4-(3) 邁進ベクトル
時を前後して、場所はアウルベルツ郊外の街道。
そこでは朝早くから多くの作業員達が汗水を垂らして動き回っていた。
街道の整備、もとい新規の延長の為の工事。即ちそれまで未開だった自然を切り拓いて道
を整備し、従来の街道網と連絡させる土木作業である。
「掘るのはこっちか?」
「いや、もうちょっと右……ああ、そこ。そこを境界に……」
「おーい、こっちにも破砕機を頼む~!」
草刈機やつるはしを手に生える草を引き抜き、土を掘り返して均し、街道の境目を示すよ
うに杭を打って他の作業員らの目印にする。
それは地味ではあったが、間違いなく世界を「開拓」する行為に他ならなかった。
飛行艇を駆る新大陸の開拓者のような派手さはないにせよ、人の手が入っていない自然を
征服し、人の領域を拡げてゆく行為。
「──ギギ。ヌギギギッ!」
そんな営みが、自然の領域──魔獣との境目を侵食することは言うまでもない。
気付くと、作業を続ける面々より少し離れた茂みの中から複数の魔獣達が躍り出ようとし
ていた。
浅黒く小柄な身体に歪んだ容貌。魔獣の一種、ゴブリンだ。
荒削りな小剣や棍棒を扱う程度の知能はあるが、一体一体の戦闘能力は高い方ではない。
しかし徒党を組んで人に襲い掛かる習性を持つため、一般人にはやはり危険な害獣だ。
「ぬんっ!」「……ふっ!」
しかし魔獣達の襲撃はほんの数秒で終わった。
出現に気付き逃げ出そうとする作業員らに飛び掛ろうとした次の瞬間、戦斧と拳によって
一薙ぎにされたからだ。
小気味悪い、擬音のような悲鳴を上げて地面を転がるゴブリンの群れ。
彼らと作業員ら工事現場の間に割って入るように、ダンやミアら冒険者達の集団が立ちは
だかっていた。
「悪ぃな。引っ込んでて貰うぜ?」
「……来るなら、倒すだけ」
これが今回ダン達が受けた依頼だった。
街道整備の護衛任務。工事中に姿を見せるであろう魔獣を追い払ってほしいというもの。
ダンやミア、イセルナの他にも、警護に就いている他のクランやフリーランスの冒険者達
の姿が現場には散見できる。
マーフィ父娘の言葉に、ゴブリン達は闘争心を刺激されたようだった。
各々に荒削りな得物を引っ下げ、再び面々に襲い掛かってくる。
「……雑魚が」
そんな群れを一閃したのは、同じくこの警護を請け負ったクラン・サンドゴティマの頭、
バラクだった。
小さな舌打ちと共に振った右手。
次の瞬間、手首に嵌めていた腕輪から深緑の魔法陣が出現し、その腕全体が巨大な爪を持
つ手甲で覆われていた。
一閃を受けた魔獣達は地面に倒れ、醜い鳴き声と共にのたうち回っている。
ザックリと裂かれた傷口には強い酸性の毒がシュウシュウと煙を上げていた。
酸毒爪甲。バラクが主力として用いている“魔導具”だ。
「おおっ! 出た、ボスの十八番!」
「ボス、やっちまって下さい!」
本来、魔導の行使には呪文の詠唱が不可欠だ。
しかしそのプロセスを「呪文の文字列を媒体に予め刻んでおく」事で簡略化したのが、こ
の魔導具の最大の特性である。
魔導の行使を補助するツールから設備、ひいては日常のインフラに至るまで形態は様々だ
が、狭義にはこのような概して装飾品の姿を持つ“戦術魔導具”を指す場合が多い。
「……言われずともな。てめぇらも手を動かせよ」
この技術のおかげで、最低限マナの制御術を扱えれば──自身のマナを注ぐ事ができれば
誰でも魔導を行使し、或いは魔導を用いた各種インフラの恩恵を受けられるようになった。
