈夫なんですか? まだ病み上がりじゃあ……」
父親とテント席の皇子、双方がほぼ同時に難色の反応を示していた。
「大丈夫。……いつまでも休んでたら、鈍るばかりだし」
確かに退院して日は経っているが。
ダンとリンファはどうしたものかと顔を見合わせた。ついでテントの方のアルス達に視線
を向けてみるが、向こうは向こうで自分達で判断は下しかねるといった様子だ。
「……仕方ねぇな。でもあんまり張り切り過ぎんなよ?」
「うん」
まだ歳若い──副団長の娘。加えて病み上がりらしいという断片的情報。
故に、油断したのだと言っていいだろう。
「ほほう? じゃあ君に一撃を入れても合格扱いってことになるんだね?」
志願者が何人か、指ぬき手袋をギュッと引っ張りながら二人の横に立ったミアへと近付い
てきた。既に武器は抜き放たれ、彼らはこれはチャンスだと踏んでいるとみえる。
「君に恨みはないけど、これも合格の──」
しかし次の瞬間、そう言いかけた男の姿が霞んだ。……いや、吹き飛んだのだ。
志願者達が大きくざわつき目を丸くする。先程まで少女相手に余裕をかましていた男が、
白目を剥いて遠く地面に転がっていた。見れば装備していた鉄製の胸当てが貫通寸前まで陥
没している。
面々はゆっくりと、その視線を男から倒れた直線上──ぐっと脚を踏み込み腰を落とした
正拳突きを終えたところのミアへと移した。もうっとその拳には、白い煙のようなものが立
ち上っている。
「……」
『ひいっ!?』
ギラリと志願者達を睨む娘の眼。
その後ろ姿を見ながら、ダンはやれやれと肩を竦めて苦笑していた。
「まぁそういう訳で油断大敵だぞ? うちの娘は拳士なんでね。武器はなくとも強いぞ」
嗚呼、あの眼は本気だ。そう父親としての経験がダンに告げている。
歓迎会の一件で今まで以上に使命感に燃えているのか──或いはもっと別の感情か。
(……この人達が、もしかしたらアルスの横に立つかもしれない……)
思わず気圧される志願者達を見、ミアはギチギチと全身に力を込める。
手を抜くなんて、できない。自分と一緒に彼を護るというのなら──妥協なんてしない。
(……まったく。一旦火が点いたら止められやしねぇ。一体、誰に似たんだか……)
娘と父、或いは侍従の女剣士。
こりゃあダース単位で脱落者が出るな……。そんなことをぼんやり考えながら、ダンは斧
をガチャリと肩に担ぐ。
そしてそんな予感は当たらずも遠からずだった。
一切の妥協を自分に許さないミアの拳は、ごちゃまんといた功名目当ての雑魚を次々と殴
り飛ばし、脱落者に変えていく。
「せいっ!」
「ぐっ……!」
故に、篩を掛けられても尚残ったのは、ダン達の太刀筋にも耐えうる相応の腕利き達だ。
ダンの大上段からの一撃を受け止め、障壁を形成する魔導具の盾を操るのは、一人の端麗
な容姿を持つ青年で。
「おわっと。ほっ……」
「……ちょこまかと」
リンファがその連続の突きをかわしながら距離を詰めようとするのは、身長大の長刀を手
足のように振るう風来よろしくな格好をした男性で。
障壁と分厚い盾。二重の防御で青年は何とかダンの攻撃を弾き返して後退り、リンファと
切り結んだ男性は互いに──彼女の切っ先の方が彼の首元を捉えていたが──相手の急所を
寸止めの状態で静止する。
「ほう……? よく耐えたな、合格だ。七十三番、いや……“聖壁”のアスレイ」
「百二十五番、合格です。見事な槍捌きでした。“傾奇”のテンシン殿」
「は、はは……。ギ、ギリギリですよ……正直……」
「へへ。侍従長からのお墨付きたぁ、ありがたいねぇ」
そうしてダン達の出した条件をクリアしてみせたのは、事前の予想通り、以前からある程
度名の通った者らに絞られているようだった。
三柱円架の文様を帯びた盾をガチャリと下げ、青年は大きく肩で息をしている。
リンファから賛美を受けた着流し風の男は呵々と笑い、長刀をそっと肩口に抱え込む。
見渡せば、多数の──疲弊して思い思いに倒れ込んでいる脱落者達の中に交じって、ぽつ
ぽつと合格を言い渡された者の姿がある。
「……ふむ。大分片付いたな。おーい、まだ決まってない奴はいねぇか? 怖気づいてても
終わらねぇぞー?」
一応団員らが各志願者を(履歴書と胸に付けた番号紙で)随時確認はしているが、どうも
まだ掛かって来ずに躊躇っている者も残っているようだ。
仕方ねぇな……。
もうその中で有望株は残っていないとは思うが、全員を観ないと公平性に関わる。
一旦武器を引き、闘気を収め、ダン達はそんな彼らを引きづり出そうと足を踏み出す。
「──うわ……。何? なんかもう既に全滅しかかってる?」
「ははっ、こいつは容赦ねぇなあ。ま、変わってなさそうで何よりだけどよ」
赤毛の男率いる一団とエルフの少女。
振り返る面々に靴音を鳴らし彼らが姿を見せたのは、ちょうどそんな時のことだった。