但し、その一方で行使媒体がヒトではなくモノである以上、その出力は魔導具自体の品質
に依存する度合いが大きくなってしまうのがデメリットの一つと言える。
巨大な手甲。その爪先からは酸毒が漂っていた。
わらわらと向かってくる魔獣を次々と薙ぎ払って、バラクは叫ぶ。
「キリエ、ロスタム、ヒューイ!」
「はい」「了解、ボス」「おうよ!」
次いで銀髪の犬系獣人の女性キリエ、昆虫系亜人インセクト・レイスの男性ロスタム、赤
髪褐色の肌なヴァリアーの青年ヒューイ。サンドゴディマの三幹部が駆けた。
キリエは素早い身のこなしで、目にも留まらぬ蹴りの乱舞を。
ロスタムは、六本腕を活かした六丁拳銃それぞれに錬氣を施しての銃撃を。
ヒューイは巨大な大矛を振るって、しつこく工事現場を──自分達の縄張りを荒らす作業
員らを狙おうとする魔獣の群れを切り崩し、追い払う。
「ギギ……、ヌギャー!」
するとこの冒険者達の守りに劣勢を察知したのか、魔獣の群れは今度は木々草むらの中へ
と退却しようとした。だが……。
「──あら。何処にいくつもり?」
ゴブリン達がハッと見上げた中空には、イセルナが微笑んでいた。
持ち霊ブルートと自身のマナで合体したその姿は、まるで空に浮かぶ、青い翼を広げた天
使のようでもあって。
「ごめんなさいね? 邪魔をしてきたからには……消えて貰うわ」
その青いオーラを纏った翼が大きく羽ばたくと、辺りに強烈な冷気が迸った。
次の瞬間、魔獣達はあっという間に空を仰いだ格好で凍り付いていた。
一匹残らず。それをざっと見渡して確認すると、イセルナは飛行のすれ違いざまに手にし
た剣で一閃、あっという間に魔獣の群れにとどめを刺したのだった。
「お疲れさん」
「……また、最後を持っていかれたか」
優雅に中空を飛び着地、ブルートとの合体状態を解除するイセルナに、ダンとバラクがそ
れぞれ別の反応で言葉を掛けていた。
ブルートバード、サンドゴディマ、そして他の冒険者。
三人の周りでは彼女の華麗な戦いに感嘆しつつも、まだ魔獣が来るかもしれないという適
度な緊張感で警護に戻っていく同業者達の姿があった。
「ありがと。まだこの辺りは街に近いから、魔獣もあまり凶暴な種類はいないみたいね」
「だな。まぁこうして街を、道を作る以前は普通の山野だったわけだから、先人の努力には
感謝しとかねぇと」
「……ふん。柄にも無い事を言うじゃねぇか」
「あん? お前に言われたかねーよ」
「ふふっ。まぁまぁ……」
一段落をつき、束の間の労いを見せるイセルナ達。
「……」
他の団員達と引き続き警戒に当たりながら、ミアはそんな父らを遠巻きに眺めていた。
そしてゆっくりと視線を移し、少しずつ拡げられ連結されていく街道を見て思う。
一見すると、豊かな自然の中に人の営みが溶け込んでいるように見える。だが、それはあ
くまで“遠くから見た場合”であって、実際は人が世界を開拓して回っている。
なのに自分達は、領域を荒された害獣を、魔獣を「邪魔者」として排除している。
確かに冒険者は人を助け、守る存在。そこに力点を置くべき業界だ。
だけど……本当にこの“邁進”は正しいのだろうか? ミアは時々そんな事を思う。
「くそっ、コイツはでか過ぎる……!」
そうしていると、背後から作業員達の声が聞こえた。
ミアが振り返ってみると、その視線の先では彼らが立ち塞がる大きな岩に苦戦しているの
が見える。辺りの草木を取り払い、道を作る前に邪魔になるらしい。作業員らの何人かが相
次いでつるはしを叩き込んでみるが、岩はちっとも削れていない。
「参ったな。計画の路線のど真ん中にこんなのがあると……」
「お~い、こっちに破砕機持って来てくれ~!」
「すま~ん! こっちも堅い所があって手が離せないんだ!」
作業員らが別の地点で作業している仲間達にそう呼び掛けていたが、既に用意されている
破砕機(先端に金属の棘ドリルが取り付けられた重機。機巧技術による土建機材の一つ)は
他の岩砕きに投入されているらしく、当てが外れていた。
その返答を聞き、作業の手を止めて困り顔をした彼ら。
「……ちょっと、どいてて」
すると見かねたかのように、次の瞬間ミアは彼らにそう言いながら歩み寄っていた。
「どいてって……。一体何をする気だい、お嬢ちゃん?」
「まさか、自分がこの岩壊しますだなんて言わないよな?」
「……そのつもり、ですけど」
驚いたのは作業員達だった。
何せ見た目はすらっとした猫系獣人の女の子だ。素人の見た目ではとてもじゃないが、力
仕事を任せられるようには見えない。
「おーい、あんたら~」
そうしていると、背後からミア達に向かってダンが呼び掛けていた。どうやら先程からの
やり取りを見て娘が何をしようとしているのか気付いたらしい。
「どいてな。ミアが手伝ってくれるんだろ?」
「こいつの言う通りにしておけ。巻き込まれて怪我をしたくないならな」
バラクも次いでそう忠告を放ち、益々作業員らは訝しげになった。
少なくともこの猫耳少女の妄言ではないようだが……。
彼らは疑心半々といった感じで、そろそろと大岩とミアから離れ始める。
「……ん」
周りの皆が充分に距離を取ったのを確認して、ミアは小さく頷くとそっと拳を握り締めて
いた。ゆっくりと腰を落とし、静かに深呼吸をして息を整える。
目の前には大岩。ミアの何十倍も大きな岩が工事の行く手を阻むように鎮座していた。
作業員達、そしてダンら冒険者の面々がその様子を見守っている。
「──ふっ!!」
それは数拍の出来事だった。
コォッと拳にマナを込めてオーラを漂わせた次の瞬間、ミアは瞬発的に跳ね上がった拳の
威力を真っ直ぐ大岩に向けて叩き込んだ。
ビリッと空気が震えた。次いで、打ち込んだ拳を中心にサーッと無数のヒビが入る。
そしてそこから一挙に結合を失って、大岩が粉微塵に崩れ落ちた。
上がる土煙と轟音、そして驚愕で目を丸くする作業員や若手の冒険者達。
「……。ふぅ」
やがてその雑音が止んだ後には、大岩は跡形もなく無くなっていた。
「お、おぉぉぉ!」
「凄ぇ!? あの岩を本当に粉微塵にしちまいやがった!」
「やるなぁ、お嬢ちゃん!」
ミアの背後で歓声が上がっていた。
ちらりと肩越しに目を遣ってみると、ダンやイセルナ、団員達が「よくやった」と言わん
ばかりに笑みを浮かべて頷いている。
「いや~、驚いたな……」
「こりゃあ男も裸足で逃げ出すパワーだぜ」
「……」
だがそんな歓声の中で、ミアは彼らから漏れたそんな言葉を聞いて、思わず内心ぴくっと
反応し、静かな動揺に襲われていた。
(女の子じゃ、ない……。怪力女……)
脳裏に浮かぶそんなフレーズ。
そして、戦友の弟の優しい笑顔。
「──ッ!?」
ぶんぶんと。ミアは次の瞬間、必死で頭を横に振っていた。
どうして彼の事が……。
「…………」
顔が赤くなって火照ってゆくのが分かった。あの時、ステラやレナにからかわれたやり取
りが脳裏に蘇る。
「おーい、ミア~? どうした~?」
「……何でも、ない」
いけない。今は仕事中……。
父が遠巻きに声を掛けてくるのに顔を上げて、ミアは途切れ気味に応えていた。